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騎士の矜持

「うんうんっ、すっごい似合うよ百瀬!でもそのウィッグ?どこから持ってきたの?」
「昔使ってたことがあってね、それを引っ張り出してきた。これに帽子を被るってなると蒸れちゃうけど……まあ仕方ないよね」

『Trickstar』と同じ衣装を身にまとう私に、スバルくんは気分も高揚しているのか、少し声のボリュームが大きい。あんずちゃんも私と同じ、『TrickStar』の衣装の布を使った衣装を来て、覆面をつけていた。

「私まで顔隠しちゃったら、怪しすぎるもんね〜。でも髪型が違うだけで、大分印象も違うでしょ?」
「うん。これはぱっ見じゃ、百瀬だって気づかないね」

それならよかった。ステージで歌うことは無理だけど、スバルくんと一緒に踊ることも可能だろう。バレなければ、の話にはなるが。

「とりあえずは、舞台に立てる。2人の、おかげで」

部屋の外は、もう戦場。
それなのに、部屋から出てもスバルくんは、散歩をするかのような歩調だ。なぜだか上機嫌な彼が笑っていてくれると、心の底から安堵する。
たぶんあんずちゃんも、同じ気持ちのはずだ。

「勝ち残れるかどうかは、神のみぞ知る。最善を尽くそう、えいえいおうっ☆」

握られた手が、いつもより冷えている気がする。そんな彼の手を両手で抱き寄せるようにして握りしめた。彼も不安なのだろう。怖いんだろう。
当然だ。だって彼はアイドルである前に、高校生の男の子なのだから。そのことを、よく知っているから。

この強がりの笑顔を、守り抜くんだ。

どうにか空いているステージを探し、そこで準備をしつつ待機をする。しかし、なかなか相手のユニットが姿を現さない。待つだけの時間は、苦痛でもある。
自分を鼓舞していたスバルくんも、やがて力尽きて舞台の上で仰向けに寝転がってしまった。

「うう、不安だ〜!やばい、緊張してるのかもっ!」

あんずちゃんも落ち着かないのかそわそわしながら辺りを見渡したりしている。かくいう私も、この鬱屈を吹き飛ばしたいが、どこで誰が聞いているのかも分からないので、あまり声を出すわけにはいかない。

「くっくっく♪珍しくテンパっておるようじゃのう、まぁ無理もないがのう?」
「あっ、朔間先輩!」

私たちの全身をすっぽりと包むように影がさし、驚いて顔を上げる。いつの間にか、真後ろには朔間先輩が立っていた。相変わらず、いっさいの気配を感じない。
彼も【DDD】に参加するのだろう。漆黒の『UNDEAD』の専用衣装を身にまとっている。

「相変わらず神出鬼没だなぁ、何か用?」
「……ま、まさか『Trickstar』の緒戦の相手が『UNDEAD』…とか言わないですよね?」
「ええ!やばいよ!勝てる気がしない〜!」
「くくく。褒め言葉として受け取っておこう」

恐る恐る尋ねると、スバルくんは過敏に反応し声を上げた。微笑ましそうにしながら、朔間先輩は『UNDEAD』はもうすでにほかのユニットとの対決が成立している、と校舎の向こうを指差した。

「あっ、ほんとだ。大神くんっぽいエレキの爆音がする」
「よかったぁ、朔間先輩たちとは戦いたくないもん〜♪」
「でも……お互い勝ち進んでいけば、ぶつかることもあるんですよね?」
「うむ。そのときは、お手柔らかに頼むぞ?」

頼みたいのはこちらの方なのだが。しかし、彼からは不思議と恐怖は感じない。『UNDEAD』はユニットの方向性もあってか、過激な発言が多いけど、正々堂々、誠実に向き合ってくれることが分かる。

「それにしても……そこにおるのは百瀬の嬢ちゃんかえ?いやあ、本物の男の子かと思ったぞい」
「でしょでしょ!これで声も男っぽかったらいけたんだけどね!」
「歌えない分は踊りで頑張るから、勘弁してほしいな〜…?」

あまり要求が多いとキャパオーバーしてしまう。とはいえ、スバルくんばかりに負荷をかけたくはないため、私も男の子っぽい声だったらよかったのにと思わなかったわけではない。

「雑談しておる場合ではないのう。どうやら、おぬしの対戦相手がお出ましじゃぞ?」
「むう……?」

あらぬ方向へ視線を向けた朔間先輩と同じように、そちらに目を向ける。
その集団の印象を一言で表現するならば、華麗、だろうか。軍服じみた仕立ての衣装を身にまとい、これから戦闘をするとは思えないほど優雅に、こちらに歩み寄る。

(──うっわ!?嘘でしょ……緒戦が『Knights』……!?)

もうここからは、迂闊に声を出すことは出来ない。あまり顔を見られないように俯かせる。すると、やる気満々のスバルくんを見て、嵐ちゃんが甘い声を上げた。

「見て見て司ちゃん、あの対戦相手の子ったら、超張り切っちゃってるわよォ!かわいい〜、がんばる男の子は世界の宝よねェ☆」
「はい!こちらも油断はできませんね…♪」

いつものような口調は、どこか興奮しているようにも感じる。そんな彼に答えたのは、赤髪の少年。年齢的にはだいたい同じのはずが、彼は緊張しているのか落ち着きがない様子で、他の2人より殊更に幼く見える。
それは初々しく愛らしいものではあるが、彼もまた、あの強豪『Knights』のメンバーなのだろう。

「あ〜……どうでもいいんどけど、セッちゃんは?サボっていいなら、俺も休んでたいんだけど」

校舎裏に渦巻いた仄暗い闇にとろけながら、凛月くんが吐き捨てるように言った。
ああ、まさか緒戦でクラスメイトが2人もいるユニットにぶつかる。しかも片方は私に踊りを教えてくれた人物だ。やりにくい。

「あら、あら?見て見て凛月ちゃん、あなたのお兄さまがいるわよォ?」
「あ〜……?」
「むっ?おぉ、凛月!お兄ちゃんじゃよ〜♪」

嵐ちゃんの言葉に、気怠げに顔を上げた凛月くんにきがつき、朔間先輩は嬉しそうに両手を振っていた。突然横で飛び跳ねて自己主張し始めた彼の変貌っぷりに、流石にどん引きである。

「……いや、知らないひとだけど」
「何てこと言うの凛月!?お兄ちゃんじゃよ、おぬしのお兄ちゃんじゃよ〜!」
「呼んでるわよォ、凛月ちゃん?」
「迷惑だなぁ、通報する?」

冷たくそうあしらう凛月くんに、朔間先輩は珍しく肩を落としてしょんぼりしていた。どうやらあまり兄弟仲はよろしくないようだ。朔間先輩は凛月くんが大好きみたいだけど。

「あ〜…これはちょっと雲行きが怪しいなぁ」
「そうじゃのう。おぬしは同じクラスじゃから、性格は理解しておるじゃろうが」
「? そんな子、うちのクラスにいたかしら?」

小声でぼやいた私に対する朔間先輩の発言のせいで、嵐ちゃんに怪しまれてしまった。そのことに声を大にして怒りたかったけど、朔間先輩は特に気にした様子もなく、済ました顔をして笑っている。
その姿を、今まで朔間先輩に見向きもしなかったはずの凛月くんが、視線を向けた。そして、じとっと私の一挙一動を見つめている。

(うわ…うわぁ…バレた?バレたかな…!?)
「ねえ、緒戦が『Knights』なら……。『Trickstar』から引き抜かれたウッキ〜がいるはずだよね?」

凛月くんの視線に冷や汗が滲む中、キョロキョロと見渡していたスバルくんが、そう問いかけてきた。
そうだ。『Knights』なら移籍したはずの、真くんがいるはずなんだ。しかし、どこを見ても真くんの姿は見当たらない。そういえば、あの瀬名先輩の姿もないようだ。

「おい、『Knights』!ウッキ〜はどこにいる、でたらめな扱いをしてるなら承知しないぞ!」
「あらヤダ、かわいい!小犬ちゃんみたいにキャンキャン吠えてるわよォ、あの子♪怖ぁい、アタシを守って!司ちゃ〜ん♪」
「はぁ、ご命令とあらば最善を尽くしますが……。鳴上先輩は私より体格もよく、喧嘩も強いでしょう」

正直、守る必然性を感じない、とはっきり述べた彼の背中を、嵐ちゃんはばしばし!と叩いた。
ほぼ質問を無視されたかたちとなってしまったスバルくんは、やりにくそうにしている。

「横からすまんが。あまり優雅なやりくちではないのう、『Knights』の諸君?」
「………?」
「早めに『Trickstar』を潰しておいて、遊木真くんの帰る場所を奪う……。本人が嫌がっておるのに、無理矢理移籍させ、自由と居場所を奪って強引に自分の物にする……。あまり褒められた『やりくち』ではないのう?」

祖父が孫に諭すような口調だが、そこにはどこか迫力がある。夢ノ咲学院のことなら何でも知っている、と豪語する彼が、あえて私たちに聞かせている、おぞましい真実のひとひらを。

「『Knights』という名前が泣いておるぞ、それがおぬしらの騎士道か?」

無理やり、移籍させた。
そういえば瀬名先輩と出会ったとき、「移籍手続きはまだ」と言っていた。真くんはまだ、『Trickstar』で、尚且つ『Knights』へと移籍を拒んでいた。

(それじゃあ、今までずっと姿が見えないのは……?)

まさか、監禁?そんなこと、あり得るのだろうか。学校の規則どころか、そんなの犯罪じゃないか。
もしかしたらあのとき、近くに真くんが居たのではないかと思うだけで、足の先が震える。助けられていたかもしれない、私がそれに気づいていれば、もっと早くに。

「……耳が痛いわね」
(…嵐ちゃん?)
「アタシもね、強引なのは嫌いなのよォ?愛がなくちゃ嫌!でも、うちの泉ちゃんがやけに『新入りのあの子』にご執心でねェ?」

嵐ちゃんもあまりよく知らない、といった感じのようだ。戸惑う赤髪の子と、興味なさげな凛月くんを一瞥して、代表するように返答する。
聞いた話によると、彼らは利害関係だけでつるんでいるユニットらしく、他のメンバーのことに看過していないようだ。

(でも、どうしよう。ほんとうに監禁されてるのだとしたら、危険すぎる!今すぐ助けにいかないと……)
「……。あ〜……じゃあ、こうしよう。兄者」
「おぉ、凛月!我輩を『兄者』と呼んでくれるのか……!」

今の今までずっと私の様子を見ていた凛月くんは、何を思ったのか朔間先輩に声をかける。意外すぎるほど無邪気に反応した朔間先輩は、目元に涙まで浮かべて感動していた。

「まだ、我輩を兄と思ってくれておるのじゃなっ?嬉しいぞ!愛してるぞ〜☆」
「うざ……。兄者ならうちの新入りがどこに監禁されているか、目星はつけられるよね」
「うむ。我輩は何でも知っておるぞ、この学院のことなら何でも」
「その場所をさ、『Trickstar』に教えてやってよ。もしかしたら、対戦が始まるまでに『うちの新入り』を助け出せるかもね?」
「おぉ、おまえ意外といいやつだな!俺、絶対にウッキ〜を助け出すよ☆」

無垢に笑って見せたスバルくんだが、なぜ凛月くんはそんなことをこちらに教えてくれたのだろう。凛月くんが無条件に、こちらの利益になるようなことを教えるとは思えない。

(とはいえ、スバルくんがそれを聞いて黙ってられるわけないよね…?)
「あいつはまだ俺たちの仲間だ!仲間は助ける、絶対に!」
「ふむ、その気持ちは尊いがのう……。緒戦が開始されるまで、もう間もないぞ。果たして、仲間を捜し出して救出する余裕があるかのう?」

あっさり舞台から飛び降りて、どこぞへと走り出そうとしたスバルくんの首根っこを朔間先輩が掴んで制止する。少しだけ羨ましそうに、無鉄砲な彼を眺めながら。
もし真くんがまだ『Trickstar』に心があったとしても、『Knights』へ移籍が完了していれば、『Trickstar』として立つことは出来ない。それはルール違反になってしまう。
何も考えずに進めば、破滅を招くだけ。朔間先輩はそれを十分理解している。朔間先輩らしい大人の態度で、無理強いすることなく、私たちに判断を委ねている。

不安要素をひとつひとつ、指摘していく。現実的で、内容を選んで口にして、公平に事実を示す。

「う〜む。そういう難しいこと、後先のことは考えない!」

しかし、スバルくんはいつものように、即断即決した。

「ウッキ〜が、俺の仲間がどこにいるのか教えて!朔間先輩!」

私たちの一番星は、輝きだけを取り込んで膨れ上がり、重力を振り切って宇宙まで飛び出せそうな勢いだ。

そう、そんな君だから、私は、


「スバルくん」


何度でも、背中を押してあげたくなるんだよ。

私の呼び声に、スバルくんはぱっと不思議そうな顔をしてこちらに振り返る。きっとこのまま彼を行かせてしまえば、おそらく緒戦に間に合わない。
でも、仲間の危機を見過ごして舞台に立つ方が、私たちにとっては苦痛だから。

「行ってらっしゃい。絶対に、真くんを助け出してね」
「…っおう!俺頑張る!絶対ウッキ〜のこと助けて、戻ってくるから!だから待っててね!」

君のこと待ってるよ。この舞台で一緒に踊ることを、誓っているから。

満面の笑みを浮かべた彼と拳をぶつけ合う。何だか、私も男の子になった気分だ。
私たちを眺めていた朔間先輩は、好ましそうに微笑んで、賞賛するように頭を撫でる。そんな朔間先輩にスバルくんは抱きついて、ぐるぐる回転し、全力で抱擁してから、大きく手を振って走り出した。



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