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泣かないで、一等星

「よしよし、我ながらいい出来……♪」

舞台に立つことが決まってから、毎日裁縫を続けた結果なんとか完成形まで持ち込めた。『S1』と違って作るのは一着だから、そう時間はかからなかった。
みんながみんな【DDD】のために練習室へ向かう中、私はその衣装を広げて満足げに笑って見せた。

「あとは……帽子かなあ、顔はあまり見えない方がいいもんね。アイドル的にはよくないけど」

幸い布はまだ余っているし、作ることは可能だが、今日からスバルくんと完全に合わせて練習する予定だ。作る時間はあるだろうか。

「……なあ、連星さん」
「わっ!」

うんうんと悩んでいると、突然声をかけられて大きく飛び跳ねてしまった。振り返ると、そこにはクラスの男の子が困った顔をしてこちらの様子を窺っている。

「ええっと、影片…くん。何か用だった?」
「用…というかなんというか。俺、今日日直やねん。だから……」
「あっ、ごめん!そうだよね、いつまでも居たら、鍵閉めれないよね」

日直の人は最後に戸締まりをしなくてはいけないらしい。今日の当番は影片くんだから、なかなか教室を出て行かない私に声をかけてくれたんだろう。

「ごめんね。すぐ出てくから、もう少し待ってくれる?」
「いや、俺も急ぎやないし、ゆっくりでええよ」
「……ん?影片くんのとこは、【DDD】出ないの?」
「う〜ん…お師さんが本調子やないからなぁ…うちの『Valkyrie』は【DDD】には出んよ、たぶん」

影片くんの所属するユニットは『Valkyrie』というらしい。何だかその名前に聞き覚えがあるような気がしたけど、影片くんの視線が私の手にある布に向けられていて、「何か作るん?」と首を傾げた。

「帽子を作ろうかと思って。でも、時間がないから、作れるかどうか…」
「……ほんなら、俺が作ろうか?帽子」
「……へ?いいの?」
「あっ。で、でもあんまり出来に期待せんといて?俺、お師さんみたいに完璧には出来へんから」

期待の眼差しを向けると、影片くんはわたわたと慌てだした。そのお師さんというのが、どれほどの人物なのかは知らないけれど。たしか影片くんって、手芸部だった気がする。経験がないわけではないだろう。

「自分でやるって言っちゃったから、最後までやりたいとこだけど……本番に支障が出たら意味ないもんね。ごめん影片くん、お願いしてもいい?」
「任せとき。なるちゃんから、連星さんの話はよく聞いとったから…ちょっと気になっててん。お節介だったら、ごめんなぁ?」
「ううん、むしろありがとう。それじゃあ私、練習室に向かうから、出来たら教えてほしいな」

私の言葉に、影片くんはこくこくと頷いて布を受け取った。それからにこっとはにかんで、照れくさそうに笑う。そんな彼につられて、へらっと笑うと彼は安心したようにホッと息をついていた。

 *

「久しぶりじゃのう、嬢ちゃんや」
「お…お疲れ様です…」

練習室に向かうため、廊下を駆け回っていると、目の前に朔間先輩が現れた。まだ日中だというのに、なぜこんなところを歩いているのだろう。
何はともあれ、朔間先輩と顔を合わせるのは気まずかった。ひなたくんたちの言うとおりなら、ここ数日嫌がらせがおさまっているのは彼のおかげなので、礼の一つくらいは言わなければならないのだが、私の前に立ちはだかる彼は、目が笑っていない。

「さすがにあからさまに避けられると傷つくのう」
「う…さ、避けているわけでは……」
「一体どの口が言っておるんじゃ?」
「痛たたたたっ!?ほ、本当に会う機会がなかっ」
「あ?」
「ご、ごめんなさい!!」

言い訳しようとした私が気に食わなかったのか、朔間先輩は思いっきり私の頬を突っぱねた。さすがに彼に力の限り引っ張られたら頬が千切れてしまう。

「……なぜ何も言わんかったんじゃ。相談でもしてさえくれれば、嫌がらせなどすぐに対策出来たじゃろうに。事が起こってからじゃ、手遅れになることぐらい分かっておろう?」
「…………ごめんなさい」
「まあよい。どうせ、天祥院くんの誘いに頭が一杯で、そこまで気が回らなかったんじゃろ」

呆れ気味にため息をついた朔間先輩は、ぱっと私から手を離す。痛みに頬を押さえていると、朔間先輩は顔をしかめて私を見下ろした。

「しかしのう…。あの天祥院くんに、まさか刃向かうとは思っておらんかった。多少脅しもかけられていたはずじゃが?」
「まあ、もはや脅迫でしたけど………。そもそも、何であの人が私にそこまで拘るのかっていう点で、おかしいんです」

例えあの人が本当に私を好いているとして、利益にならないのならば切り捨てられるはずだ。特別何かを成し遂げたようなことはしていないし、惹かれる要素などこれっぽっちもない。

「曲だって、言ってしまえば私は「その程度」の実力です。プロの人に頼んだ方が、よっぽどいい曲を提供してくれます」
「……これはとんでもない天然じゃのう、いや、重傷じゃ」
「はい?」
「いや、だからこそあの天祥院くんに反抗出来たのか。天祥院くんも相当じゃが……お主もなかなかに厄介じゃ」

朔間先輩がさっきから何を言ってるのか、さっぱりなのだが。
戸惑う私に朔間先輩は、気にするなと言って私の頭を撫で回す。だから、撫でられるのは慣れてないからやめてほしい。

「もうすでに言われたとは思うが……今は明星くんに尽くしてあげなさい。いくら明星くんでも、人の子じゃ。心は不安定な状態にある」
「………ほんとうに、いいんですかね?」
「うむ。そこは嬢ちゃんの判断に任せるが、あまり他のメンバーに余所見していては、最後の光も見失うぞい」

たしかに、今スバルくんを失ってしまえば、『Trickstar』は再起不能となる。今は彼がいるからまだなんとか持ちこたえているところだ。朔間先輩や彼の言うとおり、スバルくんに目をかけてあげるべきなのかもしれない。

私が今他のメンバーに出来るのは、戻ってくるのを信じて待つことだけなんだ。


「おっ、やっと来たね百瀬!早速合わせよう!もうワクワクしちゃうなあ!」
「ええ……すぐに合わせちゃうの?ちょっと待って。準備運動させて……」
「早く早く!俺誰かと一緒に合わせるの久々だから、ぶつかっちゃったらごめんね!」

練習室を開けると、私の姿を見たスバルくんは一目散に飛びかかってきた。先に軽く準備運動をしようと荷物を端に寄せている間、何気なくこぼれたスバルくんの言葉に、動きがぎこちなくなる。

(そうだよね。……スバルくんだって、みんなとちゃんと話し合いたいはずなのに)

彼は『Trickstar』として、四人でステージに立つことを、誰よりも望んでいるのだ。私ばかりが弱音や我が儘を言ってはいられない。ちっぽけでも、ほんの少しだけでも、彼の力になるために。

せめて、この人が倒れてしまわないように…隣に立って踊って、支えなくちゃならない。

「スバルくん」
「なあに〜?…ふあっ?」
「…あんまり、無理して笑わないで。笑いたくなったときだけでいいから」

空元気でしかない笑顔を、私は両手で押さえつけた。私の言葉に、スバルくんは一瞬きょとんとしていたけれど、やがて困ったように眉を下げる。

「俺、そんなぎこちなかった?」
「ううん。いつもとあんまり変わらないよ。ただ、ちょっとくらい休んでもいいよってこと」
「……うん、ごめんね。……ありがとう」

小さく、囁くように告げられた感謝の言葉は、普段の彼とは似つかないほど、ひどく弱々しかった。



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