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決戦前夜

「おい、あんた。いきなりズケズケ踏み込んできて、何なんだいったい?」

我慢の限界に来たのか、衣更くんが全力で彼の胸ぐらを掴んで、無理やり自分のほうを向かせた。
私よりも、衣更くんの方が真くんとの付き合いも長く、よく知っているだろう。怒るのも、当たり前だ。

「わかったこと、言うなよ。こいつは、努力してる。足りないところがあったとしても、俺たちが埋めてみせる。真は『きれいなお人形』なんかじゃない、人間として生き始めたんだ!それを、邪魔すんなよ!」
「……衣更くん」
「ふぅん。暑苦しいねぇ、鬱陶しい。努力とか、情熱だけで渡っていけるほど、アイドル業界は甘くないよ?現実は冷たくて、数字が支配していて、心はすぐに壊れる」

最後の一言が、抉るように、私の傷口をつつくように、触れてきた。じわりじわりと、血が滲むような気持ち悪さを覚え、目を伏せる。
様子の変わった私が視界に入り気になったのか、一瞥した相手は、興味が失せたかのようにそこから去っていった。

「何なの、あのひと?けっきょく、何が目的だったの?」
「……さあ。それにしてもあの…『セナ』さん?なんか、どっかで見たことが…」
「あの人モデルやってたからじゃないかな。見たことがあっても、おかしくはないと思うよ」
「……うん。それにしても、ごめんね。ちゃんと守れなかった……『プロデューサー』なのに」
「まあ、女の子に守られるのも格好つかないからね……。でも嬉しかったよ、ありがとう」

怪我はない?と心配してくれる真くんに、私はぶんぶんと首を振った。衣更くんが受け止めてくれたから、体はどこも痛くない。

「おまえが出てきたときはさすがに肝が冷えたぞ〜?心意気は感心するけどな」
「あはは…めちゃくちゃ怖かったけど。でも、もう後には引けない。宣言したからにはね」
「ああ、『S1』っていう大舞台で、おまえの選んだ人生が『まちがい』じゃないって証明してやろうぜ。なぁ、真?」

意気込んだ衣更くんに、真くんも同意するように笑顔を見せた。そんな彼らにホッと安堵のため息をついて、その日は予定通り、学院に泊まって衣装制作を続けることになった。

 *

いよいよ、明日が『S1』本番だ。

全員、疲労が色濃く残っているが、それ以上に自信と希望と、充実感に充ち満ちている。
ついに始まる、革命が。この学院を根底から覆すための、おおきな契機が。
誰1人として、負けるつもりなどない。本気で勝ち取りにいくのだ。未来を、輝かしいステージで。

「みんな、不安もあるだろう。だが今晩だけは、自宅に戻ってゆっくり休んでくれ」

窓の外は、すでに星々が瞬いている。現在私たちは、決戦前夜のミーティングの最中だった。ひとつひとつ確認して、高ぶる気持ちを抑え、明日に備えて眠るだけ。
私の比ではないくらい、アイドルたちは疲れている。けれど、二週間前よりもずっと良い表情で、そこに存在していた。そんな彼らを、心底誇らしく思える。

「リラックスするために、ホッケ〜が習得したという漫才を見せてもらおう☆はいホッケ〜、どうぞ!わくわくっ♪」

調子の良いことを言って、場を和ませるスバルくん。その無邪気な底抜けの明るさは、尊敬していいレベルだ。

「漫才は、やらん。面白すぎて思い出し笑いをして、おまえらが今晩、眠れなくなってしまう可能性が高い」
「あはは。何それ面白いっ、ホッケ〜の冗談は冴え渡ってるね☆」
「冗談ではない。ともあれ明日に備えて、結束を固めるため何かしておくのも悪くはないな。円陣を組もう、みんな」

それまで傍観者気分で眺めていたが、スバルくんが思い切り、腕を引っこ抜くぐらいに力強く引っ張ったため、我に返る。
促されるまま、肩を寄せ合い、円陣を組む。愛おしい人肌のぬくもりを感じ、目を閉じる。

もう二度と、このぬくもりは手放さない、失わせない。


奪わせない、絶対に。


「明日は、必ず勝つぞ」
「当然!そのために努力してきたんだしね〜☆」
「がんばろうね、生徒会に一泡吹かせてやろう!」
「やっぱ、ワクワクすんな〜。久しぶりのライブだし、俺はふつうに楽しんじゃう予定♪」

それぞれの決意を表明する中で、私はもういっぱいいっぱいで、言葉がつまって出てこない。だから、変わりに、笑顔で答えた。
もう、これで精一杯だ。きっと声に出したら、溢れて零れて、変なこと言っちゃいそう。

「ふふ。2人が手ずからつくってくれたという、俺たちの専用衣装も完成するらしいな」
「っうん、結局調整ばっかりしてたら、時間かかっちゃった。ごめんね」
「謝るのはなし!鬼龍先輩も太鼓判押してくれたんでしょ〜?最高じゃん!」

本当に、決戦に間に合ってよかった。みんなに来てもらうのは明日。それまでは楽しみにしてもらおう。

「ふむ。決戦前夜というのに、賑やかじゃのう?」

不意に、声が響いた。
そちらに振り返れば、『Trickstar』をここまで導き、助言してくれた恩人の朔間先輩だ。突然音もなく出現するのは、いつものことだ。怖がりの真くんでさえ、ほっこり笑顔で彼を迎え入れる。

「お世話になりました、朔間先輩」
「礼を言われるほどではない。それに、これは我輩の罪滅ぼしでもある」
「……………」

朔間先輩が過去に、何をしていたのか。詳細はよく分からない。私は実際、見たわけではないから。
朔間先輩曰わく、かつて『五奇人』と呼ばれた彼らは、悪の権化のようであり、それを征伐し、学院を平和に導いたのが生徒会であったという。

(その生徒会が、今じゃ学院の支配者になって、人によっては『悪』とも捉えられてる。歴史は、繰り返されてる)

「頼むぞ。どうか、永らく停止していた時計の針を進めておくれ。歌声と演奏にのせて、おぬしらの夢を聞かせておくれ」

穏やかな声なのに、悲痛な叫びのような、そんな朔間先輩の願いに、彼らは頼もしくも笑顔を見せた。


 *


「どうじゃ、『Trickstar』の出来映えは」
「んふふ、それはもう、明日のお楽しみですよ、朔間先輩」
「似合わん笑い方をするのう」

帰り際、朔間先輩に手招きで呼び出されたため、『Trickstar』の4人とあんずちゃんには部屋に残ってもらい、廊下へ移動した。みんなが別々になってレッスンしていたとき、私は朔間先輩と行動を共にしていたわけだから、2人で話したいこともあるだろうという氷鷹くんの判断だ。

「出来ることは尽くしました。あとは、お客さん次第です。この学院の人間が…今の状況を変えたいと願う人間が、変えられるのならという希望を持つのなら、勝てます」
「ふむ。そうじゃろうな。無謀だと思う革命を、その祈りを、『Trickstar』が引き出してくれるんじゃろう、『プロデューサー』?」

挑発的な朔間先輩だが、その目にはしっかりと期待が宿っている。出会ったときの探るような、値踏みするような視線とは違う。何だかそれが、少しだけ嬉しかった。

「夢のような話じゃ。この間までとは、まるで違う。我輩はもう、このまま夢ノ咲は変わらないと思っておったわい」
「でも……誰もが諦めた状況で、過去に革命を起こしたのでしょう。生徒会は……いえ、『現生徒会長』は」

私の言葉に、朔間先輩の表情は変わらない。この人はきっと、最初から気づいていたんだろうな。私があんずちゃんのように、『Ra*bits』のようなアイドルを出さないためにという純粋な気持ちで、手を貸したわけじゃないって。

「あなたも悪い人ですね」
「そうじゃな。でも嬢ちゃんや…『Trickstar』と過ごして、おぬしの気持ちも少しは変わったじゃろう」
「……本当に、悪い人」

色々御託は並べていたけど、朔間先輩って結構世話焼きなんだと思う。衣更くんとは別のタイプの。お兄ちゃんって、どこもこういう人間なのだろうか。
けれど、『Trickstar』と一緒に過ごして、私もきっと変わってる。もうそろそろ、前に進みたい。

「ねえ朔間先輩。私が変われたのなら、それは『Trickstar』だけじゃなくて…朔間先輩のおかげでもあるはずです。あなたが引き止めてくれたから、変われたんです」

だから、改めてお礼を言いたい。
ぺこっと頭を下げた私に、朔間先輩はきょとんとしていたが、やがてくつくつとのどを鳴らして笑った。

「……嬢ちゃん。我輩、別に分かっていたわけじゃないんじゃよ。世話を焼いたわけでもなく、ただの、気まぐれじゃ」

とは、言っているが、私はもう勝手に朔間先輩の照れ隠しだと解釈することにした。一週間一緒に過ごしていたが、割とこうしてはぐらかされることが多々あったから。

「楽しかったですよ、朔間先輩とのレッスン。機会があれば、またお願いします」
「まるで死にに行くフラグみたいな台詞じゃのう…」
「馬鹿言わないでくださいよ、死なないために、鍛えたんですから」

胸を張って答えた私に、朔間先輩はまた微笑む。悪魔のような微笑みは、悪意があるのではなく、まるで魔力が宿っているかのように、不思議と惹かれる表情だった。

ならば私も答えよう。
言葉には、特別な『魔力』が宿るから。

「勝ちます。絶対に。それがあなたへの、最大の恩返しです」



「ねえ〜!百瀬まだ〜?最後にもっかい円陣組もう!」

部屋の扉をぶち破るような勢いで開いたスバルくんは、満面の笑みを浮かべ、やや興奮が押さえ切れていない様子のまま、私を部屋へと引きずり込んだ。まだ、話していないこと、たくさんあるのだけど。
そんな私の意見など、聞く耳を持たずに、私はされるがままとなって円陣の中へと取り込まれる。
歓迎するように、他のみんなもわいわい騒ぎ出して、自然と笑みがこぼれた。

呆れたようにため息をついた朔間先輩の目に、私たちは一体、どんな風に映ってるんだろう。



振り返った先で、愛おしいものを、尊いものを、輝かしいものを見つめるような、そんな目をしていたのを、確かに私は最後に見た。



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