小説 | ナノ

もうひとりの君
09


名前は泣くまいと必死で堪えていた。
泣いてしまったら負けのような気がする。
こんな運命に翻弄され、負けるのは嫌だ。

だけどとうとう堪えきれず、
一粒涙が零れたら、堰を切ったように溢れ出した。

「うっ……うわあああああ……」

子供みたいに大声をあげて泣いた。
溢れた涙を拭いもせず、しゃくり上げた。
声が枯れるまで泣けば、悲しみも枯れるだろうか。



ひとしきり泣いて幾分気持ちも落ち着き、
鼻をすすって顔をあげた。
瞼が腫れているのか視界が重い。
涙のあとをゴジゴシとこすってハーッとひとつ大きく息を吐いた。

「スッキリした?」

突然の誰かの声に肩がビクッと跳ねる。

「あれ、さっきからずっとここにおってんけど、
 もしかして気づいてへんかったん?」

いつの間にか花紀京が片膝を立てた姿勢で隣に座っていた。
さらにその隣では"童貞くん"がおどおどとした表情で
名前と花紀を交互に見ていた。

「姉やんどないしんたん?」

花紀は時々こうして名前のことを「姉やん」などと呼んで
ふざけた調子で絡んでくる。
花紀曰く「このメンツの中で一番単純で面白いから」だそうだ。

名前から見ると、花紀は「ヤク中でイカれていて
何考えてるんだか全く理解できないヤツ」だったが、
気まぐれに優しい時などもあって、つかみどころのない少年だった。

「あの……違ってたら失礼ですけど……」

"童貞くん"が遠慮がちに口を開いた。

「もしかして、桑原さんのことちゃいますか?」

心臓がドクンと大きな音を立てた。
どうして"童貞くん"にまで知られているのだろう。

「ハハッ、なに、コイツの言うこと、図星やったん?
 姉やんの反応、わかりやすっ」

面白そうに笑う花紀に、返す言葉もなかった。

「まあまあ、そんな顔せんといて」

笑い転げていても花紀の顔立ちは端正で、
黙ってさえいればとんでもない美少年だった。
花紀は彼とは対象的に地味な風貌はしているが
常識人である"童貞くん"に向かって言った。

「しかしお前、ようわかったなあ。
 お前、もしかして姉やんに惚れてるんちゃう?」

「なっ……!バカなこと言わんといてくださいよ!」

"童貞くん"は大きく首を横に振って否定した。
額にたくさん汗が浮かんでいた。

「しかし何?姉やん、あのド変態のこと好きやったん?」

好奇心むき出しの目で花紀が詰め寄る。
名前は観念して事の経緯をかいつまんで話した。



"童貞くん"は神妙な面持ちで時折深くうなずいていたが、
花紀は盛大に吹き出した。

「アハハ、なんでそんなんで悩んでんの姉やん。
 アホちゃう?アハハハハハ、笑えるわホンマに」

自分の精一杯の打ち明け話を一蹴されて
名前はムッとむくれた。

「なによ、私は真剣に……「なあ名前ちゃん」

言葉を遮られ、名前は口をつぐむ。
花紀がいつもより真剣な面持ちだった。

「クリアしたら忘れてまうとはいえ、今は好きなんやろ?
 ほないったったらええやん。
 悔いのない清々しい気持ちでここから解放されたいやろ?
 そりゃ後悔したことすら忘れてまうかもしれへんけど、
 今の気持ち押し殺すことないんちゃう?」

ハッとして花紀を見つめる。
花紀は薄笑いを浮かべていた。

「京、ありがと」

花紀は頷くと、ひらひらと手を振って
バイクのような大型の乗り物にまたがって走り去った。

「メガネ君も、ありがとね」

「い、いやあ僕は何も……」

"童貞くん"は照れくさそうにメガネをクイッと持ち上げた。
その顔からサッと血の気が失せた。

「あ、危ない!」

名前のXガンが、ギョーンという音を放つ。
雑魚なのか、人型のそれは簡単に吹き飛んだ。

「良かった、強いやつじゃなくて」

「でも苗字さん、油断できませんよ」

今、吹き飛ばしたのと同じ形をした星人が
ザッと数えて30体ほど居た。
仲間を殺された憎しみからか、
殺気立った約30体が二人を取り囲んだ。

「せめて京がおるうちに来てよ……」

名前は舌打ちをする。

「しゃあないですよ。俺たちだけでなんとかしましょう」

"童貞くん"もXガンを構えた。




(あとがき)またしても桑原さん出てこない回でスミマセン。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -