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その笑顔をどうかステージで

「おまっ…ひどい隈だな。よく眠れてるって言ってたのは嘘だったのか?」
「…嘘じゃないよ。昨日はちょっと…」
「ちょっと?」
「き、曲!作るのに夢中になっちゃって…!」

本当は作曲することが決まってから毎日不安で眠れない。でも、そのことを話してしまえば作曲の話は無しになってしまうだろう。自分の出来ることを与えられたのだから、最後までやり遂げたい。
呆れ顔の衣更くんに苦笑いを浮かべて、目元を擦った。しかし「擦るな」と腕を引っ張られてしまい、気を抜くとすぐに寝てしまいそうになる。

「作曲してくれるっていうのは北斗から聞いてて知ってたけど、徹夜までしなくていいだろ。まだ時間もあるし…どっちかっていうと、焦らなきゃいけないのは俺の方だけどな」
「練習、全然やれてないもんね。まあでも、2週間くらいは個人練習だって氷鷹くんたち言ってたし、衣更くんなら大丈夫でしょ」
「他人事かよ〜、こっちの気も知らないで…」

衣更くんは生徒会の方が忙しいようで、練習に顔を出せない状況だという。『Trickstar』の敵が生徒会なのに、衣更くんは一番面倒で厄介な立ち位置にいるのだ。無駄に器用にこなしてしまう苦労性という性格が、このような事態に巻き込まれてしまっている。

「でも私、衣更くんの曲が書けるの嬉しいよ。お世話になった分、恩返しするからね」

数日前の自分じゃ考えられない台詞に、衣更くんは目を丸くしたがふっと吹き出して「倒れない程度に、頑張れ」と頭を撫でた。ちょっとその撫で方は眠くなってしまうからやめてほしいけど、頑張れと応援されるのならやっぱり衣更くんが一番だ。

「俺もお前の曲、すっげぇ楽しみ」

そうはにかんだ衣更くんに、私は顔の筋肉を緩ませて笑った。そんな顔をされると、少しむず痒く感じてしまう。大層なものは作れないけど、せめて皆が気持ちよく歌えるようなものにしたいな。
考えれば考えるほど欲が出てきて、作曲意欲を最高潮まで高めていく。頭の中でたくさんの音が溢れて止まらない。こんなことは初めてだ。楽しくて楽しくてしょうがない。
ああ、私に作曲を教えてくれた、もう顔も声も覚えていない彼の言っていた言葉が、何となく分かった気がした。

 *

曲が出来たらおいで、と朔間先輩に言われていたので、今日は軽音部に直行するつもりだ。
手書きの楽譜を詰め込んだファイルを大事に抱え、廊下を歩いていると、曲がり角で誰かとぶつかりそうになり、大きく飛び退いた。
相手も私に気づいて、目を見開く。しかし、私の姿を確認して、今度は驚きの声を上げた。

「あ、あなたはあの時の…転校生さんっ!」
「えっと…君、確か『Ra*bits』の…」
「わあ、覚えててくれてたんですね。そうです、『Ra*bits』の紫之創といいます」

紫之くんは私の反応にぱあっと笑顔になり、それから丁寧に自己紹介をしてくれた。なんと可愛らしい、こうして間近で見るとそれがよく分かる。反射的に私も名乗って握手を交わした。

「えへへ…僕、ずっとあなたにお話ししたかったんです」
「…え?」
「講堂でサイリウムを振ってくれたあなたの姿が忘れられなくて…僕は…うぅ…っ」
「え、えっ、え?し、紫之くん…!?」

突如大きな目を潤わせ、顔を真っ赤にしながら紫之くんはそう告げた。そんな紫之くんに私はわたわたしながら、ポケットからハンカチを取り出してそっと差し出す。

「すみません…取り乱して…」
「だ、大丈夫だよ。えっと、ここじゃちょっと人が多いし…少し移動しようか…?」
「は、はい。ありがとございます…」

辺りを見渡して、そこで初めて人の視線を浴びているのに気がついたのか、私に手を引かれる紫之くんは顔をうつむかせてそのまま私についてきてくれた。
人通りの少ないガーデンスペースにやって来て、私は足を止める。

「ごめんなさい。話しかけておいて…これも洗って返します…」
「ううん、気にしないで。私も紫之くんと話してみたかったの」

あの講堂の出来事から数日が経っていたけれど、紫之くんたちの様子が少し気になっていた。生徒会には敵わないとはいえ、あんなことが起こるなんて、この子たちにとっては想定外だったろうに。

「紫之くんの声、すごく綺麗だったから」

私の言葉に紫之くんは顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を横に振った。そう誉められるのは、慣れていないのだという。その気持ちはよく分かる。私も、ここにくるまで誉められたことはあまりないから、みんなの反応になんと反応すればいいのか分からなかった。まあ、それは今も相変わらずなのだけど。

「お〜い創ちん、誰と話してんだ〜……ってあれ?」
「に〜ちゃん!お疲れ様です」

紫之くんがに〜ちゃんと呼んだ人物は、まるで女の子のような可愛らしい見た目をした人だった。紫之くんの影から顔を出てその姿を確認すると、その人は私を見た瞬間に目を丸くする。

「………」
「…?」
「? に〜ちゃん?」
「…あ、いや、人見知りの創ちんがやけに親しげに話してたから、さ。お前、あれだろ?S2の時にサイリウム振ってくれたやつ」

彼の言葉に、私は何度も頷いた。紫之くんだけでなく、この人も私のことを覚えていてくれたらしい。あまり良い思い出ではないはずだというのに、覚えてくれるということはありがたいことなのだろう。
私の反応に彼は満足そうに笑って、あの時は本当にありがとう、と礼を告げた。

「そんな…私、大したことは…」
「なんでだよ。少なくとも、お前の行動におれたちは励まされたよ。なっ、創ちん?」
「は、はい!僕らだけじゃなくて、『Ra*bits』のメンバー全員があなたに感謝してます…!」

ぺこっと頭を下げた紫之くんに、私は驚いて顔を上げるようにお願いする。お礼を言うのは、こちらの方だ。『Ra*bits』のライブを見ていなければ、他の生徒たちと同じように、あの場所を去っていたのなら。
私は今のように、誰かのために、その誰かと一緒になって、こうして奮起することも、無かったんだろう。
心の底から「ありがとう」と伝えたい人たちなんだ。

「あなたたちのライブを見て、感銘を受けました。お礼を言いたいのはこっちの方です。あのライブは、私に勇気をくれた、だから、本当にありがとうございます」

『Ra*bits』のライブは、私のこれからに関わる大きな分岐点のひとつだったのだ。そして私は、この道を選んで良かったと思っている。感謝してもしきれないくらいだ。

「…あはは、どういたしまして!驚かすつもりが、逆に驚かされたよ。あ、自己紹介が遅れたな。おれは3年B組の仁兎なずな!おまえもに〜ちゃんって呼んでくれていいぞ!よろしくなっ、転校生♪」

………。

(……えっ。この人3年生だったの!?)

握手を求めてきた彼、仁兎先輩に、私は一瞬戸惑ったが手を差し出した。しかし、私のぎこちなさに目ざとく気がついたのか、仁兎先輩は不機嫌そうに眉をしかめ、私を睨みつける。

「おまえ、今失礼なこと考えてただろ……?身長差がなくても、おまえより早く産まれてるんだかりゃな!?ネクタイも靴の色も緑りゃりょ!?」
「……!?」
「な、なんらその反応は!?馬鹿にすんなよ〜!」
「すみません。に〜ちゃん、噛み癖があるみたいで…取り乱しちゃうと、滑舌が悪くなっちゃうらしいんです」

怒りを露わにする仁兎先輩の横で、紫之くんがご丁寧に説明してくれた。なるほど、と頷きながら、そんなつもりはなかったと謝罪する。素直に謝ると、仁兎先輩も我に返り深呼吸をして、私と向き直った。

「……ふぅ。なんとか落ち着いた」
「ご、ごめんなさい…でも本当に仁兎先輩のこと、馬鹿になんてしたつもりなくて…」
「もういいよ。おれも大人気なかった。ていうか、に〜ちゃんでいいって言ったろ?後輩なんだから、もっと甘えていいぞ。おまえの周りに年上のそういう人間って、あんまいないだろ?」

仁兎先輩の言葉に、私は今まで出会ってきた3年生を思い浮かべる。鬼龍先輩は正直あまり迷惑をかけられない。元々、生徒会のメンバーの人がいるユニット所属だし。応援はしてくれているけれど、頼ることは出来ない。
今までで一番話す3年生といえば、朔間先輩だろうか。確かに朔間先輩に「甘える」という行為をしたことがない。頼りにはなるけれど、それとこれとはまた違う気もする。何というか、彼に甘えるのは恥ずかしい。

「お兄ちゃんだと思って、思う存分頼っていいぞ!おれも、出来る限りお前らの力になりたいって思ってるからさ」
「……ありがとう、ございます。なずな先輩」
「ん〜。まぁ名前呼びになっただけでも、一歩近づけたか。そういやおまえ、名前は?転校生じゃ、もう1人と被るだろ?」
「あ、はい。プロデュース科の、連星百瀬っていいます」

名前で構いませんから、2人に言えば、なずな先輩も紫之くんも、笑って頷いて名前を呼んでくれた。転校生、と呼ばれるより、やはり名前で呼んでくれた方が嬉しい。2人の呼び声に、顔が綻んだ次の瞬間、物凄い衝撃が、私の背中に襲いかかった。

「百瀬〜!!」

久し振りに聞いた声に、振り返る前に前のめりになって地面に倒れ込みそうになったところで、目の前にいたなずな先輩も巻き込んでしまった。
さすがになずな先輩もその勢いに対応力出来なかったようで、「ふぎゅっ」という潰れた声が聞こえた。

「やあっと見つけた!探したよ、百瀬!」

嬉々とした声色にゆっくりと振り返る。目の前に広がったオレンジ色の髪に、私は目を丸くした。
それと同時に彼がその綺麗な青い瞳を輝かせ、私の顔をのぞき込んでくる。

「…スバルくん…」
「こんなところにいたんだ!俺、サリーと違ってクラス一緒じゃないから顔合わせることは少ないし、むしろ避けられてるんじゃないかってレベルで会えなかったからさ〜。まあ百瀬に限ってそんなことないか☆」
「〜〜重いっ!はやくどけりょ!!」

下から飛び出た怒号に、私は視線を下に落とす。見ればなずな先輩が赤い目にうっすらと涙を浮かべ、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。はやく退きたいのは山々なのだが、なにせ私の上にいる人物が退いてくれない。

「おみゃえらっ、人のこと巻き込むにゃよ!!」
「す、スバルくん取りあえず退いて、話はそれから…!」

バシバシとスバルくんの肩を叩くと、ふいに誰かが彼の体を引っ張った。後ろを見ればそこにはやや呆れ顔のあんずちゃんが、スバルくんの制服の裾を引っ張っていた。

「ありがとあんずちゃん……。? 走ってきたの?」

よく見れば彼女は息を切らして、髪もボサボサに乱れている。そっと手櫛で直してあげると、彼女はお礼を告げながら、スバルくんがいきなり走り出したから慌ててそれを追ってきたのだと説明してくれた。

「なずな先輩、大丈夫ですか…?」
「うぅん…危うく頭を打つとこだったぞ…。気をつけろよな〜?」
「すみません本当……」
「ん?百瀬、なずなに何かしたの?」
「誰のせいだと思ってるの」

他人事のように言うスバルくんに、思わずため息をつきそうになる。しかしスバルくんがそんなことに気づくわけなくて、にっこり笑顔を見せた。

「そんな顔しないで!ほら、百瀬はキラキラ笑顔が一番似合うよ!」
「……うん。スバルくん、いつも通りだね。あまり変わってない」
「え〜?あんずと行動するようになってから、少しは変わったとおもうんたけど…」
「人に突進してくる辺りは、全然変わってない。興奮すると周りが見えなくなるとことか…」

スバルくんの悪い点をあげると、スバルくんは納得いかないといった感じで頬を膨らます。いかにも不機嫌ですって顔だ。けれどまあ、ニコニコ笑顔ばかりの彼が、そんな人間らしい表情もするのだと思うと、少しだけ、興味がわいた。
なんだ、そんな顔も出来るんじゃないか。

「なに笑ってんだよ〜?まあいいけどねっ。俺が前と違うってとこ、百瀬に見せつけてやるんだから」
「そっかそっか。ユニット練習の日が楽しみだね」

胸を張った彼にまた笑う。
ユニット練習の日は、もうすぐだ。



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