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前に進める力が欲しい

氷鷹君の誘いからかなり日がたっているように感じるが、実際は全くといっていいほど大した時間はたっていなかった。
考えさせてほしい、と言ったからには、必ず答えを出さなくてはならない。遅かれ早かれそれは絶対であり、答えを出さない限り私は悩まされ続けることになる。
いっそ見捨ててくれればいいのに。
そうすれば吹っ切れるのに。
そうは思っても、相手は私が望むような酷い人間ではないのだから、願っても仕方がない。
期待されること、頼られることは、何も嫌なわけではない。しかし、そういった目はどうも苦手で、恐怖すら覚える。
期待に答えられなかったら、途中で捨てられてしまったら、それが怖くて、彼らの手を取ることができない。
この学院の仕組みや生徒会の存在は、私も良くは思っていない。しかし、彼らのような勇気も希望も持ち合わせていない私は、踏み込むことが出来ない。
なんて臆病なんだろう、

「……………」

やはり、こんな自分じゃスバル君たちの力になることは出来ない。そのことを伝えようとA組に向かおうとしたところで、私は視線を感じ足を止めた。後ろを振り返るがそこには誰もいない。気のせいか、と再び歩き出したところで、何かが動く気配がした。

(…ついてきてる?)

私はA組の教室の前を通り過ぎ、更に奥へと進む。それと同じように足音が聞こえたので、これはついてきているのだと確信する。
なんとか撒こうとは思ったが、後ろもなかなか執拗に追いかけてくる。私は走り出し、死角となる角を曲がった。

「っわ!」
「あの、私に何か用ですか…?」

相手はまさかこちらが待ち伏せているとは思わなかったのか、飛び退いてこちらを凝視していた。ネクタイの色は赤、ということは一年生のはず。
ピンク色のヘッドホンとヘアピンを付けた男の子は、驚いた表情から一変し、可愛らしく笑みを浮かべる。

「追いかけてたのに、まさか待ち伏せされるとは!朔間先輩から聞いてたのとちょっと違うんだけど……?」
(朔間…って、凛月くんの名字だけど…)
「まあいいや!結果的には変わらないからね。転校生さんになんの恨みもないけど、ちょっとついてきてもらうよ!」
「え…うわっ!?」

彼がニッといたずらっ子のような笑みを浮かべた瞬間、背後から手が差し伸べられ、身体が宙に浮いた。首だけ動かして後ろに振り返ると、そこには対面している男の子と瓜二つの男の子。

「え、えっ!?同じ顔が2つ…!」
「あはは、いいリアクション!俺たち双子だから、同じ顔が2つなのは当然だよ!手強い人かと思ったけど呆気なかったね〜。さっゆうたくん、部室に連れてこう!」
「すみません。あまり乱暴なことはしたくないんですけどね」

先輩がどうしてもあなたに会いたいというので、と申し訳無さそうに眉を下げた男の子はずるずると私を引きずっていく。抵抗しようとしたが、もう1人の子にも腕を掴まれ、それは叶わなかった。

「ついたよ。ここ、軽音部の部室!」
「軽音部…?」

双子に連れてこられたのは軽音部の部室と言われる場所。どうしてこんなところに連れてこられたのかまったく分からない私など構わず、2人は部室の扉を開けて、私を中に入れる。

「朔間先輩〜。転校生さん連れてきましたよ〜!先輩が会いたがってた転校生さん!連星百瀬さんですよ〜」

水色のヘアピンの子が、部室に置いてある棺桶をコンコンとノックするように叩いた。待て、軽音部に棺桶って何。いや、どこの部室に置いてても不自然だけど。
若干引き気味でその様子を見ていると、ゆっくりと棺桶の蓋が開き、その中から誰かが体を起こした。

「なんじゃ葵くん…騒がしいのう…」
「何言ってるんですか。この人連れてこいって言ったの、朔間先輩ですよ?」

朔間先輩と呼ばれたその人は、眠たげに目をこすりながらこちらに視線を向けた。黒髪に赤い目、普通よりも鋭い歯は、1人のクラスメイトの影と重なった。
まるで見透かすようなその目に、私はたじろぐ。

「思ったよりも早かったのう。嬢ちゃん、怖がらんでもよい。取って食ったりはせんから。それにしても…ふむ。こうして見てるだけだと、本当にただの女の子じゃな」
「…?」
「どう見たって普通の女の子ですよ。A組の転校生さんにも同じ事が言えますけど…」

何やら言いたい放題のようだけど、A組の転校生さんということは、あんずちゃんとも会ったのだろうか。もしかして、私みたいに無理やり連れてこられたとか。
ものすごく帰りたくなってきた。

「しかし彼女に才能があるのは確かじゃからのう。それを面に出したくないようじゃが……」
「先輩、本題に入らないと、転校生さん逃げ腰だからすぐどっか行っちゃうよ?」
「ふむ、そうじゃな。それではすぐに本題に入るとするかの……百瀬の嬢ちゃん」

知らないはずの名前を呼ばれ、びくっと肩を揺らす。
私の名前を呼んだその人は、三年生の朔間零というらしい。軽音部の部長であり、『UNDEAD』というユニットのリーダー。それから凛月くんの実の兄だと言った。彼を見た瞬間に凛月くんの顔が頭に浮かんだのだから、おそらく嘘ではないのだろう。

「ちなみに俺は葵ひなた!で、こっちがゆうたくん!2人で『2wink』っていうユニットで活動してるよ。よろしくね、百瀬さん!」
「よ、よろしく…?」

ひなたくんに、ゆうたくん。2人の顔を見比べても、いまいち違いが分からない。話せば正反対の2人なのに。一応区別出来るようにヘアピンとヘッドホンで色分けしているみたいだ。

「実はな、この学院に革命をもたらそうとする者達が動き出しておる。それは嬢ちゃんにも誰のことか分かるじゃろうが…」
「…もしかして、スバル君たちのことですか?」
「察しがよくて助かるのう。それで率直に言うと、その革命劇にちとばかり手をかしてほしいのじゃ」

朔間先輩の言葉に、私は眉をひそめた。そんな私の様子に、朔間先輩はくつくつとのどを鳴らして笑う。氷鷹君の誘いを断るつもりだったのだから、朔間先輩も断ればいい。それなのに、どうも目の前にすると、首を横に振れないのだ。

「聞いたのじゃろう?氷鷹くんの氷のように分厚く冷たい外面の中にある激情を、悲鳴を、叫びを。だが嬢ちゃん。彼の意志だけですべてを決めつけるには早すぎる」
「…………」
「少なくとも、彼の叫びにおぬしの心は揺らいだはずじゃ」

彼の言葉に、私はビクッと肩を揺らして俯いた。朔間先輩は一つ欠伸をしてから、棺桶から立ち上がる。一つ一つの動作に反応していると、朔間先輩は「そうあからさまに怖がられると、さすがに傷つくのう」と苦笑いを浮かべる。

「おぬしは物分かりはいいようじゃからな。長話している時間もないようじゃし、要点だけ絞って話そうかの」
「時間がない…?」
「そうじゃ。このあと、講堂で公式試合である『S2』が行われる。出場するのは生徒会の人間も所属する『紅月』じゃ」

どこかで聞いたことのある名前だと記憶を探る。そうだ、確か鬼龍先輩の所属しているユニットだったはずだ。公式のドリフェスは受付を済ませないと観戦出来ないようで、それで時間がないと朔間先輩は言っているようだ。

「いい機会じゃ。答えを早める前に、一度立ち寄ってこの学院の惨状を、その目で見るとよい。そして己の信じたものを選ぶのじゃ。今おぬしが出来ることは、彼らの誘いを断ることではない。まだ曖昧である答えを明瞭にするために、探しに行くとよい」

朔間先輩はそう言うと、私の背中を押した。
一歩踏み出した私の足は留まることなく進んでいく。気がつけば私は、講堂を目指して駆けだしていた。

「…連星の存在も知っていたのか、朔間先輩」
「当然じゃ。この学院のことは何でも知っておるぞ。まだ嬢ちゃんたちに関しては未知数じゃが…それにしても、よくとっさに隠れられたのう、氷鷹君?」
「今は顔を合わせるのは気まずいんだ。あっちもあっちで、俺たちのことを避けているみたいだしな」

私が部室から居なくなったことを確認し、朔間先輩の前に氷鷹君が姿を現す。少しだけ悲しげに俯かせた氷鷹君に、朔間先輩は変わらず笑みを浮かべたまま口を開く。

「避けていたのはお互い様じゃろうに」
「…それは否定しない。だが、あいつの…連星の力が必要なのは本当だ。連星のことはあまり知らないが…明星がくどいほど誉めるのだから、信じるしかなかった」
「天才同士が互いの才能を目の当たりにしたのじゃ。『あれ』を見たときは我輩も興奮したのう」

が、しかし、本人はその才能を晒さなかった、いや隠していた。今は一斉に期待を寄せられ、混乱している様子だ。下手に押しつけてしまえば壊してしまう。

「あの子自身が、自らこの学院を変えるという意志を持たさねばならん。天才であれ凡人であれ、嬢ちゃんはまだ、ひよっこのプロデューサーじゃ」

奇跡に近いあの才能は、プロでもそう簡単に見つからない。本人の使い方次第でただの奇跡で終わる。果たして、講堂で見たものを、彼女はどう受け入れ、どのような答えを導き出すのか。

それを想像し、笑みを深めた。



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