Sample

近頃流行りのトリッパー

「スレタイは『目が覚めたらネカフェにいたんだが』で、
本文は、〔なんのドッキリだよ?〕でいいかな」

通学鞄の中に自分の携帯を発見した私は某大型掲示板にスレ立てしてみることにした。
今の状況は何かの番組のドッキリの可能性が高い、こうやって書き込めば心当たりのある人がドッキリだと断言してくれるかもしれない……なんて浅い期待をしながら書き込んだんだけど、

2:2get
ゲッタータヒね。
3:でっていう
4:スレ終了
終わらせんな。
5:お前はネカフェ難民になっちまったんだよ、言わせんな恥ずかしい
……ごめんなさい。
まともな書き込みはないままに私の立てたスレは落ちてしまった。
5の発言はかなりキツい。
このまま家が見つからなかったら私は本当にネカフェ難民になってしまうのだから。

「それだけは避けたいけど……どうなるんだろう」

もしも、ありえないことだけど、これが何かのドッキリではなくて、本当にトリップだとしたら、元々いた場所に戻れないのだとしたら……私は、

「喜べるわけない……」

テニプリが好き。
だけど私には家族がいた、友達がいた、落ち着くことの出来る家があった。
それら全てを失って、代わりにテニプリの世界で生きる権利を手に入れたって喜べるはずがない。

「なんて、トリップとかありえないけどね!」

ありえない、そんなことあるはずがない。
だけど心臓の音は速まっていくばかりだ。
じんわりと、額に汗が滲む。
まだ暑い季節ではないのに。
今の私はきっと、とても余裕のない顔をしているんだろう。
鏡なんて見なくても分かる。
何の変哲もない立海の制服を酷く重たく感じた。



*****


「着いちゃったし……」

地図に従ってたどり着いた学校、門には立海大学付属中学と書いてある。
それでもトリップしてしまったのだと判断するにはまだ早い。
門の文字なんてどうにでも出来るはずだ。
キャラに会うまでトリップしたなんて認めない。

「……認めたくないし」
「なんを?」

後ろからかけられた声にまともな返事もせずに走り出す。
振り向いて、声をかけてきた相手が誰なのか確認するのが怖かった。
だって私あの声に聞き覚えがある、あのイントネーションを知ってる。
認めたくないのに……!

「待ちんしゃい」

突然走り出した私を追ってきた男は……。

「……っ」

私は立ち止まった。
追ってきた男も立ち止まる。
そして私の肩に手をかけて、振り向かせた。

「仁王……」

認めたくない。
なのに思わず口に出してしまう程に自然に……彼は仁王雅治だった。
私の大好きな漫画の、特別好きなわけでもないキャラクター。
平面の世界でしか動けないはずだったキャラクター。
私に名前を呼ばれた仁王は少しだけ驚いた顔をする。
私の顔をまじまじ見つめて、呟く。

「見ない顔じゃな」

マンモス校なんだから知らない人間がいたっておかしくないじゃない。
そう言うことだって出来たはずだった。
それなのに自分がトリップしてしまっていたという事実を突きつけられて動揺していた私が発した言葉はあまりにも馬鹿げたものだった。

「私は通りすがりのトリッパー……近頃流行りのネカフェ難民よ」
「……は?」

そのときの仁王の間抜け面がおかしくて、私は今日のことを一生忘れないだろうと思った。







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