母を連れたエドワードはきちんと息を潜め、努めて目立たぬよう人垣の中に埋もれていたのだ。親とはぐれたらしきおさげの幼女が隣で泣き出すまでは。
 馬を被った奴が幼女に銃を向けた時、悲鳴を上げたその場のほとんどの人間は銃口を見ていたに違いない。しかしエドワードは馬の被り物の中の瞳を見た。そして考える前に幼女を捕まえて跳んだのだ。


 幼女が立っていた場所に的確に当てられた銃声による悲鳴が高く上がったのは、ほんの一瞬だった。

 集団のパニックがパニックを呼ぶ前に、もう一度天井に向けて放たれた銃声が悲鳴を長引かせなかった。
「……何だぁ?お前は」
 銃を撃った馬面ではなく高説を垂れていた女装が言う。声を発するのは1人だけなのだ、徹底している。
 馬面の奥の瞳は本気で幼女を射殺するつもりだった。床の弾痕がエドワードの直感を裏付ける。

 幼女を後ろに庇いながら、右後屈立ちで左手刀中段受け右手刀胸前に構えた。今日の服装は緩い長めのニットにGパンだ。赤いダッフルコートが少し邪魔だが動きを制限するほどではない。
「あららヤル気〜?無鉄砲って、本当にその通りなんだけど〜」
 間違っても人垣の方を見ない様にする。自分の母親を無意識に探してしまうと思ったから。

 でも、これは、駄目だ。

「正義の味方気取ってるつもり?おチビちゃん。そういうの全然流行らないと思うけどなぁ」
「誰がミジンコ豆粒ドチビか!手前ぇだってチビだろうが!」

 犯人の特徴をひとりひとり確認して自分の冷静さを確認し、状況を冷静に見て判断を下した。

 これは、駄目だな。割と死ぬ。












「え?おいおい、何でこいつがこんな所にいるんだよ?」



 永遠とも勘違いしそうなほど一瞬の睨み合いをしていたら、思いも寄らない方向から突然声がして思わず注視する。金庫室と思しき方向からふらりと出てきた男はグループ内の取り決めなどまるでお構いなしといった風に声を発した。しかしエドワードが驚いたのはその声のせいではなかった。



「リン…………?」



 その黒髪の男は、サングラスで目を覆ってもなお、自分の恋人に酷似していた。







「おい、引き上げるぞ」
「何言ってんだグリード!」
「喚くなエンヴィー。だって、こいつに怪我させるわけにいかねぇだろ。こいつが混じってないか確認しなかったお前が悪い」
「まさか、こんなとこにいるなんて思うわけないじゃないか」
 強盗2人の会話を聞いてエドワードは眉をひそめた。それは、オレの事を話してるのか?
「…オレを…知ってんのか」
「ちょっとな」
「知るわけないだろ」
 エドワードの問い掛けに黒髪の男は肯定し、話担当の男は否定をしたが、後者は誤魔化そうとしているのが明らかだった。
「グリード!余計な事言うな!」
「悪ぃな、俺は嘘は吐かねぇんだ」

 くちの中がからからに渇いていた。己の激しい鼓動に震えながら喘ぐ様に唇を開くが、声が出ない。訊くか訊かないか、その質問を口にしても良いものかどうか、自分の直感ががんがんと警鐘を鳴らしている。声が出ない方が良いのだ、それを訊いてはいけない。いけないのに。




「…リンを……知って、んの、か」
「あぁ」





 今自分の耳に聞こえてきたのは自分の声だったのか?
 滑り落ちてしまったらしい質問にあっさりと肯定した答えから必死に嘘を探すが、先程「嘘を吐かない」と言った男はそれすら真実だったのだろう。エドワードは思った。



 訊かなければ、良かった。





「悪党の言う事なんか信じられるか!」
「その悪党に訊いたのはそっちだろ」
 エドワードの隠し切れない動揺を嗅ぎ取った嘘を吐かない男は笑いながら言った。その、くちの描く弧に吐き気がする。笑い方までリンと同じだ。忌々しい事この上ない。


 この時すでにエドワードは自分が冷静さを失っている事に気付けないほど動揺していた。そこがどこで、自分の後ろに幼女がいて、さらに少し離れた集団に自分の母親がいて、それら全てを自分の背中ひとつが背負っている事を忘れるほどに。


「このペナルティはあいつに償ってもらうからお嬢ちゃんは気にする事ないぜ。安心しろよ」
 嘘を吐かないという男の言葉に血の気が引いた。それも『うそじゃない』んだと。そう思った瞬間自分でもコントロール出来ないほどに激昂してしまったのだ。
「……っ!リンに、何をするつもりだよ……!!」

 息を止めて 3歩跳んだ
 左の視界の端で動く物があったので馬面が銃を向けたと気付き カウンターを飛び越えて身体を隠す

 サイレンサーの付いた銃声を聞いた後身体を低くしたままリンとそっくりの顔に向かって突っ込んだ


 リンと同じ顔が笑って大きなショットガンを持ち上げる。サングラスの中に赤い瞳が見えた気がしたが、もう自分でもこれは悪い夢なんじゃないかと笑える位考えて起こした行動では無かったし、全てが現実的ではなかった。









【PM15:40】


 目をひらいたら見慣れた糸目が覗き込んでいたので思わずくちをひらいた。

「リン、お前、何ともないか?」

 訝しむ様に眉に皺が寄る。なんでだ。
 そもそもオレは何で、リンの心配をしているんだっけ?


 こめかみががんがんするので手を当てたら髪がばりばりした。何だろうと探ると痛みが走る。
「痛っ……」
「エド……!!」
 上半身を起こすようにリンに抱き締められて、初めて抱きかかえられているのだと気が付いた。アルフォンスは母親に付いていると聞かされてようやく自分が銀行のロビーにみっともなくひっくり返っていたのだと知る。薄暗い銀行の中には警官しか見えず、他の人たちはもう避難した後らしい。
 ぎゅうぎゅうと抱き締められる力を感じながら、四肢を確かめる。全部動くし、生きている。
「ラッキー」
「何ガ」
「死んだかと思った」
「ばカ……!!」
 さらに強く力を籠められた。我を忘れた男に力任せに抱き締められてはさすがにきつい。「いたいよ」とやんわりといなすと慌てて力を緩められ、背中を支える腕はそのままに顔を覗きこまれた。
「どこガ。痛いノ」
 真っ青な顔は自分よりもよっぽど重症そうだった。大丈夫だよリン、こめかみの血もさっき触った感じだと切れてるだけだ。たぶん銃で殴られただけだと思う。そんな説明したら卒倒しちゃうかな。

 なんて言ってあげたらいいんだろう。やわらかに笑ってエドワードは口を開いた。



「リンって何者?」




 今日は自分の思ってない言葉ばかりがくちを出る日だ。




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