受け継がれし才能 「もう日も暮れる時間じゃし、今日はこのくらいにしておくかの」 「…………」 「嬢ちゃん?嬢ちゃ〜ん?」 突っ伏す私に、朔間先輩が声をかけるが、正直心が折れてしまって顔をあげることができない。朔間先輩、こんな厳しい人だったんだ。いや、厳しいというか、涙ながらに先輩の指示に従う私を楽しそうに見ていたから、サディストの気があるのかもしれない。 「先輩の鬼!悪魔!!」 「や、我輩吸血鬼じゃし……」 「もう、凛月くんみたいな変なこと言わないでください……先輩も血でも飲むんですか?」 「我輩血はウエッてなるから飲めんのじゃよ……。……まさか、凛月に血を飲ませたのかえ?」 飲ませたというか、飲まれたといった方が正しい。あれからせがまれても断っているし、なるべくかわしているから飲まれてはいないけれど。 「ふむ。凛月が気に入るほど、嬢ちゃんの血は美味しいんじゃな。もしかしたら我輩も、嬢ちゃんのなら飲めるかもしれんのう」 「怖いこと言わないでくれます?」 「冗談じゃ。……それにしても、あの凛月がか。して、嬢ちゃんや。嬢ちゃんのその才能、誰かから教わったのかえ?」 朔間先輩の探るような問いかけに、私は疑問符を浮かべつつ、素直に頷いた。そもそも作曲自体はずいぶん前から始めたことだけど。一年ほど前に、同じように作曲が趣味の人に出会った。 人はきっと、あのような人を天才と呼ぶのだろう。 あれは私が怪我をして、病院に入院していた頃の話だ。偶然その人も腕を怪我して入院していて、その時に知り合った。 「綺麗な人でした。曲も、姿も、心も、何もかも」 今はもう、思い出さないようにしてる。思い出したら、死にたくなるくらいの後悔の念に飲まれるから。 「まあ、『天才のあの人』曰く、私の曲は雑で下手くそで汚いらしいんですけど」 「これはこれは……。そんな偶然があるもんじゃのう……」 「はい?」 「いや、こっちの話じゃ。面白いことが聞けたわい♪」 愉快そうにくつくつと喉を鳴らす朔間先輩に、私は訝しげな表情をしながら首を傾げた。今の話に、何も面白いところなんてなかったと思うけど。 「しかし、話を聞いてよく分かったぞい嬢ちゃんや。嬢ちゃんの曲はまだ荒削りじゃ。一年という短い期間でその精度は褒めるべきじゃけども……それでは生徒会には勝てんからの」 「そう、ですよね。でも、私これ以上のものは……」 「分かっておる。じゃが、嬢ちゃんに出来ることなら、まだあるぞい。曲には歌詞をつけねばならんからのう」 「……作詞、ですか……」 作詞か。作詞なんて、そもそも、やるつもりすらなかったのだ。迷いを見せる私に、朔間先輩は「そう気負うことはないぞ」と優しく声をかけてくれた。 「作詞は『Trickstar』の連中と一緒に考えるとよい」 そう簡単に、言われましても。 その日はその場で解散となり、とぼとぼと廊下を歩く。曲を作って完全燃焼した気分だったが、そうか、作詞もやるのか。一年前から、すっかり作曲しかしなくなってしまった。 実感が沸かずにぼんやり歩いていると、背中に何かが衝突すると同時に「ふぎゅっ!?」という潰れた声が聞こえた。 後ろを振り返ると、そこには桃色の髪をした、私より身長の低い男の子が、涙目でこちらを睨み付けていた。 「なんだおまえ!こんなところに突っ立って!庶民のくせに!」 「……?……?」 「何とか言えよ!ああもう、こんなことしてたら弓弦に捕まっちゃう……!!」 「……あ、思い出した。きみ、伏見くんが探してる子でしょ!」 容姿を見たときに引っ掛かっていたが、伏見くんの名前が出てピンと来てしまった。私の言葉に、目の前の男の子は目を丸くして驚き、それからはっとして「さてはおまえ、弓弦の差し金だな!?」と声を荒らげる。そういうわけではないけど、と訂正しようとしたとき、「坊っちゃま〜」と誰かを呼ぶ伏見くんの声が曲がり角から聞こえてきた。 「ああ……もう終わりだぁ……!」 瞳に涙を浮かべる男の子の表情は、まさに絶望と言った感じだ。恩を仇で返すような真似はしたくないんだけど。そえ思いながら、私は男の子の腕を掴んで近くの教室に押し込む。 「おい!何するんだ!!」 「しーっ。見つかりたくなかったら、黙ってて」 叫ぶ男の子の口を塞ぎ、少々威圧的にそう告げて、私は教室の扉を閉める。これでよし、と振り返ると、ちょうど伏見くんが曲がり角から姿を現した。 「おや、連星さま」 「お疲れ様伏見くん。こんなところで奇遇だね」 「お疲れ様です。実は、先日話した私の主人を探しておりまして……」 「ああ、桃色の髪の可愛い男の子……だっけ?それならあっちで見かけたよ。ごめん、声かけようとしたら走って行っちゃって」 「いえ、構いませんよ。教えてくださってありがとうございます」 「いえいえ……。それじゃあ私は先に帰るよ。また明日」 嘘をついた罪悪感もあったが、目の前であんな風に泣かれてしまえば、差し出すのもなんだか気が引ける。私は伏見くんの姿がなくなったことを確認して、教室の扉をあける。そこには驚いた顔をした男の子が、体を丸くしてこちらを見上げていた。 「伏見くん、もう行ったよ」 「……何で、僕を助けたの?」 「単なる気まぐれ。それとも、捕まりたかった?」 「そ、そんなわけないじゃん!でも……」 納得がいかないのか、難しい顔をしている男の子。確かに私とこの子は初対面だし、助ける理由なんてないけど、助けない理由だってないんだ。伏見くんには、後でちゃんと謝っておこう。 「強いて言うなら、君が可愛かったから?」 「なにその理由?あんたそれでも女の子なの?まぁ見る目はあるけどね〜♪」 「じ、地味に傷ついた……でも、助けるのはこれっきりだからね。これからは自分でなんとかしてよ」 そう言って、私は男の子に背を向けた。今日は帰って、作詞のことを考えよう。氷鷹くんたちとも話さなきゃいけないけど、いくつかフレーズを考えとくのも悪くない。そうプランを立てていると、ブレザーの裾が後ろに引っ張られる。 「い、一応礼は言っとく。……ありがと」 「うん、どういたしまして」 「高貴な僕を助けたんだから誇ってもいいぞ!……ええっと……?」 「百瀬。2年B組の連星百瀬だよ」 「百瀬!!」 元気よく私の名前を呼んだその子は、「僕の奴隷にしてやってもいいぞ!」となぜか得意げに言った。奴隷か、あまり嬉しくはないかな。 確かこの子、姫宮くんと言っていただろうか。 「僕の誘いを断るなんて生意気〜。でもまぁいいよ。今は気分が良いから、寛大な僕が許してあげよう♪」 「…それは良かった。でも、あまりここにいたら、伏見くん戻って来ちゃうんじゃない?」 「うにっ!?そ、そういうことは早く言って!僕はもう行くから!!」 「うん、転ばないように気をつけてね」 走り出した姫宮くんに手を振ると、姫宮くんはこちらに振り返り、戸惑いながらも手を振り返してくれた。根は悪い子ではないようだ。 「う〜ん。伏見くんに悪いことしちゃっなぁ…」 「私がどうかしましたか、連星さま?」 「わっ!?伏見くん?あれ、あっちに行ったんじゃ…!?」 「あちらに坊ちゃまの姿が見あたらなかったので、来た道を戻って来たのです。それで、連星さま」 「はい…?」 「先ほどの言葉の意味、説明してもらってもかまいませんか?」 有無を言わせぬ笑顔に、私は顔を青ざめた。あれ、伏見くんってこんなに怖い人だったっけ? 壁際に追い込まれ、完全に逃げ場を失った私は仕方なく白状することにした。ごめん姫宮くん、私も自分の命が惜しい。 prev next |