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夢の終わりを告げる声

夢を、見ているようだった。

勝利を掴んだユニットのリーダーには、スポットライトが浴びせられる。観客からの祝福の声と拍手を、一身に受ける。

そして、その光を浴びているのは、間違いない。あんずちゃんだ。『Trickstar』の、勝利の女神だ。

「おめでとう、『Trickstar』!おまえらが勝者っ、おまえらがナンバーワンだぞ〜☆」

実況を勤めていたなずな先輩の言葉に、ようやく我に返る。

勝った?本当に?『Trickstar』が?

勝者は最後に、もう一曲披露することになる。待ちきれないとばかりに飛び出したみんなに手を引かれ、私も舞台上へと姿を現した。他の『UNDEAD』のメンバーも、ゆうたくんも、なずな先輩に呼ばれ『Ra*bits』のみんなも登壇する。

「…………」
「どうした、嬢ちゃん。まだ信じられないかえ?」
「……はい。でも、本当の本当に……勝てたんですね」
「そうじゃよ。我輩も、今回ばかりは気持ちが高ぶっておる。よくやったのう、褒めてやるぞい♪」

ぽんぽんと頭を撫でた朔間先輩を見上げると、心から喜んでいるようで、いつものような大人びた微笑みではなく、私たちと同じ高校生の無邪気な笑顔だった。

「ねえ大神くん。私のほっぺ、抓ってくれない?」
「あ?なんだよ急に。おら」
「痛たたたっ…うん、夢じゃないみたい…」
「たりめーだろ!おまえな、もう少し自信持てよな。逆に腹が立ってくるぜ」
「……うん、そうだね。ありがとう、大神くん!」

意識がようやくはっきりしてきて、私は大神くんの背中をばしばしと叩く。不機嫌そうに顔をしかめていたけれど、今は怒っているのは勿体ない。
祝福しよう、彼らの勝利を、祝おうじゃないか。

「ひなたくんとゆうたくんも!お疲れ様!ありがとう!」
「どういたしまして!せっかくの初舞台をあなたたちに捧げたんだ、負けたらひっぱたいてましたよ〜?」
「うん、そこは本当にごめんね。でも2人のステージすごく輝いてたよ!最高に!」
「『Trickstar』のおにーさん方には劣るけどね。わわっ、もう〜。百瀬さん、俺らのことほんとに弟みたいな扱いだよね〜?」

感謝の気持ちを込めて、2人の頭をむちゃくちゃに撫でる。驚きながら、2人は照れくさそうに困った笑顔をして、それを受け入れる。

「えっとえっと。でも正直、勝ったときのことぜんぜん考えてなかったんだけど。もう一曲やるなんて聞いてないよ、どの曲にするの?」
「そりゃあもちろん!新曲でいこう!」
「そうだな。今この瞬間の俺たちの気持ちを──歌詞が、メロディが表現している。輝きを放とう。俺たちらしい、あの曲で」

やっぱり、不釣り合いすぎるなあとつくづく思う。名もない作曲家の曲が、一瞬にして価値が変わってしまった。
でもそれは、『Trickstar』も同じだろう。ライブが始まる前は、誰も知らない、『何者でもない自分たち』だった。

「…おい、どこへ行くつもりだ。おまえの居場所はここだぞ。…百瀬」

ようやく実感がわいてきて、みんなの後ろ姿を眺めていると、ふいに北斗くんが私のほうに振り返り、制服の裾を掴む。逃げるなというかのように。

「俺たちの中心で、笑っていてくれ。おまえの笑顔は、幸せを呼ぶ」

大袈裟だ。それに、ものすごくくすぐったい。でも嫌な気分はしない。

(みんなと一緒だから…今はもう、怖くなんてない。そばにいるよ、それが赦される限り)

さっそく流れ出した曲に合わせて、スバルくんは楽しそうに叫ぶ。こういうときに率先して動くのはいつもスバルくんだ、みんなの一番星。

「どれだけ感謝しても、足りないよ!きみたちの笑顔が、声援が、俺たちの道行きを照らしてくれたんだ!感謝を込めて歌うよ、『ONLY YOUR STARS』!」

新曲の名前を、高らかに口にする。
ほとんどの観客は、まだ聞き慣れないだろう。でも、私にはこびりついて取れなくなるほど夢中になれる。自分の手で生み出した、子供のように、愛してあげられる。

輝かしい青春を望んだ、男の子たちの革命歌。

涙で前がほとんど見えない。でも、みんなの歌声は届いてるよ。聞こえているよ。もったいないけど、でも、アイドルも観客も、みんなみんな笑顔なのは、分かってる。

これが御伽噺なら、めでたしめでたしで終われたんだろうな。


 *


「うわっ…!?ちょ、スバルくん大丈夫っ!?」

舞台袖に引っ込んだ瞬間、電池が切れたようにスバルくんが倒れ込んできた。慌てて支えようとしたが、私もまだ体にしっかり力が入らなくて、私も同じように倒れてしまった。

「と、取りあえず水飲んで。何か食べ物を…兵糧丸ならある?ありがとうあんずちゃん!ほらスバルくん、食べさせてあげるから、飲み込んで〜」
「何だか、手慣れてるな百瀬。経験者か?」

経験がなかったといえば嘘になるけど、さすがに目の前でぶっ倒れられたら焦ってしまう。私が飲み込むように促すと、スバルくんはごくごくと水を飲み込み、兵糧丸を食べ始めた。

「あう〜…ありがとう百瀬〜…」
「うん。礼はいいから、ちゃんと食べてね。スバルくん今まで体力尽きたことなかったから、エネルギー全部使っちゃったんだね」

それほどはしゃいでしまったんだろう。思い返せば彼は常に飛び跳ねているような状態だった気がする。こうして疲れている姿を見ると、彼も人の子なんだなって思い知らされた気分だ。

「とはいえ、いつまでもここにいちゃまずいね。スバルくん歩ける?」
「1人で立てないなら、肩をかそう。だがこっちもくたくただから、ちゃんと歩けよ」
「俺も手伝ってやりたいところだけど…生徒会の方に行ってもいいか?仕事があるんだ」
「……大丈夫?」
「……あ〜。そんな不安そうな顔すんなよ。俺なら大丈夫。多少の非難は受ける覚悟だよ」

流石に、生徒会に唾を吐きかけた直後で会うなんて、メンタル的にきついだろうに。それでも、彼は笑って安心させるように私の頭を撫でた。馬鹿だ、一番不安なのは、間違いなく真緒くんなのに。
何も出来ないのが歯がゆいところだが、だからといって生徒会室に突撃も出来ない。ここは、見送ることしか出来ない。
 
「おまえには感謝したいことがいっぱいあるんだ。おまえのおかげで、本当に楽しかったよ」
「…うん、真緒くん、すごくかっこよかったよ。本物の『アイドル』みたいだった」
「ばーか。本物の『アイドル』だよ、俺は。そんじゃ行ってくるから、みんなのこと頼んだぜ」
「了解。行ってらっしゃい、真緒くん」

真緒くんと別れ、帰り支度を済ませた私たちは、帰路に立つ。お互い支え合いながら、ガーデンテラスを通り過ぎようとした、そのとき。

「……ん?どしたの、あんず。あらぬ方向を見てるけど」

立ち止まったあんずちゃんを、スバルくんが不思議そうに見る。そんな彼女に首を傾げると、スバルくんたちがガーデンテラスに誰かいることに気がついた。
その影は立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。制服を着ているのはわかるのだが、暗くて顔がよく見えない。

「……───」

近づくにつれ、月光がその人物を照らす。
ようやくその人の顔の全貌が明らかになったとき、私の血の気は一気に引いていった。

「……なんで……」

綺麗な微笑みを浮かべた彼は、もうすでに私たちの目の前に立ちふさがっていた。逃げ遅れた。見つけたときに、すぐに逃げ出すべきだった。
今更すぎる警告に、激しく後悔した。

「やぁ。君たち、『Trickstar』だったかな。今日のライブ、素晴らしかったよ」

愛想良く、拍手をしている。その仕草ひとつひとつに気品を感じる。こちらを賞賛する言葉の真意が掴めない。

「ありがとう、滅多に見られないものが見られて嬉しいよ。ふふふ、敬人の泡を食った様子といったら……♪」
「えっと……?」

全員が奇妙な雰囲気に呑まれて、その人物の声を聞いてしまった。明らかにただ者ではないということを、みんなも感じ取っているのだろう。しかし、誰1人として、彼から目を背けることが出来ない。

「君たちのような元気な若者が、まだ夢ノ咲学院にいてよかったよ。これから毎日楽しめそうだね♪」

彼の視線が、『Trickstar』からあんずちゃんへと映る。大事な『転校生ちゃん』を、ちゃんと家まで送り届けるようにと伝えると、一瞬だけ、ぱちっと目があった、ような気がした。

「それじゃあ、ね。また会おう、『Trickstar』」

背を向け、去っていった彼に、一気に息を吐き出した。今の今まで、息を止めていた気分だった。生きた心地がまるでしない。
スバルくんと真くんが、あれは誰だったのだと話している中、北斗くんだけが俯いて黙考していた。

「あいつは夢ノ咲学院におけるトップアイドルであり、すべての『ユニット』の頂点に立つ『fine』のリーダーでもある。生徒会長、『皇帝』天祥院英智」

先ほどまでの高揚感が嘘のように、体が冷え切っていく。あれは、確実に私を見ていた。私の存在をしっかりと認識して、値踏みするように見つめて、その視線が、恐ろしくて震えてしまう。

「……百瀬ちゃん、大丈夫?顔が真っ青だよ……?」
「だ、大丈夫。大丈夫だよ……ちょっと、疲れてるだけだから」

みんなほどではないけど、疲れているというのは嘘ではない。心配してくれる真くんに、私は苦笑いで返した。

ああ、あの悪魔のような微笑みが、頭の中を過ぎる。

(駄目だ。こんなんじゃ、駄目だ。守らなきゃ。みんなを。私はもう…部外者なんかじゃ、ないんだから)


同じ悲劇は、二度と繰り返さない。


 *


「まあ固くならずに、ゆっくり寛いでいってね」

ふざけるな。
そう返したかったけれど、さすがにそこまで子供じゃない。ここで変に噛みついてしまっては、『Trickstar』に何をするか分かったもんじゃない。

「また君と話せる日が来るなんて、夢みたいだよ」
「…そりゃどうも。それで、何のご用ですか?」
「つれないねえ。僕的には、群衆に囲まれて困り果てていた君を、助け出したつもりなのだけど」
「頼んでませんし、正直ここにいる方が私的には苦痛です」

登校直後、革命を成功に導いたとして、『Trickstar』よりもそれに協力した『プロデューサー』にみんな注目したようで、私を発見した瞬間に多くの生徒が取り囲んできた。
それを助けてくれたのが、伏見くんであった。クラスメートのよしみで助けてくれたのかと思えば、会長が私を呼んでいるというではないか。
全力で拒否をしたのだが、彼も会長命令には逆らえないようで、彼を困らせたくはなかったため、私は放課後に渋々ついてくることになったのだ。

「理由もなくあなたは呼び出さないでしょ、『会長さん』」
「警戒されてしまっているようだね。さながら毛を逆立てた子猫みたいだ。大丈夫、何もしないさ、君にはね。用件については、もう少し待ってくれないかな」
「…………」
(……どういうことだ?会長は今の今まで入院していたのに……まるで知人みたいな会話だ。一体、どういう関係なんだよ…?)

私と会長さんの会話に、違和感を覚えたのか、真緒くんが考えるように顔をうつむかせる。すると、会長さんにべったりしていた姫宮くんが、私の元に駆け寄ってきた。

「ねえ、なんで百瀬はそんな怖い顔してるの?」
「…………」
「大丈夫だよ。会長はお優しいから、百瀬がした『S1』の件も許してもらえる!僕や弓弦からも、百瀬のことは話してるもん♪」
(許す、ね。……ずいぶんお偉い御身分だ)

姫宮くんの言葉にそう思っていると、生徒会室の扉が開かれた。振り返ると、そこにはあんずちゃんを守るように、スバルくんと北斗くん、真くんが彼女を囲むようにして入室した。

「なっ……!」
「ようこそ、夢ノ咲学院生徒会室へ」
「一体どういう……!」
「まあ落ち着いてよ、百瀬ちゃん。転校生ちゃんを呼び出せば、『Trickstar』のみんなも来てくれると思ったけれど、その通りだったね」

威嚇するように睨みつけると、会長さんは宥めるように微笑んで、伏見くんにお茶を出すようにお願いした。楽しそうにお茶を用意する伏見くんに、自分の分も用意しろと姫宮くんが呼びかける。
小さく愛らしい彼は、会長さんの膝に身体を投げ出した。

「用件を聞きたい」

単刀直入に、北斗くんが切りこむように、前へ出ながら物申した。



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