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レッスン開始

「…やけに機嫌がいいのう嬢ちゃんや」
「あ、朔間先輩。そう見えますか?」

朔間先輩が言うのなら、きっとそうなんだろう。
棺桶の中から顔をのぞかせた朔間先輩に、思わず笑みがこぼれた。
実は昨日から曲を書く手が止まらなくて、自己満足ではあるがこの腕の中にある曲が誰かに歌ってもらえるのだと思うと、嬉しくてたまらないのだ。

「今日は案内してくれる約束でしたね、先輩」
「ふぁ…まだ我輩の活動時間じゃないのじゃけども」
「そんなこと言わないでくださいよ…」

あと10分、と付け足して棺桶の中に潜ってしまった朔間先輩に、本当にこの人は年上なのだろうかと疑ってしまう。しかも話によると、朔間先輩は留年しているらしく、さらに年は上だということが発覚した。
吸血鬼、というのが本当なのか設定なのかはこの際どちらでも構わないが、灰にならない程度にお昼も動いてほしいというのが本音である。

「…先輩、10分たちました」
「……うぅ…嬢ちゃん、あと少し…」
「大神くんなら怒ってますよ?全くもう…ほら、手を貸すので、立ってください」

棺桶の蓋をこじ開けると、じとっとした目で私を恨めしそうに見る朔間先輩が子供っぽくて笑ってしまう。
「嬢ちゃんの声が子守歌に聞こえて仕方ないんじゃ」とわけの分からないことを言う先輩の手を引き起きあがらせると、渋々立ち上がってくれた。

「嬢ちゃんも鬼じゃのう…わんこに感化されたのではないかと心配じゃ」
「その辺は心配ご無用です。さ、先輩が案内してくれないと、迷っちゃいますからね。鍵を持ってるのも先輩だし、それに私だけじゃ、機材の使い方も分からないし」
「ふむ…それもそうじゃな。それに嬢ちゃんのやる気があるうちに済ました方がよさそうじゃ」
「それどういう意味ですか…」
「曲がかけないと嘆いていたのはどこの誰じゃ。…ああ、そう拗ねるでない」

別に拗ねているわけではない。朔間先輩の言葉が図星だったから、少し焦っただけで。それなのに先輩は拗ねていると決め込み、私の頭を宥めるように撫でた。だから、拗ねてないってば。

「…嬢ちゃんはちっこくて撫でやすいのう」

少し、大神くんと凛月くんの気持ちが分かった気がした。ただその反面で、こうして撫でられる機会がないに等しかった私は、嬉しくも感じてしまう。

「我輩の所へやってきた、ということは、曲が完成した、ということじゃな」
「はい。割と自信作です」
「ほう、それは楽しみじゃのう。…ついたぞい、今日から本番まで予約はいれてあるから、嬢ちゃんの好きにするといい」

扉の鍵を開けた先輩は、鍵を私に手渡して、その部屋の中へ入るように促した。目に飛び込んできたのは目にしたことのないような機材ばかり、しっかりと防音された壁や、生まれて初めて見たスタジオというものに、私は感動して開いた口が塞がらなかった。

「わ、うわ、うわぁ……!!」
「こういったものを見るのは初めてじゃったな。…って、聞いとらんな」

忙しなく辺りを見渡して機材に近づき眺める。こんな本格的なものを自分の目でみるのは初めてだ。これから数日間お世話になるものたちを前に、私は目を輝かせる。

「先輩、先輩!これは!?これはどう使うんです?」
「………まるで本物のわんこじゃのう」

「飼い主に尻尾を振っているようじゃ」と寝惚けているのか朔間先輩は目を擦りながら、よしよしと私の頭を撫でてきた。犬扱いは大神くんだけにしてほしかった。
撫でられると髪がボサボサになるし、何よりなれていないからやめていただきたいと何度も言っているのだけど、この人は話を聞いてはくれない。うれしくないわけじゃないけど。

「思ったんですけど、私が朔間先輩から教わる期間だけ、棺桶をこっちに持ってくることは出来ないんですか?」
「出来ないこともない………が、嬢ちゃんはなぜそうしたい?」
「朔間先輩、寝起きでここまで来るの、辛いでしょう。ここなら窓がないから日差しもこないし………」

何より、今は1分1秒が惜しいのだ。ほんの一瞬でも曲は生まれる。その曲が名曲になるかどうかはすぐには分からないけど、その一瞬を逃せば、それと同じものは2度と生まれない。作曲が趣味になってから、どうも忘れっぽくなってしまったし。

「朔間先輩的にも、いい案だとは思いますよ?」
「ふむ………まぁ悪くはないかのう。ただ、部室に我輩がいないとなると、わんこたちが寂しがると思って」
「大神くんが寂しがる……?」

朔間先輩の言葉に、大神くんが寂しがる様子を思い浮かべる。しかしなかなか想像出来ない。あの大神くんが寂しがる……うん、やっぱり想像出来ない。私には想像力が足りないらしい。うんうんと唸る私を見ていた朔間先輩は、「冗談じゃ」と笑いながら腰を上げた。

「どこへ?」
「部室じゃ。嬢ちゃんが言い出したんじゃろ。棺桶を持って来いと」
「今持ってくるんですか?まぁいいんですけど…。1人で持てます?」
「嬢ちゃんの細っこい腕じゃ持ってこれんよ。まぁここで大人しく待っとるんじゃな」

軽く馬鹿にされたような気がしたけれど、反論する前に、朔間先輩は部屋を出て行ってしまった。朔間先輩1人でもあの棺桶を持ってくるのも一苦労だと思うのだけど。
朔間先輩に言われたとおり大人しく座って待っていると、ふいに扉が開かれた。そちらに目を向けると、そこには棺桶を軽々持ち上げている朔間先輩が立っていた。
その姿に絶句していると、よいしょと棺桶を下ろした朔間先輩が、不思議そうに顔を上げた。

「?なんじゃ嬢ちゃん。おかしな顔をして」
「お、おかしな顔もしたくなります!えっ、?朔間先輩、怪力ですね!?」

あんな重たそうなものを持って平然とした顔でやってこられても反応に困る。動揺を隠しきれない私に、朔間先輩はにこっと微笑んで自慢げに腕を振り回す。

「力には自信があるぞい。グランドピアノも滑車があれば1人で運べるしのう」
「グランドピアノを?1人で!?」

え、待って。先輩思ってたよりヤバイ人だった?この人に変に逆らわない方が身のためかもしれない。そう思って体を強ばらせていると、すっと朔間先輩の腕がこちらに伸びてきた。

「っ!?」
「うむ。嬢ちゃんぐらいなら軽々持てるの。……嬢ちゃん、ちゃんとご飯は食べてるのかえ?」
「食べてる、食べてます。うぁ……すごい高い、怖い、朔間先輩降ろして」
「なんじゃつれないのう。ほれほれ」
「ひい!やっ、ちょっ、馬鹿じゃないですか!」

それはそれは楽しそうに、朔間先輩は私の体をまるで高い高いするかのように持ち上げた。そんなことされたら思わず暴言も出てしまうものだ。
私の叫び声を十分に堪能してから、先輩は私の体を解放させる。おじいちゃん口調のくせに、こういう悪戯心は高校生だ。

「もう、遊んでる場合じゃないんですよ!」
「そういう嬢ちゃんも楽しそうだったんじゃが………」
「老眼ですかあなたの目は!楽しくないです、こんな一方的にやられたら!」

私のどこをどう見て楽しそうだと感じたのだろうか、全く。プンプンとあからさまに怒ってますアピールをするが、朔間先輩はにこやかに微笑んで、私の頭を撫でる。なんか、上手い具合にほだされてしまっているような。

「さて、それでは本題に入るとするかの。覚悟はよいか?」
「……はい!」

すっと顔つきの変わった朔間先輩に、一瞬怯むも、私はぐっと握りこぶしを作り、意気込んで返事をした。




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