赤色に光る鬼の目 まだ完璧に理解したわけではないが、ふんわりと雰囲気のようなものは粗方わかったような気がする。衣更君から教えられた、特にドリフェスというものはプロデューサーも関わってくるようなので頭に叩き込もうと寝る前必死に思い返していた。 そのせいか少し寝不足で、うとうととしながら教室に入る。ふあっと大きく欠伸をすると、それを思い切り衣更君に見られていた。恥ずかしさのあまり机に突っ伏しているが、衣更君の笑いを堪える声はよく聞こえている。 「なんだよ、寝不足か?」 「うん、ちょっと…なかなか寝付けなくて」 「そっか。お前も太陽に弱い奴かと思ったよ」 「?」 衣更君の言葉に首を傾げると、彼は何でもないと返して別の話題に切り替えようとした。でもやっぱりさっきの言葉が気になって尋ねようとしたその時、別方向から声をかけられ振り返った。 「おはよ〜。あら、目の下に隈なんて作って、どうしちゃったの?」 そこにいたのは綺麗で端正な顔立ちをした美形の男子生徒…なのだが、口調はとても女性らしい。下手をしたら、言動も仕草も私よりも女性らしい。 その様子に呆気にとられていると、衣更君が彼に「よお、鳴上」と挨拶をした。それにつられ、私も「お、はよ…?」と彼に返すが、動揺を隠せられない。 「そういえば自己紹介がまだだったわね。あたしは鳴上嵐。気軽に『鳴子ちゃん』って呼んでちょうだい?お姉ちゃんでもいいわよぉ♪」 「な、鳴子ちゃん。う〜ん…あ、嵐ちゃんじゃダメ?」 「うふふ、大歓迎よ。よろしくね、百瀬ちゃん!」 「う、うんよろしく」 私の両手を掬い取り、握手を交わす嵐ちゃんに私は押され気味で。変わってはいるけど、根は悪い人ではなさそうだ。というか、どこかで見たことあるような。 「あぁ、一応モデルやってるからかしらね。」 「モデル…!だからそんな綺麗なんだ。」 「やぁね!おだてたって何も出ないわよ!」 バシバシと私の肩をたたく嵐ちゃんは、それはもう嬉しそうだった。もちろんおだてているのではなく本心だ。顔の整っている人たちの集まりのような場所だけど、彼はその中でも綺麗な人だったのだ。モデルなら、もしかしたら私も見かけたことがあるかもしれない。 「そういえば衣更くん以外と全然話してなかったなぁ…」 「まあ転校初日だったしな。変わった奴が多いけど、そのうち仲良くなれるって」 (変わった奴って、嵐ちゃんみたいな人のことかな?) 確かに見てるだけではアイドル科と言われるだけあってかっこいい人ばかりだけど、話してみないとよく分からないよね。 今日は衣更君は生徒会のあれこれで忙しいみたいなので、お昼や放課後を使って1人で校内を歩き回ることに決めた。教えてもらった場所以外は行かないよう、確かめながら辺りを見渡す。 「こっちが購買と食堂で…こっちがガーデンテラスだっけ」 記憶を辿りながら、昨日案内された通りに歩いていく。こっちの道は人が少なくて、大分興味の視線から外れることが出来たので、少し安心した。男子生徒しかいないアイドル科の中に、私みたいな女子生徒が混じっていたら嫌でも目立ってしまう。 「…うわっ!?」 ぼんやりと考えながら歩き続けていると、何かに躓き盛大に転んでしまった。ここら辺で躓くような段差なんてあっただろうか。ふと後ろに目をやると、小さなうめき声が聞こえ、目を見張った。 「…なんなの…安眠妨害なんだけど?」 「う、あ…ご、ごめんなさい…」 うっすらと開かれた赤い目をこちらに向けた彼は、私の謝罪にゆっくりと体を起こした。そこでようやく、私が躓いたのは段差ではなく、この人だということを理解した。 「…なんで女子生徒がここにいるわけ?ここ普通科じゃないんだけど…」 「あ…えっと、私は普通科じゃなくて…新しく実装されるプロデュース科として昨日転校してきて…」 「…あぁ…ま〜くんが世話してるあれね…」 「ま〜くん…?」 「まぁどーでもいいけど。せいぜい俺の眠りは妨げないでよ」 大きな欠伸をしたその人は再び寝転がろうとしたが、ぴたりと動きを止め、座り込んでいた私の手をつかんだ。その手は土や草に紛れて赤い色が滲んでいる。痛みなど全く感じていなかったが、どうやら転んだときに擦りむいていたようだ。 しかし、なぜこの人はそれが分かったのだろう。私自身も気づいていなかったのに。彼はじっとその赤色を見つめた後、舌なめずりをして「いただきます」と言ってその傷口に舌を這わせた。 「……っ!?」 ぞわりとした感覚が全身に行き渡り、声にならない声をあげた。硬直する私に対し、目の前の彼は一通り舐め終わると、意外そうな顔をした後満足げに微笑んだ。 「思ってたより…というか、今までで一番甘くて美味しいかも…?」 「…?、!?、!?」 「これなら俺のこと蹴ったの見逃してやってもいいかな。もうちょっと飲めそうだし…」 身の危険を感じた私はその手を振り払って駆け出した。追ってくる気配はなかったが、それでも出きるだけ遠くに逃げたかった。 まさか血を飲まれるなんて微塵も思わなかった。というかあの人は一体何なんだ!? 「おーい凛月〜。もうすぐ授業始まるぞ〜」 「あ、ま〜くんじゃん。もうそんな時間…?めんど……」 「お前いつもそんなんだから留年なんかするんだよ。…そうだ、この辺で女子生徒見なかったか?」 真緒の言葉に、凛月と呼ばれた人物はうっすらと眠たげに目を開いて真緒を一瞥したあと、首を横に振った。百瀬が逃げた先を一度見やるも、そこには誰の姿もない。教室に戻るよう急かす幼なじみにため息をついて、凛月は重たい腰を上げた。 私は傷口の周りについた土を洗い流し、教室に戻って絆創膏を貼る。それを見ていた嵐ちゃんが「その傷どうしたのぉ?」と尋ねてきた。 「さっき転んじゃって…」 「あらぁ、百瀬ちゃんったらおっちょこちょいなんだから!でも大きな傷じゃなくてよかったわ、女の子に痕なんて残ったら大変だもの!」 「そんな大袈裟な、」 大袈裟じゃない!と私の声を遮り、嵐ちゃんは少しだけ声を張った。今ので私のがさつな面が見抜かれたようで、嵐ちゃんからの説教並みのトークが続く。タメになる話も多いのだが、走ってきたばかりなので少し休ませてほしいというのが本音だった。 嵐ちゃんのトークが終わり、自販機で飲み物を買って教室に戻る途中で、後ろから声をかけられた。 「お、いたいた。捜したぞ〜」 「あ、衣更くん。ごめんね、ちょっと外に出て、て……え?」 衣更君が私に歩み寄ってくるのを見て足を止めたが、衣更君の後ろについていた人物に、私の体は完全に凍りついた。 先ほど、私が蹴ってしまった人物であり、私の血を舐めた人物でもあるその人は、私の姿を視界におさめると、うっすらと目を細め、私に近寄ってきた。 「…あー、もう絆創膏貼っちゃったの」 「あ、あの」 「ふふ、俺が同じクラスだって、気づかなかった?」 ごめんなさい、気づかなかったです。 私の手を掬い取った彼は、そっと絆創膏を撫でると笑みを浮かべて「これからよろしくね、転校生」と囁いて離れていった。衝撃の連続で声が出ない。呆然としている私に、「なんだ、もう話したことあるのか?」と衣更君が問いかけてきて、首をぶんぶんと横に振った。 「朔間凛月っていうんだ。一応俺の幼なじみなんだけど…日の光に弱いみたいでさ。日中はほとんど寝てるし、そのせいで留年するしで困った奴なんだ。寝起きは機嫌悪くて口も悪くなるかもしれないけど、悪気があるわけじゃないから、大目に見て仲良くしてくれると助かる」 「…う、うん。あの、衣更くん…」 「ん?」 あの人、血を吸うんですか? なんて問いかけは、喉につっかえてなかなか出てこなかった。それを飲み込んでなんでもないと、首を振る。席につき、ちらっと朔間くんの方を見ると、ばっちり目があってしまった。 逸らそうにもその赤い目から逸らす事が出来ず、彼は小さくこちらに手を振る。ああ、もしかしたら厄介な人に目を付けられてしまったのかもしれない。 ほんの少し、いやかなりの危機を感じ、この学院をやっていけるのだろうかと不安になった。 prev next |