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YM

湿った空気が鼻孔をくすぐる。
今日の体育の授業は男子が外でサッカーをする予定だった。
しかし、連日降り続いた雨のせいでグラウンドはぬかるんでおり、サッカーなどしようものなら白い体操服が泥色に染まってしまいそうだ。
男子の体育を受け持っている中年の教師は外でのサッカーを諦め、体操服に着替え終えた俺たちに体育館に行くように指示を出した。
特別広いわけでもない体育館は女子が体育をするだけのスペースしかなく、無理矢理押し込まれた男子は体育館のステージに座って体育には関係ない話を始めてしまっていた。
そんなやる気のない男子に、最初のうちは注意を加えていた体育教師も気がつけばどこかへ消えていて、自分たちを抑圧するもののなくなった俺たちは更に話を盛り上げる。

「なあ南、うちのクラスの米沢と5組の峰岸が付き合ってるらしいぜ」
「へえ」
「へえって……お前、驚かねえの」
「そりゃあもう中三なんだからそんなことでは驚かないだろ」
「なんだよー大人発言かよ」
「……ばか、そういうんじゃねえよ」

驚くようなことじゃない、そう思ったのは本当だ。
ただ、それは目の前であぐらをかくコイツが言うような理由からじゃない、断じてない。
俺には今まで恋人なんて出来たことはないし、出来る気配だってない……テニス部の部長なんて派手な役職についているにも関わらず、俺はとことん地味なのだ。
部長の俺がこんなに地味なのに、副部長でもないただのレギュラーには派手な奴が多い。
特に千石と亜久津なんかはそれが顕著だ。
派手な顔をして、派手な髪色をして、当然のように女関係も派手。
お前等本当に中学生か?
なんて問いたくなる位にあの二人の女遊び(遊びではないのかもしれないが)は激しい。
そんな部員を抱えるテニス部の部長をしている俺の感覚は若干麻痺してしまっているのだろう、だからクラスメイトが隣のクラスの女子と付き合っていると聞いても今一つ驚けないのだ。

「あー……俺も彼女欲しいぜ」
「言うな……惨めになるばかりだぞ」
「言うだけならタダだろうが。
俺、足の綺麗な女子と付き合いてえんだよ」

そんな馬鹿みたいなことを言って、そいつはステージ上からバレーボールに熱中する女子に視線を合わせた。
顔の角度からみて、そいつが見ているのが女子の足だと気がついた俺は慌てて諫める。

「おい、あとで変態扱いされるぞ」
「あんだけ熱心にバレーボールしてんだから気づくはずねえだろ」
「そうだけど……」
「お前も見とけって、そこでバレーしてるのは五組の女子だぞ」
「五組の……」

体育の授業は二クラスごとに行われる。
今体育館の片面、ステージ側でバレーの試合をしているのはうちのクラスの女子ではなく五組の女子らしい。
何の気なしに(と言えば嘘になるかもしれないが)、自分から見て右側のチームの女子を見やってみる。

「ポッキーみたいだ……」

細い足が何本も立っているのを見つめながら呟く。
別に足フェチだというわけでもないけどただ細いだけの足を綺麗だとは思わない位のこだわりはある。
今も女子の足を見つめ続けるそいつを諫めていたことも忘れて、五組の女子の足を一人ずつ見ていった。

「あ、」

見つけた、綺麗な足。
細い足だ、だけど適度に筋肉がついていてポッキーのように平坦ではない、綺麗な曲線を描く長い足だった。
ただ、

「すごいガニ股だ」
「どれどれ?」

苦い表情で呟いた俺の視線の先にいる女子を確認したそいつは、ああ……と呟いてから首を振った。

「あれは今ヶ瀬だ」
「なんでそんな反応なんだよ?」

先ほどまでの浮かれた様子からは打って変わって、苦々しい表情を浮かべるそいつに問いかける。
ちょっと不思議な位にがに股ではあるが、スタイルはいいし、ここから見る限り顔立ちも整っているように思えたからその反応は少し意外だった。

「今ヶ瀬って変人で有名だろ」
「だろって言われても……」

今ヶ瀬のことは今日初めて知ったわけだから、彼女が変人なのかどうかなんて知ったことではない。

「……とにかくあいつはおすすめ出来ねえ」
「分かったよ」
「そうか、それでいい」

強ばっていた表情を幾分和らげて、そいつは五組の女子達に視線を戻した。
俺は小さくため息をついてもう一度今ヶ瀬を見やる。
……やっぱりそんな変な奴には見えないよな。
うちの千石や亜久津の方がよっぽど変なんじゃないのか。
大体性悪だからやめておけって言うなら分かるけど変だからやめろって言われるのもおかしな話だし。
こいつ、実は今ヶ瀬のことを好きなんじゃないのか?
……それならそうと言えばいいのに。
少し興味を持ちはしたものの、一目惚れしたわけでもないしお前が今ヶ瀬を好きだって言うならこれ以上今ヶ瀬を見たりもしないぞ。

そんなことを考えている間にポジションがローテーションされて、今ヶ瀬が真ん中のポジションにきていた。
さっきまでいた場所にはボールが飛んでこないからかぼんやりした様子だった今ヶ瀬だったが、今は険しい表情をしてボールが飛んでくるのに備えている。
相手チームの女子がサーブしたボールが今ヶ瀬の頭上を越えて、今ヶ瀬の後ろにいた女子の元へと向かっていく。
今ヶ瀬は振り返ってボールの行方を目で追っていた。


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