ちりつく(R18)

 私、面白い人間になりたいと思ってるので。
 出会いたての頃にナマエちゃんが言うのを聞いたことがある。充分おもろくて、楽しい子やのに、まだ上に行きたいやなんて、結構ストイックやろ。せやから俺は「一緒におるとめっちゃ笑えるし、楽しいけどなぁ」って。
 あの時期にはもう、俺は充分過ぎるほどナマエちゃんに惹かれとって、飲み友達より先に進みたいっちゅう打算もあったから、言葉はすんなりと出た。ナマエちゃんの反応は悪くなかったと思う。飲みかけの酒のグラスをきゅって握りしめて「ええっ、嬉しい」って、胸のあたりまで長さのある髪を揺らして照れ臭そうに俯いた。普段のサバサバした雰囲気とのギャップが胸にきた。めっちゃ可愛いって撃ち抜かれて、それがあかんかったんかな。あれから半年近くも経つのに、俺は未だに同じ場所で足踏みを続けとる。浪速のスピードスターが情けない話や。
「あと一杯飲んだら帰ろっか」
 店がどれだけうるさくても、ナマエちゃんの声を聞き逃すことはない。夜の十時も過ぎた際どい時間なら尚更や。美味い食事、適度に心をほぐすアルコール、テンポのええ言葉の応酬。その他色んな要素が上手い具合に絡んでも、俺らはいつもお行儀のええ時間に解散する。
 初めのうちはこっちから気を遣って「そろそろお開きにしよか」って声をかけてたけど、最近ではそれも逆転しとった。終電の前髪も見えん内から「今日はそろそろ」「忍足君明日も早いでしょ」「私は夜更かしだけど」……医者の不養生を心配してくれとるのは分かるけど、まあ複雑やろ。
「忍足君?」
 肩を叩かれた。聞こえてた? とこちらを見つめる目がきょときょとして、アイホールがきらきら光る。やっぱり可愛い、好きや。
「おー聞こえとったで」あと一杯で引き伸ばせるのは二十分が限界やけど、そんなもんじゃ到底足らん。「……今日はもうちょっと一緒におりたいなぁ」
 緊張のあまり声が上擦った。女の子に慣れてへんわけでもないのに、やっぱりあかんな。いくつになっても好きな相手には余裕を奪われる。
「えー……」
 歯切れの悪い声を伸ばして、ナマエちゃんは黙り込んだ。髪の隙間から覗いた耳が赤い。こっちを見つめる目は、俺を視界から追い出す寸前のところに保たれて、ぐらぐら揺らいどる。お互いの緊張が伝播し合って、狭い個室の空気はぴりついとった。照れてんのとか、まだ飲めるやろとか、軽い調子で言える空気やない。
「……そしたらもう二杯だけ付き合って」
 降参宣言をした俺がドリンクメニューを差し出すと、ナマエちゃんは狐につままれたような顔をしてから肩を震わせた。ひとしきり笑って、途中で可愛いって言葉も漏らしてから、「分かった」
 空のグラスの側面を、俺のそれにコツンてぶつけて、情けない男を許してくれた。

 前々から二人で行ってみたいなって話しとった店をせっかく予約しとったのに、病院を出るのが遅くなったせいで、ナマエちゃんを一時間も一人で飲ませてしもた。
「堪忍な」と何度も謝る俺に「いいからいいから」と笑顔を向けてくれるナマエちゃんは、そこまでに二、三杯引っかけとったらしくて、ええ感じにふやけとった。
「そんなに謝るなら」出勤にも使っとる鞄から四角くて赤い眼鏡ケースを取り出して、俺に差し向けてくる。「かけてみて」
「横幅合わんと思うんやけど」
「顔小さいから大丈夫!」
 遅刻した身分で、何度も抵抗するのもカッコ悪いし、観念して受け取った。普段ナマエちゃんが使っとるものやと思うと、つるを握る指に力がこもる。視線を落としてフレームの形をまじまじ見つめる。めっちゃ丸眼鏡や。
「ほんまにかけるで」
 ナマエちゃんが頷くのを確認してからかけた。職場で使うために作られたそれは伊達眼鏡やから、視界に変化はない。ただ、顔を上げたときにかち合ったナマエちゃんの目、唇の形だけが揺らぐ。「すごく……いい」
「眼鏡、良いんですよ本当に」と、何故か改まって丁寧語になりながらスマホを取り出した。撮っていい、と訊かれて「おー……」と頷く。似合っとるかどうかも分からんから上手く笑えんかったけど、ナマエちゃんは満足そうやった。ナマエちゃんのスマホのフォルダには、こうやって定期的に俺の写真が増えていく。撮りがいがある、と言われたら悪い気はせん。
 それから新しい料理と酒を頼んで、お互いの近況を語り合った。
 そしたらもう二杯の日は、ひと月も前や。一人暮らしの部屋に辿り着くなり「何がもう二杯や……」ってへなへな腰を抜かしたあの日以降、次こそは決めなあかんと俺は何度も自分の背中を叩いとった。
 ナマエちゃんは妹と遠征した東京での話を俺に聞かせてくれた。三人姉妹の一番上のナマエちゃんは、しっかりしとるのは勿論のこと話好きや。妹達と交わしたやりとりについて教えてくれる声は柔らかく弾んどって、長女として二人の妹を愛しんどるのが伝わってくる。自分で決めて目指したはずの仕事に揉まれて疲弊する俺は、その声を聞くだけで癒された。
 医者は患者と一緒になって痛がったらあかん、と繰り返し研修医に教えるベテランドクターがおる。自分で言うのもアレやけど、どちらかと言えば情に熱い性分の俺は、初めのうち内心でそれに反発しとった。病気も怪我も誰の身に降りかかってもおかしくないことや。患者の立場になれん医者が、いい医療を施すことが出来るとは思えへんやろ。俺は人に寄り添える医療者になりたかった。
 せやけど、一日に、一週間に、ひと月の間に数えきれん程の数の患者を受け入れる場所で毎日白衣に包まれるようになって二年近くも経った今は、あれが格言めいたものやったと分かる。痛みを理解することと、一緒になって痛がることには天と地ほどの差があるし、あんまり思い入れが強いと自分で自分を診とるような気がして冷静な判断がくだせへん。子供の頃に弟が公園でブランコから落ちて頭を切ったときに、親父はそれを診るのを、自分の息子に処置するのを嫌がった。あの時は冷たいなぁと思ったけど、今はあの日の親父の気持ちが理解出来る。医者っちゅう仕事は時に寂しい。せやから職場の外では、気を許せる相手と楽しい時間を過ごしたい。
「俺な、好きな相手とは色んなこと共有したくなんねん」
 徳利で注文した日本酒をお互いに注ぎ合ってアルコールを含んだ。空きっ腹に急に食べ物をいれたせいで、いつもよりも強く酔いが回って舌が軽くなった。
「自分が楽しいと思ったことで相手にも楽しんでほしいし、美味いと思ったもんは一緒に食いたい」
 独りよがりやな、と呟いたら「普通だと思うけど」とあっさりした声で言われた。
「私も一緒に楽しいことしたいし」
 そこでお猪口の中身を空にする。白いニットから伸びた喉がこくんて揺らぐ。そこまできてようやく、俺はこの話が好きな相手≠フ話題の延長線上にあったことを思い出した。店の壁にかけられた時計に目を向ける。合流したのが遅かったせいか、お開きの合図はいつもよりも遅い。
「あ」
 空のお猪口を机の上に置いたナマエちゃんが俺の視線のありかに気づいた。もうこんな時間、と呟いて、いつものあれを吐き出す。
「もう一杯だけ飲んだら帰ろっか」
 前回のデートの情けない顛末をあれだけ悔やんだのに、結局この台詞に対するベストな返しを見つけられんまま今日という日を迎えてしもた。
「じゃあもう三杯……」
 結局は情けない俺を、今日のナマエちゃんは笑わへん。優しい目をして頷いて、いいよって形に唇が動く。
「もうあかんわ」メニュー表に向かって伸びた手に自分のそれを重ねた。「朝まで一緒におりたい」
 重ねた手の甲が震えるのが分かった。店の半端な照明の光を受けて長く伸びた睫毛が、目の下に影を作る。体温を移すように力を込めた。
「このまま店出よ」
 ええやろって頭を傾ける俺の顔を、ナマエちゃんは視界から遠ざけた。ぐって机におでこを近づけるみたいに俯いて、髪が垂れ下がったせいで表情は見えへん。それでも返事はしっかり聞こえた。

「こんな展開になるとは……」
 ホテルの脱衣所で、ナマエちゃんはを押さえた。白いニットも、黒いスカートも未だ身につけたまま、俺だけが半裸の状態で、即物的な自分に呆れとった。
「自分でもいきなりこれはないなって思うわ」
 ケモノやなって他人事みたいに呟いたら笑われた。
「うちきて二人で朝まで喋ってもよかったのに」
「めっちゃ情けないんやけど、家までついてったところで我慢する自信もないし、部屋で二人きりになってからゴム買いに走って出る自分想像したら、最初からホテルの方がええかなって……」
 二十代半ばのご無沙汰男の理性に期待する気にはなれんかった。効率的だね、と恥ずかしそうに頷いたナマエちゃんのニットの裾に指をかける。
「脱がしてもええ?」
「い、いいよ」
 返事が耳に届くよりも早く剥き始めとった。さっと腕を抜いて、ニットが伸びんように気遣いながら襟首を引っ張った。十秒とかからずに白いニットは俺の腕の中に収まった。
「ええっ、手際いい」背中に汗が滲んだ。
「まあ医者やし」
 気持ち早口で返す。過去のあれこれを詮索してくるでもなく、ナマエちゃんはされるがままになっとった。産まれたままの姿になると、湯気のこもった浴室に収まった。俺もすぐにそれに続く。
 お互い無言のまま頭と体を洗って、浴槽に入る。俺の足の間に体を縮こめて入ったナマエちゃんの肌は柔らかい。膝を抱えるような体勢で丸まる背中を後ろから抱きしめる。いきなりホテル、二人で風呂、何もかもが性急なのにナマエちゃんは文句を言わんかった。
「……めっちゃ今更やけど、やられて嫌なことあったら、」
「なんでも大丈夫」
 食い気味やった。肩に回した手に力を込めたら、「法から逸脱しないならなんでも」
 その声のあんまり澱みのないのに笑いそうになった。
「そんなに積極的なタイプやっけ」
「いや、だって、っ!」
 笑いながらうなじに顔を埋めた。襟足から溢れる水滴に舌を這わせて、じゅうって吸い上げる。突然のことにびくびく震える体を腕の中で抑え込んだ。無意識の内に逃げを打とうとする腰に半勃ちのを擦り付ける。
「えっ、えっ……いきなり」
「法の範囲やろ」
 それはそうだけど、って頭が振れた。鼻先に当たる髪からは俺のと同じ匂いがする。うなじに張り付いとった舌を肩口まで落とす。歯を立てたくなるのはぎりぎり堪えて、お湯の中で泳ぐ胸に指を埋める。
「あっ、っ、待って、恥ずかしい」
 潤んだ声をあげたナマエちゃんが、俺の手を振り払うように振り向いた。人工的な明かりの下に浮かび上がった目の縁が赤い。視線は逸らさずに見つめ合ったまま、胸の先を転がす。
「は、ぁ……」
「恥ずかしがっとる声、好きやわ」
 もっと聞かせてや、と促して先をつねった。足の間のものは、言い訳のしようのない程に膨らんどった。それをぐじぐじ刺激しながら、狭い空間で反響するナマエちゃんの声を聞いた。先端から溢れた先走りが、細い腰に擦り付けるたびに流されていく。
「あっ、ぁ……忍足君」
 濡れた声で名前を呼ばれたら、ますます増長した。体を抱く腕に力がこもる。耳朶に吸いついたら、それに応えるように後ろ頭が肩に押し付けられた。甘えるような仕草に、腹の奥が引き攣る。勢いに任せて首筋に歯を立てようとしたところで、掠れた声に押し止められた。
「の、のぼせるかも」

 髪を乾かしながら茹だった心と体を冷ました。ナマエちゃんは、浴室で唐突にスイッチを入れたアホな男との距離を掴みあぐねとるらしい。長い髪にドライヤーをあてながら、ベッドの上に転がる俺にチラチラ視線を向けてくる。一度萎えると少し気まずい。
「あー……なんか飲む? 冷蔵庫、結構色々入っとって、最後に精算出来るし」
 静岡の子やから緑茶とか好きやろ、と言ってしまってから、ボトルのお茶はあんまり飲まへんっていつか教えてくれたことを思い出した。家でも湯上りは茶葉から淹れるって、それを聞いたときはいつか二人で飲めたらなって思ってたのに、今日の俺は色々ボケとる。
 結局ミネラルウォーターを手渡して、二人で順繰りに飲んだ。水を含んだ喉がこくんて上下するのを見ながら、まだキスもしてへん内から体を弄り回してしまったことに気がついた。ボトルの蓋を閉じてから、シーツの上を泳ぐ手を握り込む。
「電気消そか」
「……お願いします」
 ベッドサイドのつまみを調節して灯りを落とす。ボクサーをずり下ろしてから、ローブに包まれた体に覆いかぶさった。前をはだけて、胸を擦り合わせる。お互いの表情が見えへんのをええことに、気持ちを伝えた。「めっちゃ好きや」
「めっちゃ?」
 ここまでの流れへの仕返しやろか。ナマエちゃんは少し笑いながら訊き返してくる。俺は、柔らかい胸に顔を埋めて「ここの大きさと同じくらい」とアホなことを言った。
「ありがと」下敷きにした体が震えた。「もっと上目指すね」
「アホって殴ってもええのに」
「面白かったから」
 ナマエちゃんの体はまだ震えとった。目尻を細めて、俺のくだらん言葉に、本当に楽しそうに笑ってくれる。それからまだわずかに濡れた後ろ頭を手を伸ばして、「乾かしたときからこうなんだ」
「跳ねとるやろ」
「ひよこみたいで可愛い」
 和やかなやりとりの間も、肌に這わせた指は止まらんかった。肋骨を辿って、脇腹をくすぐる。笑いながら身を捩るナマエちゃんの体を、押さえつけて組み敷いた。胸元から首筋舌を這わせて、鎖骨に吸い付く。跡の残らん程度の強さで、それでもこみ上げた気持ちの分だけ強く吸った。
 薄暗い部屋の中でも、呼気の熱さで表情まで読めてしまいそうやった。俺の下でを紅潮させて眉を顰めるその顔を、いつもの爽やかで楽しい姿とは違うやらしい絵を思い浮かべると、足の間に鈍い痛みが走った。
「……やばい、めっちゃ勃ってきたわ」
「当たってるからなんとなく分かる……」
「下も触ってええ?」
「シたらダメなことなんかないよ」
 可愛い声に誘われて、体を起こした。柔らかい腿に手をかけて、そこを割り開く。足の間に体を入れて、裂け目の付近を撫でた。中心に至るまでもなく、そこは熱を持っとって、胸の芯がぞくぞくする。人差し指で肉を割ると、ぬかるんだ場所が滑った。
「濡れとるな」
「言わなくていい!」
 浮かれて口が軽くなった。蕩けた場所にゆっくり押し込んでいく。入り口を拡げるように抜き差しすると、掠れた喘ぎが聞こえた。指を締め上げるそこはぐずぐず潤んどって、狭苦しいのに柔らかかった。中を探るように指を回すと、ナマエちゃんの足がシーツを引っ掻く音がした。指を動かしながら、割れ目の入り口についた突起に親指を押し付けた。中の肉がうねる。
「あっ、ぁ」
「痛い?」
「痛くはないけど、っ、ぴりぴりする」
 戸惑ったような声を耳に受けながら、親指をスライドさせる。中に差し込んだ指を増やして、抽挿を続けた。
「狭いな。けど奥の方はめっちゃどろどろしとる」
「実況はしなくていいよ!」
「ナマエちゃんもエロい気分になっとる?」
 触覚で感じられることをわざわざ口に出して訊いて、相手の反応を見ながら指を曲げる。ぐちん、と生々しい音と一緒に、濡れて柔らかくなった肉が流れる。突起を弄りながら、中に収めた指で前壁を押し込むとナマエちゃんは気の毒なくらいに乱れた。
「あ……忍足君、っ、ぅ……」
「中ぎゅうぎゅうやで、気持ちええ?」
「ゆび、関節太くて、長くて……すごい」
「声エロ……」
 すぐにでも自分のをねじ込みたくなるのを堪えて指を増やした。三本の指を根元まで押し込むと、それを包むナマエちゃんの肉はもうぱつぱつやった。少しずつ動かしながら、「中ヤバそうやけど、俺の入りそう?」
「っ、わかんな、ぁ……でも」
 腰が揺れた拍子に中の指がずるんて滑った。空いた手で押さえつけた下っ腹がびくびく震える。
「でも?」
「入ってきてみてほしい、っ」
 震える声が腰の奥に電気を誘発した。大事にせなあかんって分かっとるのに、中をかき回す動きが乱雑になる。深くまで押し込んだら、細い腰が俺の指を迎えにくるみたいに浮いた。ぬかるみ切った肉に指先を埋没させる。
「アッ、っ、忍足くん」
「っ……あかん、もう我慢できへん」
 手近にあった枕を引き寄せて顔に押し当てるナマエちゃんの姿を見下ろしながら、指を引き抜いた。ちゃっかり体の付近に引き寄せとったゴムのパウチを切って、性急に被せる。興奮のあまり指が震えて、根元まで下ろすのに少しだけ手間取った。ナマエちゃんの細やかな息遣いに、頭の芯がぐらつく。裏筋に太く浮き出た血管がびくびく震えとった。
「いけた」
 ようやく安全な状態になって、先端を入り口に押しつける。ぬめる場所で上下にスライドさせながら「ここ?」って訊いたら小さく頷く気配。衣擦れの音、微かな喘ぎ、早くって誘われとる気がした。腰を進める。
「ぁっ、あぁ……」
 入り口付近の肉はぐずぐずに濡れて、抵抗もなく俺を誘う。出会ってから今日に至るまでのカッコ悪い停滞とか、性急過ぎたホテルへの誘い、セックスをするために作られた部屋を覆う欲望、全部を許された気になって、ひと息に押し入った。
「っ、は……」
 情けなく喘ぎながら奥の壁に亀頭を飲み込ませる。
「ああっ……」
 ナマエちゃんは苦しげな声をあげた。震える腹に手のひらを埋めたら、中がぎゅうって絞られた。たまらず引き抜いて、またねじ込む。酷い音がした。頭に血が上る。夢中で抜き差ししながら、肉を打ち付けるたびに、開かれた足が跳ね上がった。それを押さえつけて、柔らかい体に溺れる。
「ゃっ、ぁ……ああ」
 忍足くん、て名前を呼ばれた。
「優しくしたいのに、めっちゃ気持ちええ、っ」
「っ、私も、はぁ、あっ」
 叩きつけるように腰を動かして、行き止まりでぐずぐず揺さぶる。俺の先っぽを押し当てられたその場所は、底なし沼みたいに緩んで吸い付いてきた。
「おく、っ、ぁ、あ」
 肉の壁が狭まって、押し戻されそうになるのに抵抗しながら更に深くを潰す。その頃には俺は半分ナマエちゃんにしがみつくような格好になっとった。お互いの胸を擦り合わせながら必死な顔をしてパンパン腰を振る姿は、俯瞰で見たらめっちゃカッコ悪かったと思う。
「くっ、は、あ、あっ……」
「ああっ、ぅ、はぁ」
 荒い呼気をかき混ぜながら、何度も打ち付ける。引き抜いて、押し付けるたびに、お互いの下生えが擦れあって、その感触にも煽られる。ナマエちゃんは時々掠れた声をあげながら、俺の首に縋りついた。手首のか細さが、耳を撫でる息の熱さが愛しくて、涙が出そうになった。好きや、好きやって口では慈しむように何度も重ねながら、下半身ではナマエちゃんを蹂躙しとる。痛い矛盾を、少しでも埋めるために、唇を重ねた。
 触れるだけで済ませようと思ったのに、繋がった場所が熱くて、気がつけば舌を差し入れとった。粘膜同士が絡む音に脳が焼ける。鼻から抜ける吐息は、酒を酌み交わす最中に笑い合って、息をついた瞬間のそれに少し似とった。普段の穏やかでオモロいナマエちゃんの像が頭によぎって、生々しい抜き差しに紛れる。舌先で上顎を辿ったら、中の肉が裏返りそうな程ひくついた。唇の端からどちらのもんとも知れん唾液がこぼれる。
「っ、ぁ、忍足くん、すごい」
 中が、ナカが、と繰り返すたび、狭まる内側を鋭い抜き差しで抉った。ストロークがだんだん速くなって、お互いの体を包む水の音も激しさを増した。埋まるたびに形を変える肉は狭くて抵抗が強いのに、引き抜く時は引き留めるみたいに絡みついてくる。数えきれんくらいに繰り返したら、ナマエちゃんの体が震えた。
「も、っダメ、忍足くん、ダメかも、あっ、あ」
「……シたらダメなことなんかないんやろ」
 低い声を上げて、耳朶に吸い付いた。あえて音を立てるように唾液を絡ませたら「や、やだ」と跳ねる声、気持ちが通じ合うまでは優しくしたい、大事にしたいって必要以上にヘタれるくせに、こうして境目もなく繋がってしもたら、結局俺は好きな子から全部奪いたくなる。
「ナカ、ヤバい……きつすぎて潰されそうや」
「っ、言わないで、あっ、ぁ」
 粘つく音を響かせて、奥に嵌めたまま小刻みにピストンする。
「も、もうダ、メ、はぁ……あ」
 左右に振れる頭を抱え込んで、音を立てながら繰り返し打ち付けた。無意識やと思う。一際深くねじ込んだとき、ナマエちゃんの腰が浮いた。ぎゅちぎゅち押し付けられた肉が、小刻みに痙攣する。その波は次第に大きくなって、俺のあれを絞りあげた。
「アッ、ァアっ、あ……!」
 びくびくと跳ねる体を、押さえつけて逃げまどう肉をかき分ける。ダメって掠れる声を、イヤって身動ぐ体の震えを無視して奥までねじ込み続ける。そのたびに喉を鳴らしながらナマエちゃんはイッた。中が収縮して俺の形を確かめるように纏わり付く。熱い肉はうねるたびに膨れ切った亀頭をしゃぶって、根元をぎゅうぎゅう締め上げた。吐精感を堪えながら、それでも止められんかった。勝手に盛り上がり続けて、不意に動きを止める。ごうつくばりの欲望が弾けて引き抜いたとき、ゴムの輪は半端な位置までずり落ちとった。

 熱に浮かされて繋がって、全部を吐き出したあとに、ベッドの上で息を切らす相手にかける言葉。相手によって形を変えるそれの正解を毎回叩き出せる男は、そう多くはないと思う。殆どの男はその瞬間力が抜けて無防備で、熱が離れた寂しさに呆然としとる。賢者モードとか呼ばれるやつや。あれには抗い難い。それでも初めて繋がった日には芯をくったようなことを言ってみたくなる。
「めっちゃ、」
 明かりをつけた瞬間に目の前に晒されたナマエちゃんの裸体に目を奪われて、そこまで言って止まってしもた。ティッシュを数枚引き抜いて、入り口を拭う。恥ずかしいって震える脇腹にキスを落とした。
「……めっちゃ気持ちよかったわ」ティッシュがかさかさ音を立てる。「気の利いたこと言えんで堪忍な」
 ナマエちゃんの体を綺麗にしたところで、足の間に避妊具が残されとるのに気づいて引き抜いた。萎えたものに半端に垂れ下がっとったそれの中では、命を散らしつつある精子達が泳いどる。同情したってしゃあないから、さっさと紙で包んで、ゴミ箱に放った。ベッドの端に落ちたボクサーを拾う。足を通そうとしたところで、ナマエちゃんが頭を起こした。体が近づく。
「元々金髪だったんだよね」
 今? と思いながら頷いた。眉のあたりで跳ねる髪を弄る。
「これはもう地毛やけど、学生時代は色抜いとる方が普通やったから、実習のたびにわざわざ黒染めしてたわ」
 中学生のときにはもう抜いてたから、今でも鏡を見て違和感を覚えることがある。見てみたかったな、と溢れた声に学生時代の終わりの未練がましい気持ちが吹きこぼれた。
「最後に黒染めするときに、こっちは逆に金にしたろかなとも考えてた」
 萎えたものの根元に寝そべる下生えを指の腹でかき混ぜながら呟くと、隣のナマエちゃんが喉を鳴らした。
「確かに黒々してる……」
「あんま見られると恥ずいわ」
 自分で見せつけといて、揶揄うように言った。ナマエちゃんの言うように黒々したそこを、笑いながら隠す。
「今からでもブリーチしたろかな」
 照れ隠しにアホを重ねたら、ナマエちゃんが吹き出した。指の間から見え隠れする跳ねた毛を優しい目で見下ろす。
「それ以上ちりちりにしてどうすんの」



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