×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

君に送った最上級の愛

「全く!風邪を引くと注意した途端引きずりこむとはな!」

怒りが孕まれた声色に、私を噴水に引きずり込んだ張本人───深海奏汰先輩は、むすっと頬を膨らませ、不機嫌ですとアピールしている。悪いことはしていないと思っているのだろう。

「悪かったな転校生…。寒くはないか?」
「はい…大丈夫です」

深海先輩に呆れ顔のこの人は、守沢千秋先輩。守沢先輩は持参のタオルで、私の髪をがしがしと拭いてくれた。頭を揺らされながら答えようとしたせいで、危うく舌を噛みそうになる。

「あの、さっきはその…すみませんでした。失礼なこと言っちゃって…」
「ん?あぁ、気にするな!俺こそ、お前の気持ちも考えずに連れ出そうとしてしまったからな」

それでおあいこだ!と笑顔を見せる先輩に、私はホッと息をつく。どうやら寛大な心の持ち主のようだ。

「…なあ。1ミリでも気持ちが残ってるなら、明星に会ってやってくれないか?」
「……」
「無理にとは言わない。でも、あんな後輩の姿は、見るに耐えないんだ」

そうだろう。でも、私が戻ったところで、スバルくんに笑顔が戻るとは、到底思えない。私に、彼の元に戻る資格は、あるのだろうか。

「だが、おまえも俺の後輩だ。困っているというのなら、俺が助けてやろう。『ヒーロー』だからな……☆」
「ヒーロー……?」
「ああ。俺は燃えるハートの守沢千秋、この夢ノ咲学院を守る正義の味方だ!ふははは☆」
(う、う〜ん……何だろう……めちゃくちゃ絡みにくそうな人だ……)

高らかに笑い声を上げた底抜けの明るさを放つ守沢先輩に、私は動揺を隠せない。困っているのは確かだけど、彼に解決してもらおうというのは、少し違う気がする。

「ちあきのちからはひつようないですよ」
「!」
「む?そうか?」
「はい。だいじょうぶです。ももせさんは、『つよいこ』ですからね……♪」

隣で正座をしていた深海先輩は、そういって守沢先輩に微笑んだ。あれ、私、この人に名乗ったことあっただろうか?
そんな疑問は、深海先輩の微笑みを見て溶けるように消えていった。

「……守沢先輩」
「どうした?『守沢先輩』なんてよそよそしい呼び方はせず、名前で呼んでくれていいぞ!なんなら明星みたく、『ち〜ちゃん』と呼んでくれても……」
「じ、じゃあ千秋先輩……。その、スバルくんに、私と会ったことは言わないでほしいです…」

まだスバルくんと顔を合わせるには、勇気が出ない。でも、【DDD】が始まるまでには、必ず気持ちの整理はつけるから。だから、それまで。

「うむ、分かった」
「…いいんですか?」
「いいも何も、それがおまえの頼みごとなら、俺は従おう。さっき言ったとおり、おまえも俺の後輩の一人だからな」

まだ乾ききっていない私の髪を、タオルでぐしゃぐしゃと掻き回す。その温度に心地よさを感じて目を閉じると、目の前の彼も嬉しそうに笑って見せた。

 *

翌日の放課後。
再び借りたスタジオのテーブルの上には、ただの紙ではなく、私が自暴自棄になって書き連ねた楽譜が散らばっていた。
書いても書いても、楽しくない。あれほど楽しかったはずの作曲が、今じゃ鬱陶しい。頭のなかでなり続ける無名の曲も、煩いだけだ。
それをかきけそうと、iPodの曲を適当にランダム再生して、それから伸びたイヤホンを、耳に添える。

(……下手くそなものばっか。これ作ったの、いや、『作ってくれた』のは、いつだったかな……)

結局何の力にもなれなかった。
あまりにも、一瞬すぎる奇跡だった。こんなことしてたって、無意味でしかないのに。苦しむだけなら、こんな才能、要らなかった。
深い深いため息をついて、顔をあげる。あれほど泣いたはずなのに、また音もなく涙がこぼれ落ちてきた。

今までせっかく守ってもらっていたのに。それを無意味にしてしまった。
会えるんじゃないかって期待して、助けられるんじゃないかって甘い考えでここまできて。

楽譜をかき集めて、乱雑に鞄の中に押し込んだ。
曲は流したまま、ふらふらと覚束ない足取りで階段の前までやってくる。その時、誰かに背中を押され、私は抵抗も出来ず、階段を転げ落ちていった。
ようやく勢いが止まったところで、痛みを感じる。顔を上げることが出来ずにいる私に、誰かがあざ笑うかのように声を上げ、足音が遠ざかっていった。おそらく、わざと落としたんだろう。
耳からイヤホンが外れ、iPodもポケットから飛び出してしまった。

「………いっ…」

周りに散らばってしまった楽譜を集める。ああ、せっかく作った曲が、台無しだ。まあもう、使い道なんてないのだけど。
震える手でかき集め、全部拾ったことを確認し、ホッと息をつく。


その時、ぼとりと、赤色が楽譜に染みた。


「ねぇ、ちょっと」


それに不思議に思っていたその時、誰かに声をかけられ、私は顔を上げる。その人は私の顔を見た瞬間、ぎょっとしてこちらを凝視する。

「なっ、あんた鼻血出てるじゃん!何してんのぉ!?」
「えっ」

たしか、真くんを追いかけていた、そう、瀬名先輩だ。
その人は綺麗な顔にシワを寄せ、声を荒らげる。鼻血が出ていることに気がついた私は、ようやく楽譜を汚した正体に気がついた。ティッシュを取り出そうにもその間もぼとぼとと出血は止まらず、楽譜を汚していく。
せっかくの楽譜が台無しだ、とおろおろしていると、そんな私に腹が立ったのか、先輩は私の鞄からティッシュを奪い、私の鼻に押し付けた。

「楽譜なんか気にしてる場合じゃないでしょ!?ほんっとムカつくなあ!」

真っ赤に染まった紙を一瞥した先輩は、再びこちらに視線を戻す。こんなにしたのは自分のせいなので、居たたまれなくてその視線から逃げるように俯くが、視界に入った五線譜を見て、ようやく自覚する。

(『あの人』がくれた力も、消えていく)

こんな、こんなはずじゃないのに。

ただ、『あの人』に笑ってほしくて、書いてたはずのに。

「……あんた見てると、イライラするんだよね」

あの馬鹿を見てるみたいでさぁ、と悪態をつく先輩に、案外すぐに血が止まった私は、よく分からなくて疑問符を浮かべる。
そんな私に構わず先輩は楽譜を拾い上げて、それをぐしゃりと握りつぶした。

「こんなの全然ダメ。こんな曲、アイドルに歌わせるつもり?」

先輩の手の中で、ゴミくず同然となった紙に、私は呆然としてしまう。

「こんなのゆうくんに歌わせようとしてたわけぇ?チョ〜うざぁい!」
「……真くん。真くんは、『Knights』に正式に移籍したんですか…?」
「…それ聞いてどうする気?」
「別に、どうもしませんけど……彼がそうしたいなら、引き止められないですし」

ただ、瀬名先輩に苦手意識を持っていたようだから、素直に『Knights』に移籍したとは思えない。単純に将来のことを考えた結果だと言われれば、納得せざるを得ないが。

「…ゆうくんの移籍手続きはまだだよ。でも安心しな、俺が責任持って、ちゃあんとゆうくんを育てるから」

慈愛に満ちたその表情に、嘘は感じられなかった。
…でも、本当にいいのだろうか。『Knights』に入ることを彼が望んだとして、それはまた心を殺して生きていくことなんじゃないのだろうか。

「真くんと、会わせてはもらえませんか」

真くんに、会いたい。
会って話がしたい。
元々『S1』まで毎日のように顔を合わせていたのに、今日も昨日も一度も見かけず、話題にも上がらなくて不信感を抱いたのもあった。

「…どういうつもり?」
「話がしたいんです」
「ゆうくんを引き戻すの?そうと知って、会わせるわけないでしょ」
「じゃあ、勝手に会います。…あなたの断りはいらない」

無残に引き裂かれた楽譜を拾い集めて立ち上がる。しかし、先輩ももちろんそれを快く思わなかったのだろう。私を引き留めようとして、引っかかっていたiPodのイヤホンが抜け落ちる。

瞬間。

馬鹿みたいに陽気な笑い声が、廊下に響き渡った。

──わははは☆おまえの作る曲、ほんっと下手くそだな!

「──!」

その声を聴いて、瀬名先輩が顔色を変えた。かくいう私も、身に覚えのないその記録に、動きが完全に止まる。

──だが才能は感じる!おれには遠く及ばないけど、おまえの曲は人を笑顔にする!幸せに出来る!実際おれは、おまえの曲に出会えて幸福を感じてるぞ!

──直接言うのは無理だから、こうして仕込むことにしたんだけどっ。もしかしたら一生墓に眠るまで気づかないかもしれないけどさ。

──おまえはまさしく星屑のひとつだよ。一人じゃ輝けなくて、見つけてもらえない。いつか本当にひとりぼっちになったら、寂しすぎて死んじゃうかもしれない

──おれの自己満足かもしれないけど。そんなときは可愛い弟子のために、尽くしてやろう。…ああ、言語は不自由だな!ちゃんと伝えらんない!でも、おまえのほしい言葉くらいはくれてやるっ!


──大好きだ、愛してるよ。


「ちょ、ちょっと……!」

気がつけば、私はそのiPodを手にして走り出していた。
心が打ち震える。鼓動が高鳴る。なんて時に騒いでくれたんだ、この人は。恥ずかしいったらない。

それでも、不快感は全くなくて。錘をつけていたかのように感じていた体は、軽くなっていた。もう、顔もあやふやなくらい思い出せないけど、久方ぶりに聞いた騒がしい声は、私が心のどこかで、求めていたものだ。

息苦しくて、たまらなく切ないのに。
高ぶる感情が押さえきれなくて、大きく息を吐く。途中見かけたゴミ箱に、さっきまで書いていた失敗作を投げ捨てた。

iPodからは、相変わらず喧しい声が聞こえている。届くわけも、伝わるわけもないけど、私は力を振り絞るように、彼の名前と感謝の言葉を吐き出して、小さい子みたいに泣きじゃくった。



prev next