くんくんのトート 大学に入学して以降、周りの女の子からの好意を露骨に感じるようになった。医学部の効力が強いのはもちろん、関西におる間はいつでも自分の周りに滞留しとったやたらめったら引力のある男を、九州では身近に置かんかったのも理由の一つやと思う。 学校、サークル、時たま顔を出す合コン、どういう場所に顔を出してもかなりモテて、初めのうちは気を良くしてぼちぼち遊んだ。日頃はいい人止まり呼ばわりされるような男が、自分だけに見せるスイッチの切り替わった顔。そういう見え見えの罠に女の子達が弱いのを知ってからは尚更や。 ええ加減な気持ちで関わった子はおらんかったけど、女の子達は移り気で、アホそうに見えても案外聡い。大抵の場合は関西から長崎くんだりまでやってきた酔狂な男を面白がっとるだけで、向こうのアプローチで付き合い始めても、こっちが真剣になると、思ったほど面白くないとかなんとか言うて離れていく。大阪に着いてくのは嫌やって言われたこともあったな。まあそれはそれでかまへんと思ってた。 せやけど一昨年の末頃に付き合ってた女の子に「私、蛇にピアスの高良健吾にどハマりして長崎に来たんだよね。謙也はないわ」言うれたときは妙に萎えたな。あの子にフラれてからは妙に気持ちがしぼんでしもて、勉強とアルバイトに集中するようになった。 ナマエちゃんを意識するようになったのは、いつ頃やったんやろ。思い出そうとしても上手くいかん。明確なきっかけとか、接触があったわけでもなく、気が付いたら俺はあの子を目で追うようになってた。 侑士が遊びに来たときにもその話をした。 理由がないっちゅうんが一番強いんかもしれんなぁ。 人のベッドを占領して、気のない素振りをみせながらも芯をくったようなことを言うた侑士は、俺に東京由来の風邪を伝染して、翌日の朝早々に去っていった。 侑士が持ち込んだウイルスは、随分性質が悪かったらしい。あの日の一件で俺からそれをもらってシフトを二回飛ばしたナマエちゃんが出勤してきたのは二月の頭や。病み上がりの体調を気遣っとる内に、気がついたらタクシーで好きや言うてからひと月も過ぎてしもとった。 今日のシフトでようやくマスクなしで出勤してきたナマエちゃんは、勤務中も後ろで束ねた髪をひょこひょこ揺らして元気そうに見えた。 誘うなら今日しかない。先延ばしにして約束を反故にするような子やないのは分かっとったけど、俺は決意を新たにした。 「このあと一緒に帰らへん」 休憩室に二人きりになったタイミングを見計らって肩を叩いたら、わっ、て高い声。 「なんでいきなり触るんですか」 覗きこんどったスマホの画面を膝の上に伏せて、ほんの少し唇を尖らせる。 「この前うち来たとき言うてたやん、今日から私の謙也さんやって。逆は当てはまらへんの」 「うっ、あ」 泳ぐ視線を通じて、動揺が伝わって来る。二人きりとはいえ、最中の台詞をこんなところで蒸し返すなんてマナーが悪いとは思ったけど、あれっきりひと月近くもお預けをくらっとる現状はきつい。 「ええやろ。二人で帰ろうや」こういうときは押すのが吉や。 「……ズルイですよ」 「ん?」 投げつけられた言葉を笑顔で受け止めて「狡いん好きやろ」と返したら、ナマエちゃんは悔しそうに頷いた。 坂の上からくだってくる冷たい風が喉を冷やす。乾いてひりひりする感覚をやり過ごしとると、隣を歩くナマエちゃんが空咳をこぼした。 お前ら二人でヘンなことしとったやろ。普段は大雑把で勘の鈍い店長が、ナマエちゃんの休みの報を受けてセクハラまがいの発言をよこしてきたときにはビビったけど、俺らの関係は今のところ秘密のままや。 俺は自分のものにはデカデカ名前を書いときたい性分やけど、ナマエちゃんはたぶんそういうことが出来へんタイプやと思う。 一月末に見舞いがてら顔を見せに行ったときも、玄関先で俺を出迎えたお母さんにえらい驚かれた。実家暮らしの母と娘やったら、ええ感じになっとる相手の話なんかもぽろぽろ漏らしそうなもんやけど、そういう気配も全くなかったな。まだ若そうなお母さんは、俺が用意した土産をばちっと受け取りつつも「この人誰なん」て頭の上にクエスチョンマークを浮かべとった。 「やっと二人きりになれたなぁ」 「夜道でそれはちょっと」 歩幅は確実に俺より狭いのに、早足に半歩前を歩いて行くナマエちゃんの横顔を見る。明かりの少ない道やから、表情は読み取り辛いけど、「怖いかもです」と続けたときのもぞもぞした声色から察するに、引かれとるわけやなさそうや。 「流石の俺も、外では怖いことせぇへんけど」 「外ではって」 下心隠し切れとらんし、と声をひそめて笑う。ぶらぶら前後に揺れる手を掴んだら、やだって短い拒否の言葉。そのわりに本気で振り払われる気配もない。 「このままうちまで送ってくれるんですか」 「やー……帰されへんやろ。一応部屋の掃除もしとるし」 掴んだ手に力を込めたら、ナマエちゃんはその場で足を止めて俺を見上げた。 「お邪魔したらどうなりますか」 「俺の頭の中で考えとること全部する」 「……えっちだ」 それきり黙り込んだナマエちゃんの手を引いて歩き出す。 「嫌なら、ちゃんと言うてくれな困るわ」 「嫌だったら走って逃げてますよ」 「はは、ほんまにやりそうやな」 乾いた笑い、上滑りするやりとり、繋いだ手から伝わる熱、全部に煽られてしょうがない。 途中のコンビニの前で手を離した。ナマエちゃんを店の前で待たせて、目当ての品とグミを何袋かとって会計を済ませる。 「グミ、好きやろ」 ちっさいレジ袋をよこしたら、店の電気に照らされた表情がぱっと明るくなった。ありがとうございます、と中を漁って、そこに避妊具が紛れこんどるのに気付くと、顔を赤くして「うう」と唸る。ないと困るやろ、言うたら小さく頷く。 可愛いなぁ。改めて噛みしめながら、今度は一定の距離を保ってマンションに向かう。うちまでは五分とかからんかった。 「あ、猫」 駐輪場に停まった原付の座席に黒猫が丸まっとるのを目敏く見つけたナマエちゃんはスマホを取り出してレンズを向ける。黒いから紛れるな。ぽそりと呟いて、それをしまった鞄にデフォルメされた犬が縫い付けられとることに気付いたとき、鎖で閉じられた私有地に忍び込もうとしとるような居心地の悪さを覚えた。 部屋に入るなり、後ろ手に鍵をかけて、ナマエちゃんをリビングに促す。 「ここ、座っていいですか」 ベッドを指されると、この前の生々しい記憶が蘇ってナマエちゃんの顔が見れんなった。乾いた喉を鳴らしながら頷いたら、マットレスのきしむ音。デニムに包まれた足を投げ出したナマエちゃんは、コンビニの袋から避妊具の箱を取り出して、これ、と首を傾げる。 「煽っとる?」 思いがけず低い声が出た。あえて受け取らずにベッドの端っこに腰掛けると、 「だめですか」 ナマエちゃんは箱の封を切る。飛び出してきた六枚入りの避妊具の一枚を摘んで、俺の膝の上に置いた。 「……謙也さんの頭の中、見せてください」 ぷつん。頭の中で理性の糸が切れる音が聞こえた気がした。無言で抱き寄せたら、震える腕が絡んできて肩口に鼻先が埋まるほど近くへ引き寄せられる。唇を重ねて、舌を差し入れようとしたらむぐっと閉じられて阻まれた。 「開けて」 短く言うたら、潤んだ目に射抜かれた。躍起になっとるんか、更に力を入れて唇を一文字に結ぶ。 「こらあかん。シたいやろ」 紅潮した頬を撫でてから、顎を掴む。エラのあたりを親指で擦ったら、観念したようにゆっくりと開かれたそこに、すかさずねじ込んで、縮こまった舌を捕まえる。絡め取って、吸い上げて、上顎のざらついたところを舐め上げる。 「ふっ、ぅ」 鼻から抜ける甘い声に、腰の奥が重怠くなる。服の裾から手を突っ込むと、なだらかな腹筋の感触があって、肋骨の形を確かめるみたいに手のひら全体でゆっくりさすると、びくんと身体が跳ねる。 背中に手を回して下着のホックに指を掛けたところで顔を離して、「外してええ」って訊いたら、濡れた唇が開く。 「痛くしないなら」 「……善処するわ」 ホックをさらっと外したら「慣れとっと」っちゅう不満げな声、耳がないふりをして万歳をさせて、トレーナーを脱がせる。現れた胸元を覆う下着を剥いで、両手で包みこむようにしながら、顔を近づけたら後ろ髪を引っ張られた。 「ちゃんと答えて」 視線を上げると、半分泣きそうな顔。ああ、嫉妬してくれとるんやな。今まで付き合ってきた女の子の大半は、俺の過去を詮索して、落ち込んだり、不機嫌になったりしとったけど、ナマエちゃんは日頃淡々としとるから、そういう枠から外れたところにおる気がしとった。 「……まあ、ハタチも過ぎた男やから、程々に経験はしとるけど」 どう言うたらええんやろ。今は自分だけやでとか、今までシてきたどの子よりも好きやでとか陳腐な言葉を並べたところできっとナマエちゃんは喜ばん。 返す言葉に詰まって固まる俺の頭を、ナマエちゃんが抱き寄せる。 「当たり前か、謙也さんカッコいいですもんね」 拗ねたような口調で言うて、耳たぶを軽く引っ張ってくる。なんでこんな状況で可愛いことが言えんねん。鳩尾の奥底から込み上げてくる愛しさに突き動かされるようにして、胸の中心の色の濃くなった部分に舌を這わせる。ベッドの上に押し倒した背中をきつく抱き寄せながら、じゅうって音を立てて中心を吸い上げると、白いシーツが波打った。 あ、あ、小刻みな喘ぎ。軽く糾弾しとったはずやのに、適当な快感で誤魔化されとるような状況が不満なんか、ナマエちゃんは時々頭を横に振る。震える手が肩にかかって引き剥がそうとするのを無理やり押さえ込んで、ほんのり色を変えた中心に前歯を立てたら、俺の体に下敷きにされた腰がびくんて仰反った。 「エロ……感じすぎやろ」 血が集まりすぎて膨らみ切った股間をデニム越しの足に擦り付ける。謙也さんのかたい。吐息まじりに漏らされた声は、事実を述べただけやのに、痛いくらいに興奮させられた。好きな相手を求める欲求は、相手の認識の中に自分が紛れ込んどることに気付いたときに強烈に引き摺り出されるもんなんかもしれん。 「なんで硬くなってんのか分かるか」 ぐっと押し付けるように体重をかける。なんでって……と口籠るナマエちゃんの胸の内側では、心臓が激しく拍動しとった。 「……早く挿れたいから?」 「正解。可愛すぎて、堪えんの必死やねん。最初くらいは優しくしたいし」 「優しくなくても大丈夫ですよ」 「っ、」 暴発しそうになる欲求を理性で抑え込めたことだけは褒めてほしい。すぐさま犯したくなる興奮を、下唇を噛んで押し殺そうとする俺のジーンズと腹の隙間に、体を半分起こしたナマエちゃんの指が滑り込んできた。際どい場所に突き刺さる、負けず嫌いの目。 「この前緊張しすぎて見られんかったけん、今日はちゃんと見たい」 「はあ」 露骨過ぎる発言に絶句しとると、あっちゅう間にボクサーごと引き下げられる。いっそ清々しいほどの勢いで飛び出してきた俺のアレは、腹につかんばかりに怒張しとった。 「……すごい」 「っ、あかんて、それ」 「入るかな、こんなの」 こっちのことなんてガン無視で、独り言みたいに呟く。悪くないサイズやって思ってくれとるとしたら嬉しいけど、人差し指と親指を手尺の形に広げて竿に貼り付けるのはやめてほしい。 「……頼むから、測らんとって」 「あ、すみません。参考になるかなって」 反省したように伏せられる睫毛を見つめると、何の参考やねんなんて野暮な事は言えんかった。 「あー……仕切り直してもええ。今日は俺がシてあげたい」 こくんて上下に触れる顎を掴んでもう一度舌の絡むキスをする。じっくり時間をかけてお互いの緊張を解いてから、常夜灯に落としてナマエちゃんのデニムとパンツも剥ぎ取る。 「もう濡れとるやん。胸舐められるん気持ちよかったんや」 膝裏に手をかけて割り開いたそこに顔を近づけると、ナマエちゃんは恥ずかしそうに身を捩った。 「あんまり見んとってください……」 「半分暗くしとるから、ちょっとくらいええやろ」 割れ目に沿って走る縦筋をなぞって、敏感な突起を探り当てる。ひう、て悲鳴みたいな声が上がって、ナマエちゃんの腰が浮いた。尖らせた舌先で丁寧に皮を押し上げて、露出させた芽に唾液を送り込む。 「はっ、ぁ、あ」 舌を動かすとナマエちゃんの下っ腹が震える。粘膜と皮膚の境目を伝い落ちた唾液が、入り口の縁に溜まった愛液と混ざり合った。 「ふ、ぅ……謙也さん、そこ、やだ、」 「なんで、前シたときも悦んどったのに」 「そんなこと、っ、ぅ、あぁ!」 逃げを打つ太腿を押さえつけて執拗に同じ場所を責め立てる。ぷくって膨れた突起に軽く歯を引っ掛けながら吸い上げると、ナマエちゃんはひときわ大きく喘いで背中を反らした。 「だ、だめ、っ」 「こら、逃げんなや」 官能が高まるにつれて後退していく腰を引き戻して、蕩けた裂け目の奥まで指を沈める。引っ掛かりもなく根元まで埋め込んでしもたら、内側がきゅうっと収縮するのが分かった。 「あっさり入ったで」 「っ、いちいちそんなこと……は、ぁ」 「嬉しいねん、しゃあないやん」 「でも、恥ずかし……ん、」 異物感に耐えようと眉根を寄せて、ナマエちゃんは俺の腕を掴んだ。その力は弱い。構わず腹側の壁を撫でながら、外側に露出した突起に舌を這わせる。 「ん、っく、あ……あ!」 「痛い?」 「大丈夫ですけど……外とナカ同時にされると」 「気持ちいいんや」 「あっ、あ」 ねっとりした入り口付近で指を曲げる。ざらついた天井を擦るように抜き差しすると、ナマエちゃんは腰を揺らしながら小さく首を振った。震える核を吸い上げれば、喉元を晒すようにして仰け反る。 「っ……っんん、ん!」 「すご……」 思わず呟くほどぐしょ濡れになった秘部を眺める。堪えきれずに差し込んだ二本目の指をきゅうって締め付けてくる肉の輪に、背筋がぞくりと粟立った。 「どうしてこんななんの」 締めつけの強い場所で指をばらばらに動かす。ナマエちゃんは、くぅ、て悔しそうに喘いでから、 「謙也さんのこと考えたら……おなかうずうずして」 はあ、と溜息をついた。 「バイト中もちょっと期待しとった?」 「あ、はい」 潤んだ目が俺を捉える。やらしい。可愛すぎる。 「……今日泊まってって」 指を引き抜いて、滑らかな腿のラインを撫でる。 「え、いや、でも何も準備してきてないし」 「あとでコンビニ戻って買うてくる。歯ブラシとか下着とか」 もちろん家までは送るつもりやけど、そういうことをしてそのまま解散ってのはなんや侘しい気がする。出来ることなら終わったあとはひっついて眠りたいし、朝起きたときに夜のことを思い出して照れ臭そうにする顔も見たい。 ええやろ。腿を撫でとった手を膝裏に下ろして、足の間に体を入れ込んだ。恥ずかしそうに、それ以上に困った風に視線を彷徨わせたナマエちゃんは、しばらく黙り込んでから言いづらそうに口を開く。 「お、親に言ってきてないので」 「親御さん厳しいん?」 「いや、全然だし、友達のとこ泊まるって言ったら何も言ってこないとは思うんですけど」 そこで一旦言葉を切って、シーツを引っ掻く。 「この前謙也さん、お見舞いに来てくれたじゃないですか。あれの後だから、この時間にいきなり帰らないって言ったら、あっ、男の人の家やって思われそうな気がして」 「思われたらあかんの」 自分も親の仕送りで生活しとる身やけど、大学卒業を控えた実家暮らしの女の子の自立具合はイマイチ想像がつかん。 「あかんというか、なんというか、バレたら恥ずかしい……です」 「あー……そうきたか。そういう子供みたいなこと言われると弱るわ」 「萎えますか」 「そんなわけないやろ。でも、悪いことしとる気分にはなる」 おもむろにベッドサイドに視線を落としたら、無造作に横たわったトートに散った犬と目が合った。ナマエちゃんはこの手の可愛いものが好きや。 「かなわんなぁ」 「えっ、あ、っ」 柔さを確認するみたいに、束ねた指で入り口をなぞる。二十二歳の体の内側に残った幼げなところと、指先でなぞるとぐずぐずに熟れる肉のいやらしさ。その対比に背筋がぞわぞわした。完敗や。 「ほんまはこういうこと、ゆっくり段階踏んで進めてきたかったんやけど……堪忍な、全然余裕ないわ」 「謙也さん?」 不安げに見上げてくるのを無視してゴムをつけて、先端をひと息で押し込む。 「はぁ……」 「っ、うそ、はいっ、て」 狭い場所を押し広げるように腰を進めながら、荒くなった呼吸を整えるために動きを止める。 「きっつ……」 カリの張り出した太い部分を食い締められて、思わず声が出た。熱くて柔らかい粘膜に包まれる快感に目眩を覚える。 「ぅ、痛いですか」 「それ俺の台詞やん」 耳にかかった髪を梳いたらくすぐったそうに瞼を伏せる。 「痛かったら言うて、たぶんやめられへんけど」 「ナカに入ったら硬いし、大きく感じるしびっくりしたけど……痛くはないです」 興奮して麻痺してるのかも、と控えめに付け足されて喉が鳴る。ちょっと痛くしてやりたい。ろくでもない考えが浮かんだ自分に呆れながら、シーツの上に投げ出された手首を掴んで引き寄せて、体を密着させる。 「動いてもええ?」 耳元で囁いたら、返事の代わりにきゅうっと内側が締まった。それを了承と解釈して、内側を穿つように腰を使う。 「ふ、う、あっ」 突き立てるたびに上がる短い喘ぎを聞きながら、柔らかさと狭さを堪能するように奥まで入り込んで揺する。優しくなんて出来るはずもなかった。粘膜を擦り合わせるだけでお互いの境界が薄れていく気がする。 肩口に鼻先を埋めて、汗ばむ肌の匂いを思い切り吸い込んだ。脳髄が痺れて馬鹿になる。頭の奥がじんわり熱い。肩と首の境目の、皮膚の薄いところに歯を立てたら、狭まる肉に痛いくらいに締め上げられた。 「いっ、た……ぁ、ああ」 痛みを訴えるナマエちゃんの声はひび割れとった。でも気持ちええやろ。喉元まで迫り上がった意地の悪い言葉を飲み込んで腸骨を掴む。腰を逸らせてやるようにして無理やり動かしたら、掠れた喘ぎが一層高くなった。 「ふ、ぃあ、そこ、だめ、だめですっ」 「ほんまにあかん?」 抽挿の速度を弱めて、お互いの陰毛をゆっくり擦り合わせるように奥をこねる。あ、あ、と小刻みな喘ぎを漏らすナマエちゃんの目のフチから透明な滴が落ちた。それに満足して、またぐーって押し潰す。 「っ、あ、こわい……こわいです」 「なんで気持ちよくなると怖くなるん」 「恥ずかしいから、っ、ああ……」 「恥ずかしがらんでええやん、俺が勝手に動かしとるんやから」 小刻みに痙攣する下腹部を撫でながら腰を使う。奥まで入っとるの分かるって訊いたら、ナマエちゃんは悔しそうに唸った。激しくなんかしてへんのに、俺のを包み込む肉の締め付けはどんどん強くなる。 「けんやさ、っ、う」 「なに?」 一段低い声で聞き返したら、もっとってねだられた。 「こうやって奥の方ごつごつしとるだけでも充分ええで」 「っ、私も気持ちいい、けど……もどかしくて」 自分で内腿に手をかけたナマエちゃんは、足を大きく広げる。粘液で濡れた陰毛の根本、赤い裂け目に自分のが突き刺さっとる光景は、かなりクるものがあった。 「いっぱいシてくださ、い……! っ、あ、あ」 言葉が途切れるよりも早く、一番深いところ目がけて強く打ち付ける。ぐちゅぐちゃ音を立てて掻き混ぜられた白い粘液が、ガチガチになった俺のにまとわりつく。 「刺さってんの見える?」 お尻ごと腰を折り曲げるようにして持ち上げながら、結合部を見せつける。 「……っ、見えます」 「広がりすぎて真っ赤になっとる」 ゆっくり抜き差しを続けながらフチを指先でなぞる。ぬかるみきって震えるそこはいかにも狭そうやのに、根元までしっかり俺のを飲み込んでくれとった。 「謙也さんの、入ってるの分かりすぎて、っ、へんな感じ」 「ヘンな感じって」 「私じゃないみたいで、っ、あ、謙也さんのこと……っ、好きすぎてヘンです、あっ、」 「……そういうのあかんわ」 パンッ、パンッて、あえて音を立てて突き立てたら、泣き出しそうな嬌ぎが耳に届いた。抜き差しするたびに絡みついてくる肉をかき分けながら、ギリギリまで引き抜いて、勢いをつけて穿つ。その度に上がる悲鳴じみた声に煽られるまま腰を動かした。 突き上げるたびに上がる高い喘ぎ。自分本位に動かしても、ナマエちゃんの中はぴったり俺の形に合わせて広がってくれる。 「っ、く」 「あっ、ぁ、けんやさん、っ」 ぶつ切れの喘ぎの合間、熱っぽい目で名前を呼ばれて背筋がぞくりと粟立った。体の内側から湧き上がる衝動に任せて張り出した段差でナマエちゃんよええとこを抉ぐる。 「ああぁ、そこだめ、や、やだ」 「擦ったらきゅうきゅう吸いついてくるのに?」 「そんなことしてな、あっ」 顔を覆って恥じらう仕草に、ナマエちゃんの胎内で反り返ったアレが熱くなった。さまよう足首を掴んで体を引き寄せて、逃げようとする腰を引き戻す。そのまま、ぐずぐずに溶けた粘膜を擦り上げた。 「あーっ、あーっ」 仰け反りながら叫ぶ姿が愛しい。シーツを引っ掻く手を握りこんで、汗ばんだ肌を密着させる。半ばのしかかるようにして小柄な体を押し潰しながら、小刻みに打ち付けた。 けんやさん、けんやさん、譫言のように漏らすナマエちゃんの頬を撫でながら、耳元で「好きや」って囁く。小さく肩を震わせたナマエちゃんは、「意地悪なのに」と涙声で呟いて、俺の首にしがみついた。好きな子をベッドの中で苛めたくなる感覚は、男にしかないもんなんやろうか。 「あかんな、拗らせとるわ」 こちらを見つめる視線から逃れるようにして頭を抱え込む。挿入が深くなって、首に回された腕の力が強くなった。 「あかんくないです」 首から肩を通って胸板に触れた指先は、腹筋、それから下腹部へと下りていった。確かめるような手つきに焦れて、軽く揺すりあげる。 「はぁっ、」 吐息混じりの喘ぎを溢したナマエちゃんは、最後に二人が繋がった根元に触れてから、 「どういう風にされても、謙也さんの身体、全部私のに出来たら嬉しい……」 案外はっきりした声で言い切った。堪らんなって、小さな背中を抱き寄せる。力任せに引き下ろしたら、先端がくにくにした行き止まりにぶつかった。 「ああっ、っ、ん、やぁ!」 背中を浮かせて大きく痙攣させたナマエちゃんは、ぐったりと脱力した。 不規則な締め付けを繰り返す膣内をかき分けるように抽送を再開する。絶頂直後の敏感なところを容赦なく責め立てられる苦しさに、ナマエちゃんは涙を零しながら首を振った。それを無視して奥を穿つ。どんな風にしてもええって言うたんはナマエちゃんの方や。 「けんやさ、っ、ああっ」 「ごめん、まだ足りん」 一旦引き抜いて、ナマエちゃんの体を反転させる。ベッドの上にべったりうつ伏せにさせられたナマエちゃんは、何事かと振り返った。柔い尻肉を押し広げて、露わになった入り口にもう一度突き立てる。 「あっ、あっ、やぁっ、ふか、ふかい……っ」 寝バックの姿勢で夢中で腰を打ち付ける。この子は俺のもんやって、世界中に知らしめたい。支配欲と独占欲でぐちゃぐちゃになった心は醜い。自分のそういう汚いとこを、ナマエちゃんにだけは知られたくないのに、体の奥で溢れかえるいやらしい衝動はずっと剥き出しのままやった。 「あっ、あっ、また……っ、ふうぅ」 くぐもった喘ぎを伴って達したナマエちゃんの体がひくひくと何度か跳ねて、その度に中が締まった。搾り取られるような快感に今度は逆らわずに、薄い膜越しに精液を叩きつける。 「はあ……」 萎えたモノを引き抜いたら、ぽっかり空いた穴からかき混ぜられて白濁した粘液が溢れた。一度出したあとなのに妙に興奮して注視とったら、「見ないでくださいよ」と諫めるような声。恥ずかしそうに足を閉ざしたナマエちゃんは、おもむろに俺のアレに手を伸ばした。 「萎えつつありますね」 じっと見つめてからゴムを抜き取る。 「あーすごい出てる」 振り子みたいに揺らされる、俺の精子の墓場。 「……恥ずすぎるわ、勘弁して」 「謙也さんがやったんも同じことやけん」 言葉とは裏腹に表情は柔らかい。乱れた髪を耳にするかける仕草に見惚れる。 「汗かいちゃった」 「風呂沸かそか」 「泊まり前提だ」 「今日はもう離れられんわ」 剥き出しの肩に伸ばした手は、あっさり避けられた。ウエットティッシュで大雑把に手を拭き取って、例の犬の鞄からスマホを取り出す。 真剣な顔をして画面を叩く背中にひっついたら、見らんでねって胸に抱える。 「ひっつきたかっただけ」 「うーでも、なんか打ちにくい」 「親御さん?」 「就職控えた大人が外泊するために親に嘘送ってるの、恥ずかしくないですか」 「そんなこと一々恥ずかしがっとるとこが可愛い」 ぱしっとドヤ顔でかましたったら「うっ、あぁ……」って引いとんやら照れとんやら分からん呻めき。最中に俺が吸うたせいか水気の抜けた唇に触れたら、律儀に閉ざされた瞼が震えた。 「キスとか、ひっつくんとか、まだ慣れへん?」 小さく頷いたナマエちゃんは、しばらく黙り込んでから「謙也さんに慣れません」て答える。 「結構長いこと一緒に働いとるのに」 「バイト先のモテる先輩ってイメージが強かったから、こんな風におうちで二人でいるのずっと慣れそうにないです。なんか色々、カッコ良すぎるし」 そこまで言って抱えた膝に顎を乗せる。 「あかん、シンプルにめっちゃ嬉しいわ」 「だって……本当にカッコいいし、ちゃんと男の人だし、手とか、肩とかすごく分厚いのも意識しちゃって、残りの期間店で普通に働けないかも」 はあ、て溜息を漏らす横顔はお惚気台詞に反して本当に困った風で、この子案外真面目やなぁと改めて思う。 「いっぱい見たらええんちゃう」 「見るって?」 「日常的に俺が視界に入るようにしとくとか」 「全然名案とも思えないんですけど、一応どうしたらいいか教えてもらってもいいですか」 カッコいいカッコいいって俺を乗せたくせに、ナマエちゃんはやけにシラッとしとる。ワケ分からんけど、そういうところもおもろい。 「ナマエちゃんよく猫の写真撮っとるやろ」 「覗いたんですか」 「アホ、飲み会のとき自分から見せてきたんや!」 「えー全然覚えとらん」 「あの日結構酔っとったもんなぁ」 この分やと俺の告白をちゃんと覚えとるかも怪しい。 「すみません」 「まあええわ。同じ感じで俺の写真も撮ったらええやん。ホーム画面にでもしたら嫌でも目に入るで」 ほら、と壁際まで後退して、胡座をかいたまま決め顔をしたら「えー」て渋い声。 「なんやねん、嫌なんか」 「むしろ撮りたいですけど……裸じゃないですか」 「ええやん、モデルみたいで」 「モデル……確かに参考にはなるかも、」 でも謙也さんがっちりしすぎてるし、そもそも好きな人の裸見ながら絵なんて……とかなんとか、こっちが聞き取れるギリギリの声量でぼそぼそ語るナマエちゃんを尻目に、俺はベッドの足元に畳んどった部屋着のスウェットに袖を通す。 「ちゃんと着たで、ほら男前に撮ってな」 「着ちゃったんですね」 なんで残念そうやねん。 「撮らへんの」 「いや! 撮らせてください」 適当に座っとったらスマホのレンズが向けられた。表情を作る暇もなくシャッターを切られて「猫よりはまだ落ち着いてるから撮りやすいな」って軽く失礼なことを言われた。 「ひどいな」 笑ったらまた何枚も撮られる。少しずつ近づいてきたり、角度を変えたりしながらナマエちゃんがレンズを向けてくるたびに、スマホケースから伸びた紐がぷらぷら揺らぐ。それ邪魔やないんて訊いても「んー」て流される。写真を撮るのに集中しとるらしい。 「俺の写真どっかに載せてもええで」 「えっ、オーディションの履歴書とかですか」 「そういうんやなくて、SNSとか。彼氏ですって」 「彼氏……」 言葉を噛みしめるように反芻したナマエちゃんは「載せませんよ」とようやくレンズを下ろす。 「なんで、インスタとかやってへんの」 「一応やってます」 「Twitterもしとるやろ」 「な、なんでですか」 色々刺激的なことを二人でシたはずやのに、今日一狼狽した声をあげたナマエちゃんは、かなり警戒した風にスマホを鞄にしまった。 「ただのヤマカンやって、探したりせぇへんからそんなに警戒せんでええで」 「すみません……Twitterはちょっと、謙也さんには見せられないかなって。彼氏の写真を載せられるような使い方もしてないですし」 想像の何倍も下手に出られて、逆に申し訳なくなる。 ナマエちゃんは、バイト先やら学校で見せる顔の他にも、外に向ける興味の分だけ色んな顔を持っとるんやと思う。それは俺も同じや。日頃周りに見せとる程々に明るくて優しい男の顔を、好きな子と一緒におると剥ぎ取りたくなるし、病院での実習中なんかはやっぱり白衣を着とるときの父親の顔を思い出して引き締まる。 「全部見せてくれんでええから」 「えっ」 考えが纏まらんままに口走った言葉に、ナマエちゃんは不思議そうな顔をする。 「いや……SNS上とか、友達とおるときなんかにナマエちゃんがどんな風なんかは勿論気になるけど、二人きりでおるときの顔が俺だけのもんやったらそれだけでも嬉しい」 伝わったか、って訊いたら小さく首を縦に振られた。 「多少ミステリアスな方が女子は魅力的っちゅー話や」 「ミステリアスって、ただのオタクのTwitterですけど」 脱力したように眉を下げたナマエちゃんは、さっきしまい込んだスマホを取り出してロックを解除した。 「もう一枚いいですか」 「おお、一枚と言わずいくらでも」 頷いた瞬間ベッドに引き倒された。訳も分からず目を白黒させとったら、隣に寝転んだナマエちゃんが腕をかかげてカメラを構える。見上げた先にある画面の中には、ぼやっとした顔をした俺と、硬い表情のナマエちゃんが写り込んどった。 「撮りますね」 カシャリ、という音と同時にシャッターが切られる。 撮れた写真を確認するためにスマホを操作し始めたナマエちゃんは「あ、私裸だ」と呟いた。しっかりしとるようでいて、結構間抜けなところがある。 「服着てもう一枚撮ってもいいですか」 「ええけど、今の写真欲しい」 「絶対ダメです!」 やっぱりあかんか。結局もう一回撮ることになった。今度はきちんと服を着て、さっきの構図と同じ体勢になって、一枚や言うとったのに何枚も撮られた。 不規則に響くシャッター音を耳で追っとる内に、頭の中が重たくなってきた。あかん、眠いわ。セーターに包まれた肩を抱き寄せたら「まだ十時ですよ」と笑われる。ナマエちゃんは夜更かしらしい。 「風呂も入ってへんし、十分だけ肩貸して」 「このまま寝てもいいですよ」頭を抱えられる。 「ほんまに十分だけ。まだまだ喋りたいこといっぱいあんねん、朝まであっても足りへんわ」 「……私も同じですよ」 なんでもないやりとりやったはずやのに、耳元で聞こえた声が震えとる気がして驚いた。泣いてんのって訊いたら、更に強く抱き寄せられて、髪の毛をくしゃくしゃにされる。 嬉しくて。ナマエちゃんはか細い声で囁く。本当に大好きだったので。そっと付け加えられたらもう何も言えんなった。 ナマエちゃんはいつから俺のことを好きでおってくれたんやろ。不意にそんな疑問が頭に浮かんだ。考えてみても答えは出ん。自惚れかもしれんけど、長いこと待たせてしまっとった気がする。 ごめんな。震える肩に絡めた腕に力を込めたら、頭のてっぺんに熱いものが落ちてきた。悲しい涙やないはずやのに、それに触れた瞬間、みぞおちの奥が痛み始める。 こういう風になる前、俺とナマエちゃんの間には深い谷があった。距離自体は大したもんやない。お互いの姿はよう見えとって、助走をつけて飛んだら簡単に飛び越えられそうな、それでも間違いなく深い隔たり。ナマエちゃんはその谷の向こう側で、俺が手を伸ばすのをずっと待っててくれとった──胸の内側から湧き上がる痛みが引き出したのは、そういう想像やった。 「これからはずっと一緒やから」 夢の中におるような心地の中で、頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出したら、ナマエちゃんはまた泣いた。 「好きや。もう離れたくない」 「はい、私もです」 俺が並べた言葉を、ありきたりやって馬鹿にすることもなく、涙声で受け止めた彼女の手が、後ろ頭をそろそろ撫でる。ときどき痛いくらいの力が込められたその指の先には間違いなく、生身の人間の血が通っとった。 [back book next] ×
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