Sample

近頃流行りのトリッパー

うっすら開いた瞳に机の面と、そこに乱雑に散らばったテニプリの単行本が映りこんだ。

「昨日テニプリ読みかえしながら眠っちゃったんだ……」

瞳をゆっくりと、完全に開きながら顔を上げると頬から単行本のカバーがぺりっという音をたてて剥がれ落ちた。
どうやら読みかけのそれを頬の下に敷いて眠っていたらしい。
単行本が折れ曲がっていないか確認して机に預けていた体を起こして伸びをする。
それから単行本をまとめてテニプリの棚にしまおうと立ち上がった私は首をひねった。
なんだか漫画が多いのだ。
元々私は一般的な人よりも多く漫画を所持している、それは間違ない。
それにしたってこれは多過ぎる。
椅子を回転させて振り返った先には私の出入りを拒むかのようにびっしりと漫画の詰まった背の高い本棚。
しかもそれが見渡す限りいくつも連なっている。
振り返って自分の眠っていた机を確認すると私の部屋にはないはずのデスクトップパソコンが置いてあった。
もしかして、ここ……

「ネカフェ?」

語尾を上げても誰も答えてはくれない。
当たり前だ、周りに誰もいないんだもん。
というか私はなんでネカフェにいるのかな?
昨日の夜は自分の部屋でテニプリを読み散らかしながら眠ったはずなのに……。

「てか……朝じゃん。
学校行かなきゃ」

ネカフェに制服があるとは思わなかったけどひとまずキョロキョロと自分が目を覚ました個室の中を見渡す。

「へ?」

結論から言えば制服はあった。
ただ、それは私の中学校のものとは違う。
だけど見覚えのある、

「……立海の制服」

意味が分からない。
家で眠ったはずなのに何故かネカフェで目が覚めて、
自分の制服探してみたら立海の制服が見つかって……まるで意味が分からない。
だけどヤクザもキモがり道をあける高レベルオタク少女の私は思ってしまったのだ、

「まるでトリップだなあ」

呟いてからその場で軽く悶絶した。
トリップって……!
痛過ぎ!
私キモチワルイ。

「キモいぞ……私」

キモいキモいと呟きながらも私はハンガーにかかる立海の制服に手を伸ばしていた。
……コスプレ、完全にコスプレ。
だけどちょっと着てみたいと思うのはテニプリファンとしては当然の心理のはずだ。
自分に言い訳しながら着替えて、その場でくるりと回転してみる。

「いやんっ結構似合うかも」

って……寒いわ。
そもそも似合うかどうかはまだ分からない。
この場には鏡がないから、探しに出てみよう。
携帯で現在時刻を確認するとまだ日も登らないような時間だった。
この服装でうろつくのには抵抗があるけど今ぐらいの時間ならさすがに人に出くわすこともあるまいとネカフェにしては広めの個室を出る。

「おはようございます」
「おは……ようございます」

眼鏡をかけた若い男の人が気怠げに頭を下げる。
服装から予想するに、恐らくは店員さんだと思う。
立海大付属高校女子制服という恥ずかしいことこのうえない服装をした私は引きつった笑みを浮かべながら後ずさった。
オタク女にだって羞恥心ぐらいはある、TPOをわきまえていないコスプレ姿を見られるのは恥ずかしいのだ。

「ちょっとお客さん」
「……はい」

それでも引き止められたら立ち止まるしかなかった。
中学生の私がネカフェで朝まで過ごしていたのだ、注意されてしまっても仕方がない。

「今日学校行くの?」
「一応……」

ここから学校までどうやって行けばいいのか分からない。
それでもなんとかして学校にはいかなければいけない。
受験生だし、体だって絶好調だし。

「じゃあこれ」

店員さんが店の制服らしきエプロンから手のひらサイズに折り曲げられた紙を取り出して私に差し出す。
どうもと言いながら受け取り、開いてみると、学校までの道のりが描かれた地図だった。
手描きみたいだけど分かりやすい、とりあえず学校まではたどり着けそうだ。
あとは、

「制服は……?」
「着てるじゃない」
「いや……でもこれうちの学校の制服じゃないですよ」
「地図の学校見て」

地図?
ぞんざいな口調の店員さんに従い、もう一度地図を開く。
そして地図に描かれた目的地の学校を見やる。

「立海大付属……」
「そ、だから間違ってない」
「いやいや、意味が分からんのですけど」
「俺もう仮眠時間入るから適当に朝ご飯食べて学校行ってね。
おやすみ」
「……おやすみなさい」
「ふあーあ」

口に手をやって、欠伸をしながら店員さんは去っていった。
……って困るんですけど!
ああ、でも……とりあえずお腹すいたしゴハン食べたい。
でもネカフェのゴハンって何?
どうすりゃいいの?


*****


「全然足りない……」

ネカフェの中で見つかった朝食になりそうなものはスープバーのスープくらいだった。
だけどしょせんは液体、育ち盛りの中学生の空腹を満たすには至らない。
幸い財布は制服のポケットに入っていたから早めにここから出て、とりあえず何か朝食を買おう。
……なんで見覚えもないコスプレ衣装に私の財布が入っていたのかは疑問だけど。
だけどいつまでも悩んでいるわけにもいかないから、個室の足下に置いてあった通学鞄(自分の物とは少し違う)を肩に掛けて、髪を手櫛で軽く整える。

「よし」

右も左も分からない状況だけど学校に行ってみよう。
そして本当に立海大付属中学に辿りついてしまったら……これがトリップだということを認めざるをえない。

「まあ、ありえないけど」

オタク思考の抜けきらない自分に苦笑いしながらネカフェを出る。
店員さんがくれた地図はあるものの行く宛なんかないに近かった。



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