小説 | ナノ

もうひとりの君
07
一緒に居ると楽しい、というのは、
その相手を好きだということだろう。

名前は桑原と他愛もない話をし、
酒を酌み交わしているこのひと時を、心から楽しいと感じた。

「おまえホンマにアホやなー」

そう言って桑原が笑いながら
その大きな手で名前の頭をワシワシと撫で回す。
それだけで血液が沸騰しそうなほど顔が熱くなる。

店内には他にも若いグループや
カップルの客がたくさん居たけれど、
まるでこの場に自分と桑原の二人きりのような、
そんな錯覚すらしてしまうほどに
彼の事しか見えなくなっていた。

「桑原、あのさ、私……」

思わず「好き」という言葉が零れそうになる。
桑原は名前をじっと見たまま、言葉の続きを待っている。
黙っていると本当に今時の二枚目で、
至近距離で目を合わせていると緊張してしまうほどだ。

「私、なんていうか……その……」

その時うなじの辺りがヒヤッとするような、嫌な感覚が走った。

「……きたな」

桑原も感じたようで、首筋を揉むような動作をした。
よりによってこんな時に、と思う。
慌てて席を立つと、連れだって店の外へ出て、
人気のない路地裏に飛び込んだ。

毎度この瞬間は手のひらに嫌な汗をかく。
それに加え今回は前のミッションで命を落としかけた恐怖も甦る。
名前は胸のあたりを押さえ、弱音を追い出すように短く息を吐く。

「この前みたいに気ィ抜くなよ」

ガシッと肩を掴まれ、桑原を見上げると、
彼は先に転送が始まっており頭のてっぺんが消えかけていた。
続いて名前も黒球の部屋へ送られていく。







夜の繁華街。ネオンがギラギラと眩しいが、
他に人の姿はない。
賑やかしい街の姿とは裏腹の静けさがかえって不気味だ。

ガンツスーツに身を包んだ女が三人、
無駄口を叩きながら、適当に点数を稼げないかと徘徊している。

「なーなー、なんで桑原と二人一緒やったん?」

中山美保が名前を肘で小突く。

「ほんまにアンタらデキてるんちゃうん?」

「デキてはないけど……好き、かも……」

正直に答えると、美保も山田スミ子も「ウゲー!」と声をそろえる。

「信じられへん。どこがええの?」
「やめときなって。あんなんと付き合ったら性病うつされるで!」
「こないだ助けられたから、ちょっと勘違いしとるだけやって!」

これまでの桑原の言動を知っていれば当然の意見だ。
でも命を助けられたからだとか、それだけではない。
もっとどうしようもないくらい胸の底から湧いてくる感情がある。

「でも、好きなもんは好きやし……」

消え入りそうな声になる名前の背中を
スミ子が強く叩いた。

「見てみい、あれ」

スミ子が顎をしゃくって指した先を見る。
女性型の星人のこめかみに今川が銃口を突き付けている。
そして身動きのとれないそれを、桑原が背後から犯していた。

いつもの見慣れた光景ではある。
こういうどうしようもない男だということは充分わかっていた。
しかし冗談のようなタイミングで出くわしてしまって、少し困惑した。

「あ、名前達やん。おーい」

女三人に気付いた今川が大きく手を振る。
桑原はチラッとこちらを一瞥するも、構わず腰を振り続けていた。

「な、やめとき」

呆れきったスミ子が冷めた目つきで吐き捨てる。

「なにそんなとこで突っ立ってるん?」

焦点の定まらないような目付きをした今川が
薄笑いを浮かべて名前に歩み寄る。

「スミちゃん、行こ」

自分達は関わり合いになりたくないというように、
スミ子と美保はどこかへ行ってしまった。

「なんやアイツら冷たいなあ。
 まあ俺は名前がおればええけど」

今川はスミ子達の後ろ姿を眺めながら、興味なさそうに言った。

「そんなことより、あれ、ほっといてええの?」

名前は、もがく女星人を
一人で押さえつけている桑原を目線で指し示す。

「あー、ええんちゃう?それより一人になってもうたな。
 危なない?俺が一緒におったろか?」

先日から今川はやけに名前に絡もうとしていた。

「結構です」

腰に回された手を振り払う。
今川のことは別に好きでも嫌いでもないが、
触れられるととても不快に感じた。

「俺さー、前から名前のこと、ええなー思うてたんやんか」

めげずに再び腰を抱こうとする今川。
名前もその度、即座に払い除ける。

「そういうカタイとこも嫌いやないで」

「ちょ、もうやめてよ」

言ったところで、聞き入れられる状態ではないだろう。
今川が口に咥えた紙巻からは、
タバコではない葉の燃える臭いがする。

「しつこくすると撃つで!」

思い余ってXガンを今川に向ける。
こんなにイライラするほどのことじゃないと
頭ではわかっていても、衝動を抑えられなかった。

「おいおい、危ないやん」

本当に撃つとは今川も思っていないようで、
ヘラヘラと余裕の笑みを浮かべている。
それが余計に名前の神経を逆撫でする。

「あっち行って!これ以上何か言うたらほんまに撃つよ!」

トリガーに指をかけ、軽く力を込める。
勿論、引き金を引くつもりはないが、
もしこれ以上何か言われたら理性を保っていられないかもしれない。


「おまえらゴチャゴチャうっさい!」

全裸で武器を片手に、桑原が苛立った様子で怒鳴った。
スーツを腰のところまで引き上げ、袖をウエストで縛りながら今川を睨んでいる。
先ほどまで犯していた女星人は、腹部に大穴を開けて倒れていた。
もう始末してしまったようだ。

「ちゃんと押さえとけ言うたやろ、今川!」

どうやら一人で押さえつけていることができず、
達せないまま終わったということらしかった。
いつも飄々としている桑原が、珍しく苛立った様子だ。

「何 名前口説いてんねん」

今川の肩を掴み、名前から引き剥がす。

「なんで?ええやん別に。なあ?」

同意を求められ、名前は呆れた顔をした。

「おい、名前、行くで」

桑原が名前の腕を掴む。
今川は肩をすくめていた。

腕を引かれて、渋々と桑原についていく。
桑原が始末した屍骸の横を通り抜ける。
名前は思わず目をそむけた。




(あとがき)相変わらず展開遅くてすみません。
次に続きます。




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