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迎えに来たよ

スバルくんの姿の見えなくなって、大きく息をつく。本当は私も行きたいけど、ここには二人残っていなくてはならない。彼が戻るまでの間、誰かが守っていなくてはいけないのだ。

「……ほんとうにそれで良いのか?」
「え……?」
「離れた『Trickstar』は、遊木くんだけではなかろう。おぬしの一番側にいたはずのメンバーは……まださ迷っておるよ」

でも、スバルくんに尽くせと言ったのは先輩じゃないか。そう返した私に、朔間先輩は物分かりの悪い子じゃの、と私の頭を小突く。

「もう時間が来ておる。……誰かの助言など、いつかは力を失うものじゃ。嬢ちゃんは、自分の足でもう歩けるじゃろう?」

その言葉の意味を理解出来たのは、案外早かった。はっとしたように顔を上げて、私はあんずちゃんをみる。覆面をつけているから、表情なんてものは見えない。いや、彼女は基本無表情だけど。

「あんずちゃん…ごめん…私…!」

震える声でそう発した瞬間、背中を押されて前につんのめってしまう。見れば、あんずちゃんは私に向かって手を振っていた。「行っておいで」と、そう言うかのように。

「っありがとう!緒戦が始まる前には、必ず戻るから!」

背中を押された勢いのままに駆け出そうとしたが、『Knights』メンバーの前を通りかかろうとした瞬間に、凛月くんと目が合う。気怠げな視線が、私のこれからの行動を咎めるようで少し居心地が悪い。
そんな一瞬の戸惑いに気づいたのか、凛月くんはにゅっと手を伸ばして、私の腕を掴み、小声で囁いた。

「どこ行くつもり」
「真緒くんのところ。お願い、行かせて」
「行ったところで戻ってこないよ。あんたも分かってるんじゃないの?」
「──凛月!」

凛月の名前を咎めるように呼ぶと、凛月は驚いたように目を見張る。それからやがて、諦めるように私の手を離した。

「生意気…どうなっても知らないよ。それで泣く羽目にになったとしても」
「…ごめん。それでも、私は真緒くんとステージに立ちたい」

これ以上、我慢なんて出来ない。
私はまだ大人になれない子供だから、まだこの我が儘が許されて、貫いてもいいはずだから。

それで友達が、真緒くんが笑ってくれるなら、本望だ。

「……凛月先輩、その方とお知り合いですか?私、見覚えがないのですが……?」
「知らない。こんな分からず屋」

『Knights』の赤髪の子が凛月にそう問いかけるが、凛月は不機嫌そうに顔をゆがめ、べっと舌を突き出すと私に背を向け、日陰にこもってしまった。その姿を見て苦笑いを浮かべていると、赤髪の子と目が合う。
後輩の前でいじけるなんて、格好つかないぞ、なんて思いながら、戸惑う彼に私はぺこっと頭を下げて、そこから走り出した。


 *


「真緒くん…真緒くん…!」

必死に、彼の名前を何度も呼ぶ。
学院を駆け回って、辺りをキョロキョロ見回していると、見覚えのある赤毛を見つけて、急いで駆け寄った。

「──真緒くん!!!」

自分の出せるだけの声を出して、叫んだ。
私の声に、真緒くんは弾かれるように振り返る。私の姿を見た真緒くんは、一瞬分からなかったみたいだが、声ですはっきりと私だと気づいたようで、驚きながらもこちらに歩み寄ってきた。

「お願い真緒くん!少しでも『Trickstar』に気持ちがあるのなら、今回だけでいい!『Trickstar』としてステージに立って!」

私は真緒くんのことが好きだ。大好きなんだ。
たとえ『Trickstar』を脱退して紅月になったとしても、その気持ちは変わらない。真緒くんが望むのなら、君をひき止めることはしない。でも、私が一番好きな真緒くんは、『Trickstar』としてステージに立つ真緒くんだから。

『Trickstar』として、笑顔で心から楽しそうに歌って踊る君が、大好きだから。


「私たちと一緒に、ステージに立って、真緒くん!」


私の必死の懇願に、 真緒くんは顔を俯かせる。やはり無理なのだろうか。真緒くんはもう、紅月としてこの先進むことを、決めてしまったのだろうか。淡い期待を抱いた自分が、馬鹿だったというの。

ああ、もっと早く、彼を引き留めていれば。

後悔の念が押し寄せてきたそのとき、小さく息を吐いた真緒くんが顔を上げた。

「タイミングがいいんだか、悪いんだか……」
「……え?」
「……ごめんな、今まで。俺、ふらふらして、生徒会とTrickStar、どっちつかずの生活で、俺自身何がしたいのか分かんなくなって…結局将来のためを考えて紅月になることを決めた後でも、もやもやが消えなくて……」

今まで誰かに頼られても、誰かを頼らずにしてきた真緒くんの、本音。一度だってその片鱗すら口にしてくれなかった彼が、心中をさらけ出した。

「お前はちゃんと、生徒会と戦おうって意思表示して、前を進んでるのに。本当、情けない……。合わせる顔がないって、思ってたのに。それでもおまえたちと目指した夢が、諦めきれなかったんだ。お前等はこんな裏切り者のことなんか、受け入れてくれないだろうけど…」
「情けなくなんかないよ。迷って当然。私だって、スバルくんに拒絶されたときはショックで……一度は諦めようって、思ってた」

背中を押されなければ、きっと今も立ち止まったままだった。みんなが私にそうしてくれたように、私も真緒くんに、そうしてあげたい。

「だから、迎えにきたよ。真緒くん。誰がなんて言おうと、私は裏切り者でも、情けない奴でも、真緒くんなら受け止めるよ」
「……あはは、やっぱお前にはかなわないな。不思議だよ、本当に…。お前にそう言われるだけで、こんな……」

こんなにも、安心出来るなんて。
真緒くんの小さな呟きは、私の耳には届かなかったけれど。きっと嬉しい言葉なんだろう。真緒くんの表情を見て、なんだかそんな感じがした。

「俺を迎えにきたってことは…すでに衣装も用意してあるんだろ?」
「……!うん!」

真緒くんの言葉に大きく頷いて、私は真緒くんの手を引っ張った。ああ、こんなにも嬉しいことが、今まであっただろうか。君のこの手の温もりも、困ったような笑顔も、一週間しかたってないのに、ずいぶん久しぶりに感じた。
真緒くんを探すのに走り回っていたから、もう体力はほとんど残っていないけれど、ステージに向かうまで持ってくれればいいんだ。

「おい、おいっ、待てって!」
「! な、なに?急がないと不戦勝になっちゃう…」
「お前もステージに立つんだろ?そんな走り回って、大丈夫なのか?」
「えっ…いや、あっちにはあんずちゃんもいるし…真緒くんと2人がいるなら、私はステージに立てなくても…」
「何言ってんだよ。「一緒のステージに立って」って言ったのは、お前だろ?」

真緒くんがそう言って笑った瞬間、身体が慣れない浮遊感を感じて目を丸くする。「よっと」という声を間近に聞いて、ようやく自分が真緒くんに抱えられていることに気がついた。

「は、…は!?真緒くん!?なにしてんの!?」
「あー、暴れんなって!このままステージまで行くからな!案内よろしく!」
「よろしく!じゃないよ。降ろして、こんなの恥ずかしすぎる…!」

何事だとこちらに視線が集まっているのを感じて、死にたくなってきた。
なんでこんな時にクラスメイトに抱えられなきゃいけないんだ。私のことなんて、むしろ置いていってくれても構わなかったのに。真緒くんだって、こんなところで無駄に体力を使っている場合じゃないのに。

「悪いな。でも俺、お前と同じステージに立つの、ちょっと楽しみだったりするんだよ…♪」

さっきまでの悲観っぷりが嘘のような眩しい笑顔。そんな彼の言葉は、私の中にじんわりと染み渡ってきて。
こみ上げる嬉しさを表すように。
もう二度と、この温もりを手放さないように。

「真緒くんの、馬鹿………」

私は、全力で地を蹴る彼の首に、ぎゅっとしがみついた。



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