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尊さに気づくのは、まだ

この学院に来て、「ああ、これはピンチだ」と感じた瞬間は数知れないが、これほどまで危機感を感じたのは今回が初めてだ。

「プロデュース科に女の子が2人来たとは聞いてたけど、いやあツイてるなあ!早速出会えるなんて」

差し入れを作ってくると言って、ガーデンテラスに行ったあんずちゃんの帰りが遅く、それを迎えにいった衣更くんも戻ってこない。何事だと外へ赴けば、変な輩に捕まってしまった。ああ、生徒たちは個性豊かで、全員が「良い人」ではないから気をつけろ、と衣更くんや氷鷹くんに口を酸っぱくして言われていたのに。

「俺は三年A組の羽風薫。君の名前は?」
「……二年B組の、連星百瀬です」
「百瀬ちゃんね!ああ、そんな警戒しないで。別にどっかにさらったりしようとか、考えないから」

誰も、そんなことは言っていない。しかし、この口振りと、やってきた方向から察するに、もうすでにあんずちゃんと接触したのだろう。あの子は大丈夫だっただろうか、以前は女子高にいたと聞いたので、こういう人には慣れていないだろう。
かくいう私も、慣れているわけではないんだけど。

「あの、私急いでるので、用があるのなら話は今度にしてもらえませんか…?」
「そっか、残念だなぁ。ちなみに、どこに行くの?」
「そ、それは……」
「──薫くん」

口ごもった所で、聞き慣れた声が聞こえてきた。
羽風先輩の背後に立っていたのは、外で見るのは珍しい朔間先輩の姿。

「また朔間さん?もう、俺の邪魔しないでくれる?」
「さっきあんずの嬢ちゃんのこともナンパしとったじゃろ…。粗相がないぞ。この子も『Trickstar』の子じゃぞ」
「ええ〜そうなの?プロデューサーが2人もつくなんてずるくない?」
「我が儘言うでない。これも未来の投資じゃよ」

そう言って、朔間先輩はぽんと私の肩に手を置いた。こんな日が暮れているとはいえまだ明るい。歩き回って、大丈夫なのだろうか、と心配していると、よしよしと頭を撫でられる。だから、撫でるのは止めてほしいと言っているのに。

「え〜。何朔間さん、その子に目付けてるわけ…?」
「まあ、薫くんに大人しく渡すぐらいならそうした方がいいかもしれんのう」

バチバチ張り合うのは、どうか私の居ないところでやって頂きたい。2人の間で、私は聞こえないようにため息をついた。

「というか薫くん。これからデートの予定とか言ってなかったかの」
「あっ、そうだった。いや〜、目の前に百瀬ちゃんが現れたから、つい彼女に目がいっちゃったよ」
「…あんまり百瀬の嬢ちゃんを怖がらせんでおくれ。早く行かないと、強制的に練習に参加してもらうことになるぞい」
「それは勘弁。それじゃまたね、百瀬ちゃん♪」

にこやかに微笑んだ羽風先輩は、私に向かって手を振るとその場を立ち去っていった。
姿が見えなくなった辺りで、朔間先輩がうなだれる。それを見て私はぎょっとしながら、「あの人は何者ですか」と問いかけた。

「我輩と同じユニット…『UNDEAD』に所属する、羽風薫くんじゃよ。やればできる子なのじゃが、練習嫌いが深刻でのう…」

いつも余裕ありげな朔間先輩にしては珍しく、扱いが分からないらしい。まるで自由奔放な風に翻弄されているようだ。

「とはいえ、ありがとうございます。私1人じゃたぶん、丸め込まれてました」
「この学院は男だらけじゃからのう。動くなら、誰か信用できる人間を連れ歩いとった方がいいぞい」
「そ、そんなに危険ですかね、この学院って」

逆に羽風先輩のような人がいるのって、稀じゃなかろうか。私は今の今まで、ナンパなんてされたことがなかったから。苦笑いを浮かべていると、朔間先輩は少し不満そうに眉をしかめて、私の頭を小突いた。

「あ痛っ!?」
「おぬし、全く警戒しておらんのじゃろ。全く…ちと無防備すぎるな」
「そいつが無防備なのは今更っすよ、朔間先輩。まあ、変なとこでガード固いんですけど」
「うわっ、衣更くん!あっ、あんずちゃんよかった!無事だったんだね…おっとと」

背後から声をかけてきた衣更くんに、思わず飛び跳ねると、衣更くんの後ろにひっついて歩いていたあんずちゃんは、私の言葉にはっとしてこくこく頷きながら、ぎゅっと私の体に抱きついてきた。

「うん、私も大丈夫だよ。…戻ろうか、みんなのところに。帰りが遅くなって、きっと心配させちゃってるから」

迎えに行ったのに、遅くなってしまっては申し訳ない。朔間先輩と別れ、大急ぎで防音練習室へと向かう。ちょうどよく休憩していたみたいだったので、さっそくあんずちゃんの作った差し入れでお腹を満たすことにした。

「わあ、これ『兵糧丸』だね!忍者の非常食!」
「え、このカタマリのこと?詳しいね、百瀬ちゃん」
「うん。こういうのたま〜に調べることがあるんだよ、割と作曲に使えるから」
「本当に使える知識なのかそれ…。でもそれ、仙石に話したら喜びそうだ」

仙石、というのはどうやら一年生の子で、衣更くんがよく面倒を見ている子のことらしい。忍者が好きなんだとかで、長いフンドシを巻いて、地面につかないよう猛ダッシュしているらしい。
やはり、夢ノ咲は変人が多いようだ。
仙石くんの話をしている中、氷鷹くんが何かを夢中になって食べ続けている。それに気づいて、あれは何だとあんずちゃんに問いかけると、『金平糖シュークリーム』だと返ってきた。

「俺のために、つくってくれたらしい」
「氷鷹くん、金平糖が好きなんだね。おいしい?」
「うむ。邪道だがなかなかいけるな。だが、栄養面から考えると、やや糖分が高すぎるように思える」
「うん。お気に召したのは分かるけど、クーラーボックスごと持ち去るのはやめようか!?」

どうやら彼は金平糖シュークリームを大層気に入ったようで、家に持ち帰ろうとしていた。そこをすかさずスバルくんがタックルをかまし、引きとめる。氷鷹くんはかたくなにクーラーボックスを死守しながら、スバルくんを牽制していた。

差し入れのおかげで、大分疲労感がほぐれたことだろう。さっそく、特訓を再開することになった。
一通り曲を流しながら、それに合わせてダンスなどのパフォーマンスをして、私たち転校生に意見を述べてもらうことになった。

「素人の生の意見ってことだね。的外れなこと言っちゃったらごめん」
「いや、お前たちは俺たちの性格を理解している。故に、2人が感じたことは、俺たちにとって『正解』であるはずだ」
「まぁ、気楽にね。あんまり『責任重大!』とか思わずに、感じたことをそのまま言ってくれると嬉しいな〜?」

氷鷹くんと真くんの言葉に、私とあんずちゃんは顔を見合わせて、頷いた。1人ならともかく、2人なら大丈夫そうだ。

流れだした曲に合わせて踊り出した彼らに、視線を向ける。ああ、みんな楽しそうに踊ってくれる。なんだかそれって、ちょっとくすぐったい。
あんずちゃんも、うずうずしてきたのだろうか。少し、前のめりになっている。そんな彼女の姿を見て、スバルくんが「おいでおいで!」と手をさしのべた。

その手はきっと、握りしめてもらえることを期待している。あんずちゃんもそれを感じ取ったのか、立ち上がって、彼の手を取った。

それを、まるで傍観者のように見つめていた私は、そこから動くことが出来ない。そんな私を、氷鷹くんが見つめていたかと思えば、こちらに歩み寄ってきた。

「どうした、呆然として。お前も、俺たちの仲間だろう」
「え、あの、氷鷹くん」
「らしくない、というのは、自分でも理解している。でも連星は、1人にすると、消えてしまいそうだ」

まるで、王子様が、お姫様を連れ出すように。
私の手を掬い取った彼は、みんなの輪の中に、私を誘った。夢のような感覚に、私は抵抗することも忘れてしまう。

「だから俺が、俺たちが、消えないように、見失わないように、こうして手を繋いでいよう」

きゅっと、離れないように私の手を握りしめた彼に同意するように、スバルくんが、空いているもう片方の手で、私の空いてる手を掴む。

「みんなで一緒に、どこまでも高く昇っていこう!この学院を変革するアイドルの一番星、『Trickstar』になるんだ!」

宙に浮き、落下した転校生2人を、四人が抱き止め、むやみに、揉みくちゃにする。この行為は、きっと何の意味も持たないんだろう。そう、無意味なこと。

でも、それでも、


(ああ、最高に楽しくて───幸せだ)


そう思わずには、いられなかった。



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