小説 | ナノ

もうひとりの君
08

ビルの脇の路地に入る。
ビルにバーでもあるのだろうか、
酒の入っていたと思われる大きな木樽が3つ並んでいて、
名前はそこに腰かけた。
桑原は立ったまま塀に凭れかかり、先ほどから目を合わさない。

「どういうつもりなん?助けてくれたつもり?」

足をブラつかせ、不貞腐れた態度で名前が尋ねる。

「いや、別に」

桑原の返事は気のない様子だった。
それにカチンとくる。

「じゃあ何なん?アンタのこと、全然理解でけへん」

八つ当たりをしているという自覚はある。
今川に絡まれて平常心を失いかけていた自分を
結果救ってくれたわけで、こんな風につっかかるのはお門違いだ。

名前は自分の気持ちに折り合いがつけられないだけだった。
桑原がどういう男であるか知っていながら好きになり、
だけどやっぱり許せないという自分勝手な感情を持て余し、
桑原に当たっているだけだった。


「おまえ、俺のこと好きやろ?」


突然一言に頭の中が真っ白になった。

「俺のこと、好きなんやろ?」

「な……」

名前は水からあがった魚みたいに口をパクパクとさせ、
顔も真っ赤になっている。どう見たって図星だった。

「わかりやすっ」

桑原がクスッと笑った。

「おまえのそういうとこ、可愛いな」

大きな手で、名前の頭をグリグリと撫で回す。

「またそれ……」

桑原はこうすることを気に入っているのか、
さっき二人で飲んでいる時も何度もこうして頭を撫でた。
だけど名前も桑原にこうされるのは嫌じゃない。

「俺もおまえのこと好きやで」

乱暴に撫で回していた手の動きが緩くなった。
桑原は二人でいると時々いつもとは別人みたいに
優しい雰囲気になる。
名前はそんな瞬間を好きになったのかもしれない。

「でもな多分おまえの言う好きと同じやないねん」

ふっと頭にかかっていた重みが軽くなる。
撫でていてくれた手の温かみがなくなった。

桑原は大きな伸びを一つして、いつもの顔に戻っていた。

「可愛いと思うし他の女よりはおまえのこと好きやけど、
 セックスは誰とでもできるし我慢するつもりもあらへんし、
 つき合うとか、おまえだけとか、そういう約束もでけへん 」

名前は唖然とするしかなかった。
動く桑原の口元をぼんやり眺めているだけだった。

「でもさっきみたいに、名前が口説かれてるの見ると
 ムカつくし、我慢でけへんねん。勝手やけどな」

桑原の言うことをどう受け止めていいかわからず、
名前は途方に暮れていた。
嫌いと言われたならまだ諦めはつく。
だけど好きだけど気持ちに応えることはできないと言われたら、
諦めることすらできないではないか。

「なあ、名前。おまえ、100点クリアしたらどうする?」

唐突にミッションの話になり、名前は一瞬戸惑う。

「え、そりゃ、解放を選ぶけど……」

「せやろ?そしたら俺のことも忘れてまうやろ?」

「あっ……!」

なぜ今まで気が付かなかったのだろう。
このままミッションを続けていれば
どちらかが、或いはどちらも命を落としてしまう危険がある。
しかし100点メニューで解放を選べば、
解放された方は相手のことを記憶から消されてしまう。

「せやから俺らはもともとどうにもなれへんねん」

桑原のひと言が頭の中でこだまする。
ガンガンと鳴り響いていてうるさい。頭痛がする。
どうにもできないという絶望感だった。

「じゃあ俺行くわ。おまえ、やられんように気いつけえや。
 星人にも、男にも」

くだらない軽口をたたいてニッと笑い、
桑原は肩に武器を担いで行ってしまった。

膝を抱え、深く溜息をついて、名前は嗚咽をこらえていた。




(あとがき)次回、桑原さん出ません。すみません。


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