自分本意

 目よりも先に耳が覚醒した。インターホンの高い音が、鈍く痛みの残る頭に響く。風邪の三日目、普段ならとうに目覚めとる時間やのにやたらと瞼が重たい。
 二度、三度と繰り返される耳障りな音を無視して布団を被り直そうとしたところで、前の日の午前にネット通販でミネラルウォーターを箱買いしたことを思い出してしもた。一人暮らしのマンションは二階で、エレベーターがない。仕事とはいえ、重量のあるものを何度も運ばせるのは酷や。
 玄関には昨日届いた段ボールが開封もされへんまま放っとかれとる。母親から届いた仕送りや。中身は大抵の場合缶詰とか乾麺、一人暮らしの部屋の冷蔵庫が小さいことは知っとるから、生モノが送られて来ることは滅多にない。アルバイトは賄いが食べられるとこでせえって言うてきたのも母親やった。
「はいはい、はいっ」
 勢いよくドアを開いたら、インターホンを鳴らしとった相手が、わっ、と叫んだ。接触こそせぇへんかったものの驚かせてしまったらしい。
「お疲れ様です」
 女の子の声やなと思っとったらドアの裏からバイト先の後輩のナマエちゃんが顔を出す。店では一つに束ねとるセミロングの髪を、今日は無造作に垂らしとった。相変わらず化粧っけは薄いけど、目に馴染んだトレーナー姿やなくてブルーグレーのセーターの上に厚手の上着を重ねとる。
「……アガるなぁ」
「えっ?」
「いや、こっちの話。わざわざ来てくれたんや」
「昨日バイト休んだじゃないですか。店長がうち近いなら差し入れ持っていってやれってこれを」
 差し出された紙袋を受け取った拍子に手が触れ合う。ベタな接触や。そんでも指先がやけに冷たいのが気になる。
「あー……うち、上がっていかへん。風邪っぴきやけどお茶くらいは出せるし」
「えっ、いえあの……」
「そうか、伝染したらあかんもんな」
「いや、そういうことじゃなくて、元気そうなので……」
「たしかにナマエちゃんの顔見たらアガってきたけど」
「私の顔を見てですか!」声が裏返っとる。
 なんや噛み合わへんなぁと思いつつナマエちゃんの視線を辿ったら、到達地点は俺の股間で、そこにきて自分のそこがむっくりしとることに気づいた。
「これは、その、ちゃうねん! 朝の障りで」
「障りって……」
「いや、悪いことではないんやけどな、むしろ健康な証拠っちゅうかなんちゅうか」
 言い訳するうちに余計恥ずかしくなる。彼女でもない女の子相手に何を言うとんや、俺は。
 そんでまた、適当に逸らしてくれたらええのにナマエちゃんの視線がそこに釘付けのままなんもあかん。見られて興奮するような趣味はないんやけど、あんまり真っ直ぐ見られると否応なしに反応してしまう。
 どうしようもない沈黙が流れたあと、ナマエちゃんが意を決したように顔を上げる。
「……それじゃあお邪魔しようかな」
「ええんか」
「だって、生理現象なんですよね。変に意識するのも失礼かなって」
「……そしたらなんもないところやけど」
 さりげに体を引いたら、玄関に入ってきた彼女が遠慮がちに靴を脱ぐ。ちょこんとしゃがみ込んで靴の踵を揃える後ろ姿が可愛い。廊下と一体になったキッチンの横を通って奥へ進んだ。リビングとの間の仕切りのドアを開いて、必要最低限の家具家電しか置いてへん空間を見たナマエちゃんは「意外に殺風景ですね」と呟いた。
「どうせ大学出たら関西に戻るし、あんまり増やすと管理しきれんようになるからな」
「いつまでも九州にはいられないかぁ」
 朝立ちも収まって、一度は軽くなりつつあった場の空気がまた淀みかける。自分ちはどんな感じや、と明るい声を作って訊いたら少しだけ笑ってくれる。ナマエちゃんは小物やらぬいぐるみを集めるのが好きらしい。
「物に囲まれてると落ち着くんですよね。あ、でも部屋はある程度片付けてますよ」
「ほんまかぁ。ぬいぐるみの山に埋もれて寝てへん?」
「そこまで持ってません!」
 ちょっと強めに否定してから、しまった……って風な顔をするナマエちゃん。バイト先では妙にかしこまっとるというか、硬い感じもあるから、今日素に近そうな顔を見られたんがしみじみ嬉しい。怪我の功名っちゅうやつやな。
「まあ、座りや。なんもないからどこでも」
 一人暮らしを始めたときに親が置いてった座布団を差し出すと、彼女は部屋の隅っこ、ラグのないフローリングにそれを置いて膝を抱えた。
「寒いやろ、もう少しこっち来たらええのに」
 ナマエちゃんはふるりと首を横に振って、立てた両ひざの間に顔を埋めるような仕草をする。……これは、あれか。もしかして、俺んちで二人きりになるの嫌がられてる?
 正月にバイト先の居酒屋であった新年会のことを思い出して、そりゃそうやなと思う。しこたま酒を飲んだ状態で、タクシーの運転手のおっちゃんに聞かれながら「好きや」なんて誠意に欠けとるし、安い男やと思われても仕方ない。
 謝ろうと思ったところで、先に口を開いたのはナマエちゃんやった。
「えっと、あの、一つ訊いてもいいですか」
 歯切れの悪い切り出し方に耳を傾けると、恐るおそるといった様子で上目遣いに見てくる。その目がちょっと潤んどる気がして、どぎまぎしながら「俺に答えられることやったら」と促すと、躊躇うように何度か口を開閉させてから、思い切ったように言葉を続けた。
 このタイミングやったら先延ばしにしとった告白の返事やろ。はやる気持ちを抑えて一応真面目な顔を作る。
「さっきみたいになってるときって、小さい方はどうやってするんですか」
「……は?」
「だから、向きがこう……なってたら上手く狙えないかなって」
 こう……と発したタイミングで握り込んだ拳を持ち上げるような仕草をする。直接的すぎるジェスチャーにたじろいだ俺の顔を見て、急に恥ずかしくなってきたらしい。
「すみません……下品でしたよね」
 俯きかけたところを慌てて引き留める。
「 一瞬驚いただけで別にそんな引いたとかやないから」
「じゃあどうやってするんですか」
 真剣な目に気圧されながら、俺はその場に立ち上がった。
「ナマエちゃんの言うた通り勃ったままやと狙えへんから、基本はおさまってからするけど、たまにあかんときはこう……」
 さっきのナマエちゃんを真似て、空気椅子のジェスチャーをしてみたけど、あんまり伝わらんかったらしくてきょとんとされた。
「座って上手いこと散らんようにすることもあるで」
「あー」
 今度は伝わったらしい。小さく頷く表情は平坦で、自分から訊いてきたくせに、そこまでの感慨もなさそうや。なんでそんなん知りたいねん。喉元まで迫り上がってきた言葉を飲み込んで、その場に座り直す。こっちからあんまりこの話題を詰めて、やらしいことを期待しとると思われるのは本意やないのに、
「さっきのはもうおさまったんですね」
 ナマエちゃんがまた蒸し返すから、つい口にしてしまう。
「まあ、だいぶ時間経ったしなあ」
「いつもどれくらいかかるんですか」
「早かったら数分、ついでに出してしまうこともあるけど……ちゅうか、なんでそんなにシモのことばっか訊きたがるん」
「……びっくりしたから」
 ぽつりと落とされた一言に、ああなるほどな、と思う。
「いきなりあんなもん見せられたらビビるわな」
「それもそうなんですけど、大学で遠巻きに見かけたり、店で一緒に働いたりしてるだけだと、カッコいいけどちょっと騒がしくて、元気で、エッチなこととは無縁なイメージだったので、ちゃんと男の人なんだなって改めて意識したら……」
 はあと吐かれた息が熱っぽい気がした。ナマエちゃんは頬を染めて視線を落とす。
「なんか、変な感じでした」
 その瞬間、背筋に悪寒とは違う震えが走った。
「変な感じって、なに」
「……なんですかね」
「嫌やったわけやない?」
 畳みかけるように訊きながら、少しずつ距離を詰めていく。ナマエちゃんは、壁に背を預けて首を小さく横に振った。
「むしろ嬉しかったかも……しれないです」
 あからさまに煽るようなことを言って目を伏せる。それを見たらもう堪らんなって、小柄な体にゆっくり手を伸ばした。
 コート越し、肩に手を置くと、びくりと身体を震わせてからこちらを見上げてくる。さっきよりも潤んだ瞳には期待するような色が浮かんどるように見えた。
「さっきエッチなこととは無縁そうやって言うてくれたけど、俺も二十二の男やから」
 あかんなぁ、たぶん俺今かなりマジな目しとる。
「男の人はこういうときどうするんですか」
 火に油を注ぐような質問ばっかしてくるくせに、ナマエちゃんの目は泳ぎまくっとった。でも、逃げる気配はない。許可なく肩に触れたことを謝ったら、頭が小さく振れた。
「なあ、もうちょい上までええ?」
「触るの?」
「首とか、耳とか触りたい」
「いいけど、えっちですよ」
「正直、今頭ん中やらしいことでいっぱいや」
 ぐっと顔を近づけると、ナマエちゃんの一重のまぶたが震えるのが分かった。肩から首筋にかけてをゆるゆる通り過ぎて、人差し指の腹で耳の裏を撫でる。
「ふっ」
 耳たぶに触れた瞬間こぼれた吐息を、唇で引き取りたい衝動を必死に押さえ込む。どこまでええって訊いたら「今日はちょっとだけ」って答えたあと、おずおずと手を伸ばしてきた。冷えた手が、額に触れる。まだ熱いって呟いたナマエちゃんは緩く眉を下げて、
「……治ったら最後までいいですよ」
 なんて言うから、ただでさえ熱を持った顔がますます火照っていくのを感じた。
「さ、最後って、俺が思っとる最後で合っとる?」
「知りませんよ。頭ん中見えんけん」
「頭の中……あかん。今見られたらヤバいわ」
「どげんこと考えとっと!」
 強めの訛りが出た。これは結構焦っとるな。
「治ったら実地で教えたい、ええ?」
 う、と呻めきに近い声を漏らして顔を隠したナマエちゃんは、少しくらい俺のことを好ましく思ってくれとんやろうか。そういうことをする前に、きちんと確認せなあかんと思うのに、今の俺は体の内側から湧き上がる衝動を理性で抑え込むのに必死やった。
「ちょっとだけって、どこまで」
「チューとか?」
 顔の下半分は覆ったまま、上目遣いに見つめてくる。かわいくて、愛おしくて、そのまま小さい手を引っ剥がして、チューなんて言葉じゃ収まりが利かんようなねちっこいのをしてやりたくなる。
「……キスはな、風邪引いとるし、あかんやろ」
 少しずつ小さくなる声が情けないけど、ひとまずは耐えた。ナマエちゃんはちょっと不満そうに「この距離じゃもう濃厚接触なのに」とこぼす。
「どうでもええ言葉の響きやのに、この状況で出るとやらしいな」
「謙也さんって頭いいのに時々……」
「アホ?」
 ナマエちゃんは申し訳なさそうに頷いた。その顔にまた唆られる。縮こまった体を壁際に追い詰めて「ここもアホになってんねん」ちゅうて硬くなったアレを太腿に擦り付ける。
「アホ過ぎますって!」
「キスはあかんから、こっちちょっとだけ助けてくれへん」
「触れってことですか」
「触りたいんや?」
「いや、その……」
 恥ずかしそうに俯いて、唇を尖らせる顔がめっちゃ良くて、どんどん先に進んでしまいたくなるけど今日はまだあかん。
「ベッド、ええ?」
 手を引いて促したら、ナマエちゃんはあっさり着いてきた。ちょこんて座った体を、覆い被さるようにして押し倒す。
「わっ」
「このままでええから」
 驚いて身動ぎするナマエちゃんを抱き込んで、腕の中に閉じ込めた。背中を撫ぜながら、
「ちょっとでええ、体貸して」
 ボクサーごとスウェットのズボンをずり下げる。
「は、何しとんですか」
「好きな子オカズにしようとしとる」
「ええっ」
 鼻先を肩に埋めて、ナマエちゃんの肌の匂いを思い切り吸い込んだ。耳元に口を寄せて、普段より掠れた声で囁く。
「ナマエちゃんのこと抱く妄想しながら抜きたい」
 びくりと跳ねた肩口に歯を立てて、じゅうって吸い上げる。小さい喘ぎが耳に届いたら、一気に体温が上がった気がした。
「や、ば……ほんまに抑えきかへん。イヤやったら今すぐ蹴り倒して」
「……イヤではないですけど」
「けど?」
「どきどきしすぎて、怖いです」
「……そういうの反則やって」
 震えた声と潤んだ目に煽られて、自分のモノを取り握りこんだ。根元から先端までゆっくりと扱いていく。呼吸が荒くなりそうになる度に、ナマエちゃんの肩口に顔を押しつけて息を殺した。
「っ、くすぐった」
「ごめん」
 謝って、今度は舌先で首筋をなぞる。
「あっ」
 喘ぎ声が甘い。じゅうって音を立てて吸いついたら、軽く睨まれる。
「っ、これ、なんか違いません?」
「違わんやろ、可愛いで」
「そういうんじゃなくて、私がされてるばっかり……」
「俺は自分でさせてもろとるし」
 腰を浮かせて、握り込んだモノを見せつけたら、ヤダ……とか言いながらも興味津々で覗き込んでくる。
「意外に大きい」
「失礼やな」
 むすっとした顔を作りながら、デニムのジッパーに指をかける。
「だって肩とか、首とか舐めてるだけなのに」
 子供みたいなことを言うナマエちゃんは、俺の頭の中で自分がどんなやらしい姿にされとるか知らん。今日が最後までシてええ日やったら、デニムどころかその下まで剥ぎ取って、中までじっくりほぐしてやるのに。イヤだ、怖いって頭を振られても抑えなんてきかへんし、叩かれても、泣かれても、たぶん許してやれん。想像だけで勝手に興奮して、手の動きを早める燃費のええ俺を、ナマエちゃんは不満げに見上げた。
「……私も少しは手伝いたいです」
「そしたらとりあえず太腿貸して」
 デニムの裾に手をかけて引き下ろす。足も開けるって訊いたら、恥ずかしそうに唸りながら腿を開いた。そこに熱い中心を擦りつける。
「わ、ぬるぬる」
 ナマエちゃんの言う通り、俺のそこは先走りでどろどろに濡れて酷い有様やった。
「こんなん見せてしもた上に悪いんやけど、もう一個お願いええ?」
 ここまで来たら恥もなんもない。甘えた声で強請れば、ナマエちゃんはこくんと喉を動かした。柔らかい内腿に裏筋を擦り付けると「あ……」と切なげな声が漏れる。やらしい。伸ばした指をリップの血色の残る唇に押し当てて、
「これしゃぶって」
「……指でいいんですか」
「あんまり煽られたら理性切れるから、ほら」
 半開きになった小さな口に、人差し指と中指を差し込んだ。熱があるのは俺の方やってことを忘れそうになるくらいに、ナマエちゃんの口内は熱い。ぬめる舌先が指と爪の境目に触れて、ぞくりと快感が走る。
 シーツに足の指先を立てて、腰だけ揺さぶりながらアレに刺激を与えた。ちゅうっ、ちゅっ。時々音を立てて吸いつかれたら、怒張したものが犯しとるのが口の中なんか腿なんかも曖昧になる。たまに頬の内側を撫でてやったら、鼻から抜けるような漏れる吐息が熱い。
 エロい。
 嬉しいのに、なんでそんなに積極的やねん、と妙な憤りも感じて、上顎のくぼんどるところを指先で引っ掻いてみる。
「ふっ、う」
 ヨさそうな反応に気をよくして執拗に責め立てたら、ナマエちゃんの肩がびくんて震えた。その拍子に前歯が関節にぶつかる。その刺激が燃料になって、呼吸を荒くしながら腰を揺らした。腿をベタベタにしたナマエちゃんは、今度は恣意的に犬歯を立ててくる。力を込められると、腰の奥が重さを増した。
「あ、かん……ちょっと痛いの、きもち、」
「ひひ?」
 ナマエちゃんは悪戯っぽい顔をして、俺の手首を掴む。じりじり引き抜かれたかと思えば、指先にキスをされた。第一関節のあたりまでをねちっこく啄まれる。余裕やん。呟いたら「本当にそう見えますか」と訊かれた。その言葉ひとつで、手首に触れた手のひらが汗ばんで、小刻みに震えとることに気がつく。緊張が伝染して、実際に込められた力は大したものやないのに動けずにおると「謙也さん、私もまずいかもです……」と囁いてきた頬は赤かった。
「エロい気分になってきた?」
「……謙也さん、えっちやけん」
「そしたら、こっちは」
 俺の手首を掴んだ手をパンツのあたりまで引き下ろす。くちゅん。粘着質な音がして、内側にこもった熱の上を、布地が滑る。
 下着の中に手を入れて、直接触ってみたら、ナマエちゃんの体が跳ねて、小さく悲鳴を上げた。ここでやめなまずいって分かっとるのに止められへん。
 耳障りな水音を鳴らしながら上下させる手に合わせて、ナマエちゃんの体が小さく揺れる。はぁ、ぁって小刻みな喘ぎ、俺を見上げる目のふちは赤い。
 やばい、ほんまに可愛い。
 もっと気持ちよくさせたくて親指で先端を押しつぶすと、ナマエちゃんは一際高い声を上げる。
「アッ」
「ここ好きなん?」
「ンッ……あっ!」
 ぐりぐり弄ったら、首を振って否定されるけど、体は正直やった。
「音すごいで、聞こえる?」
 わざと音を立てるように動かしたら、「いじわるせんでください……」と泣き出しそうに眉を下げられて、余計興奮した。好きな女の子を大切にしたい気持ちと、普通の男なりのサドっけがない混ぜになって、頭の中でぐるぐる回る。
「いじめられんの嫌いか」
「嫌いじゃないけど、っ、あっ」
 ナカに指を差し込んで擦るように動かすと、ナマエちゃんの目尻から涙が落ちた。そこ、だめ、と小刻みに繰り返される声を無視して、指を曲げる。
「ぁ、ああ……っ」
 押したら反応の変わるところをぐりぐり刺激しながら、震える腿に自分のを擦り付ける。お互いの荒い呼吸と喘ぎが重なって、ただでさえ病の残滓の漂う部屋の空気が淀んでいくのが分かった。
「すごいな、めっちゃきゅうきゅうしとる」
「いやだ、っ、はずかし、」
「なんで、かわいいのに」
「ア、ア、アッ」
 指を動かすたび上がる甘い声を聞きながら、もう我慢できひんと思った。ナマエちゃんの体を引き寄せて、膝の上に座らせる。背中を支えて、向かい合うような体勢になると、ナマエちゃんは恥ずかしそうに目を伏せた。「挿れちゃうんですか」
「挿れへんよ、今日は」
「じゃあどうしてこんな体勢」
「くっつけるし」
 腰を抱き寄せて、お互いの熱をぴったり合わせたら、布越しでも生々しい感触が伝わってきた。
「キス、我慢できそうにないねん」
 あかんよな。自分に言い聞かせるように呟いたら、密着したその子が唸った。耳をしゃぶったったら、セーターに包まれたままの肩が跳ねた。ずりり。お互いの熱が噛み合って、腰が砕けるくらい気持ちいい。そのままゆるゆる前後に揺らしたら、細い喉が反り返る。ああ、もう最悪やな。風邪菌でも心でもなんでも、俺の内側にあるもの全部なすりつけて、この子を自分のものにしてしまいたい。医者を志しとる人間が、どうしてこんなに浅ましいんやろう。
「はっ、ぁ」
 涙で潤んだナマエちゃんの目に捉えられた俺の姿は情けない。求めてやまん唇が、最後の一押しを決める勇気のない俺の名前を呼んだ。
「謙也さん」
 伸びてきた腕が、汗ばんだ肩に絡まる。唇同士が触れて、舌先で舐められたら、俺の理性は呆気なく崩れ去った。
「んっ……ふぅ、ンッ」
 自分から煽ってきたくせに、こっちから舌をねじ込むと、ナマエちゃんのそれは怖気付いたように縮こまる。歯列をなぞって、上顎をくすぐると、ふ、ふっ、と乱れる吐息が艶っぽい。夢中で貪り合って、唾液を交換するみたいに口の中をかき回す。
 その間もすれ合い続けるアレの先端は、知らん間にショーツの内側の際どいところにまで入りこんどった。ゴムもつけずにこんなところ、明らかにまずいんやけど、もうどうしようもない。
「ん、っ、ふ……」
 体は密着させたまま、顔を離す。もどかしげに腰を揺するナマエちゃんは、決定的な刺激を求めとるみたいに見えた。そういう姿にも官能を絡めとられる。
 俺はもう一度、その薄い唇を食むようにしてキスをした。微かなリップ音を立てて離れて、「擦るだけでイけるか」尋ねると、ナマエちゃんは拗ねたように目を逸らす。それから小さく首を縦に振った。
「指でナカいっぱいにしてもええ?」
「……どうして全部許可を得ようとするんですか」
 優しすぎてもどかしい、とナマエちゃんは続けた。勘違いや。俺はそんな大それたもんやない。
「優しいとか、大事にしたいとか、そんなんとちゃうねん。好きな子に嫌われるんが怖いだけや。自分本意やろ」
「自分本意だとなんでダメなんですか」
 ゆっくり腰を引いたナマエちゃんが、俺の指を自分の入り口に誘った。差し込んだら、ひゅ、と吐息を漏らしながら「私だって同じですよ」と泣きそうになりながら言う。
「謙也さん、寝込んでるんだって分かってたのに、っ……バイトのない日に会えるんだって、ぁ、思ったら、はあっ、昨日の夜からワクワクしてました」
 いじらしい言葉に興奮して、ナカのザラザラしたところをなぞり続ける。強い力は入れず、それでもこねくり回すようにしたら、ナマエちゃんは、うぅぅと背中を丸めた。
「あっ、あ、家の前で、帰らないといけないって、思ってたのに……っ、謙也さんの元気になってるの見たら出来なくて、中に入っちゃった。っ、あっ、こういうこと期待してたんです、うっ、ん」
 私も自分本意やけん、とナマエちゃんは震える足を俺の腰に絡めてきた。
「わがまま言ってええですか」
「は、あ、ええけど」
 率直過ぎる吐露に興奮した声は掠れとった。ナマエちゃんは恥ずかしそうに視線をさまよわせてから、俺の先っぽを握り込んで「一緒にイきたい」と囁いた。その言葉で理性の糸が切れてしまった気がする。
「……あかんわけないやろ」
「ああっ、っ」
 束ねた指をひと息に差し込んで、気持ちいいとこだけを狙ってこねる。
「はぁっ、ああ、んっ、そこばっか、だめです、ぅ」
「気持ち良さそうに、腰揺れてんの……っ、興奮するわ。なぁ、もっと俺のもいじって。先っぽ、可愛い手でくにくにされたらそれだけでイける」
「っ、ふ、えっちなこと、耳の近くでやだ」
「俺の声好きなん」
 耳に舌先を差し込んだら、ナカがぎゅうって締まった。
「謙也さんの声、えっちだから」
「女の子にたまに言われるわ」
「っ」
 さらっと言うたら、腰に回されとった足に力が入る。所在なく亀頭と竿を往復したった指も同じや。訳の分からんタイミングで顔を出した嗜虐心に自分でも戸惑いながら「妬いた?」って訊いてみる。
 ナマエちゃんは悔しそうに頷いて、俺のを根本から扱き上げた。カーテンの隙間から差し込む柔らかい光が、俺を見つめるその子の体を包む。
「……だけど、今日からは私の謙也さんですよね」
 なんでそんな可愛いことが言えるんやろう。大きな力に頭を叩かれたような心地がして頷いたら、唇の端が緩む。ほんまに俺はどうしようもない。ナカに収めた指を抜き差しして、ぐちゅぐちゅ鳴っとる水音を聞きながら、「あかん、めちゃくちゃにしたい」謝る余裕もなく呟く。
 細められた目を肯定として受け止めて、自分のに比べたら頼りなさすぎる体をベッドに引き倒した。足を開かせて、自分のを扱きながら、鼻先をあそこに押し付ける。ぷっくり膨れたところに舌を這わせら、ナマエちゃんは派手に喘いだ。
「アアっ、それ、やば、っ」
 その声を聞くだけで暴発しそうになるのを堪えて、じゅうって吸い上げる。尖らせた舌を割れ目にねじ込めば、錯乱したナマエちゃんは痛いくらいの力で髪を掴んでくる。
「あっ、あん、もう、こわ、こわいです」
 ヨすぎるのが怖いと泣いているナマエちゃんは可愛くて可哀想やった。もっと泣かせてやりたくて、突起を舐めながら奥に指をねじ込む。二本入れたところで、お腹側のザラザラしたところを押し潰すようにすると、ナマエちゃんの下腹が痙攣し始めた。
「あー……っ! あぁっ、あ……」
 躊躇わずに、指の腹で擦る。
「はぁっ、いかん、っ、いくっ、いっちゃいます、っ」
 泣き声に近い声で限界を訴えてくる。口元を濡らしながら夢中でしゃぶった。俺のももうあかんかった。根元までえぐいくらいに膨れて、先走りがとろとろ溢れ続けとる。
「俺も、っ」
 掠れ気味の声で言うたら、ナマエちゃんの体がびくんって跳ね上がった。それが引き金になって、頭が真っ白になる。腰の奥から射精感が駆け上がってきて、そのまま吐き出した。
「あっ……」
 勢いよく飛んだ白いのがナマエちゃんのふくらはぎのあたりにかかる。昔部活をしとったらしくて形よくハリのあるそこに見惚れながら、余韻に浸るようにゆるゆる動かしとった手を止めた。
 まだ出とんかいと思うほど長い時間をかけて出し切ったあと、やっと萎えたあれの先端をティッシュで拭う。
「大丈夫か」
 ベッドの上で体を丸めるナマエちゃんに声をかけたら「絶対うつりましたよね」と恨めしげな顔をされた。
「濃厚過ぎます」
「伝染したら見舞い行ったる」
 ここまでしてしもたら、謝罪を重ねたところで誤魔化しにもならん。
「……うち実家ですけど」
「おー俺土産選ぶん得意やから大丈夫やで。親御さん、お酒飲む?」
「謙也さんって……」
 めいっぱいイった後やからか、こちらを見つめるナマエちゃんの頬は紅潮しとった。
「なに?」
「ナチュラルに恥ずかしい人ですよね。うちのお父さん、大声で咳しますよ。糸島弁ごりごり、威嚇です」
「たぶん気に入られると思うけどなぁ」
 しれっと言うたったら、うう……って唸りながらデニムに足を通す。
「パンツ新品あるけど貸そか、どろどろやろ」
「実家だって言ってるのに」
「お母さんが洗濯してんの」
「ほっといてください!」
 事後のムードのなさが致命的やったんか、ナマエちゃんは半ば本気で怒っとるように見えた。ムッとした顔がまた可愛いくて、このまま泊めてしまいたいくらいやったけど、それ以上口を挟む暇もなく、キャラもんのうさぎのトートを肩にかけてしまう。それから玄関まで歩いていって、見送りに出た俺に背中を向けたまま、
「早く治してくださいね」
 か細い声で囁いた。
「ナマエちゃん……」
「はい」
「それって、はよ最後までシたいってことか」
「もう!」
 ばしん、と胸に何かがぶつかったと思ったら、ナマエちゃんはうちを出ていっとった。一応廊下まで出てみたけど、とんでもない勢いで階段から降りていってしまった背中を追いかける元気は今の俺にはなかった。仕方なく部屋に戻ってさっきナマエちゃんが投げつけてきたものを拾う。
「グミ、そういえば最近よう食っとるな」
 見舞品の一つとして有り難く頂戴することにして、封を切った拍子に、バイトの休憩室でハート型のグミをこそこそ口に含むナマエちゃんの姿が頭によぎる。可愛いよなぁ。呟きながら一つ取り出して口に放ると、酸味のある粉が舌先で溶けて、好きな子のことを考える心臓がきゅっと縮んだ。




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