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月明かりの下、囁く

生徒の中には、私が生徒会についたという噂を信じる人たちと、信じない人たちで分かれているようだ。一人で行動するとなると、後者の人物たちが私の行く先を遮るかのように人だかりが出来る。
それは、「自分をプロデュースしてくれ!」という人たちだった。伏見くんに助けられて以来、これが初めてとなる。伏見くんは『fine』だから、もう私を助けないと思ったのだろう。
あっという間に囲まれて、すっかり困り果てていた、その時だ。

「散れ散れ、貴様ら!刀の錆びにしてくれようか!」

人集りを切り込むように、誰かがそう高らかに声を上げた。そして私の目の前に現れたのは、武士のように髪を結わえ、現代的な制服が似合わぬ古風な美人。
たしか、『紅月』で唯一の二年生である、神崎颯馬くんだ。
神崎くんの言葉に、みんなは動揺するもなかなか離れていかない。それを見た神崎くんは、致し方ないと鞘に収められていた、日本刀を抜いた。

(うわっ!まさか本物!?)

灯りを反射し、濡れたように輝く日本刀を見て、思わずぎょっとする。さすがにみんなもまずいと思ったのか、あちこちに散っていった。

「……えっと、ありがとう、神崎くん」
「礼には及ばない。困っているように見えたのでな。我は当然のことをしたまでである」
「でも…私が『Trickstar』に手を貸してたこと知ってるよね?」

『紅月』は汚名を着せられたのだ。本来なら、私のような存在気に食わないだろう。顔を合わせづらくて、顔をうつむかせながら問うと、神崎くんは刀を鞘におさめて、私に向き直る。

「確かに、『紅月』は『とりっくすたあ』とは敵対しておる。なれ合うつもりはないが…その前に我らは同輩でもある。有事と平時では、立場も変わろう」
「……すごいね、そういう考え方が出来る人、今時いないよ」

きっと素直で、真っ直ぐな人なんだろう。勇ましくも誇り高い。まさしく武士のような人。

「それに、転校生殿は今、板挟みにあっておられるのだろう?蓮巳殿も鬼龍殿も、心配しておられた」
「………え?副会長が?」

鬼龍先輩はまあ、分からなくもないけれど。副会長が心配とは、一体どういうことなのだろう。疑問符を浮かべる私に、難しく考えることはないと神崎くんは微笑んだ。

「ここ最近休まず走り回っている姿を見かけているのでな。敵とはいえ、蓮巳殿も人間である。義理も人情もあるのだ」
「…そっか。そうだよね。でも私は大丈夫。そう伝えておいてくれると、ありがたいな」
「うむ。承知した。…それと、『とりっくすたあ』にえぐい真似をしたこと、我から詫びておきたい」

申し訳無さそうにそう謝罪した神崎くんに、私はぶんぶんと首を横に振った。生徒会が所属するユニットだからといって、神崎くんが気に病む必要なんてない。
会長さんひとりが仕組んだことだというのは、理解しているのだから。

「もう二度と戻ってこないかもしれない。でも、それでもみんなが幸せなら、それでいいと思ってる。だから神崎くん、真緒くんのこと、宜しくね」

本人には、直接伝えられそうにないから、こうして神崎くんと話すことができてよかったのかもしれない。
副会長たちも悪い人ではないことは分かったし、『紅月』なら真緒くんも、きっと成長期出来る。アイドルとして、咲くことが出来る。
それが『Trickstar』で成せないのが、心残りだけど。

(これで、いい。代わりにもし真緒くんが、『Trickstar』に戻りたいって、そう思って助けを求めるのなら、)

全力でその手を引いて、連れ出す覚悟はとっくの昔に出来てるよ。

 *

放課後。
日が沈み、月が顔をのぞかせる時間がやってきた。

「へったくそ〜。あんた、それでステージに立つの?笑わせないでよね」

辛辣に、私に向かってそう言い放ったのは、凛月くんだった。夜だからなのか、昼よりもずっと機嫌が良いのかなんなのか分からないが、笑顔で毒を吐くのは止めていただきたい。

というか、

「なんでずっとそこにいるの?」
「面白そうなことしてたから。誰かいるな〜って思って来てみたら、『プロデューサー』のはずの百瀬が踊ってるんだもん。聞けばステージに立って踊るとか言うし?」

話さずに無視しとけば良かった。
凛月は流れる音楽に合わせるように体を揺らし、踊る私の姿を眺めている。

「作曲の方はまずまずの出来のくせに、踊りはへったくそだね〜。見てらんない♪」
「うう…!うるさいなあ!これでも頑張ってんの!」
「努力だけで報われる時代じゃないよ。ましてやもう【DDD】とかいうやつまで一週間もないのに」
「……そういえば、凛月くんのユニットは?どこだっけ?」
「教えてなかったっけ。俺は『Knights』だよ」

あっけらかんと答えた凛月くんに、私はぴたりと動きを止めてしまった。振り返って凛月くんを見ると「何変な顔してんの?」と訝しげな表情をして見つめる。

「あの瀬名先輩と同じ?『Knights』?」
「…セッちゃんのこと知ってんの?」
「まあ色々あって…。ねえ、それじゃあ真くんのこと知ってる?」
「ん〜…?もしかして、新入りのこと?新入りについてはあんまり知らない…。セッちゃんが手を焼いてることぐらいだね」

やっぱり、瀬名先輩をどうにかしないことには、真くんについて知ることは出来なさそうだ。私は振り切るように、踊りを再会させる。

「あ〜…違う違う。そこはねえ、こうやんの」

眺めていた凛月くんは立ち上がって、私の目の前で一部を踊ってみせる。私がなかなか上手く出来ない部分を、いとも簡単にやってのけてしまった彼に、思わず感嘆の声を上げた。

「えっ、す、すごい。ねえ、どうやったの?」

彼の元に駆け寄ってそう問いかけると、凛月くんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて見下ろした。
え、なにその表情。嫌な予感しかしない。

「教えてほしい?」
「う、うん……」
「じゃあ、ま〜くんと仲直りして」
「……え?」

まさかの交渉の言葉に、私は固まった。
真緒くんと幼なじみである凛月くんなら、真緒くんの変化など簡単に見抜いてしまうとは思っていたけど、そんなド直球に来るとは思っていなかった。

「ま〜くん、ここ最近ずっと上の空。それにあんたたち、前は毎日のように会話してたのに、今は全然じゃん」
「……それは」
「…まあ、いっか。時間が解決してくれるなんて思えないけど、急かすことでもないしねぇ。今回は善意の気持ちで、ダンス教えてあげる。はい、踊って見せて」

視線を泳がせた私に、凛月くんは軽くため息をつくと、そう言って曲を巻き戻し、最初から流す。
慌てて踊り始めると、もたつく私に凛月くんがあらゆるところを指摘し、手本を見せてくれた。

「うん、そこ軸はこっちの足。もうちょっと足開かないと転ぶよ。」
「痛っ、いたたたたっ!」
「うっわ、体かった」
「り、凛月くんそっちはやばっ…!!」

あまりの体の固さに若干引き気味の凛月くんだが、心なしか楽しそうである。痛みを我慢しながら一曲目を踊り終えた時点で、私の体はボロボロになっていた。
朔間先輩といい凛月くんといい、スパルタ過ぎる。血は争えないということだろうか。

「俺はまだまだ踊れるよ。ついてこれないんじゃ、ステージに立つなんて到底無理な話だね。どうするの?まだやるの?」
「……やります」
「うんうん。じゃ、俺に合わせてやってみて」

凛月くんは、私の手を取って踊り出す。夜だからだろうか、月の光りを浴びる彼は、どことなく上機嫌に見える。
その光景が、一年前の時と重なって見えて。

「痛くない?大丈夫か?」
「ん。大丈夫だよ」
「そっか!じゃあおれに合わせてみて!」


ふいに思い出した声に、思わず顔を伏せた。


「……百瀬……泣いてるの?」


凛月くんの問いかけに、私は首を横に振った。どうもiPodに仕込まれたものを聞いてから、感傷に浸ってしまう。目に涙が滲んできたが、それを抑え込んで、顔を上げて凛月くんと視線を合わせる。
そして、精一杯笑ってみせた。

大丈夫。私は今この瞬間、あなたと踊れて幸せだということを、伝えるために。

「……健気だねぇ、痛々しいくらいに。俺にもそんな顔して、笑うんだから」
「? 何か言った?」
「な〜んにも。ほら、夜はまだまだこれからだよ」

時間の許される限り、踊っていよう。

そうして私の手を引き、月明かりに照らされた彼は、今まで見た中で、一番綺麗な笑みを浮かべていた。
その後、よろよろの私をなぜか上機嫌な凛月くんが担いで家まで送ってくれた。その時のことは、あんまり覚えていない。



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