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もうひとりの君
04
何度転送されても、その度に名前は恐怖で足が竦みそうになる。
Xガンの存在がズシリと右腕に重い。

今回転送されてきたのは、どこかの大きな公園のようだ。
人影もなくあたりはシンと静かだ。
おそらく今夜のミッションはさほど手強くはないだろう。
根拠はないが、名前は経験上そう感じた。

「あ」

隣を見ると呆けた面した"童貞くん"が転送されてきた。
「他のみんなはどこ行ったんやろね」
名前が話しかけると、"童貞くん"は驚いて飛び上がった。

「脅かしてもうた?ごめんな」
「い、いえ、ただ女の人に声かけられるのに馴れなくて」
「私らたまに話してるやん」
「はあ、すんません……」
「まあええわ。うちら弱いし、みんなの傍におったほうがええよな。
 ノブやん達探しに行こ」

名前は"童貞くん"の手を取ると、引っ張るようにして歩き始めた。
「星人達いっぱい殺さないつまでたっても自由になれへんてわかってんねんけど、
 私に倒せるようなんは弱い可愛らしいヤツだけやし、
 綺麗事言うわけちゃうけど、そんなん殺したないし、
 できるだけあの三人組の後ろに隠れてやり過ごしてたいんよな」
早足に歩きながら独り言のように名前は呟いた。
「そう、そうですよね……」
"童貞くん"も独り言のように返した。

「まあ、それでも殺られそうになったら殺らなしゃあないけど……」
名前の足がピタリと止まる。
"童貞くん"はつんのめった。名前の視線の先を追うと、
彼らより頭一つ分ほど大きい人型の生き物が、
肉食獣のような牙の並んだ口を開いて涎を垂らしていた。
おそらく岡や室谷にとっては雑魚なのだろうが、
名前や"童貞くん"には充分に恐ろしい相手だった。

「……苗字さん、これ、どないしたら……」
足元から震えが上ってくる。
「私もどうしたらええかわかれへん」
名前も手が震えるのか、握ったXガンがガチャガチャと音を立てた。


「グォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!」
鼓膜を震わせるような咆哮と同時に、
獣のような俊敏さで飛びかかってきた。
"童貞くん"は足がすくんで動けない。
「食い殺される」と思った瞬間、体が宙に浮いた。

ズサッと砂埃をあげて地面に倒れ込む。
肘と膝を打ちつけたけど、スーツを身に着けているのでたいした痛みはない。
わけがわからず当たりを見回すと、名前の肩に星人の太い牙が食い込んでいた。
腕のあたりのあちこちから液漏れを起こしている。

「苗字さん、もしかして僕をかばって……」
名前のXガンは2メートルほど向こうに転がっていたし、
自分がかわりにヤツを狙おうにも、もし外したら名前に当たってしまうかもしれない。
「早よ……ノブやん達のとこに行きっ!」
痛みに顔を歪め、怒ったような口調で名前が叫ぶ。
「でも、苗字さんが……」
「ええからっ!ここにおったら二人してのたれ死にやでっ!
 私が殺られる前にボスやっつけてってノブやんらに言うてきて!」
「は、はいっ!!」


"童貞くん"は一目散に駆け出した。
走るのは得意ではなかったし、慌てていたため足がもつれて何度も転んだ。
しかし幸いなことに、室谷、島木、桑原の三人組は思ったよりも近くに居た。

「あ、あの……助けてくださいっ!」
息を切らしながら叫ぶと、名前に襲いかかっていたのと同じような
肉食獣みたいな生き物を袋叩きにしていた三人が一斉に振り返った。
「あっちで、襲われて……」
舌がもつれて上手く回らない"童貞くん"を冷たく一瞥すると、
知らんふりして三人とも再び星人をいたぶり始めた。

「お願いです!ちゃんと聞いてください!」
泣き出しそうな声で懇願する"童貞くん"を、
桑原は鬱陶しそうに睨みつけた。
「うっさいのー、自分の身は自分で守れや。
 なんで俺らが助けたらなあかんねん」
吐き捨てるように言われ"童貞くん"は少し怯んだが、
すうっと大きく息を吸い、腹の底から声を振り絞って叫んだ。
「僕のせいで苗字さんが死んでまうかもしれへんのです!
 お願いです!助けにきてください!!」

気のせいか、桑原の表情に一瞬緊張が走ったかに見えた。
しかし普段通りの大儀そうな口調で
「なんやねん、うざいなあ。行ったらええんやろ。早よ案内せえや」
と、"童貞くん"の背中を拳で小突いた。



大きく鋭い牙はスーツの特殊素材を突き抜け、
名前の皮膚を食い破った。
意識が遠のくほどの痛み。
必死で手を伸ばしても、Xガンには遠く届かなかった。

視界が白く霞んでいくのに、
獣のような臭いがやたら鼻についた。
"童貞くん"は上手く逃げおおせただろうか、とぼんやり考えていると、
牙は力を込めて一層深く名前の肩をえぐった。

もうだめかもしれないと覚悟を決めた時、
なぜか桑原の顔が浮かんだ。
アイツ今頃また女の星人を犯してるのかな、
調子に乗ってそのうち痛い目見なきゃいいけど。
ちゃんとスーツ着ないと危ないって何度も注意したけど、
スーツ着てる私がこんな目に遭ってちゃ世話ないか。
名前の口元に自虐的な笑みが浮かんだ。

その時、名前の体が吹き飛ばされるような衝撃が走った。
と、同時に肩から勢いよく血が噴き出した。

ギョーンギョーンという聞きなれた音。

ドサッと仰向けに地面に倒れた名前の視界に、
憮然とした桑原の顔があった。
「お前、何やられとんねん」
抱き起されて見ると、先ほどまで名前の肩に食らいついていた星人は
上半身が破壊された姿で転がっていた。
どうやら刺さっていた牙が抜けたため、そこから血が噴き出したようだった。

「アンタが助けてくれたん?」
淀みなく言ったつもりだったが、掠れてほとんど聞き取れない程だった。
「喋んなや。ったく、なんであんな童貞かばって死にそうになっとんねん。
 オイ!なんか布っきれないか?」
どこから持ってきたのか、"童貞くん"が手渡した布で、
桑原は名前の肩をきつく縛り付けた。

「桑原、ありがと。……メガネ君も、ありがとう」
絞り出すようにそう言うと、名前の体からフッと力が抜けた。
「おい、ノブやんらがすぐにボスやっつけるから、
 それまでなんとか頑張れや!!」
桑原に揺り起こされ、名前は力なく微笑んだ。
「オイ!名前!!死んだら許さへんで!!」
桑原がそう叫んだ瞬間、転送が始まった。







"黒アメちゃん"の部屋には、ミッション前と変わらぬメンツが顔を揃えていた。

「苗字、生きとったんか」
室谷は名前の姿を確認すると、さして興味もなさそうに言った。
「おかげ様で。ノブやんがボス倒してくれたんよね?ありがとう」
「別にお前のためちゃうし」
そう言い捨てると、採点も待たずに着替えに別室へ行ってしまった。

今回のミッションは比較的難易度の低いものだったのか、
採点結果でもたいした高得点は出ず、皆面白くなさそうに
"黒アメちゃん"の部屋を後にした。


ビルを出た所で、ポケットに手を突っ込んで歩きはじめた
桑原のGジャンの袖が引っ張られた。
振り向くと名前が拗ねたような顔をして立っていた。
「何や、名前か」
「一緒に帰ろ」
「は?」
「だって、駅まで一緒やん」
「……別にええけど」
桑原が言うと、名前は満足そうにうなずいた。

「ほんまに今日はありがとう」
「もうええって」
「ええことないよ。ありがとうってば」
「そない言うならやらせろや」
「それとこれとは別」
「さよか」
「私の事、名前で名前って呼んでくれるようになったね」
「ん?ああ、そうだっけか」
「もう」

名前は小突くように額を桑原の筋肉質な二の腕にコツンとぶつけた。
とりとめもないやりとりが、駅までのほんの短い道のりに続いた。
Gジャンの袖は握られたままで、
どちらからもふりほどこうとはしなかった。




(あとがき)半分めがね君夢みたいになってすません。



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