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ジャージな僕のクロスした道

珍しく余裕を持って教室に入れた。
早起きに成功した一時間半前の自分を褒めてやりながら教室の入り口付近にいた女子に「おはよ」と声をかける。
いつもなら元気のいい「おはよう」が聞けるはずなのに、返ってきたのは素っ気なさすぎる返事。

「ああ……うん」
「は?」
「でさー、その」

そしてぽかんと口を開けて立ち尽くす丸井のことなど意識の端に追いやって他の女子との会話を再開させる。
おかしい、いつもなら愛想のいいクラスメイトが素っ気ないのは勿論、クラス全体の雰囲気が昨日一昨日とは違うように思えた。
普段よりざわめいていて、女子達は何かを期待するような表情をしている。

「なんでこんなにざわざわしてんだ?」
「転校生が来るらしい」

丸井の呟きに返事をしたのは真田だった。
部活は一緒だし、二年生になって同じクラスにはなったものの、あまり真田と話すことのない丸井は唐突に与えられた返事に驚いて肩を震わせた。
叱られる以外で真田に声をかけられたのは初めてかもしれない。

「何をそんなに驚いている?」
「いや、別に……」

お前が怖いからビビったんだ、などとは言えるはずもなく苦笑いする。
転校生ぐらいで浮き足立つなどたるんどる、と顔をしかめる真田のことは放っておいて女子の間に割り込んで細かい事情を聞き出した。

教室の鍵を取るために職員室に入ったときに転校生の話を聞いたという女子が語るところによると転校生は男らしい。
直接話を聞いたわけではないが担任の机の上に置いてあった書類に顔写真が貼ってあり、それを見る限り男だったという。
しかもその男が中性的な美少年だった、だから女子達は浮き足立っていたのだ。
中性的な美少年と言われて丸井が思い浮かべるのは幸村の姿だった。
彼のような転校生が来ることを想定しながら鞄を自分の机に置く。
そこで気がついた。
自分の机の隣に昨日まではなかったはずの机が新しく置かれている。

「隣かよ」

転校生が自分の隣を陣取ることを知った丸井は呟いた。
いい奴ならいいけどな。
こざっぱりした性格の明るい男がいい、見た目がよくても気取った奴は嫌だった。



*****


「転校生の今ヶ瀬さんです」
「今ヶ瀬です、僕めっちゃ無精者なんやけど仲良くしたって」

不思議なイントネーションだった。
関西弁のようでいて、音の上げ下げの具合が少し違っている。
転校生の今ヶ瀬はいわゆるエセ関西弁を操って喋っていた。

女子の言う通り確かに整った顔立ちをしていた今ヶ瀬は愛想のいい人間のようで教室に入ってきてから今に至るまで少しも笑顔を途切れさせない。
これはモテるな、丸井はそう確信した。
整った顔立ちをしているものの見たところ普通の中学生だ。
新しい学校に上手く馴染めるのだろうか、などと不安に思うのが普通なのだろうに今ヶ瀬はそんな色を微塵も感じさせない。
そして口を開く。

「なんか質問があったら聞いて下さい。
答えられる限りのことは答えるんで」

瞬間、勢いよく数人の女子が手を挙げた。
今ヶ瀬の転校を真っ先に知っていた女子が当てられて、顔を真っ赤にしながら、

「恋人いるの?」
「恋人いない歴=年齢やねん」

今ヶ瀬は爽やかな笑顔を浮かべて答える。
嘘だ嘘だ、と教室内がざわめいた。
今ヶ瀬は初めて困ったような顔をして、嘘ついてもしゃあないやん……と呟く。
そして他の手を挙げていた女子を当てた。

「関西から来たの?」
「大阪に住んどった時期もあるんやけど、今回は東京から来てんねん。
関西弁が変なんは、もううろ覚えやからや」

そうして今ヶ瀬は次々に質問に答えていく。
質問するのは女子ばかりで、男子は手を挙げずらい雰囲気になっていた。
そんな中、丸井は初めて男子として手を挙げる。
すぐに当たった。

「今ヶ瀬……」
「なに?」
「お前さ、」

今ヶ瀬は完全におかしかった。
見た瞬間に分かるおかしな部分があった。
それなのに誰もそれについて尋ねない。
もやもやした感覚に耐えられなくなった丸井は問うた。

「なんでジャージなんだ?」
「下はハーフパンツやけど」

あっけらかんと言う今ヶ瀬は何故だか制服を着ていなかった。
本人の言う通り、上半身には長袖のジャージを身にまとっているが下は立海指定のハーフパンツ。
寒くなり始めの頃は体育の授業でいくらでも見られる極々一般的な服装。
しかし今は九月で寒くなるにはまだ早いし、そもそも今日は体育の授業なんてない。
やはり今ヶ瀬はおかしいのだ。
そんなおかしな美少年今ヶ瀬は丸井の質問に至極あっさりと回答を与える。

「この格好な、動きやすいんや。
僕暴れん坊やから、制服やと気使うし」
「……は?」

おかしい、どう考えてもおかしい。
だけどあえて突っ込みはしなかった。
爽やかすぎる笑顔の今ヶ瀬はおかしな奴だ。
おかしな奴に普通の奴(だと自分では思っている)である丸井の話が通じるはずはないのだ。
諦めよう、あの服装についてはもう触れまい……そう胸に誓った丸井は次の瞬間更なる爆弾を投下する今ヶ瀬の姿を見た。

「もう質問はないみたいやね。
あっ、そういえば……僕こんなナリしてるけど女やから。
フルネームは今ヶ瀬志乃言うんや」

女子の悲鳴の波が教室内に響きわたった。
爆弾を投下した当の本人は軽い足取りで丸井の隣の席まで歩いて来て、

「よろしくな、お隣くん」

気取ってない。
こざっぱりした性格で、きっと明るい。
だけど、

「男じゃねえし……」

丸井はうなだれた。
自らを暴れん坊だと言った隣の席の転校生と上手くやっていける予感はしなかった。


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