誘発される帰宅願望 ヒソカの仕事が終わったらしい。いや、終わってはないのか。訂正、ヒソカ達が狙ってたブツが手にはいったらしい。 というわけで蜘蛛のアジトに滞在し始めてから半月程が経ちました。現在私はクロロ達と初めて対面したアジトの広間に来ております。勿論隣にはヒソカ、隣っていうか前方にヒソカ。私はヒソカの大きな体に身を隠すような体勢で広間の中央に立つクロロを見つめている。広間には滞在初日以降は殆ど顔を合わせることのなかった今回の仕事に関わった蜘蛛のメンバーが集結してるんだけど、さっきも言ったように彼らとの面識が殆どない私は、彼らの纏っているただ者じゃない雰囲気に気圧されて彼らとまともに目を合わせることも出来ない。 この半月でようやく完成した私の発は、彼らと対等に渡り合えるような類の能力じゃない。だから出来るだけ彼らの神経を逆撫でしないように、彼らに存在を意識されないように、細心の注意を払って生活していた。……クロロには失礼なことばっか言ってたけどね。 「ここに今回の獲物がある」 自分は殆ど働いてなかったくせにやたらめったら偉そうなクロロの手のひらに載せられているのは金属製と思わしき一つの小さなサイコロだった。……どこででも売っているような何の変哲もないサイコロにしか見えないな。 「ただのサイコロにしか見えないけど」 今のは勿論私の声じゃない。丈の短い和装姿の女の人が発した言葉だ。たぶんマチかな? 「これ自体はただのサイコロだ」 「それじゃあ、」 「中に入っている物に価値がある」 クロロがサイコロをマチの耳元で振ってみせる。マチは小さく頷くと、たしかに何か入ってるみたいだけどと言った。 「ここからが問題だ。このサイコロ、どうやって開く?」 クロロが掲げたサイコロには開き口は用意されていないみたいだった。 「そんなもん力任せに開いちまえばいいだろ」 今のは……たぶんウヴォーギンの台詞で、それ聞いたクロロは呆れた様子で笑った。 「そんなことしたら中身が壊れるだろ」 そっか……あんな小さなサイコロだもんね。あれの中になにが入っているのかは分からないけど、もしも脆いものならきっとウヴォーの指で潰れちゃう。 「じゃあそれどうやって開くの?」 「そこでだ、」 シャルナークらしき金髪の青年が尋ねると、クロロの視線がヒソカの方へ向いた。他の団員の視線もそれに準じる。ここに来た初日にも同じようなことがあったような……。 「カナタ」 「えっ……」 なんで私に話を振る! うわ……団員の視線がヒソカから私に……最悪だ、信じられない。 「来い」 来いって……私は犬じゃないんだぞ。呼ばれていかないっていう選択肢だってあるんだ……ある、ないか。命は惜しい。 団員の視線にぐっさぐさに刺されながらもクロロの前まで歩み出ると、薄ら笑い(なんかきもい)を浮かべたクロロが私にサイコロを押し付けた。 「そんなガキに何が出来んだよ」 デコっぱち……フィンクスかな? 私も彼の意見に全面的に同意だ。こんなもの渡されたって私にはどうすることも出来ない。 「カナタ、お前いつもアジトの個室で発の修練をしていただろ」 「……してましたけど」 「普段より遅くまで修練をするお前の姿を偶然見たことがある」 「……それ、」 偶然じゃないでしょ。とか言ってしまえる程の度胸はない私は、そのまま黙り込んでクロロを見つめていた。 「お前の能力を使えば、サイコロの中身を傷つけずに取り出すことも可能なはずだ」 ……私の能力? あ、そうか、サイコロを……けど、人前で能力を見せるのってどうなんだろ。あんま気乗りしないなあ……。 「拒否権は、」 「分からないか」 「分かります、よく分かりました」 ないってことが。それなら仕方ないか……こんなとこで死にたくないし、とりあえずヒソカを真似て嘘まじりに。 「私の能力は、」 この場に立って初めて、広間全体に通るような声を出した。手のひらに載せたサイコロを握りこんで、 「自分の手で触れたものを液体化する能力です」 次に手のひらを開いたときには、サイコロは姿を消していて、私の手のひらをメタリックカラーの液体がさらさらと零れていった。液体の中から出てきたものをクロロに手渡すと、満足気に微笑んだクロロが私の肩を叩いた。視線を自分の足元に移すと、元の形を取り戻した空っぽのサイコロが床に転がっていた。私はそれを拾い上げて団員たちに見せる。 「ただし、五秒間だけです。五秒経つと液体化する前の形を取り戻します。……あんま、役に立たない能力なんですよね」 ……今話した範囲でしか使えないのならだけど。 「戦闘では役に立たない能力だが、蜘蛛の団員になれば生かせる能力だ」 「は?」 クロロがこぼした予想外の言葉に私は固まった。蜘蛛の団員になれば生かせる能力? 「それって、その子を蜘蛛に入れるってこと?」 ……やっぱ、そういう意味なの? 「……やめといた方がいいんじゃない? 今ここにいない団員がなんて言うか分からないよ」 シャルナーク、ナイス正論。 「けど、団長の命令には絶対服従ってのがうちの掟だよ」 ……マチはいらんこと言い。 「そりゃあ命令なら聞くしかないけど、現時点では命令じゃなくて提案でしょ」 「ああ、そうだな。そもそもカナタはヒソカの所有物だ」 今度はヒソカに皆の視線が集まる。……当事者であるはずの私はおいてけぼりだ。 「ヒソカ」 「なんだい?」 「いくら出せばカナタを譲る?」 「ボクの大切なカナタを売り物みたいに言うのはやめてくれない?」 「売り物と何が違う?」 「愛かな」 ……みんな引いてるし。そりゃそうかこんなちっさい子供相手に愛とか言っちゃってるんだもん。 「だけど、アナタがカナタを大切に扱ってくれるって言うんならボクはカナタを蜘蛛に預けてもかまわないよ」 「はあ!?」 思いの外大きな声が出た。ヒソカも、クロロも、団員の皆も驚いてたし、私だって自分の出した声の大きさに驚いた。 「何言ってるんですか!」 「元々決めていたことなんだよ」 「私を団長さんのところにやるってことですか」 ヒソカがこくりと頷く。そこでようやく繋がった。ヒソカが私とクロロが関係を持つことを素晴らしいって言ったのは私をクロロのところにやろうとしてたからなんだ……私のこと、いらないと思ってたんだ。 「……嘘つき」 「ボクは嘘つきだけどキミには極力嘘をつかないようにしてるつもりなんだけど」 「そんなの……嘘。私が望むならいつまでも私の傍にいてくれるって言ったのに、私を捨てようとしてる」 「捨てるんじゃ、」 「……聞きたくない!」 ヒステリックに叫ぶ私の声に団員たちは眉を寄せていた。……仕方ないよね、だって私子供なんだもん。キレて叫ぶ子供程うっとうしいものはないもん。……だけどどうでもいい、蜘蛛のみんなにうっとうしいガキだって思われたって、クロロにやっぱこんな奴いらねって思われたって、そんなの少しも痛くない。文字も読めないこの世界で、私が頼れるのはヒソカだけだ……私が信じられるのはこの嘘つきだけだ。だから、ヒソカに必要とされない今の私は、この世界に存在してる意味なんかない。 「……帰りたい」 気が付いたらそんな言葉が口をついて出ていた。そうして全てを投げ捨ててしまいたいような衝動にかられた私は、 「ヒソカなんか大嫌い!」 本物の子供みたいな捨て台詞を残して、二週間と三日を過ごした蜘蛛のアジトを出ていった。追い掛けてくる人間なんて誰もいない。ヒソカの声は聞こえない。 やっぱり私なんかいらなかったのかなあ……。鬱々とした気持ちで走り続ける内にどんどん視界に靄がかかっていって、最後には何も見えなくなった。 そして夢の世界へ落ちていく。 [*prev] | [next#] 戻る |