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今でも君の夢を見ている

「おお、百瀬じゃんか。久しぶりだな〜?って言っても、ほんの一週間だけだけど」
「ですね。たしかに、久々に会った感じがあります」

『Trickstar』のみんなは屋台付近のステージで準決勝をするつもりのようで、まだ屋台に残っている。私は他のユニットがどんな状態なのか把握するため、講堂付近を歩いていた。
すると、『Ra*bits』の面々とちょうど出会し、なずな先輩に声をかけられる。

「『Ra*bits』の調子はどうですか?」
「順調も順調!なんと、準決勝まで勝ち進んだんだ!」
「えっ!?本当ですか!?」
「はい!今でも夢みたいです、僕たちが準決勝まで来ちゃうなんて…!」

なずな先輩の発表に、私は歓喜の声を上げ、しののんと手を取って跳ねてしまった。今更だが私より女子力が高そう。

「ただ、準決勝の相手は『Trickstar』なんだ。もう片方は、『fine』と『UNDEAD』みたいだぞ」
「わ、朔間先輩たちも勝ち上がってるんですね。それだけでもう心強い…!」
「安心するのはまだ早いぞ〜?あれ?お前だけか?準決勝、講堂でやるはずなんだけどなぁ」

その一言に、私はぴしりと石のように固まった。
そんな報告は受けていない。
まずい、屋台からここまで結構な距離があるし、みんなはまだのんびり腹ごしらえをしているはずだ。

「す、スマホスマホ……!あっ、もしもし真緒くん!?準決勝講堂でやるって話聞いた!?」
「知らなかったのか……。まあ急遽そう決まったらしいからな、仕方ないっちゃ仕方ないけど」
「え?真くんがまだ食べてる?中断させて!不戦勝になるよ!?」
「あはは。何だか百瀬さん、本当に『プロデューサー』さんっぽくなってますね…♪」
「『プロデューサー』というか『マネージャー』っぽいというか……」

やはり向こうは場所が変わったということを知らなかったようだ。そもそも、講堂は決勝戦だけで使うはずだったのだ。それなのに、こうして急遽変更になったということは、『そうせざるを得ない状況』だということ。

(嵐ちゃんは忠告も受けてたし……学院側は、革命を起こす起爆剤であった『Trickstar』を警戒してる。…もしかしたら、だけど)

『fine』が、会長さんが体力的にかなり消耗されていて、無駄な移動を省こうとしているのかもしれない。
そういうところは心底気にくわないけれど、つまり向こうもかなり追い込まれているということ。

(ああ、希望が見えてきてる!もしかしたら、本当の本当に、勝てるかもしれない!この学院を、みんなの手で変えられるかもしれない!)

まだ北斗くんが戻ってきていないことだけが、心残りではあるけれど。
彼は衣装が間に合っていないのか、【DDD】でステージに立ってはいないみたいだった。おかげ様でこの一週間避けられ、一度もまともな会話をかわしていないのだが。

「とはいえ、『Ra*bits』が勝っちゃう可能性もあるわけですもんね〜」
「勝っちゃうってなんだよ〜!俺らも頑張ってるんだからな!」
「ごめんなさい、私の本命は『Trickstar』なんで…♪」

まあ、パフォーマンス次第では途中から『Ra*bits』を応援するかもしれないのだ。その辺りは、公平に見るつもりである。どちらも私にとって大事な『アイドル』であることは変わりないから。

「もちろん、負けろなんて言いません。どうか全力で『Trickstar』とぶつかってください。それで彼らが負けても文句なんていいませんよ」
「当然!文句なんて言わせないぞ〜!なっ、みんな!」
「はい!精一杯頑張ります!」
「あはは、さすがにちょっと緊張してきたけど…」
「ね〜ちゃんっ、俺たちのことも応援してくれる?」
「うん、ちゃんと見てるよ。頑張ってね」




「───百瀬」


『Ra*bits』のみんなが講堂に入っていくのを見送っていると、背後から名前を呼ばれ振り返る。姿は分からないが、この声は、聞き覚えがある。

「……北斗くん?」

恐る恐るその名前を呼ぶと、向こうももう一度私の名前を呼んだ。観客たちをかき分けて、声のする方へと走りだす。
人の群を抜けた瞬間、力強い何かに腕を引かれ、私は草木の中へと引き込まれる。ざわめきが遠のいて、ようやく止まってくれた相手に顔を上げ、その姿を確認した。

「Amazing!北斗くんの呼び声で必死な顔で駆け寄るとは、まさに愛がなせる行動ですね……☆」
「…帰ります」
「待ってください!それでは呼び出した意味がないですよ!」

私を引き込んだ者の正体は、『fine』の衣装を身にまとった仮面の男性だった。たしか、日々樹先輩と言っただろうか。北斗くんと同じ演劇部の、その部長。
その人は歓喜の声を上げて、私の頭上に薔薇を散らす。赤い薔薇の花びらは、私の体にまとわりつくようにくっついてきた。それを鬱陶しげにぱっぱっと取り払う。
北斗くんではなかったことに、そして騙されたことに軽くショックを受けながら踵を返すが、力ずくで引き止められてしまう。

「何か用ですか…会長さんに何か言われました?」
「いいえ。あくまで個人的に、あなたとお話ししたくて引き止めてしまいました!」
「個人的…?」
「北斗くんの話です。あの子、ずっと浮かない顔で私が手品を披露しても無反応なんですよ!」

そういいながら私にも鳩を出したり、花を散らしたりと手品を披露する。新鮮な反応が欲しいようだが、唐突な上勢いがよく、そのテンポに追いつかない私もぎょっとするだけで十分な反応が取れない。

「さっきの声は?」
「ああ、あれは声帯模写です。私、いろんな人の声で話せるんですよ!英智の声で試してみます?」
「結構です。…あの、北斗くん、元気ないんですか?」
「おやおや、心当たり、ありませんか?」

ない、といえば嘘になる。北斗くんのことだから、裏切るような形で『Trickstar』を脱退してしまったこと、それと敵対する『fine』に入ったことに、心を痛めているんだろう。彼は、優しいから。人を思いやる心があるから。

「ちょっと、ひどい話かもしれないですけど。私が何と言っても、元気にしてあげれないと思います」

むしろ、傷つけてしまうかもしれない。少なからず、ここ数日避けられてショックを受けているのだ。『Trickstar』から離れてしまったことに関しては、もちろん引き止めたくはないけど、不満が爆発してしまいそう。
講堂から、一際大きな歓声があがる。『Trickstar』が来たのだろう。なら、もうすぐにでも準決勝が始まるはずだ。

「北斗くんと会わなくて、よろしいんですか?」

日々樹先輩の問いかけに、講堂に向かおうとした私はきょとんとした顔で振り返る。なぜ、そんなことを『fine』の人間であるあなたが言うのだろう。情でも沸いたとでもいうのだろうか。

「会いません。今会ったら、「戻ってきて」って言っちゃいます。そしたら北斗くん……困るでしょう?」

彼を困らせるようなことはしたくない。彼が『fine』であることを望むのなら、その気持ちを優先すべきなんだ。

「でも、もし彼が自分の選んだ道を、いつまでもさまようようなら、それで苦しんでいるなら……助けを呼んでほしい。そしたら、いつでもどんなときでも、助けに行きます」
「ああ、まさしく愛ですね!愛があれば、あらゆる苦難を乗り越えることができる!あなたは北斗くんのことを愛しているのですね、百瀬さん。先輩として、喜ばしい限りです☆」
「そんな簡単に愛の言葉は言いません。愛だけじゃ救えないこともあります。でも、北斗くんは私を守ってくれたから」

守ってくれると約束してくれた、あの日から。彼は私を守っていてくれた。思い返せば、いつだって彼は私の手を引いて、みんなの温もりの中へと私を引き込んでくれた。私がどこかに消えないように、ずぅっと手を握っていてくれた。

一人じゃないって、教えてくれたんだ。

「だから、今度は私が守ります。それが……今までの返礼になる」

愛してるから、なんて、本人の前じゃ恥ずかしくて言えっこないけど。
その代わりに、この身を擲ってでも守りたいものなんだってこと、証明するから。

「伝言は、それだけでよろしいですか?」

穏やかに微笑んだ日々樹先輩に、私も笑い返すと、彼は「送って行きましょう!」と高らかに宣言すると、私の体を布で覆い隠した。
突然の奇行に反応できず棒立ちになっていると、次の瞬間その布が取り払われ、歓声という名の爆撃が私に襲いかかる。

「あれ?百瀬ちゃん!?いつからそこにいたの?」
「おまえどこほっつき歩いてたんだよ。講堂にいるっていってたのに見つからないから、捜してたんだぞ〜?」

目の前にいたのは、ステージにあがる直前の『Trickstar』のみんなだ。真くんと真緒くんの声にはっと我に返り、辺りを見渡す。しかし、どこにも日々樹先輩の姿はない。

「……夢?」
「ねえねえ百瀬。その薔薇なあに?誰かからもらったの?」

スバルくんの問いかけに、私は初めて自分の手に薔薇が握られていたことに気がついた。一輪の青い薔薇は、まさしく日々樹先輩が何度もばらまいていた赤い薔薇と同じようなもの。どうやら、彼と出会ったのは夢ではないらしい。

「うん、親切な人からもらったの」
「ふぅん?まあ緒戦でおまえのファンになったやつもいるらしいからな〜!SNSで好評だったぞ?」

まさかの新事実にもはや苦笑いしか出来ない。しかし、『Trickstar』の面々は大分気分が高揚しているようで、始終笑顔だ。この歓声が、彼らを前へ進ませるための推進力になっている。

「さあ行こう!今度は百瀬にも動いてもらうからねっ!」
「ファンの声援にはしっかり答えろよ、『アイドル』♪」
「調子いいな〜ほんと」
「まあまあ、いいじゃない。その薔薇、せっかくだから衣装につけちゃおうか?」

緒戦以降はあんずちゃんに動いてもらっていたので、せっかくだし参戦しよう。『Ra*bits』のみんななら、大目に見てもらえるだろうし。

頂いた青い薔薇を胸元につけた私は、あんずちゃんに手を振って、『Trickstar』の後を追いかけた。



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