銀のエンゼル

 謙也がいなければ私が侑士に出会うことはなかったわけだけど、謙也がいなければ私も侑士の深いところに食い込むことが出来たのではないかという夢想をすることはある。侑士のアレは、現状物理的に充分私の深いところまで食い込んでいるが、謙也は感知することの出来た私の魅力は、侑士には少しも刺さっていないようだった。私たちの間にあるのはセックスと、慰めと、少しの情、それから虚しすぎるあてつけばかりだ。
 謙也がいなければなんて考えて人格を損ねるよりも、謙也に侑士を紹介されなかった分岐の先を想像する方がきっと建設的だとは思う。大学に入学したばかりの頃、明るくて人好きのする声も形もいい謙也に、私は真っ当に惹かれていたのだから。あの夏の晩、彼が侑士と暮らす部屋に踏み込まなければ、一日の大半を好きな男のことばかり考えて過ごすような女にはならずに済んだはずだ。適当なタイミングで謙也に告白されて、一度目、あるいは二度目のデートでセックスを済ませ、どちらかが冷めるまではそれを繰り返すことがきっと出来た。
 コンビニで買ってもらったチョコボールはいちご味で、中に米パフが入っているのが楽しかった。くちばしにプリントされた銀のエンゼルに密かに興奮する私に「うち、俺だけやなくていとこもおるから」と謙也は言った。いとこって男、と訊くと頷く。
「部屋に連れ込んでマワすつもりだ?」と笑うと、アホ、と頭を小突かれた。自分から仕掛けた品のないやりとりでへらへら笑う私は、辛い恋を知る前だった。隔たりのある、本物の恋。
 謙也に案内されたマンションの玄関に不機嫌そうに立っていた侑士が光って見えたのは、酒のせいではなかったはずだ。侑士は恐ろしく良かった。形も声も、佇まいも、全てが私のどんぴしゃだった。
「三人で呑もや」
 謙也が掲げたコンビニの袋を、侑士はじっと見つめていた。
「もう寝るとこやったんやけど」と、あの低すぎるセクシーな声で呟きながらも、謙也の好きな人である私にはスリッパを出してくれた。名前を聞いたら「侑士」って。世界で一番いい名前だと思った。
 リビングのソファで謙也が眠りこけてしまってから、侑士の部屋に着いて行ったのは自然なことだった。侑士の部屋はリビングと続き間になっている。彼は初め、自分のベッドを私に貸してくれると言った。明日早いし、俺は謙也の部屋で寝るわ。
 シャワーは家で浴びてきていたから、私は躊躇いもなく侑士のベッドに体を横たえた。疲れていたし、侑士の匂いに包まれてみたかった。侑士はしばらく私を見つめていた。その目が、私の首筋から唇に移り、謙也がソファからクッションを落とす音が耳に届いたとき、侑士は部屋の戸を閉めた。音もなく隣に滑り込んでくる。セックスをするのは簡単だった。ショーツを剥いで、足を広げる。謙也を起こしてはいけない、という背徳感だけで前戯は充分だった。私は静かに乱れ、侑士も充分に良さそうだった。
 二回目か、三回目にシたあとに、付き合ってほしいと言ってもらえた。だけど四回目か五回目にシたあとに、私は侑士が幼い頃から育んできた心に気づいた。謙也が、侑士が私と寝ていることに気づいたのも同じ時期だ。
「さしずめ俺は恋のキューピッドって奴やな」と笑う謙也は、金のエンゼルみたいだった。五つ集めるまでもなく、価値がある。それでも、アホやろ、と謙也をまばゆげに見つめる侑士が私は好きだ。好きだ、好きだ、大好き。



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