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あなたの笑顔は幸せを引き出す

「あっ、百瀬さんこんにちはー!」

廊下を歩いていると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれ振り返る。ちょうど双子のひなたくんとゆうたくんが、こちらに駆け寄ってきているところだった。

「こんにちはひなたくん、ゆうたくん」
「こんにちは、百瀬さん」

おそらく最初に声をかけてきたのがひなたくん、後から控えめに挨拶をした彼がゆうたくんで間違いないはずだ。見た目での判断は難しいが、性格は正反対である彼らは話せば分かる。

「今日はどうしたんですか?もしかして、早速作曲に息詰まっちゃってます?」
「う〜ん…まあそんな感じ。なんだか全然、インスピレーションっていうのかな…そんなのが沸かなくて…」
「インスピレーションねぇ…」

ひなたくんは少しだけ考える仕草を見せた後、何か思いついたのかぽんっと拳を手のひらに乗せると、私の腕を引っ張って軽音部の部室へと引き込んでいった。

「ひなたくん?急にどうしたの?」
「にっしっし。スランプな百瀬さんのために、俺たちが刺激を与えようと思って」
「し、刺激?」

何かを企むような笑みを浮かべるひなたくんに、私は口元をひきつらせた。まずは俺と向かい合わせになって!と満面の笑みで私の肩に手を置き、事を進めようとするひなたくんに、ゆうたくんが静かにため息をついたような気がする。

 *

「はい!そこでさっきと同じステップ、続いてターン!」
「ま、またターン!?うえぇ…なんか吐きそうになってきたぁ…」
「女の子なんだからそんなこと言っちゃダメだよ百瀬さん!」

ひなたくんと鏡合わせの状態にさせられ、かれこれ数十分。体を休めることなくひなたくんたちと同じ動きをし続けているのだが、彼らはとんでもなく跳ねるし常人にはこなせないような動きをしてくるのだ。人生でそういった経験のない、普通の生き方をしてきた私に出来るわけがない。可愛い顔して中身はスパルタだったのだ。

「も、もう無理ぃ〜…」
「そう簡単に弱音なんか吐いちゃダメダメ!それじゃあいつまでたっても、曲なんか出来ないよ!」
「でもアニキ、もうそろそろその辺にしとかないと…」
「ダンスと曲となんの関係が…わっ!?」

すっかりへろへろになっていた私は足がもつれよろけてしまう。このままでは転ぶ、と思ったその瞬間、誰かが私の体を支えてくれた。

「一体何をしているんだ、お前たちは」
「遅かったじゃないですか、先輩」
「百瀬さんが曲作りに息詰まってたみたいだから、その協力してたんだよ」

その正体はどうやら氷鷹くんだったようで、背後から呆れたようにため息をつく声が聞こえる。しかしそんな彼に礼や謝罪を言う余裕も私にはなくて、私は息を切らしていた。

「でも百瀬さん、最初は何も出来てなかったのに、たったの数十分でここまで出来るようになれるってすごいことだよ!無理させちゃってごめんね〜?」
「…だ、大丈夫…私も結構、楽しかったし…ありがとね、2人とも」

困ったように笑みを浮かべた私に、2人は顔を見合わせる。それから嬉しそうにはにかんで、俺たちも楽しかったよ!と手を差し伸べてくれた。

「…連星、お前後輩を甘やかすタイプだな」
「…かもね…。あ〜、久々にこんな体動かして疲れちゃった…」

制服で動き回り、汗のせいで髪の毛がべっとりと張り付いている。それにしても、やっぱりなかなかいい曲が浮かばない。いつもはどうしてたっけ、と考えてもなかなか思い出せないものだから、少し危機感を感じていた。

「それじゃあ私そろそろ行こうかな」
「えっもう帰っちゃうの!?もう少し居ようよ〜。せっかくここまで来たんだし、ね?まだ曲思い浮かばないんでしょ?ここの楽器使っていいからさ!」

とは言っても、私は楽器の扱いは過去に触れたもの、ほとんど覚えていない。ピアノだって最近また触りはじめて、椚先生にバレないようにこっそり音楽室のピアノを使ってるくらいだ。

「それじゃあ俺がギター教えてあげる!」

満面の笑みで答えたのはひなたくんだった。意気揚々と彼は自前のギターを取り出すと、すぐさまストラップを取り付け私の肩にかける。

「うんうん、なかなか様になってる!」
「そ、そうかな……って、違う!私を相手にするより、氷鷹くん来たんだからそっちを優先しようよ!」
「大丈夫だよ、百瀬さんがこの場にいるだけで特訓になるから!」

腕を組み満足げに頷いたひなたくんに、私はそう反論してみたが、ひなたくんは気にする様子もなくそう返してきた。
助けを請うようにゆうたくんと氷鷹くんの方をみるが、ゆうたくんはひなたくんの訳わからない理由に同意しているみたいだし、氷鷹くんに至っては何故か「結構似合ってるぞ」と私の視線を違う意味だと受け取ってしまっているようだったのでもう諦めることにした。

「でもいいの?ひなたくんのギター借りちゃって」
「もっちろん!何だったら大神先輩のギター使っちゃう?」
「後で面倒くさいことになりそうだからやめとく……」

もしそれがバレてしまったら、ずっと文句を言われ根に持たれそうだ。
ひなたくんとゆうたくんはギターを弾くためのコードやら何やらを事細かに説明してくれるが、正直に言うと一気には覚えられないし、弦を押さえる指はとても痛い。それでもそれなりに楽しいのはこの2人も楽しそうに教えてくれるからなのだろう。
たまに言い争いが始まる2人を見てると、何だか弟が出来たみたいで、思わず顔を綻ばせる。

「嬉しそうだな、連星」
「あ、そう見えた?弟がいたらこんな感じなんだろうなって思うと楽しくて」
「…そうか。お前が笑顔だと、こっちまでつられるな」

そう言って氷鷹くんは笑みを浮かべた。その微笑みに、私は先ほどのひなたくんの言葉を思い出した。私がここにいるだけで特訓になる、というのは、もしかしてその事だろうか。でも私の笑顔につられるって…そんなに面白い顔でもしてるのだろうか。

「な〜に百面相してるんですか?」
「えっ、百面相なんてしてた…?」
「はい笑って笑って〜♪」
「わっ!?ちょっ、やめっ…ふっ…」

ゆうたくんが笑顔を見せた瞬間、脇腹を擽られる。抵抗しようとしたが、ギターが邪魔でなかなかその手を防ぐことが出来ず、私はなすがままとなっていた。
しばらくその状態が続き、終わった頃には体力はほとんど残っておらず、笑い死にそうになった私は息を切らしていた。

「はーっ…もしかして氷鷹くん、いつもこんなことされてるの?」
「あと漫才見せたり、酸っぱいもの食べさせたりしてるよ」
「え、漫才出来るの!?」

この双子多才だなぁなんて思いながらぜひ見せてほしいと頼むと、喜んで!と私と氷鷹くんは椅子に座らされた。
2人の漫才は面白いのだけど、氷鷹くんはあまり笑わない。彼はなんというか、笑いのツボが他の人とちょっと異なっているのだろう。笑いどころで笑わなかったら擽られるという地獄のループが続いていった。あんな笑ってる氷鷹くん、初めて見た。

「…んん、おや嬢ちゃん。おはよう」
「わっ。お、おはようございます…?」

騒がしい3人を眺めていると、その声で目が覚めたのか、棺桶の中から朔間先輩があくびをしながら出てきた。今までギターを弾いたり私が爆笑したりと結構うるさかったのだが、よく目覚めなかったものだ。

「どうじゃ。作曲作業は進んでおるかの?」
「へ、あ、え〜っと…」

実は全く曲が浮かびませんなんて言えず、口ごもらせていると、ゆうたくんがひょこっと私の背後から顔を出した。

「おはようございます朔間先輩!百瀬さん、今『Trickstar』のメンバーの特訓を見て回ってるみたいですよ!イメージが沸くように!」
「えっ」
「ふむ。そうだったのか。てっきり作業が進まず葵くんたちにここに引き込まれたのかと思っとったのじゃが。我輩の気のせいのようじゃの」
「…ははは…」

納得した朔間先輩はもう一眠りするといって棺桶の中へと戻っていった。棺桶に近づき寝息が聞こえたのを確認して、深い深いため息を漏らす。

「あ、ありがとゆうたくん。なんとか誤魔化せた…」
「いえ、元より俺たちがここに引き込んだせいですから。朔間先輩、薄々気づいてたっぽいですけどね」

そもそもいつから起きていたのかというところから怪しいのだ。まるでさっき起きたかのように装っていたが、実際のところはもしかしたら私たちがこの部室にやってくる前から起きていたのかもしれない。

「でも、ありがとう。その場しのぎだけど、助かったよ」
「…うーん。そんなにお礼を言われることをしてないんだけど…それじゃあ一つ、お願い聞いてもらってもいいですか?」

そう尋ねてきたゆうたくんに、私は頷いた。後輩の頼みごとなら喜んでやろうと意気込む私にゆうたくんは笑って、こう言った。

「よかったら俺たちに…『2wink』に、曲を作って欲しいんです」

ゆうたくんのお願いに、私は硬直する。まさかの曲の依頼ときた。現在は生徒会に打ち勝つためにTrickSterの曲を作っているため、今はそれに専念してほしい。だからそれが終わって余裕が出来たときにでも作ってほしいと彼は言うのだ。
どうして私なんかに作曲を、と思っていると、ゆうたくんはひなたくんとは違った柔らかい笑みを浮かべたあとに、間髪入れずに口を開いた。

「百瀬さんの曲に惚れたのは、先輩方だけじゃないってことです」

ほんの少しの間、何を言ってるのか分からなかったのだが、理解した瞬間に顔に熱が集中していった。熱を発散しようと棺桶を叩きそうになったところをゆうたくんに止められる。
ああ、こうやって真正面から褒められるのは、何度言われても慣れないものだ。でも、やっぱり、

「…ありがとう。私でよければ、喜んで」

嬉しいことには、変わりないんだ。
照れくさいけれど、その気持ちに嘘はなくて、私は精一杯の笑顔で答えた。

「…ああ、何だか氷鷹先輩が笑顔になれる気持ち、少し分かった気がします」

そんなことを呟いたゆうたくんに、私が首を傾げていると、彼は「何でもないです」と首を横に振って私の手を引き、氷鷹くんたちのところまで誘導していった。



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