再生の剣を掲げよ 「百瀬〜っ!!」 「うわっ!?ひ、姫宮くん…!?」 私の背中に突進してきたのは、姫宮くんだった。やけに上機嫌な彼は、私の背にすり寄るように頬を寄せていた。 「…なんか、機嫌よさそうだね…良いことでもあったの?」 「うん!だってこれからは毎日百瀬といられるもんねっ」 「…うん?どういうこと?」 「百瀬は僕らの専属になるんでしょ?」 ……ん? 「何の話?」 「会長の誘い、受けたんじゃないの?」 「……私、まだ返事なんてしていないけど」 「え?でも、学院中話が広まってるし……」 先ほど階段から突き落とされた嫌がらせは、もしかしてそれに関係するのだろうか、となぜか冷静に解析していると、姫宮くんの口からとんでもない言葉が飛び出した。 「それに会長も言ってたもん。百瀬は遅かれ早かれ『fine』の専属になるって」 姫宮くんのその言葉に、頭の中で、何かが弾けた。 「姫宮くん。会長さんの所に案内して。今すぐに」 私の表情から、急いでいることを察してくれたのか、彼は無邪気な笑顔から真剣な眼差しに変えて、頷いた。こっちだよ、と手を引かれ、姫宮くんと共にたどり着いたのは、生徒会室。 「えっ、百瀬……!?」 「おい貴様、ノックもせずに何の用…」 私はその扉を開いて、驚く真緒くんや副会長を後目に、堂々と生徒会長の席に居座る彼に、一直線に向かい、その胸ぐらをつかんだ。 「どういうつもりですか」 「わ、わっ……!?ち、ちょっと百瀬!?何してるの?会長に乱暴しないで!」 「いいよ桃李、大丈夫だから」 慌てて私を会長さんから引き剥がそうと腰に巻き付いてきた姫宮くんだったが、会長さんの一言に大人しく引き下がる。 その間にも、私は手の力を緩めることなく、ぎりっと握りしめた。 「みんな、彼女と2人で話がしたいんだ。席をはずしてもらっていいかな」 「だがしかし……!」 「ふふ、心配しなくても……彼女は僕を殴ったりしないよ。優しい子だからね」 白く骨ばった手が、私の頬に触れる。まるで蛇が舌でなめあげるかのような感覚が気持ち悪くて、反吐が出そうだ。 「ああ、一年前のあの日と、全く同じ顔をしているよ、百瀬ちゃん」 全員が生徒会室を退室したのを一瞥し、会長さんはそうぼやいた。同時に私は掴んでいた手を離し、彼を椅子へと突き飛ばす。 「目元が腫れているね。泣いていたのかな」 「……まだ返事をしていないのに、勝手に決めつけないでくれます?」 「いつまでも意地を張っているからだよ。『Trickstar』はもう崩壊寸前だ。でも君はもう作曲していなければ生きていけないだろう?彼と同じように」 「……馬鹿にしてるんですか?『あの人』のこと」 「馬鹿になんかしてないさ。まあ彼の武器は錆び付いていて、簡単に折れてしまったのだけれど。君は?」 その善意と情熱によって作り上げられた旋律は、どんな不協和音を産むんだろう? その奏は、どれほどの仲間を傷つけるんだろうね。 「……なぜ、そう言い切れるんです」 「似たような光景は、何度も見てきたから」 まるで私の在り方を、すべて否定するような言い方に、もちろん私もいい気などするはずがないのだけれど。 顔を歪ませる私に、彼はにこっと笑いかけた。 「断言出来るよ。君は君自身の才能に苦しめられる。これから先ずっと…いや、本当は1年前からそうだったんじゃないかな」 「……そうしたのは、あなたでしょ…」 「違うね。君は自分の罪を忘れないように作曲を続けてきた。その身に傷を刻みつけて、血を舐め合う相手はもう居ないのに」 でも、僕ならその傷を癒せるよ。 椅子から立ち上がった彼は、私の前まで歩み寄ると、そのキズ一つない綺麗な手で、私の頬をするりと撫でた。 「革命ごっこなどやめて、僕ら『fine』の元へ来なさい。僕たちなら、君の悲しみの旋律を、浄化してあげることが出来る」 『ごっこ』なんかじゃない。無謀だと馬鹿にされても、非難を受けたって、この学院を変えようとした気持ちは本物だし、何より本気だ。子供のお遊びじゃない。 「……私は、自分の意志で彼らに武器を手渡しました。『あの人』の武器も。折れたとしても、死んだりなんか、してない」 きっと誰かに引き継がれて、まだどこかで生きているはずだから。 確証なんてないし、そうであってほしいという、私の勝手な望みではあるけれど。その人が一人で掲げたものでない限り、その武器は、必ず誰かが拾い上げているはずだから。 「たとえこの学院全てを敵に回して傷ついても、あなたには従わない。『あの人』がくれた力は、間違っても人を傷つけるために使う人には与えません」 「…わざわざ傷つく道を選ばなくてもいいのに。一体何が君をそこまで駆り立てるんだい」 「……私はただ、たくさんの人々に囲まれたステージで、一番に輝く彼らを観たい。それが願いであり、私の夢です。ずーっと昔からのね」 好きな人たちがキラキラと輝く、最高にカッコいい姿を見るのは、大好きだ。 彼らが、笑顔でステージを心から楽しんでくれるのが、何よりの幸せだ。 一度でも、その瞬間を味わってしまったから。 「大好きになれたんです。愛しちゃったんです。だから、険しい道のりでも、一緒に歩きたいって思えるんですよ」 まだ戦うという彼のために、全力を尽くそう。 ここまで私の心を突き動かしてくれたのは、他ならないスバルくんなのだから。 「もうスバルくんたちのプロデュースも作曲も、やる気なかったのに。焚き付けたのはあなたですからね、会長さん?」 「………おや、これは余計なことをしてしまったかな」 「後悔しても、今更です。お陰様で……ようやく決心がつきました」 戻らなければ、彼のもとに。 彼の前に巨大な壁が立ち塞がっているのなら、自分が踏み台になってでも先へ行かせなければ。守られて傷つけるのはもうごめんだから、最悪、私はどうなっても構わないから。 せめて、最後まで、守ろう。 「君が頑張っても、『彼』は戻ってはこないよ」 「…そうですね。でも、私の曲が、スバルくんの歌声が、いつか『あの人』に届くはずだから」 彼が与えてくれた武器を、浄化するために使わせてもらおう。 纏わりつく悪意を、彼の孤独を打ち砕くために。 「ありがとう。あなたと話せて、よかったです」 「……それは、嫌みかな?」 「あなたがそう思うんなら、そうなんですよきっと。でもね、『英智さん』……」 諦めたように目を伏せていた会長さんは、驚いたように目を丸くして、私を見上げた。そんな彼の手を掴んで、祈るように握りしめる。 「今でもあなたのこと、許せないけど……あなたと過ごした日々は、楽しかったんですよ」 茫然とする彼に、笑ってやった。 するりと繋いでいた手を離し、彼に背を向けようと歩き出す。去り際に、会長さんが何か言いたげだったけれど、構わず私は生徒会室から出ることにした。 「………」 (うわっ!?まだ誰かいた!?) 廊下には、私たちの会話を聞いていたのか違うのか、壁にもたれかかるようにして副会長が立っていた。驚きびくっと肩を揺らす私に、副会長は口を開く。 「貴様は……一体何なんだ。英智とどういう関係だ?」 「……取りあえず、仲良しではないです」 「それは見て分かる。だが、お前から英智に対して憎悪の感情以外の何かを感じるんだ」 悩ましい表情をする副会長に、私は困ったように眉を下げた。それを言われてしまっては、どう反応していいか分からない。 「私は会長さんの言うとおり、『復讐者』ですよ。憎悪以外、何があるっていうんです」 「…お前はもう『復讐者』ではなく、『革命者』だろう」 「……!」 「ここからは俺の独り言だ、聞き流せ」 「は、はい?」 「…衣更はまだ、『Trickstar』の脱退手続きをしていない」 副会長の言葉に、私はばっと顔を上げ、副会長を凝視した。しかし、本当に独り言として済ますつもりなのか、視線は私と交わさないようにしている。 「【DDD】に『紅月』は参加しない。それが終わるまでの間、じっくり考えて決めろとは言ってあるから、それまでこちらも脱退申請は受け取らないつもりだ」 真緒くんはまだ、脱退手続きを済ませていない。 つまり、彼は正式にいえば、まだ『Trickstar』なんだ。 (それは、どういう意味なんだろう?まだ『Trickstar』に心残りがあるの、真緒くん…?) 「あいつは、俺に似ている。以前の俺に。もしおまえが、今でも衣更のことを仲間だと思っているのなら…どうか、救ってやってくれ」 それだけ言い残して、副会長は生徒会室へと入っていってしまった。まさか、『紅月』のリーダーから、そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。 悶々と考えながら、廊下を歩き出す。しかし、これからどこへ向かえばいいのだろう。真緒くんを説得する?スバルくんのところに行く? 「こんなところに、迷える子羊ちゃんが一匹……♪」 静かな空間に響いた、背後からの声。 それは明らかに、私に向けられた言葉。 ゆっくりと振り返り、その声の人物を見上げる。 「…………なんで……?」 小さく吐き出した疑問に、私を見下ろした彼は、ただただ頬笑む。そして、魔法使いが杖を振るうかのような仕草をし、その指を、私に向けた。 「さぁ、魔法をかけよウ」 そっと私の頭を撫で、するりと流れるような手つきで私の手を取る。彼は、ただ前だけを向いて、あるべき場所へと誘った。 prev next |