菜の花の死(R18)


 大学の南側に位置する駅は、いっそ清々しいほどに質朴だった。県の中心部にある駅から電車に揺られること三十分強、医学部のキャンパスと附属病院の他に目立つものは何もないその街の人間は今日もよそよそしい気配をまとって侑士の前を通り過ぎていく。
 余所者を避ける人間が多いのだと思う。そのことを不満に思うこともない。むしろ気が楽だ。この地に留まっている限りは愛想も社交性も必要ない。前日の疲労がたたり平時よりもなお鋭くなった瞳を伊達眼鏡で隠す無駄な誤魔化しも。
 昨晩は随分と遅くまで起きていた。連休を控えた晩、羽を伸ばしたくなったところで田舎では中心部に出て酒を飲むことしか出来ない。騒がしい空気を厭うて河岸を変えながら最後に辿り着いた店に一人の男がいた。髪を黄みの強い茶髪に染めた若い男だ。どことなく従兄弟に似ていた。それも良くなかったと思う。
 その男とホテルの浴室やソファ、ベッドの上で取っ組み合っている内に殆ど朝になっていた。行きずりの相手とあんな風になることは滅多にない。目が覚めると男は概ね全ての記憶をなくしていて、素っ気ない態度で部屋を出ていったがそんなこともどうでもよかった。
 甘い声に誘われ、深くまで歯を立てることを許した小指が、一人暮らしの部屋の最寄りまで戻ってきた今頃になって痛む。踏み切りに至る直前でそれを撫でるために視線を落としたとき、そこに手向けられた花に気づいた。粗雑に千切られて群れを成した菜の花だ。傍らには石が積まれている。
 ぬるい風が吹き、その内の一本が飛ばされる。道路の上を転がる花を侑士は掴んだ。今度は飛ばされてしまわないように、髪を結えるために持ち歩いているゴムで束ねて道の脇に差し込む。
 立ち上がった瞬間、踏み切りの警報音があたりに響いた。遮断かんから身を離して電車が通り過ぎるのを待っていると、誰かに肩を叩かれた。
 ふっーー首筋にそっと息を吹きかけられる。ひび割れた声が鼓膜を震わせた気がするが聞き取れず、振り返ると女が立っていた。
 ごめんなさい。よく似てる知り合いがいて。
 若い女だった。まず間違いなく十代であろう彼女の身を包んでいる布地は、一応女子高生の制服の体を成していたが、若々しさとは無縁の質素な代物だった。白で統一されたブラウス、襟ぐりは申し訳程度にセーラー風になっており、グレーともベージュともつかないスカートに野暮ったいチェックの柄が走っている。
「後ろ姿が?」
 ええ、と頷く。「振り向いたらまったく違った」
「だけど驚いたな。この田舎にこんな素敵な人がいたなんて」
 ひと息に吐き出された言葉は滑舌が良いあまりに台詞じみて聞こえる。
「別にたまにはおるやろ」
 反射的に思い浮かべたのは昨夜の男の姿だったが、それは殆ど従兄弟のかたちとダブっていた。彼の言葉を否定するでも肯定するでもなく女は黒いゴムで束ねられた菜の花に視線を落とす。
 見かけだけじゃないのよ。
 なんとなしに薄気味悪かった。無視して去ってもよかったが、なまじ自分より歳若く見える女が相手なのでそういうわけにも行かず、女の歩調に合わせてゆったりと歩く。
「自分、このへんの子」
「違うけど、今はそう」
 どうにも会話が噛み合わない。歩行者用の信号が青になったのを確認して歩みを進めると、白い指が腕にかかる。「待って」
 つんのめった体の前を、ミニバンが通り過ぎた。風を切る音だけが耳に残る。
 このあたりの人間は運転が荒いのだと笑顔を見せた女は結局家にまで着いてきた。当然迷惑だったが、昼が来ても腹が減ったそぶりも見せず、侑士の部屋で物色した文庫本のページをめくり続けている姿からは人間らしい温度を感じられない。指の腹で文字を辿りながらなにかを考えこむようにうつむく横顔を眺めていると、自分の内側に何度も吐精したくせに朝が来るなり汚いものを見るような目を向けてきた名も知らぬ男のことが思い出された。
「なんや落ちるわ」
 誰に聞かせるつもりもなくこぼした言葉に、本に栞を挟んだ女が言葉を返すことはなかった。代わりに彼の隣にそっと添って手の甲に触れてくる。薄く血管の浮いたそこをなぞる指は驚くほどに冷たく、皮膚のその他の部位もそれに準じたが、粘膜だけは別でろくでもない熱を孕んでいた。つまりその日の内に繋がりあったわけだが、不思議と罪悪感が湧かなかったのは女が飄々としていたからだろうか。どこの家出少女とも知らないが、しばらく泊めてちょうだいというのにも応じてやった。
 女との生活は存外長く続いた。ろくに食事を摂らず、外に出ることもない女がいてもいなくても、侑士の生活は今までと変わらず流れていく。女の特等席は窓際に設置された彼のベッドの上だった。朝目覚めるとカーテンを開け放ち、本棚から一冊小説をとる。そうしてマットレスの上に寝そべるか、縁に腰掛けるかすると、夕方までじっと同じ体勢でいた。
「目とか肩とか疲れへんの」
 あるとき大学で用事を済ませ夕方に帰宅した侑士が訊くと「それは生きてる人の特権よね」と際どい台詞を漏らした。言葉を失う侑士に、まずいことを言ったと悟ったのか、読みさしの小説(中島らもの人体模型の夜だ)を枕の下に敷き込みながら、西陽が眩しいのでカーテンを閉めてほしいと云う。ベッドに添った腰高窓はすぐ手の届く位置にあるのに。それが日がな一日文字を辿るだけの女の物臭な性質をあらわした言葉なのか、自分をベッドに誘い出すための婉曲的な表現なのかも侑士には判別がつかなかった。見かけ上は十代にしか見えない女なのに、こういうときは大人びて見える。窓から差し込む西陽が、彼女の頬の産毛を輝かせるのを侑士は見つめた。「死人に産毛は生えんやろ」
 マットレスの軋む音、カーテンを閉ざすと女の瞼もまた閉じた。キスをするときに包んだ頬は冷たいのに、絡みついてくる舌は熱い。いやらしい、ろくでもないくらいに。
 侑士の熱を受け入れている最中、彼女は必ず、いい、と言った。もっとほしい、とも。それは訛りこそないものの彼が男に抱かれるときに漏らす声と響きが似ていて、日によっては萎えそうになった。
「はあ」
 情けない格好で腰を振り、粘膜を必死に擦り合わせながら、のぼり詰めていく女を見下ろす。どんなによさそうに喉を逸らし、頭を左右に振っても、女の肌は白いままだった。瞳のふちを涙で濡らすようなこともない。やはり生きてはいない気がした。自分が抱いているのは遺体ですらなく、実相を伴わない。カーテンを開いたまま致せば、向かいのアパートの住民にパントマイムのような自慰行為に耽る自分の姿が映るのだろうか。想像するとおかしかった。
 下から女の腕が絡みついてくる。首筋を撫でて、侑士の頭を引き寄せた女は、薄い耳たぶを舌ですくって「もう出していいよ」と内側を引き絞った。これ以上したら死んじゃう、と。その言葉に引きずり出されるようにして吐精したが、結局体勢を変えてもう一度繋がった。二度目の行為では彼女が支配的になった。侑士は嫌という程喘がされて、彼女の失笑を誘った。「感じやすいのね」
「あなたは優しいのよ」
 事後に彼の胸に頭を預けた女は陽の薄くなった窓に視線を向けながら言った。何か大切なものを失ったことがあるようだとも。心の内を読まれているようで落ち着かない。
「好きな人が死んでしまった?」
「たかだか二十年ちょいしか生きてへんのに、そんな劇的なこと起こるわけないやろ」
「そうかな、あまり珍しいことだとも思わないけど」
 小さな頭が傾くと、肩から首にかけてのしどけないラインが剥き出しになるのが目に痛い。甘え縋るようにその肌に唇を押しつける。僅かに煙る女の肌の匂い。
「歳下の子とこんな風になるん初めてや」
 どころか異性に惹かれたことすらなく、同性とのまぐわいに耽っていた体が、この女とは水が合うのだからおかしい。
「文字をよく読むような人間は物語に酔いやすいことが多いけど、あなたはその典型ね」
 すかした窓から吹き込んだ風が、初めて会ったときに彼女の身を包んでいた制服を揺らした。「全部演出よ」
 侑士は高校に入学した年、初めて寝た男の話を、また、大阪に帰省するたびに熱烈に交わっていたその男に、高校を卒業する直前にもう寝られへん、と放り出されたことを彼女に打ち明けたくてたまらなくなっていた。しかしすんでのところで堪えて、そっと呟く。
「うちの従兄弟が言うねん。血が繋がってる限り、人間同士の縁は絶対途切れへんって。そういうんどう思う?」
 そのとき初めて、虚をつかれたように淡い瞳が揺らいだ。
「お育ちの良い人らしい考え方だなって思うよ」
 憎悪すら感じられるほどに冷えた声だった。

 こ、こ、こ、と空気の溢れるような音が耳に届いて、夜中に目を覚ましたことがある。頭に靄がかかったように重たく、視線をさまよわせると、寝入りばなには隣にいた女の姿の姿がない。
 そういうとき、女は何もない壁を睨むように立ち竦んでいて、華奢なはずの体が妙に大きく見える。天井に映りこんだ影の仕業であろうと瞬きをして見るが、常夜灯すら落としているのにそんなものが出来るはずもない。不気味に思われて体を起こすと、女が振り返る。夜だというのに、壁にかけていた制服に身を包んでいる。
 どうしたの。まだ眠っていてもいいのに。
 女の白い手が侑士に向かって伸びる。誇張ではなく、肩から関節が外れたようにずずず、と伸びてくるのが不思議で、後退りをすると、彼女は寂しげに口角を持ち上げた。それが哀れでたまらない。
 喉、乾いてん。
 やっと思いで吐き出す。女は台所から水を汲んでくる。ミネラルウォーターがよいともいえず口をつけたそれは生臭かった。食道が裏返りそうになる感覚を堪えて嚥下すると、本当に優しいのね、と頬を撫でてくれる。薄い胸が顔に近づいたとき、制服の襟から伸びた臙脂色のスカーフを染めたものの正体に気付いてしまった。
 視線をあげると、そこに女の顔はない。乱雑に切り取られた断面は恐ろしかったが、ここで逃げ出すのも格好が悪い気がして。じっと耐え忍んでいると、不意に意識が遠のいた。
 だから付け入られるのよ。
 ひび割れた声が耳に届くのと同時に目が覚めた。背中には汗が滲んでいて、夢の中で潤したはずの喉が酷く渇いている。カーテンの隙間から差し込む青白い光に照らされた女の横顔は、無垢で美しかった。細い髪を撫でてやると、しどけない肩を震わせて、目を開ける。
「可哀想に、怖い夢を見ていたのね」
「なんで分かんの」
 甘えるように、侑士が伸ばした腕を細い指でなぞり、ベッドから降りていった女がよこしてきた水は、甘かった。

 そういうことがあっても女を追い出そうとは思わなかった。既に絡めとられていたのだと思う。彼女が生身の人間なのかどうかにも興味はない。
 あの晩以降急激に、彼女は怠惰になった。日に一度きりとる僅かばかりの食事を侑士が差し出しても、皿を睨みつけるばかりで自分で口に運ぼうともしない。仕方なしに箸で摘んで口に運んでやると溢れんばかりの笑顔を見せる。侑士が食べさせてくれると美味しいわ、と。
 積極的になるのはセックスのときばかりで、彼女は殊更に騎乗位を好んだ。
「なんでそればっかしたがるん」
 ぐちぐちと生々しい音を立てる結合部が露わになっている。女は侑士の手を掴んで、前後に腰をグラインドさせていた。「だって」
「あなたが悦んでるのがよく見えるもの」
 明かりを消すのを嫌がるのもそういう理由らしい。いたって一般的な性嗜好しか持ち合わせていない侑士は暗い部屋でしめやかにまぐわうことを望んでいたが許されなかった。暗くしたい、と乞うたびに存在の希薄な眉が下がる。
「あと少しだから」

 彼女の言葉通りだった。五月の終わりがけの昼下がり、唐突に二人の物語は閉じられた。
 提出予定のレポートの期限が迫り、侑士は数日彼女をかまってやることが出来ずにいた。元々本さえ与えておけば何もいらないといった風の女だったが流石に寂しかったのか、しばらくは侑士の背に張り付いたり、膝枕を求めるように頭を横たえたりしていたが、最後には諦めてベッドに横たわった。
「これが終わったらいくらでも遊んだる」
「遊ぶってなに、やらしいな」
 無邪気に笑って、窓を開く。両の手を外に出してぶらつかせ、青い空や車の行き交う道に目をやっている。「救急車が通った」
「うちの病院に運ばれてきたんやろ」
「電車の事故かな」
 耳に届いた声は低い。レポートに集中したふりで返さずにいると「私ね」と何か言いかける。そのときアパートの前の道路で車が急ブレーキを踏む音が聞こえた。「あっ」
「私が、なんなん」
「なにというか、うん」
 明らかに様子がおかしいので、作業を中断してベッドに上がる。窓から外を見下ろすと、シルバーのセダンから降りてくる男と目があった。四十代中頃に見える。
 視線がかち合うと難しい顔で会釈をされる。「なんやあのおいさん」
 不安げに侑士の指を弄っていた女が、見えない糸に吊るされたように立ち上がり、玄関に向かって走っていった。今の格好は無地のTシャツに寝巻きにしているハーフパンツ。とても外に出られるような格好ではない。慌てて追いかけると、靴の踵を踏んだまま、廊下の中程で足踏みをしている。強張った体の向こう側、エレベーターから降りてきたのは先ほどの男だ。「こんな場所にきて何になる」
 男の手が彼女の腕に伸び、掴んだ。そのまま引きずって行こうとする。
「いきなりそんなん困るわ」溢れた声は情けない響きを持っていた。
 男は侑士の姿を足元から頭のてっぺんまで睨め付ける。彼女の体を自分の背に隠しながら訝しげに目を細めた。
「君はいくつ」
「二十一の年ですけど」
 答えるといくらか表情が和らいだ。「随分と大人びて見えるな」
 三十路前だと勘違いされていたのかもしれない。
「今度の男は同い年か。だからといって大学にも行かずひと月も行方をくらますようなこと許されるはずもない」
「同い年って誰が」
 男は馬鹿を見るような目で侑士を見やってから、女をあごでしゃくった。彼女はバツの悪そうな顔をして、頭を小さく揺らした。薄い唇が震える。
 ごめんね。
 十代ではないと分かると今更ながら安堵した。あとから振り返れば洒落では済まされない程に女と侑士は粘膜を繋げていたのだ。しかし、それではあの制服は誰のものだったのだろう。今となっては数年前まで彼女自身が袖を通していたものだとも思えなかった。二人の視線は長く絡み合っていたが、男は躊躇いもせず彼女をエレベーターに押し込む。流石に同乗は出来ず、しかし階段を駆け降りて車が出るまでには追いついた。女は既に助手席に乗り込んでいる。
 男は煙草に火をつけたところだった。
「制服が部屋に残っとるの、どうします」
「処分してください。あれは私の妻、あの子の母親のものです」
 白く揺らいだ煙が空に昇っていった。「こんな場所二度と来たくなかったのに」
 女の母親は不貞を働き彼女を孕み、それが露呈すると自分を孕ませた男を頼ってこの田舎街に訪れたのだという。もっとも、種の持ち主は見つからなかったようだが。
「産んだあとに死んでくれてよかった」
 タバコの火を踏み消した男は、運転席のドアを開き「もう会うこともないでしょう」と何故か気の毒げに侑士を見やり去っていった。
 結局女とは口をきけずじまいだったが、情報量の多いあまりに悲しむ暇も無いまま部屋に戻った。夜になると雨が降り、窓を叩く水滴を眺めながら、侑士は彼女を思う。かつての母の姿を模し、こんな田舎まで訪れてまで彼女が探していたものは実の父親に他なるまい。あの日侑士が束ねた菜の花を撒いたのもきっと彼女で、それに反応する男を探していたのだろう。粗雑な演出だ。結局引っかかったのは暇とさみしい心を持て余した大学生一人だったのだから。
 彼女を突き動かしたものは、若くして亡くなった母親への憧憬だったのか、血の繋がらない父親への反発心だったのか……あるいはシンプルに自分という人間のルーツを探していたのかもしれない。考えても答えは出ず、気がつけば眠りに落ちていた。
 その晩は久しぶりに従兄弟の夢を見た。寝るのをやめると言われた日の回想だ。わざわざ夢に見ずともいつでもはっきりと思い出すことが出来るのに。あの日の謙也はつとめて明るく、しきりに「これで終わるわけやないしな」と繰り返していた。血が繋がっとるんやから、と。
 しばらくは彼女のことだけを考えているつもりだった。謙也の言葉を、お育ちの良い人らしい考え方だと吐き捨てながらも、唯一の肉親に固執していた女ことを。だけど夢でまみえたのは、自分を切り離した残酷な男。終わりが来るのは分かっていたのに、どうしようもなく苦しかった。決まっていた大阪の大学を蹴って、後期日程でこの田舎の大学の医学部に潜り込んだ。自分を遠ざけようとしたはずの男は、それを聞いてすぐさま電話をかけてきた。なんでなにも言わへんねんーー本当にろくでもない。

 目が覚めると雨は止んでいた。昨日までは隣にあった女の体を求めて動かした指が、シーツをなぞる。侑士は大雑把に身なりを整えて家を出た。家から踏み切りに至るまでの道をゆっくりと歩く。男の車から上手く抜け出した彼女が自分を待っている気がした。雑草の茂り始めた小径からひょっこり顔を出し、侑士に向かって笑いかける可能性を捨てきれない。「生きてる人間だって分かったとき、ゴムをつけてて良かったと思ったでしょ」
 平日なのと、道が悪いのもあって外を歩いている人間は極端に少なかった。代わりに車の往来は日頃より多く、勢いよく転がるタイヤに踏みつけにされた水たまりの飛沫が彼のジーンズの裾にかかる。
 初めて彼女に声をかけられた踏み切りの前には、以前よりも几帳面な形で石が積まれていた。彼女を迎えに来た男が供えたのだろう。白い芍薬の花束がガードレールに立てかけられている。そこに置かれた瞬間は間違いなく美しかったのだろうが、雨に濡れた花弁は灰色に汚れていた。
 侑士はその場にしゃがみ込み、手を合わせてから、その内の一本を抜いた。茎の先で靴底を濡らす水たまりをかき混ぜる。水面に映り込んだ若い男の像が揺らいだ。そのまま消えてしまってもよかったのに、指を休めるとまたすぐに戻ってくる。
 それでも飽きずに、何度も同じことを繰り返す。水たまりに映る空は青い。ただ血が繋がっているだけの男への妄念にも似た執着。それを捨てさせてくれたかもしれない女の吐息が首筋を撫でるのを待ったが、そのときは結局こなかった。




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