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人のフリしたお人形

一週間という短い期間練習で、生徒会の強豪ユニットである『紅月』に勝利するというのは、無謀だと思えるだろう。
しかし、その不可能なことを様々人から助力を得て、成そうとしている。『Trickstar』も本気だ。そして、この一度きりしかチャンスはない。これを逃せば、二度と日の目はやってこない。
そう考えると、ゆったりなんかしていられない。今日もあんずちゃんと一緒にユニット衣装の制作に勤しんで、気づけばもう日が暮れている。

(鬼龍先輩に頼めれば間違いはないけど、先輩は『紅月』に所属してるから。戦う相手に頼むわけにはいかないし、私たちで頑張るしかない)

しかし、私もあんずちゃんも、こんな風にまともに針仕事をした経験がないため、なかなかに手こずっていた。もし間に合わなかったら…と考えると恐ろしくなってしまったため、自宅から最低限必要なものを持ち込んで、学院に泊まろうと思ったのだ。

「…あれ、真くん。ランニング中?」
「あっ、百瀬ちゃん!いやぁ、大神くんの特訓から解放されたとはいえ、体力作りは続けないとなあって思ってね」
「おお〜。いい心がけだ!でももう暗いし、体冷やしちゃうから、ちゃんと汗拭こうね〜」
「は〜い。百瀬ちゃんは帰らないの?もしあれなら送るよ?」
「ううん。今日は…というか、これから衣装が出来るまで、学院に泊まろうと思ってて」

朔間先輩とレッスンしていたときに借りていたスタジオは、一応まだ貸し切り状態のままなのだ。あそこの鍵は私が持っているし、誰にも邪魔されないだろう。

「そっか。僕も泊まろうと思ってたんだ〜。家に帰るより、こっちの方が気楽だし……」

「──ゆうくん」

生き生きと話す真くんを遮るように、低い声がこちらに呼びかけた。なぜ、そう分かったのかというと、彼の後ろにいる銀髪の青年が、こちらを見ていたからだ。真くんは、その声に恐る恐る振り返って、彼の姿を視界に入れる。先ほどとは違い、顔面蒼白となった彼に、不安が過ぎった。
そんな中で、青年の視線が真くんから、私の方に映ったのを見て、真くんは我に返り、私の手を掴んで、その人とは反対方向に走り出した。

「走って百瀬ちゃん!!」
「えっ!?な、なんで!?どういうこと?」
「いいから!練習室まで行こう!」

彼らしくなく、強引に引っ張り、私はされるがままとなって練習室まで全力疾走で駆ける。
大きな音を立てて扉を開き、倒れ込むように入室すると、そんな慌ただしい私たちを、衣更くんとあんずちゃんが凝視した。

「……あれっ。まだいたの、ふたりとも?もう、日付が変わりそうな時刻だよ〜?」
「おまえらも、まだ帰んないの?ていうか、どこをほっつき歩いてたんだよ」

私たちは衣更くんに事情を説明する。無邪気に語る中、衣更くんは、真くんはともかく私は帰れと突っぱねた。

「え、なんで」
「何でっておまえ、親御さんが心配するだろ。ただでさえ男だらけの学院なのに」
「ああ、大丈夫だよ。私一人暮らしだから。鍵もちゃんとかけとくし」
「え、おまえ一人暮らしだったの?…ってそこはともかく、見たところ寝具は持ってこなかったろ?レンタルするにも、まだ校内賃金はないだろうし…」
「それも大丈夫!朔間先輩がまだ寝床の棺桶を置きっぱにしてるからそれを……」
「なおさらダメだろそれ!」

次から次に否定の言葉が飛んでくるので、こっちもやけになって声を荒らげてしまう。そんな私と衣更くんを見て、真くんたちは苦笑いを浮かべた。

「心配なのは分かるけどね…。でも百瀬ちゃん、なかなかに頑固みたいだから、言っても聞かないと思うよ?僕たちのために頑張ってくれてるんだし、少しくらいいいんじゃない?」
「そーだそーだ!この分からず屋!衣更くんの衣装だけ継ぎ接ぎにしてやる!」
「それは悪意しか感じないぞ!?」

もちろん、そんなことにはしないけれど。
寝具は俺がもう一つ持ってくるから、と言われ、なんだかそれも申し訳ないと思ったけれど帰るかそれを使うかで選択を迫られたらそれに頷くしかなかった。衣更くんは棺桶を使ってほしくないみたいだ。
あれ、レッスン時に一度丸め込まれて使用したことがあるのだが、ものすごく寝心地がよかったのに。

「じゃあ、あんずを送ってくから。ふたりとも、留守番は頼んだぞ?」
「…なんか、ごめん。衣更くん」
「じゃあ大人しく帰るか〜?」
「それは嫌。衣装終わんないもん」
「はいはい。真の言うとおりほんとに頑固だ。じゃ、行ってきま〜す」

手を振る彼に、私と真くんは振り返す。しかし、2人は出入り口のところで立ち止まった。

「ゆうくん」

不思議に思い、身を乗り出してその先を見ると、暗闇のなかに、異様に冷え冷えとした眼光が輝いている。すでに完全下校時間を過ぎているため、廊下の照明は落とされ、真っ暗闇だ。
わずかに月光が漏れている窓と窓の隙間、廊下の壁に背を預けて、誰かが立っていた。

その人は、先ほど外で見かけた人物と同じ。綺麗な容貌の持ち主である青年は、衣更くんたちを完全に無視し、室内へと入り込む。邪魔そうに、2人をぞんざいに片手で押しのけて。

「逃げるなんて酷いじゃん、傷ついちゃうなぁ?」
「げぇ!?い……泉さん!」

真くんがすごい勢いで、部屋の最奥まで後ずさる。おそらく顔見知りなのだろうが、真くんの反応からするに、友好的な間柄ではないと思える。相手は、真くんをまるで宝石を眺めるかのように、うっとりとした表情で見つめているけれど。私だって、友達が嫌がっている中、良い印象なんて抱くわけもない。

私は咄嗟に真くんを守るように、近づくその人との間に割り込んでキッと睨みつけた。

「…なぁに、あんた。邪魔しないでくれる?さっきから思ってたけど、あんたゆうくんの何なの?返答によっては容赦しないけど」
「……………」
「それはこっちの台詞だ。何なんだ、あんた。ここは『Trickstar』の貸し切りだぞ、関係者以外立ち入り禁止!」

鋭い眼光で私を見下ろした彼に、ぞくっと背筋が凍る。それを見かねた衣更くんが、その人に言い返すと、不機嫌そうに眉をしかめた青年は、いまだに危険な雰囲気を漂わせている。

「敬語で喋ってくれないかなぁ、後輩くん。生意気な子は、ここじゃ生きていけないよ〜?プチって踏みつぶされたいのかなぁ、虫けら♪」

あんまりな態度の彼に、誰に対して人当たりのいい衣更くんでさえ、顔をしかめる。その中で、こっそりと私は真くんに耳打ちした。

「……ねえ真くん。この人だれ、知り合いなの?」
「……うん。夢ノ咲学院における強豪『ユニット』のひとつ──『Knights』のメンバー、瀬名泉さん」

『Knights』はたしか、『S1』には参加しないと聞いていたから、詳しいところまでは調べていないけれど、歴史あるユニットなのだということは知っている。まさか、ここでこんな形で絡むとは、思いもしなかった。

「むかしから、なぜか僕に突っかかってくるんだよ〜?」
「ねぇ、ボソボソと内緒話しないでくれる?チョ〜うざぁい!」

こちらがこそこそ話していたのが気にくわなかったのが、そう悪態ついた彼は、真くんへ無遠慮に近づいていく。

「いちおう、忠告しようと思ってさ。何を張り切ってるのか、知らないけど……。ゆうくん、才能ないんだから。アイドルとしてがんばるなんて、無駄なことはやめようね?」

真くんの前にいた私を強引に押しのけ、限界まで真くんに顔を近づける。逃げ場を完全に失った真くんは、その中で震え上がっていた。

「ゆうくん、見た目しか取り柄がないんだからさ。そんなダサい眼鏡も、夢も希望も捨てて、グラビアの世界に戻っておいで?」

グラビアに戻ってこい、ということは、この人はもしかして、真くんと同じように、モデルをやっていたのだろうか。いや、現在進行形で、している人なのか。
愛おしそうに真くんを見つめているのに、彼に浴びせる言葉はどれも冷たくて、鋭くて、痛い。
目の前で、蛇ににらまれた蛙のように震え上がる真くんを見て、衣更くんは歯軋りし、拳をぎゅっと握りしめていた。
このままでは、今にも殴りかかりそうだ。でも、ダメだ。そんなことをしては、『Trickstar』として、まともに活動出来なくなってしまう。

「……。ねぇ、邪魔しないでって言ったよねぇ。その耳は飾りなの?」

私は意を決して、真くんからその人を引き剥がす。そんな私を鬱陶しそうに、冷めた表情で見下ろした。

「……やめてください。あなたに真くんの行く道を決める権利はない。お人形なんかじゃ、ないんです。彼が嫌がってるのが、分からないんですか?」
「はあ?一丁前に喧嘩売ってるわけ?上等じゃん、口だけなら何だって言えるんだよ、クソガキ」

興醒めとでも言うかのように。私の体をいとも簡単に突き飛ばした彼は、真くんから眼鏡を奪い取り、それを踏み潰した。
とっさに私を受け止めてくれた衣更くんの腕の中で、響いた破壊音に、昇っていた熱が一気に冷めていくのを感じる。

「今からでも遅くないよ。お遊びはやめて、こっちの世界に戻っておいで?」
「……お遊びなんかじゃ、ないです」

短い沈黙の果て、真くんが首を振って、壁を支えにして立ち上がった。綺麗な緑の瞳を、睨みつけるようにして、彼に向ける。

「僕はもう、心を殺しながら生きていくのは嫌なんです」

不愉快そうに眉をひそめる相手に、真くんは必死に、目元に涙まで浮かべて言葉を尽くす。
その悲痛な訴えに、こちらまで、涙が出そうになった。



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