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ささやかな愛が見え隠れ

「あれ、百瀬さんじゃないですか」

ほとんどの生徒が男であるこのアイドル科の中では、その女子生徒はよく目立っていた。一年生の廊下にいるなんて珍しい、と思わず声をかけると、ジャージ姿の彼女は困った表情から一変安心した笑顔に変わった。

「よかった〜…ゆうたくん、見つけてくれてありがとう」
「先輩たちのレッスン室はこっちじゃないですよ?」
「ううん。用があるのはスバルくんじゃなくて、ゆうたくん」
「…え、俺に?」

正しく言えば、俺とアニキに用があるらしい。もうすぐ【DDD】も始まるのだから、こんなところで油を売っている場合じゃないはずなのに。
話は出来れば2人で聞いてほしいというので、俺たちのかりているレッスン室で合流したアニキと一緒に百瀬さんと向かい合った。

「実は折り入って頼み事があって」
「頼み事?俺たちに?」
「頼み事なら朔間先輩の方がいいと思いますけど…?」
「ううん。朔間先輩、昼間は激しく動けないでしょ?」

どうやらただの頼み事ではないようだ。昼間からよく動けて、尚且つ百瀬さん的に頼りやすい人物ということで、俺らが当てはまったらしい。

「その、私にダンスを教えてほしくて…」

ああ、だからジャージだったんだ。という冷静な考えもほんの一瞬で消えた。彼女の口から出てきたとんでもない頼みごとに、俺はぽかんと口を開けたまま硬直し、アニキは相当驚いたのか大声を上げた。

「え!?なんで百瀬さんにダンス?しかも俺らが!?」
「2人とも忙しいのは分かってるんだけど、私ダンスとか経験ないから見せられるもんじゃないし、手っ取り早い方法が2人に教わることだったの。スバルくんには、自分のことだけを考えてほしいから」
「い、いや。状況が上手く飲み込めない…ていうか、なんで百瀬さんがダンスを?プロデューサーなのに」

驚く俺たちに、百瀬さんは事情を説明してくれた。今、『Trickstar』が壊滅状態であること。DDDに参加するには、2人以上が絶対条件であるため、プロデューサーである転校生2人が『Trickstar』として出ること。

「スバルくんは確かに天才的で、人目を引くけれど、それだけじゃあ勝ち進むのは難しいし…せめて形だけでもどうにか出来ないかと思って…。そりゃあ、付け焼き刃の技術になるから…意味はあまりないかもしれないけど…」

さすがに突然押し掛けられたら無理だよね、なんて困った風に笑う百瀬さん。しかし、そんな彼女を見捨てられるわけがない。

「頼られて追い返すわけないじゃん!引き受けるよ、百瀬さんの頼みだもの。いいよねゆうたくん?」

アニキの言葉に俺は頷いて、百瀬さんに笑いかける。不安げだった彼女の表情から、安堵の色が見えた。
そうして俺たちは今日一日、百瀬さんのダンス指導をすることになった。

「俺たちも自分のことあるけど、『Trickstar』には勝ってもらわなくちゃだしね」
「うんうん。それに百瀬さんのこと放っておけないし!でも俺たちについてこれる〜?この間みたいにダウンしちゃったら、すぐ終わりにしちゃうよ?」

本当はそんな気なんて全くないくせに、いたずら好きのアニキは百瀬さんに向かってそう言った。それに対し百瀬さんは戸惑いながらも「が、頑張る」と拳を作り、俯かせていた顔を上げた。そんな百瀬さんの言葉に、アニキは予想外だったのかきょとんとしたあと、彼女にダンスを仕込もうと活気づいた。

「よかったね、ゆうたくん」
「…え?なんで?」
「だってゆうたくん、最近いつも百瀬さんのこと目で追ってるから」

だから、頼られてよかったじゃん。

にししと笑ったアニキのその言葉が、一瞬理解できなかった。百瀬さんの方に視線を向けると、どうやら彼女は聞こえていなかったようで小首を傾げ、不思議そうにこちらを見ていた。その視線に思わず熱が集まっていく。

「っ〜アニキ!!」
「ゆうたくんお顔真っ赤だよ〜。ね、ね、百瀬さん!」
「う、うん。ゆうたくん、熱あるの?」
「ち、ちがっ…そんなんじゃないです、けど」

怒鳴る俺から逃げるようにアニキは百瀬さんの背中へと移動する。そんなアニキの行動に彼女は戸惑いながら、俺の肩を押して椅子に座らせた。意外に力が強いなんて思ったけれど、俺が抵抗すれば簡単に跳ね返せそうな強さ。それでもこの人の言うとおりに体の自由が聞かないのは、どうしてなんだろう。
そんな自分に驚きながら百瀬さんを見上げると、彼女は満足げな笑みを浮かべていて。年上なのに子供っぽいところが、また可愛らしいなんて思ってしまった。

…これじゃあまるで、アニキの言葉が図星みたいじゃないか。

彼女は特にこれといって何かに優れているわけではない、普通の人だ。普通の、どこにでもいそうな女子高生。
それなのになぜだろうと思い返す。やはり、朔間先輩が、やけに彼女を気に入っていたことからだろうか。同じクラスの大神先輩も仲が良さそうに見えたけど、朔間先輩に関しては、本当に謎だ。彼女のような平凡な存在、朔間先輩のような人なら気にもとめなさそうなのに。しかし、俺の予想は呆気なくひっくり返されて、朔間先輩は彼女のことを酷く気にしていた。
朔間先輩から、本当は普通科に行く予定だったという話を聞いた。学院の手違いでアイドル科に紛れ込んでしまって、右も左も分からない状態で、学院を変えてくれだなんて言われて。

断ったって、誰も文句は言わない。俺なら断ってる。だって、途中で放り投げて無責任になってしまう可能性だってあるんだから。
それでも彼女は引き受けた。無力な自分を悔いて、恨んで、誰かのためにと、先輩たちの手を取った。

「お〜すごいすごい!今のとこかな〜り難しいのに!綺麗だったよ百瀬さん!」
「……本当?」

それなのに、目の前のことに一生懸命で、あんなに笑って楽しそうに。
アニキに誉められた百瀬さんは息を切らし、きょとんとしていたけれど、ぱあっと嬉しそうに笑顔を浮かべた。コロコロ変わる表情をずっと見ていると、ふいにアニキと目が合う。その時、アニキが何か思いついたのか笑みを浮かべる。嫌な予感しかしない。

「少し休憩しよっか。俺飲み物買ってくるよ!」
「えっ、飲み物なら私が買ってくるよ?」
「いいのいいの、百瀬さんは休んでて?ゆうたくんと一緒に!」

若干だけれどアニキは後半を強調していて、もしや俺が百瀬さんにそういった感情を抱いていると思いこんでるのではと思うと、後で誤解を解くのが面倒くさい。
しかし、そんな俺の気持ちなんて彼女が知るわけもなく、「それじゃあお言葉に甘えて」と百瀬さんはアニキから受け取ったタオルを受け取って俺の横に腰を下ろした。

「ゆうたくん、体調どう?さっきよりよくなった?」

まだ子供と大人の曖昧な境にある彼女の横顔はやけに大人っぽく見えたのに、ふとした瞬間の笑顔はあどけなくて。
それに目を奪われていた俺は我に返り、もう大丈夫であることを伝えた。

「それならいいんだけど…さっきからボーッとしてたみたいだから」
「それは少し…考え事してたというか」
「そうなの?私でよかったら相談に乗るよ。解決できるかは分からないけど…」

この人は、優しい。が、その優しさが今は苦しい。あなたのことで悩んでる、なんて言えっこない。ああもう、アニキのせいで余計意識するようになっちゃったじゃんか。
しかしこの2人きりの空間ではどう言えば逃げおおせるのか分からない。俺は必死に使えるワードを探して、前から思っていたことを尋ねてみた。

「百瀬さんはどうしてここまでして、『Trickstar』に勝ってほしいんですか?」

最初の頃は面倒ごとは避けて、こういったことには巻き込まれたくないと言いたげな顔をしていたというのに、今は別人のように『Trickstar』の事を一途に想って学院を駆け回っている。そんなことをする義理は、この人にはないはずなのに。

「好きだからかなぁ?」
「…えっ!?」
「ん?…あ、変な意味じゃないよ!?友達としても、アイドルとしても…みんなが好きで、大切で」

好きという言葉に過剰に反応した俺に、百瀬さんは慌てて弁解した。そういう意味でもないのに反応してしまったことに、恥ずかしくなって顔を俯かせる。

「好きな人には無条件で力になりたいって思うじゃない。それと一緒」

じわじわと俺の心に染み渡っていくようだった。好きな人の、力になりたい。当然のことかもしれない。
それに今の俺にとっては、共感せざるを得なかった。

(指摘されてから気づくなんて、悔しいけど)

認めてしまえば、アニキにからかわれそうでそれを振り払うように頭をぶんぶんと振った。

(でも、知ってるよ百瀬さん。あなた、嫌がらせを受けたんでしょ?)

朔間先輩伝いから知った話だから、詳細はよく分からないけれど、『fine』の専属になったのだと思い込む輩がいるのは事実だ。彼女が裏切り者だと、思っているのか、単純に快く思わないのかは知らないが。
目元も、腫れてる。誤魔化そうとしてるせいか、やけに俯きがちだ。

「……百瀬さん、顔上げて」

そんな彼女の頬を包み込んで、向かい合わせる。
驚いたように目を瞬かせる百瀬さんは、少し困り顔になっていった。
俺だけじゃきっと、元気にしてあげられないんだろうけど。でも、俺だってあなたには笑っていてほしいんです。『S1』のライブの時みたいな、最高の笑顔でいてほしいんです。

俺があなたに惹かれてたのは、きっとその笑顔だから。

「ゆうたくん…?」
「お待たせ〜!近くの自販機ちょっと故障中みたいで遠出してきちゃった」
「…おかえり、アニキ」
「あ、ありがとうひなたくん」

絶妙なタイミングで戻ってきたアニキに、百瀬さんは疑うことなく笑顔で迎えた。今のタイミング、どう考えたって怪しいのに。こくこくと渡された飲み物を飲む百瀬さんを横目にアニキを見れば、アニキはいつも通り笑顔を見せた。

「ほら、次はゆうたくんが百瀬さんに教えなよ」
「え?」
「だって俺だけじゃやっぱり偏っちゃうし?ゆうたくんにも教えてもらいたいよね、百瀬さん?」

アニキが百瀬さんの方に振り向くと、彼女は少し驚いたのかビクッと肩を揺らす。
しかし、すぐに笑みを浮かべて「ゆうたくんが良ければ、ぜひ」と俺を見た。
振り付けの動画は見させてもらっているし、教える分にはなんの問題もない。彼女の頭の中にも入っているみたいだけど、技術が追いついていないようだった。

「ほんとごめんね。私みたいな素人なんかに付き合わせて」

本当に申し訳無さそうにしょんぼり肩を落とす彼女だが、諦めるつもりはないようで、むしろやる気に満ちあふれている。そんな彼女に、俺は首を横に振った。

「いえ、いいんです。好きな人の力になりたいって思う気持ちは、よく分かりますから」
「え、本当?てっきりちょっと重いって引かれたかと…」
「そんなことないですよ。だって、俺が百瀬さんのこと応援したいのと、同じです」

さすがに、百瀬さんもそこまで鈍くはなかった。ステップを踏んでいた足を止めて、まじまじと俺の顔を見つめる。
前の『S1』でステージ上で百瀬さんに見られてるのが嬉しかった。俺たちのために曲を作ってくれたのも、嬉しかったんだ。
今もこうして見られるのも、嫌じゃないけど照れくさくて、思わず笑ってしまう。*

その様子を見ていたアニキの口から、ヒュウッと口笛が聞こえた。

「あはは、百瀬さん。動揺しすぎですよ」
「ゆ、ゆうたくん。ひなたくんに負けず劣らず意地悪だね…?」
「百瀬さんがからかいがいがあるのが悪いんですよ」

まるで告白のような言い回しで、少しだけ体が熱くなった。
でもきっと、この人ははっきりと好意を向けられることに慣れていないだけで、その好意が別の意味だなんてことには、気づいていない。

「【DDD】、頑張りましょうね。一緒に」

今は一緒にいられるだけで、いいんだ。やることは違っても、同じ目標を持っていられるだけで十分だから。照れくさそうにはにかんだ百瀬さんも頷いて、差し出した手にそっと手を重ねた。

「ありがとう、ゆうたくん」

たったそれだけの仕草で、俺がこんなにも幸福感に満たされていることを、あなたは知らない。



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