ぼくの学校は戦場だった


 
 今となっては想像すらし辛いことだが、当時彼女には友達がいなかった。


「俺と付き合ってくださイ」
「いいよ、どこに?」
「えっ?そんなベタナ…えぇと、そうじゃなくってネ…」
「うん?」
 きゅっと突き出したくちびると何かと問うようにぱちぱちまばたきする仕草があいらしい。いやいや見惚れてる場合じゃなくて。

 15歳の終わり、この国にやってきてこの進学校に入学した。母国の受験戦争に比べたら静かな、しかし高度な試験に無事通過したときですら「まぁこんなもんカ」とこの国の言葉で呟いたものだ。
 それなのに今ここ化学室の緊張感たるや、砂漠で暗殺者を前にしてももう少し冷静でいられるはずだ。ちなみに暗殺者と対峙したことはまだない。

「どこ行きたいんだ?ひとりで行きにくいところ?」
 小首を傾げながらエドワードはこの国の言葉を流暢に話す。イントネーションのずれたまま話す自分とは違う、早口なのに聞き取りやすい発音をするのが不思議だ。今まで暮らしていた国と発音の仕方が似ていると言う。

 エドワードは、この学校で出来た初めての友人アルフォンスの姉だった。
 難関な入試のさらに困難な狭き門をするりと通って編入してきたのは帰国子女の美少女。10年も海を隔てて暮らした弟と同じ学校に通いたかっただけという、その歳にしてはおさない願いによるそれは、しかしその見た目も手伝ってか彼女を孤立させた。
 アルフォンス曰わく「リンも今年から留学してきたんだよね?話が合うんじゃないかと思って」ということでリンはエドワードに会い、まっさかさまに恋に落ちてしまったのだった。

 友達なんていなければいい。その隣を独占したい。

 だがそこには常にアルフォンスがいた。姉がブラコンなら弟はもちろんシスコンで、エドワードと2人切りになる機会をまったく作らせない。
 アルフォンスは決して隙を見せないので、エドワードに隙を作るため、それはそれは頑張った。受験戦争よりも真剣に。俺は無害な中立国ですヨ。三国同盟結びませんカ。
 あとでひとつの大国を出し抜くためだけど、まぁそこはオフレコで。
 そして苦労の甲斐あって晴れて『弟公認・友人第1号』に認定されたのだ。

 今だって「アルのことを待つ間」という針の穴に糸を通すようなもどかしくも短い貴重な時間。こんな時間を積み重ねて『友人第1号』から『1番の友人』まで辿り着いたけど、俺はきみの友達になりたかったわけじゃない。あんまり友情を主張し過ぎて恋愛対象に入れられないのでは本末転倒なので、もうそろそろ限界だ。
 国境を越えて征服したい。平和を願うきみを裏切ってでも。

「アルに内緒にしたいこととか?」
「うんまぁそうなんだけド…」
「なに!?どこ!?」
 『アルよりも優先させてオレに相談してくれるのか』ときみはきらきらと優越感に浸っている。そうじゃない、そうじゃないだロ。何で弟の友人を弟と取り合うんだヨあんた。
 机の上に行儀悪く座っていた身を乗り出してきて、きみのにおいを嗅げるほどに近い。下から見上げられ、いっそこのままそのくちに噛み付いてやろうかと思ったところで大国がやって来た。

「ごめんね姉さんお待たせ!」
「アル!」
 残り香をおいて平和の国は一路大国の元へ。普通の姉弟は「待った?」「んーん、全然」なんて恋人同士みたいな会話するんだろうか。自分にも兄弟はたくさんいるはずだがほとんど会ったことがないのでわからない。醜い気持ちをすっかり隠していつもの通り、『ちょっと変わった姉弟の振る舞いなんてちっとも気にしないヨ』と理解のある友人の仮面をかぶったそのとき。

「リンと一緒にいたから」

 おそろしい爆弾。
 しかもそれが爆弾であることも知らずに可愛い顔で投げ捨てやがる。
「お待たせ、リンも。姉さんと待っててくれてありがとう」
「いーエ?全然」
 牽制だってものともしない。俺と一緒だったから待ったように感じなかったノ?実際にほんの15分足らずの時間をエドワードが何と思って弟にそう表現したのか知らない。それでも、たった、これだけで。
 自分に勝ち目など無い。


 平和をねがう女神からは、あまい硝煙の香りがした。




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