カサブランカ


「さぁっみぃ!!」

寒風に向かって口汚く叫ぶ美少女は、俺の恋人。

新興住宅地の中にどかんと構えるドデカいショッピングモールのシネコンで、古い定番映画のリバイバルを観た帰りだった。映画の終わる予定時刻がちょうど日付をまたぐ頃だったので、今はだいたい0時30分ちょい前くらいかなと時計は見ずにいとしい恋人の寒そうな足元を見ながら思う。風に巻き上げられた金髪をあかいマフラーにうずめるようにして、白い息を吐きながらぴょこぴょこと前を歩いている。ベッドの中でさえ「さむいさむい」と足を絡めてくるくせに、なぜそのスカートはそんなに短いのか。そしてなぜそのスカートの中を決して見せないよう跳ね回れるのか。
すこやかな真っ白い足の体温を知りたくて、手を伸ばしたら踊るようにくるりと逃げられた。待て、今のはわざとか?偶然か?
「エドがあんな映画知ってるなんて思わなかったヨ」
女々しく訊けるわけもなく、思っていることとは違うが気になっていたことを尋ねてみた。チケットを買うときに、名作といわれるラインナップの中から「あーオレこれなら知ってる」とその映画のタイトルを指差したのはエドワードのほうだった。自分もタイトルくらいは知っていたが、この恋人が選ぶくらいだからドンパチ映画なのかと思っていたので始まってみて驚いた。
このセリフってこの映画だったんだと思うくらい確かに有名なセリフの並ぶ、由緒正しいラブストーリー。
「アルが好きなんだ」
白い息。
「今夜他の男の名前なんて聞きたくなイ」
あかいマフラー。
金色の瞳が俺を捕らえる。
ちょっと丸くなった瞳を見て、しまったと思ったがもう遅い。弟に嫉妬するなんて女々しいにも程がある。
「…リックの真似、どウ?」
「そんなセリフあったっけ?」
夜目にもまぶしいその笑顔は、俺の心を見透かしている。
エドワードは笑いながら見事な発音でセリフを諳(そら)んじてゆく。次々とくるりくるり、踊るようにうたうように。
「エドはボガートよりかっこいいヨ」
「じゃあリンはバーグマンより美人じゃなくっちゃ!」
あの白黒映画の主演女優のうつくしさには確かに目を見張った。

新興住宅地だからなのかこの国の住宅地というものはどこもそういうものなのか、自分には判別がつきかねるが、歩道が暗い。
きみの笑顔がこの道を照らす。
俺の目に映るこのかがやきにはどんな大女優も敵うまい。

くるり くるりと 俺を振り返りながら前を歩くのは、きっと照れ隠し。
弟が帰ってくるまでエドワードの部屋で色々したこともあるし、昼間俺の部屋に連れ込んだりもした。一応それなりに最後まで、おとなに言えないこともたくさんしたけれど、それでも夜はちゃんと家に帰していたんだ。でも今日は、初めて、朝までふたりで一緒にいようと言った。

本当はもうちょっと一緒に歩きたい気分だったけれど、寒がりなきみの機嫌を損ねる前に早くかえろう。
終電に乗って、メトロとJRを乗り継いで、俺の部屋へ一緒にかえろう。
大股で3歩飛んで、踊る君を捕まえた。




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