響かせよう、皆のアンサンブルを 「Amazing☆おめでとう、あなたたちの……『Trickstar』の勝利ですね!」 「えっ……?」 声が向けられた『Trickstar』の面々は、唖然としていた。現実味がないのか、スバルくんが自分の頬をつねりながら首を傾げる。 「えっ、と?嘘っ、どうしてそうなるの?誰か説明して!」 いつもは意外と察しのいいスバルくんが混乱して、何も分からないのか北斗くんに抱きついていた。そんなスバルくんを適当にあやしながら、北斗くんは途切れ途切れに語る。 一番、誰よりも早く理解した真緒くんは、破顔させて仲間たちの背中をばんばん叩いて、はしゃいでいた。 「……ほんとに?」 「嘘をついてどうする。しっかりしろ、明星。俺たちはやり遂げたんだ、ついにこの夢ノ咲学院の頂点に立ったんだ!夢にまで見た瞬間だぞ、もっと喜べ!」 溢れ出す感情を押さえきれないのか、北斗くんが珍しく、自分からスバルくんに飛びついて抱きしめた。ちからいっぱい抱き寄せて、髪の毛をかき混ぜて、ぐるぐる回転している。 「お、おう……?ほんとに?それでいいの、生徒会長?」 「うん。もちろん、僕だって悔しいけれどね?」 もしも、他のユニットに体力を削られていなければ、もしも『Trickstar』をきちんと解散させていれば、もしも、会長さんが健康な身体で生まれていれば。 「もしも、彼女たちがいなければね」 たった一人分の投票が、勝敗を分けた。あんずちゃんが欠けていたら、私が欠けていたら、どちらかが欠けていてもそれは成せなかった事象だった。 「存分に感謝しなさい。あの特異で、奇跡そのもののような少女たちに」 これ以上ない、賞賛だった。こちらにたった一人、拍手を送る会長さんを、私はじっと見つめることしか出来ない。いや、まだ、状況を理解できていないと言った方が正しい。 『あのえっと、まだ頭の中がゴチャゴチャしててうまく喋れないけど!これだけは言わせてっ、ありがとう!』 佐賀美先生から、マイクを奪うようにして受け取ったスバルくんは、理解しきれない部分をめいいっぱい飲み込んで、全て叫ぶ。 喜びを。胸いっぱいの、愛を。 『俺たちが!『Trickstar』が勝ったぞ……!』 大喝采と声援と、笑顔が返される。彼が何度も夢に見たであろう、絶景だ。 『応援してくれてありがとう!拍手を、声援を、ありがとう!夢ノ咲学院にきてくれて、俺たちのライブを楽しんでくれてありがとう!大好きだ!みんな!ほんとにほんとに、ありがとおおおおおお〜☆』 何度も涙を拭い、彼は観客席を見つめた。そんな中で、去っていこうとした会長さんを、スバルくんは引き止める。せっかくのアンコールを、共に歌おうというのだ。そうして敵だった相手に、偏見なく手を差し伸べられるのは、君の美点だよ、スバルくん。 『これまで対決してきた、あんたたちみたいな強敵も!俺たちを鍛えてくれて、成長させてくれた!だから勝てたんだっ!そんな全員に、俺は感謝を伝えたい!』 スバルくんの声が、会場内のすべてを揺り動かす。一緒に歌おうと、誘う言葉に、会場の誰もが受け入れた。 『ほらっ、あんずも百瀬も!遠慮しないでおいでっ、俺たちの立役者なんだから!一緒に歌いたいよ、喜びを分かち合おうっ☆』 未だに茫然と立ち尽くしている私を、我に返ったあんずちゃんが引っ張った。ステージに踏み出して、すべての光を浴び、私は焼き尽くされるんじゃないかという錯覚に陥る。 『みんなにも紹介します!俺たちの『プロデューサー』、いいや勝利の女神で〜す!2人のおかげで、俺たちはここまでこられたんだっ☆』 ばしばしと、あんずちゃんはスバルくんに背中を叩かれている。しかし、女の子扱いを受けているときよりも、何百倍も嬉しそうに笑っている。 その姿を見て、ようやく、やっとのことで私は、勝利を理解し、膝から崩れ落ちた。 それから決壊したように、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちて、止まる気配がない。そんな私に、スバルくんは駆け寄って体を支えて立ち上がらせてくれた。 とめどなく熱いものが頬を伝って、私はそれを何度も何度も拭う。今までせき止めていたものをすべて吐き出しているかのように、全く勢いは止まらなかった。スバルくんはしょうがないな〜と困った風に笑っていた。 でも、お願いだ。私は、この場でどうしても伝えたいことがある。夢ノ咲学院のアイドルたちに、この場にいる観客のみんなに。 なんとか涙をこらえて、私はスバルくんからマイクを受け取る。たかがプロデューサーが出しゃばるなんてと、思われてしまうかもしれないけど。 どうか今だけは許してほしい。 私という存在が、彼らに愛を伝えることを、許してほしい。 大きく息を吸い込んで、震わせないように、力を込めた。 『ぜひ私からも言わせてください!『Trickstar』に、声援を、拍手をありがとう!『Trickstar』に勝利を与えてくれて、ありがとう!夢ノ咲学院のアイドルたち!喜びを、幸福を与えてくれて、素晴らしいライブを披露してくれてありがとう!そしてそれを最後まで見届けてくれたみなさん、本当の本当にありがとう!最後に、ひとつだけ! 北斗くん!真くん!真緒くん!スバルくん! みんなのことが最っ高に大好きだ!愛してるよ〜!!』 幸せの絶頂で、歌うように叫ぶと、一層増した大歓声と共に、スバルくんとあんずちゃんが、両方から揉みくちゃにしてくれた。 私の愛の告白に応えるように、受け止めるように、撫で回して、これでもかというくらい抱きしめてくれた。 『さぁさぁ、『fine』も『Knights』も!『流星隊』も『2wink』も『UNDEAD』も『Ra*bits』も!おっと『紅月』も来てるじゃん、おいでおいで!舞台においで!』 こんなに素晴らしい光景は、生まれて初めて見た。 スバルくんが離れていくと、北斗くんが、真緒くんが、真くんが私たちに突進して、抱きついたり胴上げしたり、やりたい放題にしてくる。 やっぱり『Trickstar』は、みんな一緒がいいな。 ふいに、視線を感じてそちらに振り返る。 そこには、どこか遠い目をした会長さんが、私を見つめていた。それに気づいて無視をするようなことは出来ず、私は会長さんに駆け寄る。 「……まさか、君が。あんな風に恥ずかしげもなく、愛の言葉を吐くなんてね。それほど『Trickstar』に影響されたってことかな」 「会長さん。いえ、英智さん。あなたから見て、今の私は、以前と全く違う生き物に見えますか?」 私の問いかけに、英智さんは目を瞬かせたあとに、小さく首を振った。その表情は、ほぼ無と言える。それほど疲れてしまっているのだろう。 「きっと、君はあの頃から何も変わっていない。…愚かにも、僕に噛みついてきたんだからね」 「あなたも、あんまり変わってないです。もう悪役ぶるのはやめてください。前みたいに、してほしいです」 困ったように笑った私に、英智さんは虚ろな目で私を見下ろしたが、やがて小さくため息をついた。 「…許しを請うなんて、いまさらかもしれないけど、百瀬ちゃん」 「やめてください。謝罪の言葉は、聞きません」 「手厳しいね…。一生許してくれないのかな?」 「一つだけなら、方法がありますよ。聞きますか?」 英智さんの返答を聞かず、私は答える。 どうかアイドルをやめないで。あなたが目指したアイドルというのは、きっとスバルくんたちと何一つ変わらないキラキラした、笑顔にさせる、幸せにしてくれるアイドルであるはずだから。 そして、アイドルであるあなたのライブを、改めてこの目で拝見したい。殺伐とした殺し合いもない、戦場なんかじゃない、平和なライブを。 「その時が来たら、あなたに曲を書きたい。あなたのために、曲を捧げたいです」 「………本当に?」 「嘘なんていいません。……嫌ですか?」 不安になって、小さな声で問うと、英智さんは驚きながらも嬉しそうに笑って、私の体をすっぽり包み込んだ。突然のことで、何の反応も出来なかったけど、突っぱねることなんて出来なくて、むしろこの体温すら愛おしくなって、私は抱きしめ返す。 病弱だけれど、病室でも限界まで鍛えていたんだろう。華奢とは言えないその体にしがみつくようにして、こつん、と、お互いの額が触れ合う。私の熱を、英智さんに分け与えるように。彼の瞳には、うっすら水の膜がはっているようにみえた。 「歌いましょう、英智さん。昔の私は、そんなあなたを見るのが密かな夢だったんです!」 精一杯の笑顔で伝えると、英智さんはなんとも言えない表情で唇を噛み締める。そうして再度、私の体に、しがみつくようにして抱きついてきた。 「…百瀬さん。あまり予想外のことをしてしまうと、英智の心臓が驚きで止まってしまいますよ」 「渉…邪魔しないでくれるかい?今僕はこうして、幸せを噛みしめているところだから」 現れた日々樹先輩に軽口を叩く英智さんに、私は苦笑いを浮かべる。仕方ない、と離れた瞬間、名残惜しそうな顔をしていた会長さんに、姫宮くんが思い切り突進してきた。 そしてそのまま会長さんは連れて行かれて、私と日々樹先輩が取り残されてしまった。 「日々樹先輩、ありがとうございます。あなたのおかげで、北斗くんは『Trickstar』に戻ってきてくれました」 「私のおかげ、というより、北斗くんが戻ったのは、あなたの言葉のおかげでもあると思いますよ?」 「じゃあ北斗くんには、私と日々樹先輩に感謝してほしいですね!」 「おやおや…。ですがもう、北斗くんはあなたに感謝してもしきれないくらいの恩義を感じていますよ」 そうだろうか。でもまあ、表情はまだやや堅いけれど、彼はとても真面目で素直だ。穏やかに微笑む日々樹先輩の言葉に同意し、頷いていると、背後からなんとも言えぬ衝撃を加えられ、前によろめく。 「おつかれさまです、ももせさん〜」 「し、深海先輩!?ま、まさかあなたから突進されるとは…心なしか、テンションが高い気もします。気持ちは分かりますが。最後に笑った方が勝ち、ですもんね。深海先輩!」 「…ふふふ。そうです、いまのももせさん、すごくきらきらしてます」 穏やかに微笑んだ深海先輩に、私は満面の笑みで頷いた。そういう深海先輩も、ライトに照らされてとても輝いて見えますよ。 「ありがとうございます。私にとって、あなたは『ヒーロー』です」 「…ぼくが『ヒーロー』…ですか?」 「はい!あの日、あなたが私に手を差し伸べてくれたから…私は今、ここに立つことが出来てます。本当に、ありがとう!」 「……『ヒーロー』はちあきのやくめですけど、ふふ、まあいいでしょう」 きょうはとっても、きぶんがいいです。 そう笑った深海先輩は、ぎゅうっと私の体を抱きしめて、優しく頭を撫でてくれた。やられっぱなしの私ではないのだ、こうなったらいくらでも抱きしめ返そう。それを見ていた千秋先輩が俺も仲間に入れてくれとやってきたが、それを後輩たちが邪魔しないであげてと止めていた。 「…嬢ちゃん」 聞き慣れた低音に、私は笑顔のまま振り返る。 私の表情を見た朔間先輩は少し戸惑いながら、やがて微笑んで歩み寄ってきた。 「ほんとうに、やりおったな。夢を見ているようじゃ」 「でも、現実です。…あれ、現実ですよね?」 「そこはもっと自信を持つべきじゃろ。おかしなところで抜けておるの、全く」 くつくつとのどを鳴らして笑う朔間先輩の頬は、少しばかり紅潮している。彼もこの光景に、奇跡に、興奮しているということだろうか。 「先輩たちも、歌いましょう。この曲は、私が心を込めて作った曲です!みんなが幸せになることを、願った曲です!日々樹先輩、深海先輩、朔間先輩、あなた方に、私は救われていました。あの日あの時、あの瞬間に!」 そのことは一生忘れない。そんなあなたたちにもどうか、この幸せを共有してもらいたい。『怪物』と恐れられていた『三奇人』の方々にも、この幸福を感じてほしいんだ。 「……そう、そうだった。おまえも、そうだったんだよな」 みんなの輪の中に誘うように、朔間先輩の手を引く。朔間先輩はそんな私に一度目を閉じたかと思うと、まるで少年のように、無邪気に笑って見せた。 「ありがとな、百瀬」 彼のその一言に反応できず固まると、朔間先輩が私の腕を勢いよく引き寄せる。直後、額に温もりと柔らかい何かが押し当てられて、それはゆっくり離れていった。 「むう…れいばっかりずるいですよ」 「これは特権じゃよ。今の今まで目をかけてやったんじゃ、これぐらいは許されるじゃろう?」 「零はよくても、百瀬さんはよくないみたいですよ?」 むすっと頬を膨らませる深海先輩に、満足そうに微笑む朔間先輩。少々呆れたようにため息をついた日々樹先輩が私の前でぽんっと鳩を出してきて、ようやく我に返る。 「えっ…え?い、今…何を」 「何って、我輩はキスをしたつもりじゃが。まあ残念ながら、唇ではないがのう」 「は……はあ!?」 朔間先輩の余裕綽々とした返答に、私は声を荒らげて朔間先輩の胸を叩く。しかしあまり痛くないのか、彼は愉快そうに笑っていて、私は顔を真っ赤にしながら、スバルくんたちの方へ逃げるように駆け寄った。 『戻ってきたなっ、プロデューサー!おいでおいでっ、おまえの愛しいアイドルが、全力で抱きしめてやろう…☆』 そんなことを茶化しながら言うスバルくんに、私の怒りは引いていき、代わりに笑みがこみ上げる。 腕を広げた彼に抱きつくと、スバルくんはそれを受け止めて、ぐるぐる回転し、全力で抱擁して頭を掻き回すと、再び観客の方へと声をかける。 『みんなもう、さんざん聞いただろうから歌えるよね?俺たちの最新曲、とっておきの歌!この子が愛を込めて作ってくれた革命歌!『ONLY YOUR STARS!』……☆』 もちろん、覚えている。 この先何があっても、絶対に忘れない。 この歌は、大好きな人たちを想って作った曲。たとえ死んで墓に入っても、来世でもきっと、この歌を覚えている。 歌おう。心を込めて。 とびっきりの笑顔で。 愛すべき男の子たちの讃歌を。 私も、君たちが好きだと言ってくれた笑顔で、歌うから! 『世界中に響かせよう、俺たちのアンサンブルを!』 これからも、大好きな彼らとともに、生きていく。 この先の人生を、歩んでいく。 ──ああ、最高に、幸せだ。 私、生まれてきて、本当によかった。 prev next |