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騎士VS狂言回し

「真緒くん、大丈夫?」
「大丈夫!伊達にバスケやってないからな。お前一人運ぶくらい余裕だって」
「いや、そういう割には息切れて」
「う、うるせえ格好くらいつけさせろよ!」

ステージにたどり着いて、真緒くんはゆっくり私を下ろす。端から見れば女の子をここまで運んで息を切らす不格好な男の子。
でも私から見れば、十分すぎるくらい、惚れてしまってもおかしくないくらいには、格好良い。

「……な〜んか、狡いよねぇ、真緒くんって」
「はあ?何がだよ。あっ、俺の衣装これか?」

真緒くんに急いで着替えてもらっている中で、あんずちゃんに見た目のチェックをしてもらう。ウィッグもずれていないし、ちゃんと固定すれば、踊る分には大丈夫だろう。
それを終わらせた後に袖から観客席を見ると、そこにはたくさんのお客さんがいた。
どうやらあのお客さんたち、あんずちゃんの友達や、普通科にいる弟さんの声がけによって集まった人たちらしい。本当にあんずちゃんという人は、すごい子だ。予想外のところで予想以上のことをしでかしてくれる。こんなに心強い味方、ほかにはいない。
着替え終わった真緒くんもチェックが終わり、私の隣に立つ。ああ、ステージに上がる前って、こんなに緊張するんだ。
ドクドクと鳴り響く心臓の音を感じながら、私はひなたくんに言われたことを思い出した。逃げ出したくなったとき、怖くなったときの対処法。

「ま、真緒くん」
「? なに……っ!?」

振り向いた真緒くんに、私は不意打ちを仕掛けるようにその体に抱きついた。少し、いやかなり恥ずかしい行為だったけれど、不安と緊張がどんどん解れていくのを実感する。
そんな私に対して、真緒くんは相当驚いたのか珍しく動揺していた。

「な…っ急にどうした!?」
「ひなたくんが、逃げ出したくなったら仲間とスキンシップすれば落ち着くよって言ってたから……」
「お、お前なあ!スキンシップったってもっと他にあるだろ!?」

言われてみれば確かにそうだ。でも他にどうすればいいのか分からなかったので、ひなたくんにされたことをそのまま実行してみたが、うん、正直恥ずかしくて顔を合わせられない。
離れるタイミングを見失っていると、ふいに感じたのは後頭部を優しく撫でる感覚。

「…あー…落ち着いたか?」
「……あはは。うん、すごく。ありがとね真緒くん」
「俺もある意味刺激になったよ、お前のスキンシップ」

いよいよ照れくさくなって、私は逃げるようにあんずちゃんの体も抱きしめた。覆面をしている彼女がいったい、どんな顔をしているのか分からないけど、耳元でふふっと笑い声が聞こえ、彼女はぽんぽんと私の背中を叩いた。まるで母親のようだ。

…本音を言えば、怖くて仕方ないけど。

それ以上に私は嬉しい。こうして真緒くんが戻ってきてくれて、『Trickstar』としてステージで輝いてくれることが。

そしてそれを、また間近で見られることが。
彼がアイドルを楽しむ道を選んでくれたことが、心から嬉しいと思えるよ。



(…百瀬。前のS1で俺に言ったこと、覚えてるか)

あの時お前は俺に、『迷っている君に一番、ライブを心から楽しんでほしい』って言ってくれた。正直、出会って一ヶ月も満たない女の子にそんなこと言われてもって最初は思ったけど。
でもその一ヶ月も満たない期間は、俺たちにとって色んなものが詰まった期間で。

(偶然この学校に転校してきて、偶然同じクラスになって、偶然隣の席になって…偶然が重なった結果、俺とお前はまるで必然みたいに仲良くなって、仲間になれて…)

そんなお前だから、そんなお前の言葉だったから、背中を押されて、『S1』のライブは、本当に楽しかったんだ。お互いが違う立場、けれど、『アイドル』と『プロデューサー』という、切っても切れない関係性。

(でもな。あの時のライブは、お前が俺に楽しんでほしいって言ったように…お前にも、楽しんで欲しかったんだ)

それは今だって変わらない。
自分が傷つくことも厭わず、ただただ必死に、苦しんでもがいて、つらい思いをしても、ひたむきに俺らに色んなものを与えてくれたお前に、誰よりも楽しんでほしいから。
不安なのだろう。緊張ぎみに体を強ばらせている百瀬の手を掴む。その手に百瀬は目を見開いて、顔を上げた。

(あー…勢いで手掴んじまったけど、なんて言おうかなんて、決まってなかったな。…いや、思ったこと、そのまま言えばいいのか)

黙ったままの俺を不審に思ったのか、百瀬が「真緒くん?」と呼びかける。その声に我に返って百瀬の目を見て、客の声に飲み込まれないような、はっきりとした声でこう告げた。

「…多分、お前と同じステージに立つのは、これが最初で最後だと思う。でも俺は嬉しいよ。意外な仲間と、歌って踊れんるんだからな。だから…一緒に楽しもう、全力で」

俺の一言に、百瀬は目を瞬かせて、それからしっかりと頷いた。
そう、その笑顔が見たかった。

(お前の笑顔は、そこら辺の奴らなんかより、ずっとずっとキラキラしてる。贔屓目なしで…俺らにとって、価値があるんだ。スバルが『百瀬の笑顔が大好きだ』って言ってた意味、今ならよーく分かるよ)

なぜなら俺も、百瀬の笑った顔を見るのが、大好きだから。

 *

(…うん。ひなたくんとゆうたくんにレッスンしてもらったおかげで、真緒くんのバックダンサーぐらいにはなれてるかな)

正式なメンバーではないから、あまり目立ちすぎないようにしなければ。最悪生徒会が嗅ぎ付けて、退場させられる可能性もある。まあ、『Knights』のメンバーがバラしてしまえば、その努力も水の泡になるが。

(それっぽい様子は一切見せないなあ。嵐ちゃんも凛月も、一年生の子も。あの赤髪の子に気づかれないのはともかく、凛月にはバレてるはず…?)

ちらっと凛月の方に視線を向ければ、凛月とばっちり目が合ってしまう。そのことに動揺し、動きを一瞬止めると、凛月はにやりと妖しい笑みを浮かべていた。

(うわ…何今の表情?何かたくらんでるとか?う〜…さすがは朔間先輩の弟、侮れない…!)
「お〜い、考え事してるくらいなら、体動かせよ。ずぅっと俺がメインで立ち回ってるわけにはいかないし、あんずはお前ほど踊れない。頼みの綱はお前なんだから」

踊りが疎かになっていたのだろう。それに気づいた真緒くんが、私に声をかけてきた。確かに、あんずちゃんは踊れないけど、私だって大差ない。そのことを必死に伝えたが、真緒くんは面白がって私を前へ引っ張り出した。

「だったら一緒に踊ろうぜ、なんなら歌ってもいいぞ。お前の曲なんだから!」
「ま、真緒くんどうしたの?歌いなんかしたらソッコー退場だよ!」
「ああ、そっか。悪い!な〜んか大分テンションあがってるみたいだ!」
「う、嬉しそうに言われると断れない…!」
「いいじゃねえか。お前も楽しもうぜ。今だけはお前も、俺と同じ『アイドル』なんだ!」

真緒くんに手を引かれるまま、ステップを踏み続ける。まだ、ステージで踊るのには抵抗がある。だって、恥ずかしいし、人の目をこんなにも浴びたことがないから、恐怖を覚える。

でも、不思議と真緒くんに言われると、本当に自分が『アイドル』になった気分だ。

(……変なの。この間まで、何も出来ないただの臆病な女の子だったのに。ねぇ百瀬。今あんた、本物の『アイドル』みたいに踊ってるよ。あんたの大嫌いな『アイドル』)

ステージ上で真緒くんと一緒になって踊り出した私に、凛月はほくそ笑んだ。こんな日中で彼がそんな風に笑うのはごく稀であろう。

(矛盾してるよねぇ。嫌いなのに、それになりきってそんなにこにこ笑っちゃって。…面白い。だから今回だけはバラさないでおいてあげる。あとで何か奢っても〜らお♪)

なんとか場は繋がっているけれど、相手は強豪ユニット『Knights』だ。器用な真緒くんでも、さすがに限度がある。むしろよくここまで持っていられるな、と感心するレベルだ。

(スバルくんまだかな…!?さすがにこれ以上は厳しいぞ〜…?)

真緒くんも、最初から全力で踊っているから、体力的にキツいところだろう。せめて、スバルくんが戻ってさえ来てくれれば、まだ戦えそうな気はするのだが。と遠くを見つめる。

「……あ〜。俺たちもようやっと休めるか?」
「え?何言ってんの真緒くん。まだスバルくんたち、戻ってないよ。幻覚でも見えてる?」
「お前の方こそ慣れないことして、意識朦朧としてんのか〜?よく見ろよ、ちゃんと来てるぞ、2人とも!」

真緒くんにぱしんと背中を叩かれ、前のめりになってよろめく。顔を上げて、真緒くんの指差す方向をみると、そこには赤と青の、私たちと同じ衣装を着た。

「スバルくんに、真くんも……!」

歓喜を声に滲ませると、それに気づいたスバルくんと真くんは、笑顔でこちらに手を振って駆け寄った。そして、真緒くんの姿を見て、素っ頓狂な声を上げる。

「サリ〜!?」
「い、衣更くん!どうしてっ?」

もはや微笑ましくなるほどよく似た驚きの表情を浮かべている。本来すぐに舞台にあがるべきたが、たまげてしまってそれどころではないのか、棒立ちになっていた。

「お化けでも見たような顔してんじゃないよ、俺がここにいるのが不思議か?なんつ〜か……。俺も結局、『Trickstar』だったってこと♪」
「何の説明にもなってないけど……細かいことは後!2人とも、早く早く!」

急かした私に、スバルくんたちは慌てて舞台に上がり、私たちの隣に並ぶ。あっという間に『Trickstar』が3人揃ってしまったことに、少し涙が滲む。ステージじゃなければ、泣き崩れていただろう。
正直、今この場で久々に会った真くんに抱きついてその体温を確かめて、存在と安否をこの身に感じたいところなのだが。

「あはは。サリ〜に飛びついて顔面ペロペロ舐めたい気分だけど、そういうのは終わってからにしよう!ううん!勝ってから、あらためてっ☆」
「犬みたいだよねほんと〜…?とりあえずは『S1』と同じ曲目で組んでるよ」
「順番は入れ替えて、北斗の部分は百瀬に頼んだから……つーかこいつ、みんなの分のパート覚えてんのか?怖いくらい振りが完璧なんだけど」
「あっはは、ご本人に褒められるなんて光栄だっ♪」

次からはスバルくんたちのソロ曲だから、ようやく私も真緒くんもあんずちゃんも、体を休めることが出来る。疲れすぎてテンションがおかしなことになっているのか、そんなことを言っていると、真緒くんに「酔っ払ってんのか〜?」と軽口を叩かれた。

そのとき。

「ゆ〜う〜く〜ん?」

ステージの床に、ぺたりと、白い手のひらが載せられる。そこから姿を現したのは、なんと瀬名先輩だった。どうやらここまで真くんを追ってきたようだ。なんて執念深い人なのだろう。

「あの人もステージにあがるの?じゃあ、私もまだいようかな」
「ええ?だ、大丈夫?衣更くんと一緒に、ずっと踊ってたんでしょ?」
「あの人には物申したいことが山ほどあるの!とにかく真くんを監禁したことは許せないっ」
「は?なに、監禁?おまえそんなことされてたの?」

初耳だと言いたげに怪訝そうな顔をする真緒くんに、真くんが肯定する。そうだ、監禁されていたという事実も私たちは先ほど知ったばかりだから、真緒くんが知らなくて当然の話だった。

しかし、聡い彼はすぐに推察し、思索を巡らせる。

そんな中、瀬名先輩は真くんだけを見つめ、息を乱しながら近づいてくる。それを遮ったのは『Knights』のメンバーだった。今は『Trickstar』の出番のため、邪魔をするわけにもいかないからだろう。

「百瀬、もし嫌だったら、耳を塞ぐか、後で俺のことひっぱたいてくれ」
「え?」
「おまえ、あんまり汚い手を使うのは嫌いだろ。だから、今回だけ頼む」

真緒くんが、一体何を言っているのか分からなかった。困惑する私を後目に、真緒くんはマイクを手に取り、観客たちに呼びかける。


『みんな聞いてくれ!卑劣にも、『Knights』の瀬名泉は【DDD】に勝利するため、俺たち『Trickstar』の大事なメンバーを拉致・監禁していたんだ!』


マイクで拡大された声が、校舎裏に朗々と響く。やや演技過剰に、真緒くんが真くんを引き寄せてぬいぐるみみたいに抱きしめる。それから側にいた私も抱きしめて、歌い終わったスバルくんを、私が引き寄せた。
その意図を察したのか、彼はあんずちゃんの手を優しく握り、5人が密着する。
ちらっと『Knights』の方を一瞥すると、姦しく言い争いをしている中、凛月だけが真緒くんの意図を察したようだ。「まずい」みたいな顔をしているが、もう時すでに遅し。

『全員揃えば、俺たち『Trickstar』は無敵だ!長年、この夢ノ咲学院を恐怖と圧制で支配した生徒会の『紅月』を倒したのも!何を隠そう、この俺たちだったりする!』

それは、まぎれもない事実だ。革命を成し遂げたという偉業のみを高らかに示した。

『俺たちが、夢ノ咲学院を変える!笑顔と希望で溢れた、アイドルの楽園に……!』

まるで綺麗事しか口にしない政治家のように、大衆を導こうとしている。これは、生徒会役員として過ごしてきた彼だからこそ、成せる技なのだろう。
誰からも好かれ受け入れられる優しく穏やかな笑顔で、真緒くんは片目を瞑って言ってのけた。

『みんな、応援してくれよっ♪』

時折それっぽい嘘を織り交ぜながら、観客たちにわかりやすく、『勧善懲悪の物語』を信じ込ませる。でも、一般人は非日常に弱い。この演説で、『Knights』を糾弾できるとは、とても───

「瀬名先輩!先ほどのAnnounceは事実ですかっ、何ということを!卑劣です、それが紳士のやることですか!?」
(ん?んんん?あれっ、『Knights』の子、完全に信じ切ってる!?)

まさか、観客より先に敵が信じ込んでしまうとは。
予想外の出来事に、私は真緒くんと顔を見合わせる。想定外ではあるが、これは、作戦成功ということだろうか。

「はあ。汚い手っていうから何事かと思ったけど……。汚れ仕事を真緒くんだけに背負わせる方が嫌だよ」
「そうだよサリ〜。水臭いじゃん!」
「あはは…説教ならいくらでも聞くから、後回しにしてくれ。ちょっとでも油断したらやられるのは、変わってないからな」

たしかに、先ほどの演説のあとでも『Knights』は引き下がるつもりはないらしく、むしろそれに噛みついてきたように思える。あくまで、騎士のように、優雅に華々しく。
しかし、この緒戦は、いや、【DDD】の主役は、『Trickstar』だ。何が何でも譲れない。

ふいに、瀬名先輩と視線がかち合う。来たばかりの瀬名先輩が、まさか私が私であることに気づいているとは思えないが、先輩の行動に腸が煮えくり返るほどの怒りを感じているため、挑発的に、べっと舌を突き出して見せた。
そんな私を見た瀬名先輩は、一瞬硬直するも、すぐに我に返り、わなわなと震え出す。

「〜〜〜チョーうざぁい!!!」

マイク越しではないのにしっかりと聞こえた怒号に、私は面白おかしくて笑ってしまう。それを端から見ていた真緒くんには、「こらっ」と叱られてしまった。

決着は、近い。
波乱だらけの嵐のごとき【DDD】一回戦が、終結しようとしていた。



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