小説 | ナノ

もうひとりの君
03
金曜の夜。
名前は就業時間を過ぎても会社に残り、
特に急ぎでもない雑務をこなしていた。
課内には自分の他に同僚が数名た。
そのうちの一人が、伝票整理をしていた名前の肩を叩く。

「この間、見たで」

同期入社で、わりと親しい男性社員だった。

「見たって、何を?」

伝票を繰る手を休め、名前は意味深にニヤけた同僚に向き直る。

「えらいエエ男と歩いてたやん」

名前は記憶を辿る。
去年彼氏と別れて以来、男っ気のない生活を送っている。
デートどころか、男友達と遊んだ記憶もない。

「人違いちゃうの?」
「いや、あれは間違いなく苗字やった。
 今週の月曜、忘れたとは言わせへんで」

月曜と言えば、バッタリ桑原に出くわした日だ。

「あっ……」

名前は思わず声をあげる。

「思い出したか。なんや仲良さそうやったから、
 とうとう苗字にも彼氏できたんやなーって」

まさか誰かに見られていたとは。
しかも彼氏と勘違いされるなんて心外だ。

「あんなん彼氏ちゃうわ。
 偶然知り合いに会うただけ、あんなんと誰が付き合……」

首筋にゾクッとした、いやな感覚。

「またまたー。ええやん隠さんでも」

ひやかす同僚の声も、もう耳には入らない。
またアレが来る。
てのひらにジワリと汗が滲んだ。

「ちょ、ごめん。今日約束あったの忘れてたわ。
 続きは月曜の朝イチでやるから」

血相を変えて机の上を片づけ、
小走りで女子更衣室に向かった。

「デートか、彼氏によろしくなー」

背中に投げかけられた同僚の声に返事をする余裕もなかった。








”黒アメちゃん”の部屋には
室谷と島木、中山美保と山田スミ子、それから今川が既に転送されてきていた。

室谷は名前を見るなり、怒りをあらわに睨みつけた。

「オイ、おまえこの間はよくも桑原なんか連れてきてくれたな」
「え、いや、あれは……」

口ごもる名前。

「何?なんの話?」

中山美保が口をはさむ。

「コイツがバイト先に桑原と一緒に現れてな。
 俺とジョージが制服似合わへんってさんざんコケにしてくれたんや」

美保は興味なさそうに「へぇ」と呟いた。

「ん?ちょい待って、なんで桑原と一緒やったん?」

スミ子が名前に尋ねる。

「そうやん!なに、アンタらもしかして付き合うてんの?」

美保とスミ子がキャーキャーと騒ぎ出す。

「な、違うよ!そんなわけないやん!たまたまバッタリ会っただけやって!」
「うっそー、怪しいわ〜」
「ホンマやって!」

名前と美保達が押し問答をしていると、そこへ桑原も転送されてきた。

「もうええ!私着替えてくる!」

ガンツスーツを手に、名前は逃げるように別室へ行った。

「なあなあ桑原、アンタ、名前とどうなん?」

美保が早速桑原に矛先を向けた。

「は?」

まだ私服姿で、だるそうに桑原が返事をする。

「おまえらこないだ一緒におったやろ」

室谷も美保達に加勢する。

「おまえのことやから、あの後なんもせんと帰るってことはないよな」

桑原は面倒くさそうに頭のてっぺんを掻き毟る。

「なあ、どうなん?」

美保とスミ子は好奇心で目を輝かせる。

「やってへんわ。うっさいなー」
「なんで?名前、結構かわいいやん。フラれたん?」

なおも食い下がる美保に背を向け、
桑原は堂々服を脱ぎ始めた。

「ちょ、ここで着替えるのやめてよほんまにー」

美保とスミ子はブツクサ言いながらも目をそむけ、
室谷達のうしろへ隠れるように移動した。


「なあなあ、ホンマに名前とやってへんの?」

今川が桑原の横に並び、自分も着替えを始める。

「しつこいなあ。やってへんちゅーねん」
「でも二人で会うてんのやろ?
 なあ、もし今度名前に外で会う時あったら……」

今川は桑原の耳元へ近づき、声のトーンを落とす。

「俺も呼んでくれよ。前からアイツのこと気になっててん」
「アイツって、苗字か?」
「ああいうの、タイプやねん俺。
 ヤリたいなー思うてたんや。ええやろ?」

桑原は露骨に溜息をついた。

「やりたきゃ自分でなんとかせえや。
 俺、アイツの連絡先も知らへんっちゅーねん」
「なんや冷たいなあ。ええわ、俺自分で行ってくる。
 まだ全員揃ってへんし、時間あるよな」

最後の方はまるで独り言のように呟いて、
今川は名前が着替えをしている別室の方へ向かい歩き出す。

「どこ行くねん」

桑原の言葉に、今川は当然と言った顔で答える。

「名前んとこ。着替え中やろ?ちょうどええやん。
 誰もこっち来させんとってや。」

今川は腰までしかスーツを着ておらず、
口調は軽いものの冗談を言っている様子ではなかった。


「…………おい、何すんねん」

手首を掴まれ、今川は不満そうに桑原を睨んだ。

「やめとけって」
「ハァ?離せや」
「ミッションに備えて体力残しといた方がええって。
 今回もまた女の星人やれるかもしれへんやろ?な?」

無理やり今川の肩を抱きかかえて力説する。


「アンタら何してんの」

名前が着替えから戻り、肩を抱き合う桑原と今川と見て眉をひそめる。

「桑原、アンタもしかして男もイケるん?」

名前が桑原を挑発するも、桑原はしれっとした表情で

「今川、なかなかエエケツしとるやろ」

とやり返した。

「アホか」

フン、と鼻で笑い、名前は
今しがた転送されてきた "童貞クン" の元へ寄って行った。

「あーあ、戻ってきてもうたやん」

残念がる今川の背中を、桑原が宥めるようにトンと叩いた。




(あとがき)桑原さんは助けてくれる時もさり気ないといいな、と。



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