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アルマゲドンの開幕

『Trickstar』と『Ra*bits』の準決勝は、平和的且つ終始笑顔で幕を閉じた。
おそらく、こんなライブが本来のアイドルのライブなんだろう。戦争とはとても縁遠い、歓喜に包まれた幸福感溢れるステージであった。

結果として言えば、無事『Trickstar』は勝利した。
しかし、この結果に『Ra*bits』のみんなが悲しむことはなかった。むしろやり遂げたような、達成感のようなものを感じていたのだ。

現在は、講堂に存在する、楽屋、控え室のような空間で、『fine』と『UNDEAD』の準決勝の舞台を観戦していた。
天国と地獄と言えるほど、正反対すぎる準決勝。向こうは、まるで一方的に、心を鷲掴みするような演出をしてくる。感受性の高いしののんは、もはや痛みすら感じているようだった。

(まさしく戦争って感じだ。悪鬼羅刹が共食いしながら、血まみれで殺し合う修羅場になってる)

見ているだけで消耗してしまいそうなほどの激戦。当然、本人たちがこちらの非ではないくらい苦しいことは、分かっているつもりだが。
朔間先輩は、本気で自分の手で、仕留めるつもりなのかもしれない。それほど獰猛な気を感じる。それに対して会長さんは、お気に入りの玩具で遊ぶ幼子のように愉しげに笑っている。

(……?スマホ……誰から?)

みんな準決勝に夢中だし、こんな時に連絡を入れてくるような人はいないと思うのだが。不思議に思いながら、ポケットからスマホを取り出して、名前を確認する。
その名前を見て、私は驚きの声を上げそうになったが、慌てて口元を押さえ、そっと返信した。

「さぁて。泣いても笑っても、これが最後だ」

やけに大人びた表情のスバルくんが、そう宣言する。顔を上げてみると、どうやら準決勝は『fine』が勝利したようだった。

「決勝戦だ。行こう、舞台へ」
「おう。2人は、ど〜する?このままお留守番しててもいいけど、こうなったら最後までステージに立つのもいいかもなっ♪」

そんな風に茶化す真緒くんだが、今の今までも騙し騙しやってきたのだ。先ほどの『Ra*bits』との準決勝も、私が参戦していたが、向こうの好意で何一つ文句を言われなかった。
しかし、あの会長さんはありとあらゆる手を使って潰しにくる。私たちの存在は、もはや爆弾でしかない。

「いやまぁ、2人がいてくれると心強いけどねっ?」
「そ〜だな。最前列の、関係者席で見守ってくれてても十分俺たちのちからになる。今回は観客でいてもらおっか?」
「見守って、応援してね。俺たちの『プロデューサー』♪」

真緒くんがいろいろ察して決断してくれて、スバルくんもあっさりそれに乗っかった。置いてけぼりにされる感じで、ちょっと寂しいのが本音。それがバレてしまったのか、スバルくんは子犬がきゅ〜んと鳴くような表情で、私を抱き締めてくれた。その際帽子がズレて、ぽすりと床に落っこちる。
真緒くんとか真くんならともかく、スバルくんに一番に気づかれるとは、まさか思ってもみなかった。

「百瀬。今まで俺を見捨てないでいてくれて、ありがとね。すんごいステージを見せるから、期待してて!」
「…お礼を言うのは、私の方。スバルくんのおかげで…私の胸には、希望が宿っているよ」

もう、私が出しゃばらなくても大丈夫。彼らは十分なくらい、一人一人強くて逞しい。本当は言ってしまおうかとも思ったけれど、まだ内緒にしておこう。サプライズってことで。

「ステージへ向かおう、一直線に!ウッキ〜、サリ〜!俺についてこいっ、ひゃっほう☆」
「お〜、相変わらずの無鉄砲だなぁ。派手な登場になって、演出的には上等だけどな。前のめりになって飛び込んでいくのが、俺たちらしくていいっ♪」
「うう、ここで転んだりしたら格好悪いけどね……。ちょ、ちょっと待って!置いていかないで〜っ、僕も一緒に行くよ!」

みっつの綺羅星が、舞台へと向かっていく。最後に一度だけ振り向いて、私たちにとびっきりの笑顔を見せてくれた。

流れ星のように飛んでいく『Trickstar』に、祈るように私は、胸元の青い薔薇に触れた。

 *

「お疲れ様でした、朔間先輩」
「おお、百瀬の嬢ちゃん。見とってくれたのかえ?」
「はい。すごかったですよ、さすがですね」

舞台袖に寄ってきた朔間先輩にタオルをかけて、汗を拭う。それを見た羽風先輩は、羨ましいと言わんばかりに俺にもやって〜と割り込んできた。

「羽風先輩も、お疲れ様です。かわいい女の子たち、口説きにいかなくていいんですか?私なんかより、ちゃんと話聞いてくれると思いますよ」
「わぁお、すごい塩対応!俺のパフォーマンス、百瀬ちゃんには響かなかった〜?」
「そんなことないです。すごく、すごく格好良かったですよ。普通にライブに来てたら、惚れてたかも♪」
「……え?ええ!?本当に?ねえ、今のほんとっ?」

もちろんもし普通に、一般客としてここへ来ていたら、の話に過ぎないけれど。でも、彼のパフォーマンスが素晴らしかったのは本当だ。二枚看板を背負っているだけのことはある。

「うわ〜やっばい!ねえ朔間さん、今の聞いた!?」
「なんじゃ薫くん、元気になりおって…。水を差すようじゃが、嬢ちゃんは『Trickstar』一筋じゃよ」
「はいはい。分かってますよそんなことは。ねえ百瀬ちゃん、連絡先交換しない?もちろん、『アイドル』と『プロデューサー』なら、必要になるでしょ?」
「いいですよ。『アイドル』と『プロデューサー』なら。【DDD】が終わった後にでも、教えます」

私の言葉に、羽風先輩は大喜びして飛び跳ねている。見かけによらず可愛らしい反応をする人だ、その姿が微笑ましくて、笑みを浮かばずにはいられなかった。

「うがああ!勝てなきゃけっきょく何もかも意味ね〜んだよっ、畜生が!」

瞬間、舞台の上で大の字になっていた大神くんが、バタバタと暴れ出した。負けたことに納得が言っていないようだが、残念ながら『UNDEAD』は退場しなくてはならない。

「大神くんらしい…。乙狩くん…アドニスくん、って呼んでもいい?大神くん連れてこれる?」
「ああ、心得た。腕力に物を言わせるのは、得意だ」

乱闘騒ぎなど起こしたら、すべてがおじゃんとなってしまう。朔間先輩と顔を見合わせると、困ったように笑っていた。乙狩くんなら力ずくで連れ戻せると思い、頼んでみると彼はあっさり了承して、大神くんの首根っこを掴み、舞台袖へ引きずっていく。

「大神くん、こっからは『Trickstar』の出番だからね、大人しくしてて」
「ああっ!?うるせえ!俺はまだまだ暴れ足りね〜んだよ!!」
「ちょっとちょっと晃牙くん、女の子傷つけちゃ駄目だよ!」
「晃牙くんって呼ばれてるの?可愛い〜、私も呼んでいい?」
「てめえブン殴るぞ!!」
「…おや、嬢ちゃん。どうやら来たようじゃぞ。おぬしの探し人が」
「え?」

朔間先輩の言っている意味が分からず、私は首を傾げ、彼の視線の先に目を向ける。そこにいたのは、青く冷え冷えとして見える、けれど、不思議なぬくもりのある光だ。


「北斗くん」


私の呼び声に、北斗くんはゆっくり顔を上げる。少し気まずそうにしながらも、彼の着ている衣装は、『Trickstar』の専用衣装だ。

「本当に、いいんだね?衣装の場所教えた私が、聞くようなことじゃないんだけど……」
「……ああ。むしろ、決断するのが遅くなってしまって、すまない」
「………馬鹿。謝ることじゃないよ」

彼の元へ駆け寄って、北斗くんが本当にそこに存在しているのを実感する。幻でも、何でもない。彼は『fine』ではなく、『Trickstar』として戻ってきてくれた。
涙が滲んで、視界がぼやけていく。彼の存在を、しっかりと確かめたくて、手繰り寄せるように手を伸ばす。
北斗くんはその手に、戸惑いながらもそっと握ってくれた。

「…泣かないでくれ、百瀬。俺が言えた口ではないが……おまえには、笑っていてほしい」

そんなこと言われたって、無理なものは無理だ。
でもどうか、勘違いだけはしないでほしい。これは悲しく泣いているんじゃない、嬉しくて、止まらないだけだから。
空いている方の手で、何度も何度も、力なく彼の胸を拳で殴る。微動だにしない彼だが、しっかりとそれを受け止めていた。

「それでいい。気の済むまで、殴ってくれ」
「……ううん。もう、十分。スバルくんたちが待ってるから、行ってあげて」

北斗くんの背中を押して、舞台へと向かわせる。もう振り返ることなく、前へ出て行く北斗くんに、会長さんの視線が突き刺さった。

「…余計なことをしてくれたようだね、彼女も渉も。それが君の答えかい、北斗?」
「信頼を裏切ってしまい申し訳ない、生徒会長」

彼の姿を見たスバルくんは、信じられないものを見るように戸惑いながら、ぽろぽろと、涙を零す。その涙にどれほどの価値があるんだろう、星屑が散りばめられるかのように、彼の頬を伝う雫は、照明の光を浴びてひどく輝いて見える。

「きっと、君は後悔する。ご両親も、さぞかし哀しむだろうね」
「両親は関係ない」

北斗くんはまじめだから、周囲の期待に応えようとしたんだろう。親からの期待にも。
でも、それらを振り切って、今こうして、『Trickstar』として舞台に立ってる。自分の心の声を聞いてる。みんなの絆を、選んでくれた。

ねえ北斗くん。私の伝言は、届いたのかな。

(きっと私の言葉なんて、彼にとってはちっぽけなもので、なんの力も発揮できなかっただろうけど……)

どうかその名の通り、みんなを導く北斗七星になって。君がいるだけで、『Trickstar』は迷わず、前へ進んでいくことが出来るから。

(ステージで、最高に輝いてよ。それだけで私は笑顔になれる。幸せに、なれるから)




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