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王者の進撃

「ここらへんが、潮時かもな」

不意に、ずっと黙って何かを考えていた真緒くんが、つぶやいた。

「白旗をあげて、降伏するのか。悔しくはないのか、衣更?」
「とんがってても仕方ないってことだよ、北斗」

北斗くんの八つ当たり気味に厳しい声を、真緒くんは受け流した。真正面から戦えば、どっちかが倒れて、勝った方も消耗する。最悪、ぜんぶが無に帰して、あとには何も残らない。

「生徒会長たちは、来年には卒業する。それまでに移籍先の『ユニット』で大きな立ち位置を占めて、掌握すればいい」
「それはだめ。絶対、だめ」

真緒くんの柔軟な考え方に、あんずちゃんも納得しかけていたようだが、私の反発する声に、はっと我に返る。

「…そりゃ、復讐するためにやってきた、お前からすれば、何の得にもならないだろうけど」
「違うよ。そういうことじゃない。だってそれって…今の三年生は、救われないんでしょ?この一年を、最後の一年を、青春を…空っぽのままにして、卒業してしまう」

協力してくれていた朔間先輩やなずな先輩。それに、この革命を応援してくれている三年生たちを、裏切るような真似はしたくない。

「何も、卒業して人生が終わるわけじゃない。その後もアイドルとしてやっていくつもりなら……。偉いやつ、強いやつとコネをつくっておくべきだ」
「サリ〜は、生徒会長の思惑に乗るつもりなの?」
「即決は出来ないよ、義理も人情もある。だけど正直、かなり心を揺さぶられたよ」

スバルくんの、何だか寂しそうな問いに、真緒くんは悲痛な表情をした。冷静にゆっくり考えた方がいい。真緒くんの言うことは、一理ある。というか、きっと正しいのだろう。
瞬間、聞き覚えのある荒々しい楽曲がたれ流された。この曲は、たしか『UNDEAD』のもの。

「じゃあ、対戦相手は『UNDEAD』…?」
「その通りじゃよ、嬢ちゃん」
「むっ、朔間先輩」

どうやら現在進行形で、戦っているみたいだが。
朔間先輩に、覇気がない。理由は察することが出来る。彼は、日の光が苦手なのだ。自称、吸血鬼の名の通り、日光に滅法弱く、げっそりしてしまっていた。

「天祥院くんから、名指しで挑まれてのう。血の気の多いわんこが、何も考えずにその申し出を受理してしもうたのじゃよ」

なるほど、大神くんならやりかねない。そう納得しながら、朔間先輩の顔色を窺う。おそらく、仲間の窮地を知って、日光を我慢して駆けつけてきたのだろう。
『UNDEAD』のコンディションは、最悪だ。朔間先輩はこんな調子だし、みんなも疲労が残っている。さらには二枚看板の片方である羽風先輩はきていない。
それを見越して、名指しで挑んだのだろう。

「こんな…こんなの、公開処刑じゃないですか」
「そうじゃのう。我輩たちは、まんまと断頭台に乗せられてしまった」

そうなると、次の番は、『TrickStar』だ。私たちは、その順番待ちをしているに過ぎない。会長さんは逃げ口を用意してくれているけれど、そこに逃げ込んでも全滅するだけだ。

「すでに策は成っておる。この将棋は詰んでおるよ」

目の前が、真っ暗になったようだ。昨日まで無限に広がっていたはずの未来が、呆気なく握りつぶされてしまった。

「気をつけよ。天祥院くんは、心を折りに来るぞ」

親身に助言を与えてくれた朔間先輩は、ステージへと戻っていく。愉しそうに、八重歯を剥き出しにして、血を吐くように、最後まで笑顔で。

(…ああ、この人まで、あんな表情にはさせたくなかった)

私たちをここまで導いてくれた恩人が処刑される様を見て、誰が喜べるだろうか。誰よりも私たちの勝利を祈り、助け、祝福してくれた彼に、何の言葉もかけられない。
目をそらしたい気持ちでいっぱいだったけれど、そんなことしたら、それこそ報われない。
死者の呻き声のような、悲痛な歌声と音楽が途切れる。まばらな拍手と声援が、虚空にとろけていく。
今のパフォーマンスは、『UNDEAD』の魅力を一割も発揮できていなかっただろう。

「暗い顔をしていますね、北斗くん!」

突然、気が抜けるほど陽気な声が響いた。私たちは全員ギョッとして、そちらに目を向ける。

「けれど、あなたには笑顔が似合います!暗くて冷たい大宇宙に輝く流れ星、それが笑顔!つまり笑顔は希望であり願いであり、夢であり愛なのです!」

愉しげに叫んでいるのは、長身の男性だ。細く脆い大画面の真上でバランスを取りながら、こちらを見下ろし、無数の薔薇の花を撒き散らして、高笑いをしながら。

「Amazing!今日も宇宙に愛の囁きを……☆あなたの日々樹です!」

揚々と名乗りながら、呆気なく飛び降りてくる。トランプのジョーカーめいた、つまり道化師のような仕草をしている。しかし、あまりに奇抜でありながらも、整った目鼻立ちをしており、銀色の長い髪は、まるで天使の羽のようだ。
漆黒の『UNDEAD』のそれとは真逆の、強く輝きを反射する純白の衣装。おそらく、『fine』の専用衣装だ。

「うげっ……出たな、変態仮面」
「あれっ。氷鷹くん、あのド派手なひとと知り合いなの?」

ものすごく嫌そうな顔をした北斗くんに、真くんがあんぐりの口を開けたまま問いかけた。彼は演劇部の部長だという。そうか、北斗くんは演劇部なのか。そういえば、真白くんも演劇部だと言っていたような。

「ちょっと〜、勝手に始めないでよ日々樹センパイ!」

ようやく、他の『fine』の面々が遅れて到着してきた。いきなり顔を真っ赤にして文句をつけているのは、先ほど生徒会室でも合間見えた姫宮くんである。
それから続いて伏見くん、そして会長さんが姿を現した。

「まずは肩慣らしだよ。まさか、腕は鈍っていないだろうね?」
「当然だってば!僕は成長期〜☆」
「会長さまが不在の間、坊ちゃまは真面目に修練を積んでいたのですよ♪」
「私の実力を疑うのなら、いつでも『fine』から追放してくれて構いませんよ!」

会長さんの問いかけに、三者三様に応じる。
もうこの進撃を、誰にも止めることは出来ない。


 *


(たった3人で……これだけのパフォーマンスが、出来るのか)

『fine』のライブは、圧倒的な力と輝きを放っていた。日々樹先輩は、なんと五つの楽器を同時に演奏している。器用にも程があるというものだ。聞いたところによると、彼も朔間先輩と同じ『3奇人』のうちの1人だという。
そして、それと上手く呼吸を合わせているのが伏見くんだ。控えめなパフォーマンスをすると思っていたが、彼も紛れなく『fine』の一員。技術も歌声も華がある。
姫宮くんも、ミスが多いようだけれど、才能がある。一年生でここまで出来るのは、おそらく稀なのだろう。会長さんが『fine』に置いている理由も、わかる。

(…選曲もスタイルも、『TrickStar』と似ている。けれどすべてにおいて、向こうの方が上。まともにぶつかりあったら確実に……負ける)

その事実を突きつけられたことによって、大打撃を負った。たぶん、北斗くんや真緒くん辺りは、それを理解してしまう。私たちが企てた革命が、いかに無謀であったかを、悟ってしまう。

(ほんとうに……エグい手を使ってきた。賢いからこそ、2人にはその事実が重々しく残る。周囲に気を配ってしまうから、自分1人の、一時の感情で決断するような愚かな真似は、しない)

ステージに目が釘付けとなっているみんなを眺め、唇を噛み締める。そのとき、不意に会長さんの視線が、こちらに向けられた。それに反抗するように、きっと睨みつけるが、彼は穏やかに微笑むだけ。

「まずは観客のみんなに、生徒会長として『ある発表』をさせてもらう」

年末に、アイドル業界でも有数の一大イベントが開催される。この学院が主催するなかでは最も権威があり、莫大な時間と人材と予算をかけて準備を催される祭典が。


「いわゆる、『SS』だよ」


アイドル業界のすべてを巻き込む最大最高のドリフェス。『日本一のアイドルを決定する』という趣旨で行われる。世界のプロ、アマチュア問わず参加する大舞台に、夢ノ咲学院からもひとつの『ユニット』のみが代表として出場する。
しかし、過去にこの学院のものが優勝したことは、一度もない。

「今年になって学院が『プロデュース科』を新設したり、いろいろ新しいことにトライしているのはそのためだよ。『SS』に優勝するために」

優勝するために、私とあんずちゃんはここへ送り込まれた。『SS』に向けて打たれた布石のひとつである。
そして、アイドルならば、その『SS』に出場することに憧れ、あわよくば優勝することを望むものだ。

「ゆえに、この生徒会長・天祥院英智が宣言しよう!」

これから開催する、史上かつてなかった過酷で華やかな戦争の名前を。

「真に『SS』に出場するに相応しい、我が校の代表『ユニット』を選定するためのドリフェスを開催する!【DDD】と名付けてみたその『S1』で勝利した『ユニット』を、『SS』に出場する我が校の代表とする!」

【DDD】。
いったい、何の頭文字を三つ並べたのだろう。会長さんの考えていることなんて、完全に読み切ることは不可能だが、今回はいつも以上にわけがわからない。
この学院の出資額がもっとも多い生徒は、会長さんである。そのため、その出場権は彼にあり、彼が学院の代表者である、はずなのだが。

「けれど僕は、【DDD】にて優勝した『ユニット』に、その権利を譲る」
「………!?」
「無論、僕たちもいち参加者として【DDD】に出場する。もし優勝してしまったなら、ふつうに『SS』にも我が校の代表としての誇りをもって臨もう」

彼は、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。わざわざ、自分も敗北する可能性を生み出して、それほど大事な権利を他のユニットに譲るなど。
いや、もしかしたら、この【DDD】で優勝して、本当に革命の意志を潰そうとしているのか。二度とそんな人間が、生まれないように。

それとも、

(まさか……革命が起こることを、望んでいるとでもいうの?)

本当に、真意が読めない人だ。
【DDD】の開催は一週間後。それまでに、ユニットのメンバーと相談して、出場するかを決めておいてほしいと告げた。

そのときは、気づかなかった。
いや、気づきたくなかったのかもしれない。

『Trickstar』の面々の纏う雰囲気のようなものが、少しだけ、変わっていたことに。



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