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miss√(1/2)

「いい加減メールアドレス教えてや」
「だーかーらー携帯持ってないんだって……何度も言わせないでよ、忍足」

欲しいもの。
テストの点、歌唱力、携帯電話……彼氏。
いつもとちょっと違う日常。
欲しいものがあるなら自分で動かなきゃいけないって昔小学校の同級生に言われたことがある。
顔も思い出せない相手に言われたことだけど、今日となってはそれは間違えた言葉でもなかったと思う。
指折り数えて待ってたって毎日を適当に生きる私には彼氏はおろか好きな人も出来ない。

「俺今ヶ瀬ちゃんの口から出る、忍足ってのめっちゃ好きやねん。
お・し・た・りってちょっと区切れ気味やん?」
「やん? って……そんなこと言われたって引くだけだよ、私は」
「こんなに好きやのに……愛が伝わらんって辛いわあ」
「忍足って大阪から来たんだよね?」
「せやで」
「ふうん……それなのにつまんないよね」
「……今ヶ瀬ちゃん、俺になんか恨みでもあるん」
「いや」

恨みはない、無関心なだけ。
いや……無関心でもないか、ちょっと嫌いだ。
忍足はよく喋る、こっちの機嫌なんて省みずに休む間もなく喋り続ける。
それで時々中身のない愛の言葉を吐く。
それが嫌、ちょっと嫌い。
恋をしたい、少女マンガに出てくるようなきらきらした恋がしたい。
好きって言葉を冗談で言う忍足が嫌い……間違えた、ちょっと嫌い。
とにかく、私のきらきら恋愛計画に忍足侑士の存在は不必要なのだ。

「平たく言えば邪魔なんだよね、お・し・た・り」
「傷つくわあ」

口ではそう言うけど実際のところ忍足はさほど傷ついていない。
忍足の言葉は嘘ばかりだ、しかもそれを隠そうともしないのだから腹立たしい。
もっとも隠されたら隠されたで面倒なことになるかもしれないけど。

「忍足はさ、タチのいい嘘つきだよね」
「なんやねん、それ」
「分かりやすい嘘しかつかないから相手を傷つけない」
「……今ヶ瀬ちゃん」

忍足が私との距離を一歩半分詰めた。
ぐっと近づいてきた忍足の顔は綺麗に整っているんだけどやっぱり好みじゃない。
同い年に対してこんなことを言うのも変かもしれないけど、私にこの男はまだ早いと思うのだ。
それくらい大人びてる。
そんな大人みたいな顔した忍足は私のことをいつになくまじまじと見つめていた。
伊達眼鏡の奥の二つの瞳が湾曲することもなく真っ直ぐに私を貫く。
見惚れてんの? なんて言えば関西人らしくキレのいいツッコミを入れてくれるのだろうか。
それともいつものようにつまらない肯定を示すのだろうか、どちらにしてもくだらない。
私は無難に「何でこっち見んの?」と、何のひねりもない言葉をかけてみた。
すると忍足は大まじめな顔をしてこんなことを言うのだ。

「今ヶ瀬ちゃんの心ん中見ようとしてた」
「……忍足」
「すまん、ふざけすぎ……」
「いつもの言葉よりか真実味あるね、それ」
「はあ?」
「いや、本当に」

忍足に習って私も真面目な顔を作る。
だけど上手くいかない。
根がふざけた奴なのだ、私は。
忍足はこれでいて真面目だから真面目な顔くらい普通に作れる。
それに比べて私は駄目な奴だ。
いい加減で大ざっぱでだらしない、なおかつ面倒くさがり。
今年のお正月にお祖母ちゃんに私の手相を見たお祖母ちゃんはそう言って、更にこう続けた。
『このままじゃあんたその性格のせいで後悔する日がくる、祖母ちゃんには分かるよ』
お祖母ちゃんは私の手なんて少しも見ずにそう言ったのだ。
きっと本当に私がこの性格のせいで道を踏み外してしまうのが心配だったんだろう。

「どうやったら真っ当になれるんだろう……」
「今ヶ瀬ちゃん真っ当やないん?」
「真っ当じゃないよ、超不真っ当」
「そこまでやないと思うけどなあ」
「えー……」


*****

欲しいものを手に入れた。
それは、

「忍足、メアドおせーたげる」
「買うたん、携帯?」
「うむ、買ってもらった」

そうなのだ、実は私今ヶ瀬ちゃん(忍足以外にそう呼ぶ人はいない)は長年の説得が認められお母様お父様に携帯電話から授けられたのだ。

「こんなちっさい電子機器一個で幸せになれる私ってなんかしょっぼいよねーあはは」
「とか言いつつめっちゃ嬉しそうやん。
俺とメール出来るんがそんなに嬉しいん?」

勝手の分からない私の代わりに私の携帯に自分のアドレスを赤外線送信してくれる忍足のデコをはたきながら、私はぷいっとそっぽを向く。
忍足とメール出来るのが嬉しくてはしゃいでるなんて思われるのは心外だ。

「神奈川時代の友達とメール出来るのが嬉しいの、忍足のことなんかついでに決まってんじゃん」
「神奈川? ああ、そういえば今ヶ瀬ちゃん小学校神奈川やったんやっけ」
「うん、だから本当はあそこ受験するつもりだったんだーあのテニス強いとこ」
「立海か?」
「そうそう。
でもお父さんの仕事の都合で東京に引っ越すことになったから氷帝受験した」

あのときは神奈川の友達と離れるのがすごく寂しくて、東京でなんか絶対馴染めないって思ってたのに……人って変わるもんだなあ。

「そういえば神奈川時代の立海に通ってた友達が言ってたんだけど、立海のテニス部ってカッコいい人が多いんでしょ?」
「まあ多いっちゃ多いな。
けど氷帝も負けてへんで」
「いや……顔で競っても。
テニス部なんだからテニスで競わないと」
「テニスで、か……。
……あいつ等は確かに強い、けど直接当たったら氷帝が絶対に勝つ」
「へえ」

案外熱いこと言うんだ。
意外かもしれない。
でも忍足はそれだけテニスが好きってことなんだよね。
私は忍足が好きじゃない。
だけど夏に一度だけ見た真剣な表情でテニスをする忍足のことはすごくカッコいいと思ったのだ。
熱中するもののある人は輝いてる、だから羨ましいし憧れる。
……私もいつか自分の熱中出来るものを見つけて輝けるのかな。




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