短編 鬼 | ナノ

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最重要案件はニンニクマシマシラーメン

SMOKING ROOMと記されたその一室には同期の一人が、上司である粂野さんと話している。

「営業に女は要らねぇって、やつですよ。この間のだって、俺が尻拭いしたんスからねぇ」

この嫌味な同期の男は、もう一人の俺たちの同期にあたる、名字名前をひどく見下している節がある。
何かと言うとこうして女だ男だ、を持ち出しているから結局のところさしたる自信も無いが故に、自分よりも時として営業成績の良い名字が気に食わないのであろうな、と言う事は、然程付き合いが無くても察することが出来てしまう程だ。
ここに居るのは聞きたくも無いこの男の戯言等ではない。ただ、こうして男の社交場と、一昔前は呼ばれていた喫煙所には、未だに矢張り電子タバコなんかをくゆらせながら話をする社員が多いのは確かなのだ。
コミュニケーションを惜しまずに取ることの必要性が入社一年目で痛いほどに身に染みた俺は、ニコチンの一滴も入っていないリキッドを今日も加熱沸騰させている。

「女なんだから、茶くみでもしときゃ良いんスよね?」
「はは」

それでも、無難に返事も返さずに笑う粂野さんやら、まだしょうの無い事を言う男に、今日はここに居る意味がねぇな、と早々に切り上げる事に決めた。
粂野さんにだけ軽く頭を下げ、SMOKING ROOMと記された扉を開き、煙い匂いがマシになるまで屋外に設置されている非常階段に出て風にあたりに行くことにする。
そもそも、あの男の言う事は前時代過ぎる__と苛立ちに任せて欄干の手すりにぶつけるように体を預け、「はぁ」とため息を落とした。
アイツの今回の尻拭いも、別にお前がした訳じゃねェだろ。とも言ってやりたくなる。__が、別に会社で揉め事を起こしたい訳では無い。
ただ、胸糞が悪い。

スン、と腕を軽くにおい、タバコの匂いが薄らいだかチェックをしてから、デスクに戻るために、また非常階段のドアを開けた。


席に着くと、「おはよ」と営業課には珍しい高い女独特の声がする。

「ン、はよ」
「今日早いね」
「アイツしか居なかったからなァ」

ぐい、と体を椅子に押し付けると体重に耐えかねたかのように、きし、と小さく椅子が鳴いた。

営業課には女が二人いる。
一人は、とびきり大きな声で「はい!!そうですね!ええ!」と朝の始業前から元気に電話対応をしている甘露寺。
それと、俺の隣に座る名字だ。
カタカタとキーボードをたたく音を室内に響かせながら、「あ、ミスった」と天井を仰いで大きくため息を吐いている。
ちら、と画面を覗くと、『印刷中』の文字。
生憎キャンセルのボタンは表示されていない。

「また怒られるぅ、不死川ぁ」
「印刷しながらチェックじゃなくて先にチェックすりゃいいだろォ」
「だって、横で冨岡さんがすんごい速度でタイピングするから、負けらんねぇ!!って焦っちゃった」

からからと笑うその表情は人好きのするもので、コイツの担当している連中からはまぁ程々にあの子、愛想イイね、みたいな声が聞こえたりもするほどだ。
そんな俺も一応同期としてコイツの事をそれなりに気に入っていたりはする。
先の同期の言葉を思い出して、女ってだけで、ああも言われるのか、とニコリと笑っている名字の顔を見ていると自然と眉間に皺が寄っていくのがわかった。

「どしたどした。何か悩み??皺が刻み込まれていっちゃうよ?聞いたげようか!」
「要らねぇわァ、……もう終わったんじゃねェの」
「あ、ほんとだ」

PC画面に『終了』の文字。
遂に廃棄するためだけに、300枚を印刷し終えたらしい。

そうこうしていると、間もなく業務時間がやってこようとしていた。
まぁ、業務時間なんてあってないようなものだが、成績が良ければインセンティブと評価給で給料が上がるのだから、会社に着いた順に仕事を始める人間も少なくはない。

席に戻ってきた名字は、これでこのようなちょっとしたミスが多い。
また今日もこってりと絞られるのだろう、と未来を予想して、予め慰める準備くらいはしておいてやろうか。なんて考えてみたりする。

「今日、メシ行くかァ?」
「えー!!行く行く!!今日直帰だし、待ち合わせしよ!この間リニューアしたあそこ行きたい!」
「ラーメンかよ」

ハハ、と笑ってしまうと、ニヤリと笑い返された。

「だって、明日は出勤ないもん。ニンニクいっぱい食べなきゃ」
「マシマシなァ」
「うん。追いニンニクしちゃう」

名字の選ぶ店は基本的に外れが無い。
今日の夜がそこも含めて俄然楽しみになってみたりする。が、これでは慰めたいのか、ただの飯か。
まぁ、旨ければ結局のところ俺も名字も満足できるのだから、最終的にはどっちでもいい。




程々に仕事も終えて、待ち合わせをしていた店の前に行くと、既に名字は待っていて、朝よりも肌の色が強くなった唇をきゅうと持ちあげて笑っている。

「先入っときゃいいのによォ」
「だって、寂しいじゃん!しかもそんな事したら絶対先に食べちゃう」
「ハ、食いしん坊かよ」

それに口角が上がってしまうのは偏に、俺がこの女に気を許している証拠なのだと思う。
適当に席に着き、注文を終えると運ばれてきたラーメンに、名字は早速かぶりつき、啜り上げた。

「すげぇ音」
「え、気にする?」
「着信なってんぞ」
「わ、マジ!クライアントさんじゃん」

ちょっとごめん、と電話に出て名字はぺこぺこと頭を下げる。
一々動の大きな姿にこっそりと笑ってしまうのは許されても良いだろう。
傍から見れば、カウンタ席に腰掛けた女が一人、湯気の立つラーメンに頭を下げているのだ。
箸を止めて暫くその姿を眺めていると、それに気が付いたらしい名字は小さく俺にゴメンのジェスチャをして頭を下げる。別に、嫌な気持ちがあるわけでは無いが、こういうささやかな気遣いができるところも嫌いではない。
店内に鳴り響くBGMよりも、名字の声が耳に届くのは、偏に席が近すぎるからだろうか。

「わ、本当ですか!ありがたいです!!じゃあそれで報告上げさせていただきますね!明日は私居りませんので、ええ、……じゃぁ、そうですね!月曜日に!」

言いながら、「失礼します」と電話を切り、頬が緩むのを抑えきれない、と言う顔をこちらに向けてくる。

「へぇへぇ。……ンだよ」
「うまく行っちゃったぁ!!ふっふー!ごめんね、ありがと」

頬をだらしなく緩めた顔のまま謝罪を口にしてから、軽快な箸捌きで名字はずるずるとラーメンをすすり上げた。
リニューアルしただけあって、光沢のまぶしい少し明るめの色の木目のテーブルに反射した光が、名字の顔を照らしている。

「ごめんと言えばさ、あの、前の案件どうなったか知ってる?山田がどうにかするって、言ってくれたんだけど、その先知らないんだよね。教えてくれなくて」

餃子を摘まみながらこちらを見る名字の言う案件は、今朝の同期の男が話していたものだ。

「今俺がやってる」
「え、ほんとに?!ごめん!!」
「いや、回してきたのは山田だからなァ」
「俺がやるって、山田が言ってたのにぃ」

下唇を突き出しながら、「また不死川に助けられてる」とむくれた。

「まァ、そう言う事もあるだろ」

とは言いつつ、確かに先の案件と名字では相性も悪かっただろうな、とは思う。
大体の事は笑って流す名字でも、セクハラまがいの事ばかりされていたらしいし、それが結構きつく、物言いに出てしまったとか何とか。
「早々に俺に相談をしても良かったんじゃねェ?」といっそ詰めてもやりたいところではあるが、悲しいかなそう言ったのにも上手く立ち回れなければいけないのがこの課の辛い所。
更に言うと、それに俺が手を自分から出すのも、コイツのプライド的な物が刺激されて顔を歪めていくのが安易に想像できてしまう。
こういう時には、
可愛くねェな。と思わなくもないわけだ。





「……や、もうほんとに帰りたくて、」
「はぁ?酒くらい付き合えよ」

そうこうして、程々に今回の話もまとまって、外回り後直帰のハズだったのだが、翌朝朝一で来てくれと言う先方の最後のおねだりに付き合わされるために会社にわざわざ出向き、書類やら何やらを用意する。
明日朝に向けての準備ができたは良いものの、その帰り、エレベーターホールを出て、ゲートを電子キーでくぐり抜けた先。名字が1階のロビーの端で山田に詰め寄られているのを見てしまった。
(ンで、今日なんだ)
と言うのも、今日はことと弘の高校、中学卒業祝いをという予定だったのだ。
めんどくせぇ、と足を会社の玄関口、つまり出口に向けた。
否、向けようとして、失敗した。

「ごめんね、だから……今日ほんとに早く帰りたくて、」
「前もそう言ってたろうが!不死川とも行ってんだろ?良いじゃねぇの。酒くらい」
「だって、不死川はご飯だし、……何だかんだ、その、友達、だから?」

名字の「友達」の言葉に引っかかりを覚えるものの、そこまで言わせておいて見捨てられるほどの薄情でも無いつもりだ。

「名字!!」

自分から出た大きな声のおかげで名字の方がビク、と震えるのを見て、「チ、」と思わず舌打ちが漏れる。
どっちにビビってんだ、と悪態を吐きたくなるのも許されるくらいにはそれなりに仲は良いと思っていたから、だ。
そう、誤魔化そうと思っていたのだが、
自分が抱えていた気持ちは、どうやら友情ではないらしい。
もう、認めざるを得ないだろう。
俺以外の男に詰め寄られている事に、手を出されている事に腹が立つ。
何なら、名字の前回担当の、つまり俺の今の案件のオヤジにセクハラ紛いの事をされていた、なんて事すら苛立ちの火種にはなっている。
ニンニク臭い息を吐きながら美味そうにラーメンを啜る姿に頬が緩む。
アイス食ったあとに、熱い渋い茶を「アチィアチィ」と言いながら顔を真っ赤にする姿に、目を細くしてしまう。
困っている後ろ姿には手を差し出したくなる。
笑ってるとこちらまで頬が緩む。
この気持ちが、「友情」とは呼べない事くらいは、ここまで来るとどんな人間でもわかるだろうから。

「メシ、今日行くんだろォ」
「え、……あ、う、うん!ごめん、山田君、そんな感じ!」

山田に手を振ってこっちに駆け寄ってくる名字が、少しばかり眉をハの字に下げた顔を見せるその奥で、俺を睨みつけるように見据える山田の顔に向けて俺は「ハッ」と笑い声を投げつけた。
聞こえてやいないだろうが、俺が嫌味たらしく笑っているのくらいは見えただろう。
俺のすぐ横で「ありがとう」と、強張っていた肩を下ろす名字の鞄を引っ手繰って、

「帰んぞ」
「え、あ、……し、不死川?!」

空いた手を引いて歩き始めると、驚いたらしい名字のひっくり返った声が耳に入ってくる。
いつの間にこれを可愛いと感じるようになっていたのかは分からないが、

「……ど、どこまで?」
「駅」

俺の手に抵抗も無く握られる小さな手を、きっと山田は見ただろう。



だからきっと明日、俺はいつものニコチンも何も入っていないそれをふかしながら言う。

「俺のに手ェ出すんじゃねェ」

そう。
そこまでは簡単だ。
山田程度なら俺が睨みつけながら一言言やあ、それで済む。
ああいう手合いは早々俺みたいなのには拘わらないようにと、したがることを俺は知ってる。
だからそれはもう良い。


本当の案件はこっからだ。

Q.ニンニクマシマシのラーメンを音を立ててしかも大口で、俺の目の前で啜れる女に、俺を男だと意識させるには?
早期回答を求む。


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