男の美学1
『リン、落ち着いて聞いて』
それは恋人の弟兼友人からの突然の着信。
『姉さんが銀行強盗に巻き込まれた』
【PM15:05】
一瞬何の冗談かと思ったが、シスコンのアルフォンスが姉エドワードのこんな冗談を言うはずがない。
しかし、この国に来てからついぞ聞いたことがない犯罪の名前に思わず聞き返した。
「銀行強盗っテ…ギャング?」
よもや自分の語学力が間違ってるわけではあるまいなと、英語に言い換えたら『ギャグじゃないっつってんだろ』と地獄の底に顔をなすりつけられそうなほど低い声で返された。友人からは聞いたことがない乱暴な言葉使いに、似ていない姉弟の血縁関係を意外な所で感じさせられた。
なるほど、真実、事実らしい。
エルリック家最寄り駅の駅前の銀行ということだけ聞いて切電ボタンを押す頃にはすでに部屋を出て走り出していた。
液晶の待ち受け画面には2人で並んで自分撮りした、リンとエドワードの写真が表示されていた。
*
銀行に到着したとき、リンは場所を間違えたかと思った。そのくらい周りの通行人は野次馬をするでもなく日常生活を送っていたし、映画のように大きなバリケードを築いた警官隊がいるわけでもなかった。ただ、4台のパトカーに警察官が目に見えるだけで9名いるのが、場所が銀行前だけに少しだけ通行人の目を引いているようだった。
「リン」
【PM15:20】
元々綺麗な顔立ちをした男友達は、表情をなくして凄惨な雰囲気を纏っていた。普段はいつも柔和な笑顔を浮かべているので気が付かなかったが、黙っていると美形は威圧感があるらしい。猫のような目をしたエドワードとの共通点をまたしても見付ける。釣り目のせいで黙っているとすぐ『怒ってるの?』と訊かれるのだと口を尖らせていた可愛い口調を思い出した。俺もだヨと言えば大きく口を開けて弾けるように笑っていた。
「最悪なことに母さんも一緒なんだ」
試験休みの火曜日、家族4人で食事に出掛けるのだとエドワードが話していた。愛娘の彼氏を彼氏だと未だに認めない父親が一緒のため「だから火曜日は無理なんだ、悪ぃな」と誘いを断られたのだ。それでも家族を愛するエドワードの楽しそうな様子は、凹みかけたリンの気分を両手でふわりとすくい上げてくれたものだ。
エドワードの笑顔ばかり思い浮かんでイライラする。
「お義父さんはどうしたノ」
「仕事帰りに合流する予定で、3人で買い物してたんだ。ボクが荷物を車に運んでる間に2人で銀行行って…」
15時が近かったから先に行かせたと言う。「一緒に行けば良かった」とアルフォンスは低く呻いた。何を言っても慰めにはならないと思ったし、『側にいたのに何やってんだ』と責めて欲しそうだったので何も言わなかった。アルフォンスに非は無かったと思う。
「サ、それで何をするつもりなんダ?」
自分で出来ることならばこの友人はリンを呼んだりしない。口を引き結んでリンの顔をひたと見つめ返してくる仕草も、エドワードに、似ていた。
ようやく、自分がエドワードを探していたことに気付く。今ここにはいないのだ。
「時間がないんだ。母さんの体調が心配だし父さんが来る前に何とかしたいし」
アルフォンスと違う意味でエドワードと母親が2人一緒というのは最悪だと思った。
姉弟の母親トリシャは身体が弱い。普段から姉弟は当たり前のように母親を護っているのが見て取れた。
……もし、母親に何かあればエドワードは間違いなく自身を盾にする。自分で自分を護ってはくれないひとだ。リンにはそれが恐ろしかった。
「隣のビルを伝って2階から侵入できないかな?」
大胆な物言いに驚かされるのも以下同文。しかし行動に移す前に相談してくれるだけエドワードよりも遥かにマシだ。
そう思って思わず笑ったリンにアルフォンスは苦笑を返してきた。よしよしこっちはまだ大丈夫。
頼むかラ、大人しくしててくれヨ。
虚勢を張った言葉で自分の心の中の笑顔に語り掛けても返事は無かった。お願い、何でもないよって本当に笑ってね。
*
【PM15:40】
怖かった、助けに来てくれてありがとう、と小さな金髪が自分の胸に縋ってくる。震える肩を自分の胸に押し付けるようにかき抱けば黒いTシャツがみるみる涙で濡れていった。
……なんて、妄想していたわけではないけれど。
「リン、お前、何ともないか?」
目覚めたばかりだというのに、金色の瞳が捕食動物のそれと同じ様にぎらぎらと光っているのが、ついさっきまで命の危険に曝されていたエドワードの興奮を物語る。本当にこの小さな少女たったひとりで銀行強盗グループ相手に立ち回りをし、あまつさえそのまま追い払ってしまった事実を知らしめていた。
でも、乾いた血がこびりついた金髪以上に気にかかるのは。「無事で良かっタ、」その言葉はこっちのセリフじゃないのか?
なぜ
強盗から助かった元人質に、外にいた自分が今、心配されているのだろうか。
*
【PM15:03】
馬の顔を模した被り物を被っている奴は子供かと思う位身長が低い。肥満体型2人の内1人は豊満な女性の身体を覆って肥満体に見せているだけだ。さっきからべらべらとこのショータイムの解説をする細身の奴は女性の声真似をした男だし、わざとらしい眼帯で最も軽そうな若者を装った男は実はそれなりに年配の様なのでリーダー格なのだろうか。
特徴を作って意識をそちらに向けさせて本質を覚えさせないようにするのは変装の基本だ、と、先日アルフォンスが見ていたドラマで探偵が言っていた。現実に見ると滑稽だが確かに効果はあるように思える。きっと、この場のほとんどの人間が見た目通りの犯人像を心に焼き付けてしまっている事だろう。
「正義の味方気取ってるつもり?おチビちゃん。そういうの全然流行らないと思うけどなぁ」
「誰がミジンコ豆粒ドチビか!手前ぇだってチビだろうが!」
エドワードだって何も好き好んでこんな圧倒的に不利な状況で敵に対したりはしない。
(続)
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