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あなただけの星たち

「今週から『ユニット』練習だね、衣更君」

満面の笑みである私に対して、衣更くんはどこか困ったような顔をした。何か悩み事でもあるのだろうか。それなら、相談に乗ってあげたいところなのだけど。

「はあ…そういう分かってないフリをするのは、どうかと思うぞ?」
「フリじゃないよ。ただ何となく「このことかな?」っていうのは予想できるけど」
「まあ、お前の想像であってると思うぞ。お前からあいつらの…『Trickstar』の話を聞いてるとはいえ、俺も不安がないわけじゃないから」

衣更くんは他のメンバーとは違って、今まで生徒会の仕事をしていたのだ。S1のための練習なんてほとんどとも言えず、全くしていない。それに──いや、この話はあまりしたくはない。
もうすでに準備の整った衣更くんを見て、私も慌てて教室を出る準備をする。たしか、今日はあんずちゃんが鬼龍先輩に呼び出されたと、氷鷹君が言っていたような。

「で、あいつらがどこにいるとか、知ってるのか?」
「うん。あんずちゃんが呼び出されたみたいで、みんなそれに付いてったみたい。グラウンドにいるって」
「転校生が呼び出し?それって大丈夫なのかよ…。まあ行くしかないか。もう出られるか?」

確認した衣更くんに頷き返して席から立ち上がった。そういえば、衣更くんはあんずちゃんと話したことがないんだった。どことなく彼も緊張しているようだ、らしくない。

「いつも通りに接すればいいと思うよ。衣更くん、そういうの得意でしょ」
「知ったような事いいやがって……。どこからその根拠が出てきたんだ」
「私が衣更くんと初めて話したとき、初対面のはずなのに、十年来の親友と再会したみたいな気分だったんだよ」

おそらくそういう気質なのだろう。途中から現れたって、まるで最初からそこにいたかのように、彼は自然に溶け込んでしまうのだ。

「楽しみだね、みんな揃うの」

同意は求めたけれど、そんなこと思っているのは私だけなのかもしれない。それでも衣更くんは否定なんてせず、「能天気なお前が羨ましい」とだけいう。そんな彼に、私は破顔しながら彼の腕を掴んでグラウンドへと足早に駆け出した。



「いたいた。全員揃ってるな」
「うん、あんずちゃんもいるね。呼び出しは終わったのかな?」

スバルくんたちと距離を縮めていくが、向こうは一向に私たちに気づかない。だんだん皆の会話が聞こえるくらいになった辺りで、衣更くんの名前が浮上した。

「そういえば『ユニット』練習ってことは、今週からは衣更くんも参加するの?」
「当然だ。あいつも『Trickstar』の一員だからな、仲間はずれにはできん」

氷鷹くん曰わく、むしろ合流は遅すぎるくらいだったという。まあ衣更くんは生徒会の仕事で切羽詰まってたみたいだし、更に私のお世話まで…。もはやお人好しを通り越しているような気もするけど。

(少し休んだ方が良いんじゃないのって言ったところで…断られるのは目に見えてるし。私のせいで忙しい彼をもっと疲れさせているわけだからなぁ)
「?」

ここ数日ほぼ一緒にいたせいか、すっかり衣更くんの性質を理解してきてしまっている。じとっと彼のことを見つめると、衣更くんはその視線に気づいて首を傾げた。普通の男子高校生がやったら女々しく見えるだけの仕草も可愛く見えてしまうわけだから、アイドルって狡い。

「あいつは俺たちが勝利するために、必要不可欠な存在になるだろう。俺は、そう期待している」
「お〜い……。本人のいないところで、ひとの行く末を勝手に決めないでくれる?」

すぐそばに立っていたことに驚いたのか、あんずちゃんが弾かれるようにこちらを振り向いた。むしろ驚かれたことに驚いたみたいで、衣更くんは頬を掻く。
ほぼ初対面の2人は、どう挨拶していいのか分からないみたいで、よそよそしく黙礼する。

「あっ、サリ〜☆何でいるの?百瀬が連れてきてくれた?」
「合流するなら、早い方がいいと思ってな。連星とは同じクラスだし、ちょうどいいから一緒に来てもらった」
「でも、生徒会のほうはいいの?」

三者三様に呼びかけると、衣更くんは落ち着きなく後ろを見たり、そわそわしていた。生徒会の役員であるにも関わらず、そこに勝負を挑もうとしている『Trickstar』のみんなと居るのは、はっきり言えば裏切り行為だ。気後れしているのだろう。

「いや、よくないけどな。公式ドリフェスは学院の仕切りで、生徒会も業務の一部を担当してる。だから、この時期は大忙しなんだよ」

複雑な立場の彼は、重要人物なのだ。衣更くんが生徒会を牽制してくれるおかげで、『Trickstar』は自由に動けている。彼が私たちに見切りをつけた瞬間、生徒会にすべてを暴露され、終わってしまうのに──誰一人として、それを警戒していない。
衣更くんはそんな真似はしないと、信用されている、愛されている。
その事実を今実感出来て、私は安堵のため息をついた。
衣更くんがあんずちゃんに自己紹介している中、氷鷹くんが私に声をかけた。

「そういえば連星。朔間先輩から曲が完成したという話を聞いたが……」
「あ、うん…まだちゃんとしたものではないけど、一応形になったものなら。今日みんなに聴いてもらって、直せるものは直そうかと思って」
「そうか。お前の曲が今日ようやく、聴けるのか。正直待ち遠しかったぞ」

氷鷹くんは大袈裟だなぁ、なんて苦笑いする。みんなが期待するほどの物が出来たかどうかは分からないけど、私なりに良い物を作ったつもりだ。

「へぇ、曲が出来たんだね!最近見ないなぁって思ってたけど、これのため?」
「うん。朔間先輩を棺桶の中から引きずって色々教わった。最終的には、棺桶本体を部室から部屋に移動させてもらったけどね〜」

毎日部室に行って棺桶の中から朔間先輩を引きずり出すのに手間がかかる。なのでお世話になるあいだ、レコーディングルームに棺桶ごと移動してもらって、爆音を響かせて無理にでも聴いてもらっている。
嬢ちゃんは鬼畜じゃのう、だの年寄りには優しくしてくれ、だの言っていたけれど、私に指導する朔間先輩だってなかなか厳しいことを言っていた。

「素人なりに頑張って作った。朔間先輩から、『Trickstar』に合う曲をいくつか厳選してもらったし…私からしても、結構自信作だよ」

やれ不協和音だの、やれ汚い音だの。何度も心が折れそうになったのだ。というか、折れた。
しかし鞭のように鋭い言葉で傷つけて、落ち込んで再起不能になれば、甘い甘い飴のような言葉で慰める。飴と鞭の使い分けが上手すぎて、正直恐怖を覚えたのだけれど。

(感謝は、してる。趣味だけで作曲をしていた私は、本物のライブで使えるような作り方を知らないから……あの人に教われたのは、奇跡だったのかも。伊達に『奇人』なんて呼ばれてはいないね)

その『奇人』に対してそうした扱い方をしている本人の方が、よっぽど恐ろしい事をしていると、真緒は感じながら苦笑いを浮かべた。『Trickstar』の件といい、本当、知らないところで色々やらかしてくれる転校生だ。

(だから危なっかしく見えて、つい世話焼いちまうんだよな。こいつは俺がお人好しだからって思ってるかもしれないけど……)

自分たちアイドルとはまた違った、人を惹きつける力があるようにも感じた。それを感じているのは、きっと自分だけではないことを真緒は気づいている。

「それで氷鷹くん、今日はどこで練習するの?」
「ああ。練習の前に、軽音部の部室に行く。朔間先輩とミーティングをしてから、練習場所に行くとしよう」

氷鷹くんは言葉通り、軽音部へと向かおうと歩き出した。軽音部にはいつも通り朔間先輩が…棺桶の中で眠っていた。いつの間にこっちに戻していたんだ。昨日までは確かにあっちにあったはずなのに。
棺桶で眠る朔間先輩をたたき起こし、私たちはミーティングを開始する。スバルくんとかはすぐ騒ぎそうだと思ったのだけど、案外大人しく、先輩の話に耳を傾けていた。
あんずちゃんと行動を共にした、一般人のことを少しは理解したのだろうか。気づかぬうちに、成長している。その成長は嬉しくもあり、少しだけ寂しくもある。出会って数日しか経っていない自分が言うのもおかしいが、そんな感じがしたのだ。

「ここが、『防音練習室』だ」

朔間先輩から指示を受け、体操着に着替えた『Trickstar』は、校舎の片隅にある教室の扉を開いた。プレートには『防音練習室B』とある。
朔間先輩の計らいにより、これから一週間はこの練習室を専有できるようだ。

「うわぁい、広い〜☆ひゃっほ〜!」
「ゴロゴロ転がるな、明星」

なぜか床を転がりだしたスバルくんを足で踏んで止めた氷鷹くんは、「パンパン」と手をたたいて、みんなに呼びかける。
まずは清掃、それから準備運動。そして、『S1』に向けて『Trickstar』の息を合わせるための練習をする。

「『S1』でどんな演目をやるかは、みんなで協議して決めたいと思う。早速、連星の作った曲を一通り聞いてみよう」
「……………」
「……?どうした、連星?」
「えっ…、あ、ごめん。ど、どうしよう…なんかみんなに聞かせるの…ちょっと緊張してきた…」
「大丈夫だよ、百瀬の曲の出来映えは俺が保証する☆」
「まだ聞いてないのに…?あはは、でもありがとう。それじゃあ…流すね」

震える手で端末の再生ボタンを押す。
曲が流れている間、みんなの反応が怖すぎて振り返ることが出来なかった。一通り流し終わり、恐る恐る振り返り、みんなの様子を窺おうとしたが、それは何者かによって遮られた。

「うぐっ!?」
「やっぱりすごい!さすがだね百瀬っ、俺が見つけたお星様!俺、どの曲も好きだよ〜!」
「あ、明星くん。感激して力がこもるのも分かるけど、それ以上抱き締めてると百瀬ちゃんが死んじゃうよ!」

その正体はスバルくんだったようで、スバルくんはぎゅうぎゅうと私を力いっぱい抱き締めてきた。真くんが制止の声をかけてくれたおかげで、解放される。
その時真っ先に目に飛び込んできたのは、感動と興奮で紅潮した頬と、爛々に輝かせたスバルくんの瞳で、私は目を丸くした。

「えと…如何だったでしょうか…?」
「どうしてそう不安げなんだ。もっと自信を持て。本来お前の曲は…もっと評価されるべきだ」
「いや、さすがにそこまでじゃ…」
「……………」
「……衣更くん?」
「…あ、ああ!悪い、なんというか、びっくりしちまって…これ、本当にお前が作ったの?」

そこまで、驚くほどだったろうか。私としては、もう何度も聴いているから、正直聞き飽きているほどなのだけど。

「お前ってほんと、過小評価しちゃうよな。お世辞とか冗談抜きにして、俺はお前の曲、結構好きだぞ?」
「うんうん!僕もだよ。どの曲も、僕たちの雰囲気にぴったりじゃない?」
「俺、一番最初に聴いたのがいいな。なんか『俺たち』っぽいし♪」
「…満場一致だな。安心しろ、連星。お前の曲を歌うからには、必ず勝利を掴み取ってみせる。この学院に、革命を起こす」
「………うん」

少し、大げさすぎる気もするが、感謝したいのはこちらの方だ。こうして自分の手掛けた曲を受け入れられて、好かれて、歌ってくれるだなんて、夢にも思わなかった。
私の曲は、一生私の手から飛び立つことは出来ないのだと、そう思っていたから。


だから今は、ただ純粋に、それがたまらなく嬉しかった。



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