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皇帝陛下との謁見

「喧嘩腰にならないでほしいな、僕は君たちと親睦を深めたいんだから」
「ふん。俺はおまえら生徒会となれ合うつもりはない。……帰るぞ、おまえら。百瀬も、こっちへこい」

北斗くんは本当に強気だ。あっさりと踵を返して、椅子に座っていた私の腕を掴み、出入り口へと向かってしまう。交渉は北斗くんに任せる気満々だったのか、調度をしゃがみこんで眺めていたスバルくんが、慌てて立ち上がった。

「えっ、もう帰るの?いいけど、生徒会室ってキラキラしたものがいっぱいあって好きだな〜!もうちょっと飾りとか見てたいんだけどっ、ほらほらデカい宝石〜☆」
「かかかか帰るならはははは早く帰ろうよひひひひ氷鷹くん」
「明星は気を抜きすぎだし、遊木は緊張しすぎだ。もっと、紳士的にしていろ」

気楽すぎるスバルくんに、まるで極寒に放り出されたかのように震える真くん。対局すぎる2人に、思わずため息をつきそうになっていると、会長さんがくすくすと笑い出した。

「こうして対面できて嬉しいな。僕はずっと、君たちのような革命児が現れるのを待ってたんだ」
「………」
「……どういうことだ?」

反発する北斗くんを愛おしそうに眺めた会長さんは、端正な王子様のような顔をしながら、爆弾を放り込んできた。


「とりあえず、『Trickstar』は解散しなさい」


一瞬、意味を理解できなかったが、北斗くんがありありと嫌悪感を浮かべて反論した。それに同調し、スバルくんにも声を上げる。

最悪だ。直接戦う前から、この人は『Trickstar』を潰そうとしている。

「生徒会長とはいえ、『ユニット』を解散させることは不可能でしょう。むしろ無理やり解散させたら、生徒会からすれば、損にしかならない」
「……うん。本当は怒りに任せて僕を殴りたいだろうに、よく我慢できているね。君は、変わったみたいだ」
「話を逸らさないで。解散させれば、逆に『Trickstar』の名声は高まる。成し遂げたことがたとえ『奇跡』でも、あなたたちに手が着けられなくなる」

それだというのに、この人のその余裕は、一体どこから出てくるというのだ。会長さんに向かってはっきり告げると、彼は私の言葉をすべて受け流してしまった。

「解散してもらう、とは言ったけれど、その構成メンバーはすべて、もっと有力な『ユニット』に移籍してもらおうと思ってる。電撃移籍だ」

北斗くんとスバルくんは『fine』に、真緒くんは『紅月』に、真くんは『Knights』に移籍させると、まるで宝石をそれぞれの箱に仕分けるように、淡々と述べた。
どこも有力な『ユニット』だ。移籍は彼らにとって有益であると述べる彼に、私は握り拳を作る。

「それとも、このまま擦り切れて跡形も残らないぐらいに、僕たち生徒会とがむしゃらに戦ってみるかい?地獄の、消耗戦がしたいのかい?」
「っそんなことさせない。昨日のことが奇跡でも、『Trickstar』が勝ったのは事実です。大体移籍をしたところで──」
「……はぁ。素人のくせに、『プロデューサー』気取りかい?」

会長さんの一言に、私は息を詰まらせる。背筋が凍って、言葉が出てこなくなる。そんな私を見た会長さんは肩をすくめると、私ではなく、『Trickstar』の面々に語りかけた。

「何も知らないみたいだから、教えてあげる。彼女がプロデュース科に流れたのは、偶然だ。学院側の手違いでね…。けど、それでも普通科に戻れたはずなんだ」
「…何が言いたい」
「彼女は、自分から志願したのさ。プロデュース科に入ることを望んだ。その理由は…──僕に復讐するためだよ」

会長さんの話に耳を傾けていた彼らは硬直する。それから驚いたように声を上げたが、私は何一つ声を発することが出来ない。ぎっと睨みつけるが、それに彼は特にひるむ様子もなく、笑って見せた。

「僕の地位をたたき落とすのに、君たちの革命ごっこに手をかしたんだ。所詮君たちと彼女は、利害の一致によって結ばれた関係に過ぎない。その子は『革命者』ではなく、『復讐者』なんだよ」
「…勝手なこと言うなよ!そんなはずない!百瀬は俺たちのこと、本気で応援してくれた!俺たちのために尽くしてくれた!そんな心無いようなこと…」
「あるんだよ。彼女の心は、とっくの昔に壊れてる。そのきっかけを作った僕が言うんだから、間違いじゃない。どうだい?違うのなら、反論してもいいんだよ…百瀬ちゃん?」
「…百瀬………?」 

会長さんの呼びかけに、私は何も答えることが出来ない。黙り込んだ私に、スバルくんが不安げに名前を呼んだ。

「違うなんて、言い切れないよねぇ……。だって、事実なんだから」
「ああもう、何なんだよ!あんたに百瀬の何が分かるって言うんだ!」
「少なくとも君より知ってるさ。明星スバルくん。彼女の、父親についてもね」
「……やめて、ください……」

小さく、蚊の鳴くような声で懇願する。情けない顔の私に、会長さんは困ったように眉を下げる。儚げな表情は、彼の雰囲気にはよく似合っていた。

「そんな泣きそうな顔しないで。僕は何も、君を傷つけたいわけじゃない」

彼は人の良さそうな顔をしても、目的のためなら手段は選ばない。少しの犠牲が出たって厭わない、悪食の皇帝だ。だから、騙されてしまったんだ、迂闊にも、過去にその手をとってしまった。それが今、たまらなく腹立たしい。

「何が傷つけたいわけじゃない、だ。百瀬の父親のことは知らなくとも、俺たちはこいつ自身を知っている。これからも、知っていく。それで十分だ、それを邪魔する権利は、あんたにない」
「……北斗くん」
「…そう怯えるな。お前は俺たちが守る。そう約束したからな」

血の気が引いて、すっかり冷たくなってしまった私の手を、体温を分けるように握りしめてくれた。北斗くんの手もどちらかといえばひんやりとしてるけど、私よりは、人の温もりが感じられる。

「きっかけはどうあれ、今は同じ気持ちでここにいるんだ。おまえから俺たちから逃げない限り、おまえの手を離すつもりは、これっぽっちもない」
「…………ありがとう、北斗くん」
「うむ。俺たちの答えは決まっている。そうだろう、みんな?」
「……すこし考えさせてくれ、っていうのは返答にはならないのか?」


……え?


「衣更?」
「北斗。おまえらしくないぞ、情熱が空回りしてる。どうも感じてる以上にやばい状況たぞ、これは」

壁際にいた真緒くんは、北斗くんを羨ましそうに見て、熱を散らすように自分の頭をぐしゃぐしゃとかきむしると、鋭く呼気を吐いた。

「衣更くん。賢い君なら、ちゃんと利害を天秤にかけることができるよね?」
「……」

ここが将棋なら、まさに打つ手がない。絶望的な状況なのだろう。この盤上は、会長さんの意のままなのだ。
たしかに、冷静に考えれば、全員移籍をしたほうが、将来的には有益である。みんなの魅力を一番に引き出せるのかもしれない。
会長さんはそれぞれに提案をしていく。誘惑するかのように、心を揺さぶる。
そして最後には、大人になれ、というのだ。
今の私たちの行動は反抗期にすぎない。短い青春を、疲れきり動けなくなってから後悔しても遅いんだ、と。

「ここが君たちの人生の岐路だよ、どの道を選ぶか熟考してほしい。曖昧な夢ではなく、生々しく厳しい現実と向き合うときがきたんだよ」

その言葉の返答を、誰一人する事が出来なかった。
王者の謁見は幕を閉じ、私たちは現実に引き戻される。今の今まで悪夢を見て、もがき苦しんでいたような気分だった。

そのあと、私達は無言のまま、グラウンドへ移動していた。会長さんの所属する『fine』が、ここで『B1』を行うからだ。

「あっ、ほんとに屋外ステージが設置されてる!」

全員が重たい足取りの中、スバルくんだけが元気だった。あれだけ呪いのような言葉の波を受けて、何も感じていないのか少し不安になったが、いつもの彼の姿にほっとしたのも事実だった。

「生徒会が非公式戦に出馬するのは初めてじゃない?」
「俺たち一般生徒にとって、非公式戦である『B1』こそが最も馴染みやすい。そんなステージで実力を見せつけることで、一般生徒の心を掌握するつもりだろう」

まだ少し表情が暗いが、北斗くんはいつものように丁寧に事象を解析した。
『紅月』は非公式戦を存在しないものと扱うことで、むしろ生徒の自由名表現を、活動を黙認していたといえる。度が過ぎた場合は、弾圧していたが。

しかし、会長さんは違う。その野良試合に出場し、征服し、逃げ場を奪う。まさに皇帝、単なる抑圧者なんかではない。

「生徒会長は、恐ろしい相手だぞ。思っていた、以上に」

寒気が這い上がってきたのだろうか。北斗くんは己の胸元に手を添えて、呼吸を整えている。会長さんは、私たちの心に傷跡を残した。
捕食されかけた恐怖感は、簡単には拭えないのだ。



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