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ジャージな僕のクロスした道

「なあ、君の名前教えてもらってええ?」
「……丸井」
「丸井かあ、なんや太そうな名前やな」
「わざとか?」
「なんが?」
「違うならいいけどよ」

眉をひそめた丸井に、今ヶ瀬は屈託のない笑顔を見せる。
部活で毎日汗を流しているにも関わらず、身長のわりに体重が重たいことを丸井は気にしていた。
勿論丸井のそんな小さな悩みなど、転校してきたばかりの今ヶ瀬は知る由もないが。

「じゃああそこの凛々しい顔した奴は?」

名札がないからどうやって名前覚えたらいいんか分からへんねん、と言う今ヶ瀬の視線の先には次の授業の予習をしている真田の姿があった。

「真田、先輩が引退して最近テニス部の副部長になったんだぜ」
「へえ、テニス上手いんや?」

剣道とかしてそうやのに。
そう呟いて真田を注視するように目を細めた今ヶ瀬に、

「上手いなんてもんじゃねえよ」
「激ウマなんや?」
「ここで二番目に上手い」
「それってすごいん?」
「ここで二番目ってことは全国の中学生で二番目ってことなんだよ」

去年今年と全国大会で優勝を果たした立海で、真田は一年生のころから二番手だった。
どの先輩よりも上手かったし、幸村、柳と三人で一年の始めの内からまともに練習して、レギュラーとして大会に出ていた。
丸井が真田を苦手とするのはそういうことが原因でもあるかもしれない。
自分との実力差は妬ましいとすら思えないほどで、時に歯がゆくなる。

「丸井はここで一番やったりするん?」
「ちげーよ、まあレギュラーだけどな。
俺の天才的妙技いつか見せてやるぜぃ」
「そら楽しみや。
じゃあ真田は丸井より上手いんやね」
「……」
「違うん?」
「……そーだよ」

デリカシーねえな。
丸井が呟くと、そんな食えんものあってもしゃあないやろ? と、今ヶ瀬は笑う。
そして苛立ちから顔を背けてしまった丸井の横髪をその細い指でつまんで引く。

「丸井、下の名前なんて言うん?」
「ブン太」

脳天気な声が腹立たしくて素っ気なく答えると今ヶ瀬の机からシャーペンが転がり落ちた。
拾おうと椅子から立ち上がりながら今ヶ瀬は言う。

「変わった名前やね。
下の名前で呼んでもええ?
ブン太って呼称、使ってみたいわ」
「あー……まあ、いいぜ」
「僕のことは細ゴリって呼んでくれたんでええよ」
「は?」

机の下に転がりこんだシャーペンに向かって手を伸ばし、俯いたままの今ヶ瀬から放たれた言葉に丸井は目を丸くした。

「細いのにゴリラみたく怪力やから、前の学校では細ゴリって呼ばれててん」
「それはあんまりだろぃ……」

苦々しい表情で膝立ちの今ヶ瀬を見下ろした。
短めのハーフパンツから覗く足と、シャーペンを机に載せるため伸びた腕は確かに細かった。
そこまで力があるようには見えないし、容姿的にもゴリラなどというあだ名とは縁がなさそうに見える。

「いや、本当に馬鹿みたいに力強いんやって。
その分アホやねんけどな」
「アホっぽいもんなあ」
「失礼やなあ……」

苦笑いしながら立ち上がろうとした今ヶ瀬の右足からローファーが抜け落ちる。
少し大きいんかもしれんな、と言いながら落ちたローファーを拾い上げ、履こうとする今ヶ瀬を呼び止める。

「それ貸してくれ」
「なんで?」
「いいから貸せって」
「まあ、ええけど」

今ヶ瀬は不思議な顔をしながら丸井にローファーを手渡す。
受け取った丸井はその何の変哲もないローファーを凝視してから首を捻った。

「今ヶ瀬、お前名前は?」
「志乃やってさっき皆の前で言ったつもりなんやけど……」
「だよなあ、さすがに覚えてるぜ。
じゃあ、何でローファーの中敷きに明良って書いてあるんだよ?」

意外なことにピンク色をしている中敷きの中心にはネームペンで書かれたらしい達筆な『明良』の二文字が鎮座していた。
今ヶ瀬志乃の所持物であるはずのローファーに男の名前が書いてある理由が丸井には分からない。

「明良ってお兄ちゃんの名前やねん。
たぶん間違えて書いてしまったんやと思うわ」
「ピンクの中敷きにか?」
「ピンクの中敷きのが一番安かってん。
お兄ちゃんのも中敷きピンクやから、間違えても仕方ないと思う……まあサイズ全く違うんやけど」

やっぱアホや、と呟く今ヶ瀬に、

「明良」

と、兄の名前で呼びかける。
戸惑ったような顔をして丸井を見つめた今ヶ瀬がおかしくて笑う。

「僕の名前、志乃やで?」
「細ゴリとは呼びたくねえし」
「名字がある」
「ブン太って呼ばれてんのに名字で呼ぶのも変だろうし」
「志乃」
「下の名前では呼びたくねえ」
「けど僕はお兄ちゃんやない」

スネたように口を尖らせる今ヶ瀬に言ってやった。
ゴリラでもねえだろ、と。
困ったような顔で丸井を見つめる今ヶ瀬は最終的には、まあ名前ぐらいなんでもえっか、と言って丸井に兄の名で呼ばれることを了承した。

「お前男らしいな、」

大ざっぱすぎ、と付け足したのは聞こえなかったのか今ヶ瀬は顔を明るくした。

「僕、男らしい?
めっちゃ嬉しいわあ」
「嬉しいのかよ。
お前一応女だろぃ」
「うーん……まあそうなんやけど」
「なんだよ?」
「僕あんま女として見られたくないんや。
男になりたいと思っとるわけやないし、自分が女やめられると思っとるわけでもないねんけどな」
「……」

やっぱり今ヶ瀬は変な奴だと思った。
だけど女として見られたくないと言う今ヶ瀬は友達になるには都合がいいのかもしれないとも思う。
ぼんやりとそんな風に思って、丸井はもう一度今ヶ瀬に呼びかけた。
明良、と。





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