赤肉メロン

「爪、塗り直したんや」
 一週間ぶりのデートやった。俺んちの最寄近くの安い焼き肉屋。分厚いばっかで旨味もへったくれもないハラミを口の中に含んだナマエちゃんの爪は、赤肉メロンみたいな色に染まっとった。安肉の咀嚼に手間取っとるのか、口をもぐもぐ動かしたまま、「そうなの」とも「可愛いでしょ」とも答えへん。
「相変わらず器用やなあ」
 相手が口を開けんことをいいことに、箸を置いたばっかの手を取って、自分の方に近づける。白く伸びた指の先にくっついたちんまい爪、メロンみたいな色した中指の先には、大粒のキラキラがついとった。かわええ。どんだけ日々の生活に追われても、ナマエちゃんの爪はつるっつるしとる。
「薬指、白地にグリーンが映えててキレイや。やっぱ俺の彼女はセンスあるなぁ」
 前のめりになるあまりに、その手を掴む指に力が入ってしもて、「ごめん」て、顔を上げたら、とっくの昔にハラミを嚥下しとったナマエちゃんは俺の目から逃げるように視線を逸らした。
 そないな露骨な。俺の心の声が聞こえたみたいに、つぶらな瞳が戻ってくる。薄く眉を下げて、「この色、気に入ってるんだ」と笑う。
「よう似合ってるわ」
 そこからまた取り止めのない話をしながら肉をつつく。指に触れただけで逸らされた視線、そこに大それた意味はない。ただ緊張してただけやって分かっとる。けど、俺ら付き合ってもうすぐ一年が来るんやで。オトナのアレコレも普通のカップルなりにはしとる。今更指に触っただけでこの世の終わりみたいな顔されるのは、結構キツい。
「グラスあいてるよ」
 何飲む、落ち着いた声、メニュー表を辿る指。いつでも俺を気遣ってくれる四こ上の恋人。ばっちり宮仕えして、自分で稼いだ給料で生活して、貯金して、学生の俺とはデートでもきっちり割り勘。
 もう少し寄りかかってくれてもええのに、と思ってしまうのは自分が親の臑かじりやってことに自覚的な歳下男のエゴなんやろか。
 店員さんの運んできてくれた瓶ビールを二人で分ける。ナマエちゃんは、たぶんそんなにビールの味が好きやない。けど俺が瓶で頼んだら、きっちりこっちのグラスに注いでくれたあと、「じゃあ私も」ってグラスを傾ける。美味いとも思ってへんものを、ノリが悪いと思われたくなくて、喉に通す姿。白い喉が上下するのを視界に入れると、可哀想やなって思うのに妙に気持ちええ。それはセックスの最中、ダメって言うのを遮って押し入る感覚にも似た快感やった。
 あかん、シたくなってきた。もっと強いアルコールを入れて、ぐでんぐでんになったナマエちゃんに、「今日泊まってってくれん」て、あの時々顔を出す方言混じりに腕を組まれたい。
 せやけど大人のナマエちゃんが酩酊する姿を見たことは一度しかないし、結構酔ってしもたときでも、この子は意志の力で弛んだ心を押さえつけてしまう。たとえ恋人であっても、他人にだらしないところを見せるのが怖いんやと思う。もしかしたら家族にさえも。
 俺はナマエちゃんの半端に年齢を重ねた独身女なりの性質を愛しいと思う。せやけど体んなかグルグルしとるときに、大人の臆病な女のあの感じで肌を重ねることもなく家に帰されたデートのあとは、いっつもアカン。この前なんか、欲求不満が過ぎて、俺は甘えるんやなくて、甘えられたいねんて叫んでしもて、台所でブリに湯かけとった侑士に、「心の声が口から出る内は無理やろ」って溜息つかれた。
「謙也くん」
 耳に心地よく馴染むナマエちゃんの声。いらんことぐるぐる考えるうちに黙りこくっとった俺が顔を上げると、「酔った?」と気遣わしげな声を上げる。
「あー……軽く」
「そろそろ帰ろうか」
 しまった悪手やった。
「腹いっぱいになった?」
「うん、今日はデザートもいらないくらい」
 家寄らせてって言いたくて、うずうずする俺をよそに、ナマエちゃんはさっさと立ち上がってしまう。誕生日近いし奢らせてって言うても、財布をしまうことはない。
 結局割り勘して店を出たら、しょーもない焼肉屋お馴染みのハングルの刻まれたピンクの板ガムを、「食べる?」って差し伸べてくる。それを受け取るフリで、こっちに伸びてきた手をぎゅって掴んで、「今日そっち泊まってええ」って訊いた。ヤりたいばっかやって思われてもダメージの少ない歳下の恋人のポジションにこういうときだけ感謝する。
「家の方が近いでしょ」
 予想通りの反応を示したナマエちゃんが後ろに一歩後退した。それに呼応するみたいに距離を詰めた俺が、「侑士夜遅くにシャワー浴びてたら怒るし」言うたら、居心地悪そうに顔を背けた。
「まだ九時すぎだけど」
 嫌がっとるわけやないのは分かんねんけど複雑や。大人としての理性と、若い男に取り込まれそうになるのを避けようとする自己防衛反応が、ほんまはまだまだ一緒におりたいっちゅう欲望を捻じ伏せとる。二十六の恋愛観こじらせた女の意志の強さは、なかなかごつい。
 周りに人の目がないのを確認してから握った手を引いて、体を引き寄せる。焼肉屋から持ち越したムラムラがピークに達しつつあって、めちゃくちゃキスしたかったけど、浅いので終わらせる自信もなかったし、舌を攫う深いのを今のタイミングでしたら、俺はよくても結局ガムを噛み損ねたナマエちゃんは気にするって分かってたから押し止まる。
「あの、近いって、人目が」
「えっちしたいって言わなあかん?」
「は」
「今日めっちゃシたいねん、うち入れて」
「……謙也くん」
 道路照明に照らされて輝く白い肌に引き寄せられるように顔を近づける。鼻と鼻の触れあう寸前で動きを止めたら、ナマエちゃんのどこか涙で潤んだような目にめっちゃヤりたい顔した自分が映りこんどった。

「そこまでいって帰されるて」
 情けないなぁ、湯上りの俺から回収したフェイスタオルを脱衣所に放って戻ってきた侑士は、ローテーブルに上半身を預けて項垂れる俺を憐むように言った。
 ソファのひずむ音。自分の背後に座った従兄弟に、「うっさいわ」って返した声には全く覇気がなかった。我ながら情けない。
「あーナマエちゃん」
 ここまで行ったら落ちるところまで落ちてやろうと、バレへんようにこっそりチェックしとるナマエちゃんのインスタを見に行く。このアカウントは、去年の夏ナマエちゃんが友達と行ったっちゅーかき氷屋のタグを見とるときに偶然見つけた。誰にでも見られるようにしとるものやし、いらんこと書くような子やないから、別に見とることを隠す必要はあらへんのやけど、ナマエちゃんのストーリーいっつも見とるでーって言うた翌日から投稿が激減しそうな気がして、言い出せずにこの五月に至る。
「大体なぁ、相手の家までしけこみたいんやったらもうその店で食うのやめや。うちの近所やから帰そうとするんやろ」
 最もらしいことを言う侑士の声も右から左、手元を映したアイコンをタップしたら、二十一時間前にのせたストーリーが風前の灯火で残っとった。友達にもらった薔薇、今日見た赤肉メロンみたいな爪。やっぱりセンスええわ。
 ナマエちゃんのインスタは、ほとんどストーリーしか更新されん。それもハイライトなんかに残すこともないから、二十四時間以内に確認出来んかったら、もう消えてくだけや。らしいっちゃらしいけど少し寂しい。
 パシャン。スクショの音、耳聡く反応した侑士が、「何撮ったん」て訊いてくる。恥ずかしいことやとも思ってへんから、「彼女のインスタのストーリースクショした」言うたら、「はぁ」って心底げんなりした声が後頭部にぶち当たった。
「さっき焼肉屋で見た爪がな、メロンみたいで可愛かってん。せやけどどんだけ綺麗で可愛くても、ああいうのって次に会ったらもう別のに変わってるやろ」
 それがここにのってたらスクショもするやろ、言うたら、「そんなにか」って覗きこんでくる。反射的に液晶を下向けて、
「人の女の手見るなや」
「分からんわ、その怒りのツボ」
 侑士は、またソファに沈み込む。
「ナマエちゃん、言いよんねん。私爪とかアクセサリー褒められるのが一番嬉しいって」
「顔や体やないんや」
「そこが奥ゆかしくてかわええんやろ」
 短い前髪の下に並んだ、平行気味の眉。笑うと薄いかまぼこみたいになる目、ぽてっとした唇。全体的にパーツの配置がええねん。本人がどう思ってるんかは分からんけど、俺はナマエちゃんの顔が好きやし、かわええと思ってる。
「俺はネイルはピンクとかベージュ系のオフィスっぽいのが好きやけどな」
「そういうのもかわええけど、色んな色のパターンがある方がやっぱ嬉しいわ」
「嬉しいってなんやねん。つまんでとっとけるわけでもあるまいし」
「その時の気分で自分の好きな色に塗ってるとこ想像したら、なんやグッとくるやん」
「結局惚気か」
 かなわんな、侑士は長い腕を天井に向かって伸ばしてから立ち上がった。その背中を見送ってから、俺はさっき保存したばっかのナマエちゃんの指をなぞって小さな溜息をついた。

 彼氏出来たら教えてね、お父さんには内緒にしとくけん──二十六日の水曜日、ノー残業デイやろって押しかけたナマエちゃんの一人暮らしの部屋。シャワーを浴びるナマエちゃんを待つ間、座椅子に座ってぼんやりしとった俺の目に、机の上に置きざりにされたスマホの液晶に浮かび上がったメッセージが飛び込んできた。
「彼氏出来たら教えてね、て」
 お母さんにも内緒にしとるやないか。地味にショックで家の中で視界を彷徨わせとったら、友達がくれたっちゅー花瓶にさされた赤い薔薇と目が合う。こいつはSNSでも大公開されとったのに、俺のことは一年も付き合って親御さんにも秘密……反復するとショックがデカなってきて、肩を落としたところで脱衣所からドライヤーの音が聞こえてくる。
 あんまり落ちたとこも見せたないからひとまずはシャキッとした風でテレビに目を向けながらも、そのことが頭の中をぐるぐるかけめぐった。
 俺も一年も付き合ったから分かってんねん。ナマエちゃんが、最近彼氏出来たよって軽く親御さんに伝えられん気持ちも。絶対聞かれるもんな。何してる人、いくつ、どこの人って。そんで医大生やってる四つ下の大阪の開業医の息子って答えるのが怖いんやろ。田舎の親御さんが、結婚とか、子供とか、期待してくんのが、あるいは期待しとるのを押し殺して、仲良くしなさいよってあっさり言われてもキツいんかな。
 ナマエちゃん、俺な、昔は好みのタイプを聞かれるたび無邪気な子って答えとった。ナマエちゃんとは真逆のタイプやな。あの頃の俺は、好きあっとってもままならん恋愛があることなんてドラマの中にしか存在せぇへんと思ってたし、歳上の女の子に惹かれる自分なんて想像もしたことがなかった。
 たった五年弱早く産まれただけやのに、ナマエちゃんはめちゃくちゃ大人で、ある時人生に転がり込んできた歳下の恋人に、自分の心の内側を覗かれまいと気張る。
 ポジティブでいられへん。ネガティブやと思われたくない。結婚したい。結婚なんか意識しとると思われたくない。重たいこと言うて俺の荷物になりたくない。ナマエちゃんが隠そうとしとるその心の内側の揺らぎの部分が、俺は何より愛しくて、しゃらくさい。
「出たよ」
 知らず知らずのうちに落ちてた顔を持ち上げて、湯上りのナマエちゃんを見る。俺とそういう風になってから買ったであろう可愛い寝巻きに包まれた体に触れたくて、ウズウズする。
 まじまじと体を見つめた俺の顔が怖かったんか、「お茶のおかわりいれるね」って机からグラスをとったナマエちゃんの髪からは、シャンプーの甘い匂いがした。一度は抑え込んでた性欲のゲージが上がってくのが分かる。人生で一度も他人に悪印象を抱かれたことのなさそうな歳上の恋人に、しゃらくさいところを見せつけられるたび、また拗らせて面倒やなって思わされるたび、その白い体を押し潰して無茶苦茶にしてやりたくなる。
「金曜の夜から地元に帰ろうと思ってて」
 液体で満たされたグラスが机に置かれる音、それに被せるようにして言うたナマエちゃんは、俺の返事も待たずに、「あんまりゆっくりも出来ないけど、月曜までは有給とろうかと」と続ける。
 誕生日日曜なのに一緒に過ごさへんの。俺もついてったらあかん、ナマエちゃんが育ったとこ行ってみたいわ──よっぽど言うたりたかったけど、困らせるだけやって分かってるから、「へーそうなんや」って頷いた。
「誕生日家族と過ごすんや。たまにはそういうのもええやん」
「荷造りにバタつくけどね」
 卑屈やから、誕生日に一緒に過ごせなくてごめんね、とは絶対に言うてくれん。
「気になるわ、ナマエちゃんの生まれ育った場所がどんなとこなんか」
「えっ、なんもないよ。本当につまらんし、かなり田舎だし、謙也君には想像つかんと思う」
 時々出る早口、焦った時の四国のなまり。そうやって線引くくせに、ネガティブ過ぎたって後悔する顔。ナマエちゃんはええ子やから、自分の地元をほんまはめちゃくちゃ愛しとって、やたらめったら卑下したことも悔んどる。
「友達におうたら、俺のこと自慢してな、賢くて男前捕まえたでって」
「普段から自慢してるよ、優しくてカッコいい、わ、」
 たぶん今、私にはもったいない人やって言いかけたのを、堰き止めた。優しいとか、カッコええとか、そういう抽象的なことばっか言わんでも、もっと具体的な話もしてくれたってええのに。
 うちは確かに医者の家系やけど、コネで入れるほど医学部受験は甘ないし、結構必死に勉強して今の学校入ってん。家に金があることを自慢に思ったことはないけど、自分が医者になるために努力しとることは正直めちゃくちゃ誇らしい。
 せやからナマエちゃんにも俺のことを自分のことのように誇ってほしい。私の彼氏、お医者さんになるの。そういうグレードの高い男を捕まえた私ってエエ女やろって、エラそうに構えてみる日が、たまにはあってもええやん。いっつもそんな風に縮こまって、私にはもったいないとかなんとか、自分を卑下しとる内はこっちも腹割って話なんか出来へんねん。
「……エッチが上手いも追加しとって」
「えっ、わ」
 所在なさげに隣で佇んどった体に覆いかぶさって唇を重ねる。瞼を閉じる間もなくて、きょとんと揺れるつぶらな目を見ながら、初めは触れるだけ。一度顔を離してから、「週末会えんならヤリ溜めとかな」頭の悪い大学生みたいなこと言うて、今度はぽてっとした下唇に吸い付く。
 じゅうって、濡れた音。関係が始まってから何度も押し入ったそこに舌をねじ込んで、上顎をなぞったら、いつのまにか閉じられとったナマエちゃんの瞼がひくんて震えた。甘い匂いを孕む長い髪をくしゃくしゃにして、頑張って俺をヨくしようとしてくれてる舌に自分のそれを絡めて、ちっさく漏れ出す喘ぎを吸い上げるように唇を動かす。
 いくら味わっても足りひんのは、この前焦らされたことだけが原因やないと思う。俺はいつでもナマエちゃんのことが大好きで、その気持ちが強いが故に、俺の心を真っ向から受け止めることを怖がるナマエちゃんに腹が立つ。
 顔を離したあともしばらく、ナマエちゃんはぼんやりしとった。ベッドあがって、俺がねだったら、とろとろとマットレスに横たわる。浜に打ち上げられたアザラシにも似た無力さ、頭に血が上って、このまま明るいままシたい欲求に駆られたけど、それを悦ぶ子やないって分かってるから、部屋の明かりを落とす。
「テレビつけたままでええやろ」
「え」
 こんだけ焦らされたんやから、少しくらい見えてもええやん。消音にして、液晶の光に撫でられたその体を見下ろす。まだどっか呆けたような顔、パジャマの上をひっぺがして、剥き出しになった白い肌に顔寄せたら、甘い匂いが鼻先をくすぐった。
「スベスベにしてくれたんや」
 首筋を甘噛みしながら、下っ腹を撫でたら、息を詰めたような声が漏れた。エッチすると思っとった、て訊いたら、ちっさく顎が振れる。そんだけのことで腰の奥が重だるくなった。
 されるがままの頭を押さえつけて、今度は息継ぎもさせんくらいの勢いで舌を絡めたる。頬の内側、上顎、歯の裏を順繰りになぞって、とろけた唾液を呑み下す。俺はナマエちゃんの全部が欲しいのに、ナマエちゃんは俺の人生の片隅でちょっと休憩させてもらってるだけですよみたいな顔をすんのがムカつく。
「触ってや」
 耳に甘噛みしながら、お願いしたら、「わ、すごい」って上ずった声が耳に届いた。この部屋に置き去りにしとるスウェット越しに触れられた俺のソコはガチガチに張り詰めて、窮屈げに布を押し上げとった。
「脱いで」
 言われるがままにボクサーごとスウェットを脱ぎ捨てたら、あの綺麗な手がアレに巻きついてきた。血管の浮き出た裏筋から、カリにかけてを、キスしとる間に溢れとったカウパーを塗り広げるみたいに扱きあげられる。
「っ、」
「気持ちいい?」
 どこか遠くから聞こえてくるような声に、引きずられるようにして腰を揺り動かす。もっと指キツくしてって言うたら、絞られた手の輪を、犯すみたいに体を揺さぶる。その間も、甘いお茶みたいな匂いのする胸の先っぽを舐めたり、触り心地の良い腹を揉みくちゃにしたり、もはやほとんどオナニーなんやけど、ナマエちゃんはちっさく喘ぎながらそれを受け入れてた。
「やば、イきそ……」
 呟いた瞬間に視線がかち合った。微妙に不満そうな目。早いって、文句あんなら言うたらええのに。すべすべの手の輪からどうにか抜け出した俺は、ナマエちゃんの下半身を守っとった寝巻きのズボンとパンツを剥ぎ取る。
 瞬間、テレビの画面がパッと光って、白い体が視界にくっきり浮かび上がった。恥ずかしげに身をよじるのを見下ろすと、頭の中が沸騰する。この体の全てに、自分の痕跡を残したい。噛み跡をいっぱいつけて、俺のやって触れ回りたい。こんなこと口に出したら、「誰もとらないよ」ってこの子は笑うんやろうけど。
「体、うつ伏せになれるか」
 自分が思ってたより随分低い声が出た。俺もだいぶきとるな。正直前戯なんて、する気もおきんかったけど、こっちの言葉に従ってすぐさま背中を見せてくれた恋人に乱暴する気にもなれんで、輪郭の曖昧に浮き出た肩甲骨にキスを落として、すべすべの尻を撫でさする。
「指入れるで」
 人差し指一本で押し入ったそこは、触れてもないのにヌルヌルしとった。
「濡れとるやん」
 あえて小馬鹿にするように言うたったら、内側がきゅっと締まった。大方の女の子と同じように、ナマエちゃんは男にちょっと酷く扱われるのが好きやし、俺は世の男の大多数に倣って、好きな子を強めに虐めるのが好きやった。
 恥ずかしそうに震える体に、その性質を教えこむには、指をぐるんて一周させるだけで充分で、途中で白い肉を甘噛みしたりなんかしたらもっとええ。
 熟れきって濡れたその壁を、押し込むようにして指を折り曲げる。震える肌を押さえつけるようにして、尻を掴んで、乱暴にこねくり回しながら、指をもう一本増やしたら、押し殺したような喘ぎが部屋に響いた。
「奥までぐずぐずや、ちゃんと気持ちよくなれてエラいなぁ」
 何がエラいんかも分からんけど、ナマエちゃんが恥ずかしくてたまらんなるように褒めながら、とろとろの肉を押し拡げる。ぱかんて開いたそこは、俺の指が抽挿するたびに新しい粘液を吐き出した。
 腹側にあるざらざらしたとこ、前にぐりぐり押しこんだら、ヘンな感じがするって高い声をあげたとこを念入りに愛撫して、ナカを充分にほぐす。
「もう挿れてええ?」
「ぁ」
 一番ええとこを狙って指を折り曲げながら訊く。うつ伏せのままの顔がこくんこくんて振れたのを確認してから、緩みきったそこを抜け出した。
 ナマエちゃんが風呂に入っとる間に枕の下に忍ばせといたコンドームの封を切って、ガチガチになったそれに被せる。いつか何の隔たりもなしにこのナカに入れる日がくるんやろか。アホらしいことを考えながら、粘つく入り口に先っぽを引っ掛ける。
「いる?」
 限界なのは自分の方やのに、この期に及んで意地悪く訊いたら、少しだけお尻が持ち上がった。
「……まあ許したるわ」
 くぽん、て肉の先っぽがナカに押し込まれていく。そう長いことほぐしたわけでもないのに、引っ掛かりはほとんどなくて、簡単に奥まで到達出来た。
「はいったで」
 気持ちええわ、長い髪をすくって落としながら言うたら、「いちいち口に出さなくても」って不満げな声。
「ほんまにええんやからしゃあないやん」
「っ、ふ」
 パンって、肌と肌のぶつかる音。柄にもなく生意気な言葉を吐き出す唇に指をひっかけて、激しく腰を打ちつけたら、くぐもったような喘ぎが漏れ出た。とろんとした唾液が唇の端から漏れて、指を汚すのを楽しみながら、のっかかった体の内側を犯す。
 ナマエちゃんの体は、どこをとっても白くて、滑らかで、甘い匂いがする。前にこの匂いなんなんて訊いたら、ボディ用のスクラブだよ謙也くんにもしてあげるねって、自分の体までスルンスルンにされた。あの日のセックスはすごかった。お互いの体から同じ匂いがするから、境目がどこにあるんやら分からんなって、ミチっとした肉に竿を埋めただけで軽くイきそうになった。
「何考えてる?」
「ナマエちゃんと前シたどエロいエッチのこと」
「今シてるのに」
 照れとるのを隠すみたいな固い声。それを突き崩すみたいに、大きく抽挿したら、ぐぷっぐぷって行き止まりに先っぽがぶち当たった。ナマエちゃんは正面からするのが好きみたいやけど、俺は自分のをぎゅうぎゅう押し込めるこの体位が案外嫌いやない。
「お尻自分でひらけるか」
 絞り取るみたいに蠕動する肉を犯しながら訊いたら、今日も綺麗な色をした指が尻肉にくいこんだ。ぱかんてひらかれる赤く熟れたとこに、ますます深くねじ込むと、「ひゃ」て悲鳴みたいな喘ぎ。その声にすら興奮して、ねとっと絡みついてくるやらしいとこに張り詰めたそれをガンガン叩きつける。
「っ、は、ナカめっちゃ動いとる。きもちええ」
 押し込んで、抜く、押し潰して、抜く、それを繰り返しとるだけやのに、ナマエちゃんの内側はすごいことになっとった。ぐちゅん、ぐぷんて、肌のぶつかる音に連動するみたいに響くやらしい水音、それが恥ずかしいんか、顔をシーツに押し付けて喘ぎを堪える姿にますます興奮する。
 どうしてやろう。いつだって、誰より優しくしたいって思ってんのに、今だってそれはおんなじやのに、ベッドに突っ伏して震える背中を見下ろすと全部を壊してやりたくなる。何の相談もなしに誕生日を地元で過ごすと決めとったナマエちゃん。俺に触れられると未だに緊張して縮こまるナマエちゃん。家族に、恋人の存在を打ち明けられへんナマエちゃん。ほんまに面倒やわ。
 せやから乱暴なくらいやないと心をほどいてくれんような気がして、俺は白い体を無茶苦茶に犯す。ぎゅうぎゅう押し込んだ肉を抜き取るたび、いかないでってまとわりついてくる壁を、張り出したカリでえぐるたび、ヨすぎて腰がとけそうになる。
 はんなり肉ののった背中に、のしかかって、体ごと押し潰すみたいにして奥を穿つ。む、む、てちっさく漏れるくぐもった喘ぎが可愛くて、死ぬほど好きやでって言うたりたくなる。それやのに、粘膜と粘膜をつなぎ合わせて、お互いの境界を曖昧にする行為を重ねれば重なるほどにこの白い体が遠ざかってく気がした。
 俺の内側に潜むぐるぐるしたものの全てをこの子に見せてやれたらええのに。いくら俺が好きやでかわええでって口に出したって、しゃあない。自分の評価は自分の内側にしかないような子やから、俺とは釣り合わへんって最初に決めてしもたら、なかなかそれを塗り替えることは難しい。今日好きって言うても、明日はもう好きじゃなくなってるかもしれないとかなんとか、考えてそうな気がする。
 ぐぷんぐぷんて音を立てる肉を犯しながら、きめの細いうなじの肉に歯を立てた。
「っ、」
 痛みによってか、ナカがぎゅうって狭くなる。もっと俺の存在を感じてほしい。
 あのな、頼むから毎日でもきいてや。私のこと好き、私って可愛い、ずっと一緒にいてくれるって──そしたら何度でも、とんでもなく好きやって、誰よりかわええって、死ぬまで離さへんって答えたるから。
 喉元まで迫り上がった言葉を飲み下して、俺はナマエちゃんの耳元に唇を寄せた。
「好きでもないことに時間が割けるほど、医大生は暇やないんやで」
 一瞬の沈黙。寒かったか、ってはずなったけど、何秒か待ったら小さな笑い声が耳に届いた。
「公務員だってそうだよ」
 あの俺が何より好きな優しい声でそう言ったナマエちゃんの体を強い力で抱く。胸がいっぱいになって、ついでにあそこも限界で、ぐずぐずに崩れた肉の壁を抉るように強く腰を打ちつけたら、「アアッ」って高い声。激しい痙攣を伴った締め付けに、俺は白いものを吐き出した。




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