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杖を持たない魔法使い

「もう片方は今話しても無意味だヨ。向こうからこっちに振り向いてくれるのを待った方がいイ」

彼が私を連れてきた場所というのは、レッスン室だった。確かここは、スバルくんがいた場所だったけれど。

「あの、待って。心の準備出来てない」
「なんだい、意気地無シ。わざわざ僕が案内してあげたっていうのに、礼の一つも言えないノ?」
「た、頼んでないんだけど……。大体なんで、こんなこと……」
「こうでもしないといつまでも行動しなさそうだったかラ。あっという間に【DDD】、終わっちゃうヨ。大きな流れは君を待ってくれなイ。立ち止まれば、飲み込まれるだけダ」

彼の言う通りだ。それはもちろん、頭では理解している。でも、いざ目の前に来てしまうと、なかなか一歩が踏み出せない。
彼の前から逃げて、逃げ回って、最終的に「戻ってきました」なんて、どんな顔をして言えばいいんだ。

「『皇帝』陛下に啖呵を切ったんだろウ?あとはそれを実現させるまでサ」
「う、うん……そうなんだけどさ……」
「ボクからすれば、天祥院英智にはっきり宣戦布告するなんて、以前のキミじゃ考えられないけド?少なくともキミは変わってきていル」

それは、確実に良い流れだと、彼ははっきりと告げた。正直自覚がないものだから、どう反応すればいいのか分からなくて、顔をうつむかせる。

「もしフられたら、ちゃんと慰めてあげるかラ」
「……心が折れそう……」
「甘えん坊だネ。でもダメ。出来たら褒めてあげるヨ。【DDD】までバルくんの側に、居てあげテ」

彼は私の甘えをかわして、背中を押した。目の前に、巨大な壁のように、扉が立ちはだかる。足が震えて、血の気が引いていく。
恐る恐る振り返ると、彼は優しい微笑みを浮かべたまま、私を見つめていた。


「行ってらっしゃい、百瀬ちゃん」


頑張って、どうか、幸せを掴んで。

いつもの口調が、特殊なものへと変化する。その声を聞いて、なぜだか少し勇気がわいた気がした。
小さく、彼に聞こえるかどうかの声で礼を言う。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。

「…………?」

扉が開く音に気づいたのか、橙色の髪が、子犬の尻尾のように揺れる。青い瞳に、情けない顔をした私の姿が映る。
怯えるようにふるえる私を見て、スバルくんは唖然としていた。
扉が、閉ざされる。その音にびくっと肩を揺らしながら、一歩、また一歩と踏み出す。

「……あの、スバルくん」
「………だ…」
「え……?」
「百瀬だあぁぁっ!!」

目をぱちくりさせていた彼は、私の名前を叫んだかと思えば、笑顔になって私に駆け寄った。しかし、それはぴたりと止まって、一定の距離を保ってスバルくんはしょんぼりと肩を下げる。

「…ごめん。俺、百瀬に心にもないこと言って。ただ……「そんなことない」って言ってほしかった。他の誰でもない百瀬に、「1人じゃないよ」って言ってほしかった」
「………」
「それなのに、俺の方から突き放しちゃった。今更こんなこと言っても、許してもらえないかもしれないけど」
「……スバルくん。私、怒ってなんかないよ。もちろん、突き放された時は悲しかったけど」

でも、スバルくんの気持ちを理解して側にいてあげられなかった、私が悪い。
プロデューサーなら、どんなときでも心の支えになるべきだった。それなのに、私は自分のことしか見えてなくて、逃げてしまった。

「会長さんの言った通り、私は『Trickstar』を利用してたんだよ。利害が一致するから手をかしただけってことになる。怒られるのは、許しを請うのは、私の方」
「………ううん。それは違うでしょ。だって百瀬、『S2』を見る前は、ホッケ〜の誘い断ろうとしてたじゃん」

『S2』で無惨に引き裂かれた『Ra*bits』を見て、手をかすことを選んだ。それなら、利害関係で結ばれたんじゃない。

「この学院を変えたいって…俺たちと同じ志を持ってくれた。俺はそう思ってるよ、違う?」
「……違くない。けど、今の私がそんなこと言っても、信じられないでしょ?」
「信じられるよ。なんでって、『S1』で俺たちが勝ったときに見せた百瀬の泣き顔も笑顔も忘れてない、あれは間違いなく、本物だったから!」

ちょっとくらいは、罵詈雑言を浴びせてもいいのに。
その方が気楽なんだけど、とは思ったけれど、こうして輝かしいものを信じて愛してあげられるのは彼の美徳だ。それを否定したくはない。

「ねえ、ここに来たってことは、また仲間になってくれるってことでいいんだよね」
「スバルくん。私はずっと君の味方だよ。それは、変わってないから」
「…えへへ、俺、今なら幸せすぎて空も飛べそう……おわっ!?」

本当に、幸せそうに笑うスバルくんくんの胸に思い切り飛びこむと、あまりの勢いに支えきれなかった彼は後ろに倒れ込んだ。同じように私も倒れ込んで、押し倒したみたいになってしまったが、スバルくんは私の体を支えて起き上がる。
そして、私の顔を覗き込んだ彼は、困ったように眉を下げた。

「…泣かないで、百瀬。俺、君にそんな顔されたら、どうしたらいいか分かんない」
「…ぎゅってして…いつもみたいに…」
「うん、了解!」

らしくないことを言ったのに、スバルくんは満面の笑みでそれを受け入れ、私の体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。加減が出来ないのか分からないけど、ちょっと息が出来なくて苦しい。
でも、これこそ私が望んでいた温かさだ。絶対に失わせない、奪わせないと誓った、人の温もりだ。


「明星〜!今日も来たぞ!この『流星隊』のリーダー、燃えるハートの守沢千秋!流星レッド……」


ばん!と扉を開け放ち、堂々と入室してきたのは千秋先輩だった。
彼は決めポーズなのだろうか、右拳を腰に、左拳を右肩に添えながら現れたが、お互いの体を抱きしめあう私たちを見た瞬間、ぴしりと石のように固まってしまった。

「なななな何してるお前たち!?はっ!もしかして仲直りのハグか!?傷ついた心を癒やし合っているのだな!?俺も入れてくれ!」
「やめて、ち〜ちゃん部長は来ないで!絶っっっ対百瀬には触らないで!ついでに俺にも触れないで!!」
「はっはっは☆照れなくてもいいんだぞ、明星…!」

入り口でやけに騒ぎ立てる千秋先輩を呆れ顔で見つめていると、何を思ったのか彼も抱きしめてこようと近づいてきて、スバルくんは私を千秋先輩から守るように遠ざける。
しかし、千秋先輩はスバルくんに拒絶されることに慣れているのか、変わらず笑顔で近づいてきた。
誰に対しても好意的なスバルくんがこんなにも嫌がるとは、珍しい。
飽きずに攻防を続ける2人に、思わず吹き出す。すると、千秋先輩の後ろからひょっこり顔を出したあんずちゃんが、私の姿を見てこちらに駆け寄ってきた。

「おっとと。どしたのあんずちゃん。いきなり抱きついてくるなんて…。ああ、噂を聞いたから?それ嘘だから大丈夫だよ。さっきね、会長さんに会って、はっきり断ってきましたから!」

自信満々に胸を張って宣言する私の顔を見たあんずちゃんは、訝しげな顔をしてぺたぺたと私の顔に触れてきた。聞けば、少し目元が腫れている、と指摘されてしまった。そりゃあ、2日連続で泣いてたら当然かもしれない。

「あ、あ〜これね…。大丈夫だよ、スバルくんに元気を分けてもらったからね」
「え、さっきのハグってそういうあれだったの?感動のハグじゃなくて!?」
「あの〜。俺らももう、入っていいっスかね?」

少し気まずそうに扉の向こうから顔を出したのは、『龍王戦』で実況をしていた一年生だった。

「えっと……て、鉄?くん?」
「うん。多分大将が『鉄』って呼んでたから、そうなったのはなんとなく分かるっスよ。改めてご挨拶するっス!一年A組の南雲鉄虎、好きに呼んでもらっていいっスよ!」

私の呼び方に、ちょっと照れくさそうに笑った彼はそう名乗ったあと「ほら、翠くんも!」と言って、扉の向こうから長身の男の子を引っ張り出した。だるそうに、嫌悪感丸出しにして私の前に立った彼は、戸惑いながら自己紹介をしてくれた。

「同じく一年A組の、高峯翠です……」
「…ああ!もしかして、商店街の八百屋のとこの、高峯くん?」
「え?……よく分かりましたね?」
「うん。私一人暮らしだから、スーパーとか商店街によく立ち寄るんだ〜」

どこかで見覚えがあるな、とは思っていたけれど、まさかそこの人だったとは思わなかった。私は基本的、あまりお店の人とは話せたいタイプだから、向こうは私のことなんて記憶にないんんだろうけど。

「てっきり覚えてないものかと…あ、いえ、何でもないです…」
「? うん。私は二年B組の連星百瀬です。よろしくね、2人とも」

高峯くんが何と言っていたかは聞こえなかったけど、なるべく笑顔で挨拶する。なかなか警戒心を解いてくれなかった高峯くんも、八百屋の客だったことが効いたのか、ちょっとだけほっとしたようだった。

「ブラック!グリーン!なぜ前口上を言わず、普通に自己紹介してしまったんだ!最初はバシッと決めておくべきだろう…!」
「最初だからこそ普通に挨拶させてほしいんスけど…」
「ブラックとグリーンってことは、千秋先輩や深海先輩と同じ『流星隊』ですか?」
「うむ!2人も明星たちに力を貸す仲間だ!」

ユニットの名前や千秋先輩の発言から察するに、戦隊もののユニットなのだろうとは思っていたけれど、深海先輩やこの2人は、あまり『ヒーロー』というものに乗り気ではないように見える。

「ちなみに、『流星隊』にはもう一人イエローがいるぞ。一年B組の、仙石忍というやつだ。今は情報収集に出向いてる」

もし出会ったら仲良くしてやってくれ、とまるで親のように話す千秋先輩に、私は笑って頷いた。
なんだスバルくん、頼もしい仲間がこんなにいるじゃないか。

「…ねえ、な〜んでち〜ちゃん部長と百瀬、そんな親しげなの?初対面じゃないの?」
「ん?あっ、いや、初対面だぞ!!なあ、転校生!」

分かりやすすぎるぐらいの戸惑いっぷりに、スバルくんは不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

うん、私が「出会ったことは話さないでほしい」って言ったからなんだろうけど、ちょっと嘘が下手すぎるかな千秋先輩。

誤魔化そうと私に同意を求めてきた千秋先輩は、私の肩を抱こうとしたが、それをすかさずスバルくんが割り込んで引き剥がした。

「だ〜か〜らっ、百瀬には触らないでって言ってるじゃん!そういうのは俺の許可取ってからにして!」
「彼氏か。…まあ、そっちの話は置いといて。今どうなってる?一応『Trickstar』で【DDD】に参加するつもりなんだよね?」
「うん!聞いて驚け!なんと、あんずが『アイドル』として、ステージに立つことになったんだ!」

なぜか胸を張って話すスバルくんに、私は真顔になって首を傾げる。期待していた反応から大きく外れていたのか、リアクションが薄い!と怒られてしまったが、発想が突飛すぎてついていけなかったのだ。

「ん〜じゃあ、百瀬もステージに立っちゃう?なにそれっ、すっごく楽しそう☆」
「………………」
「えっ、冗談のつもりだったのに結構真剣に悩んでくれてる!?ん?百瀬の分も衣装作る余裕はある?さっすがあんず!」
「えっと。盛り上がっちゃってるとこ悪いけど、私が参加してメリットある?」
「あるあるっ!だって百瀬、踊れるんでしょ?朔間先輩から聞いてたぞ〜☆」

踊れるなんて言った覚えもないし、朔間先輩に見せた覚えもない。と思考を巡りに巡らせて、そういえばひなたくんに付き合う形で一緒に踊ったのを思い出した。

…やっぱりあのとき、あの人起きてたのか。

「……よし、やろう!私も踊る!」
「ほんとっ!?」
「うん。こうなったらあの生徒会長にぎゃふんと言わせてやろうじゃん。でも、衣装は私が作るから、あんずちゃんは気にしないでいいからね」
「やった!俄然やる気が出てきた〜!百瀬もいるなら百人力だよ!一緒に頑張ろうね、2人とも!」

相変わらず、大袈裟だなあ、スバルくんは。
でも本当に、つい先ほどまで暗い気分だったのが、嘘のようだ。
スバルくんに腕を掴まれ、高々と振り上げられる。私と彼じゃ、10pほどの身長さがあるため、ほぼ釣り上げられた状態で、ちょっと痛い。

でも、この賑やかさが懐かしくて、ほんの少し、涙が滲んだ。



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