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残された選択肢は

講堂にたどり着き、受付を済ませ中へと入る。講堂にはたくさんの生徒が訪れていて、もうすぐ朔間先輩のいっていた『紅月』のパフォーマンスが始まるところであった。私は慌てて席につき、ステージを見やる。
ステージに現れたのは3人。その中には、鬼龍先輩の姿もあった。
見た感じの雰囲気は和風。地に足のついたパフォーマンス、地味ではあるが堅実で、小手先の芸では出せない重みと深みがあるのを感じた。
一人一人のパフォーマンスも歌唱力も完璧といって良いほど出来映え。思わず、見惚れてしまうほどだった。
でも、何かが足りない。

(なんだろう。この…ぽっかり穴が空いたような感覚は)

紅月のパフォーマンスが終わってから、入り口でもらったパンフレットを確認する。
次は『Ra*bits』という新しく出来たユニットのようだ。構成でも四人中3人が一年生がのよう。一体どんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうとワクワクしていると、近くに座っていた人が立ち上がった。

「………?」

それに引き続き、講堂内の生徒たちは次々に立ち上がり、講堂から出て行ってしまう。なんで、まだ『Ra*bits』のパフォーマンスは始まっていないのに。

(……あ、スバルくんと、あんずちゃん)

がらりと客が減った講堂では、残った2人の姿はよく見えた。しかし、2人のそばに行くのも気まずくて、私は席を移動することなく、その場に留まり次のパフォーマンスを待つ。
静かな講堂の中、『Ra*bits』の人たちは、精一杯のパフォーマンスを見せてくれた。

まだミスも多いけど、最後まで、ずっと笑顔。

「……スバル君と、一緒」

あの時に見たスバル君と、同じ笑顔。
Ra*bitsの綺麗な歌声は、講堂内によく響き渡った。そうだ、紅月に足りなかったのは、これなんだ。お客さんの目を惹く輝かしい笑顔が。

パフォーマンスが終わると、4人はお辞儀をした。
たった3人の客である、私たちに。

そしてついには決壊し、メンバーの1人が、涙を流した。その姿に胸が締め付けられた。
朔間先輩が見せたかったものというのは、このことだったのだろうか。誰もが予想できたことなのだろうか。みんな、さも当然かのように、講堂から出て行って。

(生徒会以外の演目を見る必要なんてない。勝てるはずがないのだから、見るだけ時間の無駄だってことなんだ…)

これがこの学院の常識、日常的な光景だということを知って、慄然とした。
目の前でこの子たちが無残に引き裂かれるまで、愚かにも呑気にお客さん気分でいたのだ。
こんな催しに一喜一憂なんてしない。奇跡も、大逆転もない。

ふいに、氷鷹くんの話を思い出した。生徒会に反逆する意志を見せた、彼の表情を、思い出すことを避けていた私は今、はっきりと思い出した。

あんなにきれいな声をして、あんなに可愛らしい笑顔を浮かべて、誰かが惹かれてもおかしくないパフォーマンスだったのに。
違うって言いたい。こんなの間違ってるって。でも言ったって無駄なんだ、言うだけじゃ、ここでは意味がないんだ。

その時、私の制服からカランとサイリウムが転がった。しばしの間それを見つめたあと、私はそのサイリウムを手にとり、ダイヤルを10に回す。
次の瞬間、サイリウムは虹色に輝きだした。

その光が彼らに届くように、立ち上がって身を乗り出し、一生懸命サイリウムを振る。
目を見開き、こちらを見た彼らは、呆然としていた。そして涙を流していた子は、更に涙を溢れさせ泣きじゃくる。

(ごめんなさい。今はこれくらいしか出来なくて)

でも、必ずその泣き顔を、笑顔にしてみせるから。

集計が終わったというアナウンスと同時にサイリウムの光を消した。その時スバル君が後ろを振り向いたような気がするが、そんなことに構っていられるほど、私は心に余裕などなく、私は朔間先輩の元に戻ろうと講堂を飛び出す。
サイリウムをしまって、私は軽音部の部室へと向かった。
軽音部の部室をのぞき込むと、そこにはひなたくんとゆうたくんはおらず、朔間先輩1人のようだった。

「…朔間先輩…」
「おお、おかえり嬢ちゃん。どうじゃった?この学院のライブは。…ふむ。その顔は、どうやら答えを見つけたようじゃのう」

私の表情から何かを察したのか、朔間先輩は少し悲しげに笑った。昔やんちゃをしていたというが、今ではその面影もない。どちらかというと、大人しい方だ。

「氷鷹くんに伝えようと思って。でもその前に、答えを出すよう促してくれた朔間先輩にも会うべきかなって」
「礼儀正しいのう。戦う覚悟はもう出来たんじゃな?」

こくんと頷いた私に、朔間先輩に嬉しそうに目を細める。それからほんの少しだけ申しわけなさそうに眉を下げて、私の前まで歩み寄った。

「我輩がそうなるように仕向けたようなものじゃが、相手もそう易々倒せる相手ではない。嬢ちゃんの心を殺しにかかるかもしれん。修復不可能なまでに、粉々に壊されることもある。それでもお主は戦うか?」

まるで誰かの事を思い出しているかのように話す朔間先輩。けれど、私の気持ちはサイリウムを振ったときに決めている。

「氷鷹くんが、護ってくれるって言ってくれたんです。だから、怖くはありません」

精一杯の笑顔で応えると、先輩は予想外だったのか目を見開いた。しかし、それもまた面白いと感じたようで笑みをこぼす。

「若いというのはいいのう。素直で、純粋で、見ていて心地良い。鏡を見てみるといい。さっきより断然良い顔をしておる」

それほど、変わって見えるということだろうか。自分ではあまり実感がない。

「だが我輩に伝えるだけで終わりではないぞ?彼らに答えてからが、嬢ちゃんの始まりじゃ。思いの丈を全てぶつけるのじゃ、あのメンバーなら、必ず受け止めてくれる。そしてこの身を灰にするほどの輝きを、我輩に見せておくれ」
「あ、あの」
「なんじゃ、どうした?」
「…ありがとう、ございました」

お礼を告げて頭を下げると、朔間先輩は一瞬驚いた表情をしたあと、優しく私の頭を撫でた。

「まさかおぬしから礼を言われるとは思わなかったわい。本当、『Trickstar』の奴らには勿体ないくらいの良い子じゃ」

最初は良かったが、段々照れくさくなって再度お礼を告げてから部室を飛び出した。まだ、氷鷹くんは学院にいるだろうか。
走りながら龍王戦の時に交換した電話番号にかけると、何回目かのコールで相手は応えてくれた。

「もしもし、氷鷹君?」
『…その声、連星か?知らない番号だったから取るのを戸惑った、すまない』
「ううん、謝らないで。ねぇ、会って話したいことがあるの。今、学院にいる?」
『今、か?今…ちょうど校門のところだ』
「分かった、すぐいくね」

電話を切る直前で氷鷹君が何か言っていたが、それに構わず私は教室の鞄を取って、全速力で校門へと向かう。校門が見えたところで顔を上げると、1人氷鷹君がそこに立っていた。氷鷹君も私に気付いたのか、慌ててこちらに駆け寄ってきてくれた。

「っごめん…引き止めちゃって…」
「いや、それより大丈夫か?何も急いでくる必要はなかっただろうに…」
「ううん、氷鷹君にすぐ伝えたかったから…」

心配そうに顔をのぞき込んできた氷鷹君に、私は息を切らしながら笑って答えた。それから大きく深呼吸して、息を整えたあとに、氷鷹君に向き直る。

「今日、講堂で行われた『S2』を見てきて…『紅月』のパフォーマンスを見た。1人1人の技術が高くて、華やかで優美で、完璧といってもおかしくないくらい、すごいパフォーマンスだった」
「……そうか」
「でも、私が見たいアイドルは、お客さんを前に笑顔一つ見せないようなアイドルじゃない…スバルくんや、『Ra*bits』みたいに、笑って、一生懸命パフォーマンスしてくれる、キラキラしたアイドル」
「……!」

『こんなの間違ってる』って考えが、頭の中を満たしていくのに、喉につっかえて何も出てこなかった。 けれど伝えたかった。私は励ますために『Ra*bits』にサイリウムを振ったんじゃない。情けなんかじゃない。
私の決意と共に、本気で『Ra*bits』が素晴らしいパフォーマンスだと思ったから、虹色に光らせたサイリウムを振ったんだ。

「私、ちゃんとプロデュース出来る自信がなくて、期待されて、もしその期待に応えられなかったらって思うと、怖くて…。氷鷹くんの誘いも断ろうとおもった」
「…そう、か。いや、いいんだ。お前自身がその気でないなら、無理に引き込もうなんて思っていない」
「ま、待って。聞いて。本当は、違うから」

スバル君と初めて会ったあの時、私は、彼の声に、彼の踊りに、彼の歌に、彼の笑顔に惹かれた。
彼を見ていると胸が熱くなって、その笑顔を見ると、つられてこっちまで笑顔になれるような、そんなアイドルだ。

「私の曲をあんなに誉めてくれたの、スバルくんが初めてで。私の曲は今まで償いと自己満足のために続けてきたもので、本当は無価値なのに。だから、スバルくんが私の曲を歌ってくれたのが、自分たちに曲を作ってほしいって言ってくれたのが…本当はすごく、嬉しかった」

彼の一言で一瞬にして変わってしまった私の曲の価値が、私には不釣り合いすぎて、そう思う自分が惨めで仕方なくて。
協力したくてもその一歩が、なかなか踏み出せなかった。怖かった。彼の輝きを、台無しにしてしまいそうな気がして。
でも、彼みたいなアイドルを、応援したい。
その気持ちは、捨てきれなかった。

「『Ra*bits』のパフォーマンスを見ても、私はサイリウムを振ることしかできなかった。あんなに魅力的で、心を奪われるパフォーマンスだったのに、泣いてたの、『Ra*bits』の子。咲ける可能性のある子たちが、誰にも見られずに終わるなんて、そんなの、あんまりだ……」

色んなものがこみ上げてきて、目にじわりと水の膜が張るのを感じる。それを抑え込もうとブレザーの袖で拭った。
心配そうに見ていた氷鷹君が「大丈夫か?」と私の目尻にそっと触れる。そんな彼に私は大丈夫だと伝えるために、今出来る精一杯の笑顔を返す。

「遅くなったけど、みんなに協力したいってことを氷鷹くんに伝えたかったんだよ」
「でも…いい、のか?俺たちがしようとしている事は…この学院では自殺行為なんだぞ」
「…だって氷鷹くんが、護ってくれるって言ってくれたもの」
「…ああ、そうだ。そうだった。お前たちのことを護ると約束したのは、紛れもなくこの俺だったな」

氷鷹くんの言葉に、思わず胸が熱くなった。それを悟られないように、私はぐっと拳に握る。

「…なんだか、実感が沸かない。もう断られた気分になっていたせいかもしれんが」

信じられないなら、何度だって言おう。
欲しいのは、見たいのはただ一つ。
皆の歌を、踊りを、輝く笑顔を、ステージで見せてほしい。

「私にみんなを、『Trickstar』を『プロデュース』させてください」

私の願いに、氷鷹君は嬉しそうに微笑んだ。
そして、心の底からの感謝の言葉を囁いたのだ。



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