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一歩でも近づけたのなら

『Trickstar』のメンバーを見て回ってると言ったからには、他の人たちのところにも行った方いいだろうということで、グラウンドで大神くんに追いかけ回されていた遊木くんのところへ向かった。
どうやら今日の特訓は終わったようで、大神くんの姿はもう見当たらない。私は駆け足で遊木くんらしき人に近づいた。

「…えっ、誰!?」
「!? ひどいよ連星さん、僕の存在を消したくなるほど毛嫌いしてたの!?」

口調と声から目の前の人物が遊木くん本人だということに気がつく。眼鏡をかけてないせいか、全くの別人に見えた。地獄の特訓の最中に壊れてしまったらしい。教室にスペアがあるからと、あまり心配していないみたい。というか、遊木くんって。

「ものすごくイケメンだね…?いや、眼鏡あってもそこは変わらないけど…。そんなに顔立ち整ってるなんて、全然気づかなかったよ」
「僕の唯一の取り柄だよ、これでも昔はグラビアやってたからね〜……って、あっ」
「え、グラビア?」

私が聞き返すと、遊木くんはどんどん顔を青ざめていった。もしかして、聞いちゃいけなかった話だったのだろうか。

「思い出したくないことなら、聞かないよ」
「う、うん。そうしてくれると助かるよ…でもいつかは話すから。せっかく仲間になれたんだし」

そういえばどうしてこんなところに?と聞かれ、私は部室であったことをそのまま話した。作曲作業がなかなか進まないことから、ここへ訪れた経緯まで分かりやすく短縮して。

「…それに私、皆のことあんまり知らないから。出来れば好みとか、そういう話聞きたいなと思って」

休憩中なのにごめんね、と謝ると、遊木くんはぶんぶんと大げさに首を横に振った。今抱いている『Trickstar』の印象だけでは、曲を完成させることは出来ない。私の曲で彼らがより一層輝かせられるかは分からないけど、それに近づく努力はしたいから。

「分かったよ!じゃあ僕のこと、嫌ってくらい教えてあげる!だから、今度は連星さんのことも教えてね」
「…私のこと?」
「そう。君が僕たちのことを知らないように、僕たちも連星さんのこと、あまり知らないからね」

あの大神くんの地獄のような特訓の後だというのに、遊木くんは満面の笑みを浮かべると、自身のことをたくさん話してくれた。特別なものはない、ありきたりな話を。
その彼に応えるように、私も自分のことを話そうと思ったのだが、はたしてどこから話していいのやら。少し迷ってから、私は遊木くんがしてくれたように話し出した。
遊木くんは私の話を親身になって聞いてくれた。そのことに嬉しくなってついつい色んなことを話してしまう。

「僕も連星さんに負けないよう、頑張らないとなぁ」
「…?」
「ほら、僕ってやっぱり、色んな面で明星くんたちに遅れをとってるから、足手まといだしその分頑張らないと…」

少し申し訳無さそうに話す遊木くんに、私は思わずその手を掴んだ。その行動に驚き、戸惑う様子の遊木くんに構わず、私は口を開く。

「足手まといなんかじゃないよ」
「え?」
「私から見た遊木くんは、スバルくんたちに負けないくらいキラキラしたアイドルだよ。どれだけ失敗しても立ち上がれるんだから、十分格好いい。だからもっと、自信を持って」

顔をあげてほしかった。励ましになっているかどうか分からないが、少し力強く告げると遊木くんは「あ、ありがとう」と照れくさそうにはにかんだ。やっぱり笑った顔が一番だと、心から思う。

「そんなこと言われたの、初めてだよ。前はお人形扱いだったから……。うん、やっぱり、話すよ」
「……えっ、でも、いいの?」
「うん。話したいんだ。だから聞いてくれるかな…?」

遊木くんの言葉に、私はこくんと小さく頷いた。彼は私の返答に安堵したように微笑み、「帰りながら話そうか」と立ち上がった。
教室に戻りスペアの眼鏡をかけた遊木くんの姿は大分見慣れたものだ。眼鏡をしていない遊木くんは思っていたよりもはるかに綺麗だったものだから、正直直視出来なかったのでかけてくれると助かる。

「実は僕、前までグラビアやってたんだけどね」

グラビアをやっていたときは感情を殺して人間性を失っていた。ただ綺麗と言われるお人形として。確かに遊木くんの顔は綺麗だ。私のような一般人じゃ比にならないほど。
グラビアはアイドルとは違う。感情なんていらない。でもそれが耐えられなくて、バラバラになったかけらを今少しずつ集めている最中なんだ。

「『Trickstar』は、空っぽだった僕の人生で初めて見つけた宝物だから。…心を殺して生きていくのは、もう嫌だから」
「…ふふ、うん。そっか、そうなんだ」
「…やっぱり、おかしいかな。こんな考え」

遊木くんの言葉に、私は首を横に振った。そんなことはない。遊木くんを馬鹿にしてるわけでもない。私は、うれしかったんだ。こうして弱いところを見せるのって、とても勇気のいることなのに、彼はまだ出会って間もない私に話してくれた。

「なんて言葉にすればいいのか、分からないけど……今の話聞いて、ちょっと安心」
「…安心?」
「うん。ありがとう、私にも話してくれて」
「…あはは、お礼を言いたいのはむしろこっちなのに…。本当、変わった子」

昔の話をしていた遊木くんの表情は少し暗かったけど、顔を上げた彼の顔は明るく見えた。夕日に照らされているせい、かもしれないけれど、それでも遊木くんの笑った顔は、嘘には見えなかった。

「ねぇ遊木くん、ちょっとここ寄ってもいい?」
「…音楽ショップ?」
「うん。たまに来るんだ」
「へえ〜僕もたまに寄るんだよ、ここ」

ショップの中に入ると、「どこ見たいの?」という遊木くんの声に、私は遊木くんの方に振り返る。特にこれが見たい、という物があったわけではない。

「私、みんなの好みを知りたくて。……よかったら、遊木くんのオススメ教えてくれないかな、と思って」

遊木くんは少し驚いた表情をしたあと、戸惑いながらもニコッと笑って頷いた。遊木くんに連れられるがまま歩き出し、とてと広いとは言えない店内を転々と移動した。
好きなバンドの話をする遊木くんの目はとてもキラキラしていて、見ているこっちまで楽しい気持ちになる。
遊木くんは、自分のこと、皆より劣っているというけれど。遊木くんも十分、素敵なアイドルだ。

そうこうしているうちに、思ったよりもその店に長居してしまって。

「あはは…結構時間経ってたみたい。なんかごめんね、付き合わせちゃって」
「ううん、気にしないで!楽しすぎて、時間が過ぎるのも忘れちゃったよ〜」

申し訳ないことに、家まで送ってもらうことになってしまった。1人でも大丈夫だと伝えたのだけれど、暗い夜道に女の子を1人で歩かせられないと言い返され、あまりの剣幕に渋々了承した。誰かに送ってもらえるなんて初めての経験だ。
というかさりげなく女の子扱いされたけど、そういうのも初めて。そのことにほんの少しだけ緊張する。

「今日は本当にありがとう、遊木くん。私もすごく楽しかった」

心からお礼を言うと、遊木くんは少し複雑そうに顔をゆがめた。その反応に驚いて目を丸くしていると、遊木くんは気まずそうに、頬を染めてこういった。

「……明星くんを呼ぶときみたく、呼んでくれたら、嬉しい…んだけど、ダメかな?」
「………名前?」

一瞬どういう意味なのか分からなかったけれど、つまりは苗字ではなく名前で、ということなのだろう。私の問いかけに、遊木くんは数回頷いた。呼び方の変更を求めるだけのわりには、スバルくんの時とは違い何だか緊張ぎみで、人が違うだけで、こんなにも違うものなのかと、私は思わず吹き出してしまった。
そんな私に「笑うことないじゃないか」とヤケになる遊木くんがまた面白くて。

「もちろんいいよ。よろしくね、真くん」

差し出した手に、真くんはおずおずと握る。春の夜風はまだ肌寒いけれど、そのせいか、真くんの手の温もりはやけに熱く感じた。



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